第4話 魔王軍の精鋭、魔王軍オタクに間違われる。
「まぎれもなく、魔王軍剣術ですな!!」
訓練場が静まり返った。
丸眼鏡の男は、分厚い本を抱えたまま興奮している。
「第三遊撃隊の《逆踏み》!相手の斬撃を流し、引いた足を踏み返して懐へ入る!あの足運び、間違えようがありませんぞ!」
よく知っているな!
「……あなた、何者?」
レオナが木剣を下ろした。
「これは失礼!戦史研究家のマッテオと申します!出版社も営んでおりまして、ここ五年、旧魔王軍の戦術を調べ続けております!」
そう言って、本を開く。
びっしりと書き込まれた文字に、剣を構えた兵士の図解。
「《逆踏み》は文献に残っているのですが、どうしても実際の動きを再現できなかった!それが今日、ついに!」
マッテオはベリクに詰め寄った。
「ぜひ教えてください!どちらで学ばれたのですか!?」
「……そ、それは……」
ベリクの顔が強張る。
「……昔から、剣を振っておりまして」
「何年ほど?」
「……十五年、ほど」
「十五年!?」
マッテオがのけぞった。
「私の研究歴の三倍ではありませんか!しかも、あの精度!実に見事ですぞ!」
「……ちょっと待って」
レオナが割って入った。
「十五年も魔王軍の剣術を使ってて、あの敬礼までしてたのよ?元軍人なんじゃないの?」
「その可能性はありますな!」
マッテオが即答した。
「……だったら!」
「ですが、現時点では断定できません!ご本人の経歴を確かめる必要がありますぞ!」
「……だから確かめてるんだけど」
レオナがベリクを見る。
「で、あんたは?」
「……い、今は、ただ剣を学びたいだけの者です」
「……今は、ね」
レオナの目が細くなった。
「ベリク!どこで学んだにせよ、見事な腕前だ!胸を張ればいい!」
「……カイ殿……!」
「十五年も一つの剣術を磨き続けるとは!尊敬するぞ!」
ベリクは、なぜか天井を仰いだ。
「……十五年」
マッテオが感極まったように呟き、両拳を握った。
「そこまで魔王軍剣術に打ち込むとは……!
君こそ、筋金入りの魔王軍オタクですぞ!!」
「…………オタク?」
ベリクが固まった。
「最大級の賛辞です!!」
ずいぶん熱心な研究家がいたものだな!
───
「ところで、カイ君!先ほどの試合、ずいぶん詳しくご覧になっていましたな!」
マッテオが本を差し出した。
「ああ!懐かしい技だったからな!」
「では、こちらの図解をどう思われます?」
開かれた頁には、《逆踏み》の動作が細かく描かれていた。
ほう。なかなかよく調べてある。
だが。
「ここは少し違うな」
「……違う?」
「剣を返すのが早すぎる。先に足を踏み返さなければ、相手の懐へ入れないぞ」
マッテオが本を見つめ、それからベリクに向き直った。
「ベリク君!先ほどは、どちらを先に動かされました!?」
「……足です」
「やはり!!」
マッテオは鞄から赤い鉛筆を取り出し、図解に勢いよく線を引いた。
「五年越しの間違いが、ようやく分かりましたぞ!!」
自分の本を、迷わず訂正している!
「すまないな。せっかく書いたものに」
「何を仰います!間違いが分かったのです!こんなに嬉しいことがありますか!」
「分かるぞ!昨日できなかったことが、今日できる!最高ではないか!」
「そのとおりですぞ!!」
俺たちは固く握手を交わした。
「……何なの、この二人」
レオナが呟いた。
「しかし、カイ君。君も相当お詳しいですな!」
「ああ!昔、第三遊撃隊をよく見ていたからな!」
「なんと!実地研究派でしたか!」
「実地というか、実際に指揮を――」
「カイ」
レオナが俺の肩を掴んだ。
「……それ以上はいいわ」
まだ話の途中だったのだが。
「ベリク君!ぜひ実際の動きを詳しく記録させていただきたい!」
マッテオが訂正した頁を掲げる。
「……わ、私ですか?」
「もちろん!十五年も研鑽された技を、失わせるわけにはいきません!」
昔の技術を残そうというのか。
平和になった今なら、誰もが同じ剣術を学べる。
それは素晴らしいことだな!
「……そうだ、ベリク!」
「……は、はいっ!?」
「俺にも剣術を教えてくれないか?」
ベリクの動きが止まった。
「……私が、カイ殿に?」
「ああ!今の俺は初心者だからな!先ほどの試合を見て、ぜひ教わりたくなった!」
ベリクが口を開きかけ、閉じる。
「無理なら構わないぞ?」
「と、とんでもございません!」
ベリクが慌てて背筋を伸ばした。
「喜んでお教えいたします!」
「本当か!ありがたい!」
「……ただし」
レオナが腕を組んだ。
「私の目の届くところで、ね」
「……承知しました」
ベリクの返事は、やけに力強かった。
「――では、決まりですな!!」
マッテオが手を叩いた。
「……何が?」
レオナが振り向く。
「ここまで人材が揃ったのです!研究会を作りましょう!」
「……研究会?」
「旧魔王軍の剣術を、平和な時代に正しく研究するのです!」
マッテオは鞄から紙束を取り出した。
「研究責任者は私!実技指導はベリク君!」
「……わ、私ですか?」
「そして、カイ君!君には、ぜひ総司令官役をお願いしたい!」
「……俺が?」
「名前まで同じ!戦術にも詳しい!これ以上ない配役ですぞ!」
俺が、昔の俺を演じるのか。
「面白そうだな!やろう!」
「げほっ!!」
ベリクが盛大にむせた。
「……最高の配役ね」
レオナが呟く。
「勇者様もそう思われますか!」
「ええ。これ以上ないくらい」
「では勇者様には、安全監督を!」
「私はカイの監視をしてるだけよ!」
「なんと!元勇者による直接監視つき!安全面でも万全ですな!」
マッテオが紙に書き込む。
「……勝手に名前を使わないで」
レオナが低い声で言った。
「おっと!失礼しました!」
マッテオは即座に記載を訂正した。
『勇者レオナ様――協力未承認』
「これでよろしいですかな?」
「……そこまで書くのね」
何とも律儀な男だな!
「それでは、研究会の名称を発表いたします!」
マッテオが紙を掲げ、大きく息を吸った。
「――魔王軍道場ですぞ!!」
「「「魔王軍道場!?」」」
訓練場がどよめいた。
「魔王軍の剣術を、種族の垣根を越えて学ぶ!平和な時代だからこそ実現できる道場ですぞ!」
周囲の訓練生たちが顔を見合わせた。
「……魔王軍の技が習えるのか?」
「勇者レオナ様もいるんだろ?」
「総司令官役って、あの新人のカイか?」
「名前まで同じらしいぞ!」
「面白そうじゃねえか!」
「俺も参加したい!」
「俺も!」
人族も魔族も、次々と手を挙げる。
さっきレオナを茶化していた若い魔族まで、目を輝かせていた。
「待てェェェッ!!」
ガルドが飛んできた。
「お前ら!勝手に何を始めてやがる!!」
「ご安心ください!戦争を再現するつもりはございません!魔王軍道場ですぞ!」
「名前からして安心できねえよ!!」
確かに、少し物騒かもしれん。
「団体で訓練場を使うなら正式な申請が必要だ!講師の資格も審査する!」
「承知しました!」
マッテオは即座に紙を広げた。
「活動目的は旧軍剣術の研究と基礎指導。責任者は私、講師候補はベリク君!」
さらさらさら。
「……お前、何でそんなに手際がいいんだ?」
「出版社を営んでおりますので!企画を形にするのは慣れております!」
「……そうかよ」
「正式な書式はギルドの窓口で頂きます!講師資格の審査についても確認いたしましょう!」
「……分かってるならいい。許可が下りるまでは団体活動は禁止だからな!」
「もちろんですぞ!規則を守ってこその研究です!」
熱心なだけでなく、しっかりした男だ!
「よし!許可が下りたら、皆で学ぼう!」
「大賛成ですぞ!」
「……承知しました」
ベリクが力なく頷いた。
───
「さて、カイ!お前は基礎体力組に戻れ!」
ガルドが呼んだ。
「分かった!」
俺は木剣を返そうとして、ふと思いついた。
「ベリク!一つだけ、教えてくれないか?」
「……何を、でしょう」
「木剣の握り方だ!」
俺は構えてみせた。
昔の身体なら、多少無理な握り方でも平気だった。
だが今は、強く握ると腕が震え、緩めると剣先がぶれてしまう。
「……どうだ?」
ベリクが俺の手元を見つめた。
「……少し、握り込みすぎです」
「ほう!」
「小指と薬指で支えるように。肩の力も抜いてください」
言われたとおりに直してみる。
おお!木剣がさっきより安定している!
「すごいな、ベリク!」
「……いえ、この程度は基礎でございます」
「だからこそありがたい!俺は、その基礎から学び直したいんだ!」
ベリクは俺の手元をもう一度見た。
「……では、明日は足運びから始めましょう」
「ああ!よろしく頼む!」
ベリクが少しだけ笑った。
いい先生に出会えたものだ!
───
その日の夕方。
旧魔王軍の執務室で、ヴォルグは通信石から届く報告を聞いていた。
『……ヴォルグ様。閣下は大変楽しそうに訓練しておられました』
「……そうか。それはよかった」
『それと、閣下から剣術の指導を頼まれまして』
「……何?」
『お引き受けしました』
「…………」
接触するなと命じたはずだが。
『今のお身体に合わせ、基礎から学び直したいとのことでした』
ヴォルグは息を吐いた。
「……閣下ご本人の希望なら、指導は続けてよい。ただし、あくまで個人としてだぞ。旧軍を動かすようなことはするな」
『承知しております!』
「くれぐれも目立つなよ」
『……その件ですが』
「……何だ?」
『魔王軍道場の講師候補になりまして』
「…………」
『閣下は総司令官役です』
「…………」
ヴォルグは額を押さえた。
「……ベリク」
『はっ』
「お前の任務は、閣下を目立たぬよう見守ることだったな?」
『……はい』
「……なぜ魔王軍道場の講師になっている?」
『私にも分かりません!!』
「分からんまま引き受けるなァァァッ!!」
「……ともかく、正式な許可が下りるまでは団体活動をさせるな。旧軍から人を集めることも禁止だ」
『はっ!』
「それと、ルル様にはまだ知らせるな。再会の前に、せめて状況を整えたい」
『承知しました!』
通信が切れた。
ヴォルグは深く息を吐いた。
「……道場の噂が広まる前に、何とかせねば」
だが、そのころ。
共同訓練場にいた人族と魔族の訓練生たちは、すでに街の知人へ話を伝え始めていた。
『勇者レオナが魔王軍道場を監視するらしい』
『第三遊撃隊の剣術を使う魔族が講師になるんだって』
『総司令官役はカイって新人らしいぞ』
その噂がルルの耳にも届くことを、ヴォルグはまだ知らなかった。
───
「……よんっ!」
ぐぐぐっ。
腕が震える。
……ここからだ!
「……ごっ!!」
肘が伸びた。
……できた!
「五回だァァァッ!!」
俺は宿の床に転がった。
肩が熱い。息も苦しい。
だが、確かに五回できた!
昨日は四回だったのだ!
「……うるさい!宿中に聞こえるでしょ!」
隣で回数を数えてくれたレオナが耳を押さえた。
「すまん!だが、ついに五回だぞ!」
「……ええ。ちゃんと五回だったわよ」
レオナが呆れたように笑った。
「……あんた、ほんとに楽しそうね」
「ああ!今日は剣術の先生にも出会えたからな!」
「……あのベリクね。私、まだあいつを信用してないから」
「そうか?」
「明日も目を離さないわよ」
「ありがたい!明日も剣の稽古を頑張らねばな!」
「……その前に、まともに木剣を振れるようになりなさいよ」
「ああ!まずはそこからだ!」
腕立て伏せ五回。木剣の握り方。
昨日までできなかったことが、少しずつできるようになっている。
明日は、何ができるようになるだろうか。
今から楽しみで仕方ないな!




