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消えろと言われたので消えました  作者: 長久保いずみ


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第35話

「わ、ぁ」

 ダイニングに通されたシャルロットは驚いた。

 大きなテーブルには、湯気の立つ料理が並べられられている。身支度の時間から逆算してくれたようだ。

 大きな深皿にたっぷりのとろけたチーズが乗ったものや、山積みにされた丸パン。新鮮さがわかる彩り鮮やかなサラダ。そして濃い黄色のスープ。

 精霊を除いた全員分のカトラリーや椅子があることを、思わず何度も確認してしまった。

 ――シャルロットを入れればぴったり数が揃う。

「はい、シャルロットちゃんはこちらー」

「一名様ごあんなーい」

 ジャネットとエミリーの姉妹に押されるがまま、手前側の左から二番目に座らされる。左側にエミリー、右側にジャネット、右端の席にはフローラが座る。

 向かいの席には、右手からリアムとエリックが座った。

 シャルロットたちの後ろでは、ロゼットをはじめとした精霊たちがにこやかに見守っている。

 ドアが開いて、オスカーが足早に空いている席に着いた。

「お、トイレはもういいのか?」

「うるさいっ」

 からかうエリックにオスカーが身じろぎする。動きからすると蹴ったようだが、兄にさほどダメージは入っていなかった。

 小さな苦笑が漏れる中、リアムが咳払いをする。彼が胸の前で手を組むと、全員がそれに倣った。

 リアムが口を開く。

「天と地の恵みに感謝します」

「「「「「感謝します」」」」」

「……感謝します」

 小声でシャルロットもそれに続いた。

 食前の祈りを終えて、各自が好きに料理を取り分ける。

「シャルロットちゃん、ラザニアいる?」

「ラザニア、ですか?」

「あの深皿の料理よ。パスタ生地を広いまま切らずに、二種類のソースを互い違いに乗せて、上にチーズをのせて焼くの。父の得意料理よ」

「……では、お願いします」

 貴族と違い、平民はまず自分たちで料理をする。シャルロットはその点がわかっていたので突っ込まなかった。

 空の取り皿をジャネットに差し出し、取ってもらう。大きなスプーンで掘るように取り上げられたのは、ミートソースとベシャメルソースのコントラストにチーズがかぶさった一品だった。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

「お姉ちゃん、あたしもー」

「はいはい」

 取り皿いっぱいに乗せられたラザニアをシャルロットが受け取ると、エミリーもねだった。この一家は自分で料理を取りに行くより、近くにいる人に頼むスタイルのようだ。向かい側の男性陣も同じようなやり取りをしている。

 ナイフで一口サイズに切り、ラザニアを口に運ぶ。

 もちもちとしたラザニアの生地に、濃厚なミートソースとクリーミーなベシャメルソース。さらにまろやかなチーズが口の中で混ざり合う。噛めば噛むほどお肉の旨みも合わさってさらに美味しくなる。

「どうかな、シャルロットさん」

 リアムが声をかけてきた。

「お口にあったかい?」

 シャルロットは慌てて口の中のものを飲み込み、頷いた。

「はい。とても、美味しいです」

 リアムがにこりと笑った。

「それはよかった」

「スープも美味しいわよ。今の時期、カボチャが旬だからね」

 フローラに勧められるまま、スープにも口をつけてみる。濃厚な甘みなのにさっぱりしている。これも美味しかった。

「すごいです。とても美味しいです」

「誰も取らないから、ゆっくりと食べてね」

「はい」

 無意識にかき込みそうになっていたらしい。改めて、一つ一つ味わうように食べる。

 やっぱり美味しい。馬宿の食事もそうだが、残飯を漁って食べていた時よりもずっと美味しく感じる。

(残り物でちょっと古かったからかな? それとも温かいから?)

 王都を飛び出すまでは、温かい食事なんてほとんど記憶にない。旅の間も、船や馬車の上では冷たい食事をとることが多かった。それでも、王都の時に比べればずっと美味しく感じられる。

(あの時と違うこと……)

 食事の手を止めて、周りを見る。食事をとりながら、エリックたちが賑やかに話している。主にエリックが道中のことを面白おかしく語って、それにジャネットたちが相槌を打つ。リアムとフローラも時々話の中に入ってくる。

 貴族社会では、こうして話すことはまずない。平民出身のアデルとジゼル母娘は、父ウォーゲンが不在の時は屋根裏まで響くほどの大声で話すこともあった。さすがにあれははしたないとシャルロットは思っている。

 食事をしながら誰かと話す。それは何度見ても新鮮でむず痒い光景だった。

「ねえねえ、シャルロットお姉ちゃん」

 エミリーが話しかける。

「初めての旅だったんでしょ? どうだった?」

「……そう、ですね」

 そういえば、誰かにこうして感想を喋るのは初めてだ。かつて図書館で蓄えるだけ蓄えた語彙を動員する。

「目まぐるしくて、飛沫が、キレイで……。目に映るもの、すべてが輝いて見えました」

 だが、出てきたのはあまりにも幼稚な言葉だけだった。そういえば、お茶会に招かれてもほぼ壁の花と化していた。

「そうか」

 ゆっくりと頷いたのはリアムだった。

「君がなぜこちらに来たのか、理由はエリックからの手紙でおおよそ知っている。そちらのロゼットさんのご実家も、折を見て顔を出すと良い。――今まで君は、大変な苦労をしてきた。ここで魔法を学びながら、ゆっくりと過ごすといい。時間はたっぷりあるんだから」

「……ありがとうございます」

 シャルロットは深く礼をした。

 記憶の中にある父は、いつも厳しい顔をしていた。こんな風に柔和な笑みを向けてくれる人ではなかった。それどころか、顔を合わせることすら避けていた気がする。

 立場も間柄も違うのだから、客人であるシャルロットに愛想良くしてくれるのはわかる。

 そこで寄りかからず、しゃんと立たなければならないのだ。

 あくまでもシャルロットは、彼らに庇護されている立場なのだから。

(……あれ、美味しくない)

 ラザニアが、泥のような味になった。

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