安楽死ボタンゲーム2
最終話です
あの子を殺す勇気はないのに、どうして俺は守ろうとしているんだろう。大人だから? 同情したから? 殺せないから?
どうせ守る勇気があるなら寝ている彼女へ、手りゅう弾を投げれば良い。きっと即死だ。意識のないまま逝く。大金も手に入る。ここで彼女を守っても1円にもならない。命を捨てることになるかもしれない。
──俺の心の中の悪魔はそう囁いていた。だけどなんでかな。普段はゴミ拾いもしない。歩きたばこも注意しないのに、こんな時だけまともになってしまうんだ。
3、2、1────〝ビビビッ!!〟
カウントダウンを終えると、スマホが音を出して震える。俺の安楽死ボタンが起動したらしい。とうとう執行者が来る。
早くて30分、1時間だろうと自分の経験から予想した。準備をする時間は十分だ。つっても心のだけだが。
────私はまた、この部屋で寝てしまった。
〝この野郎!ぶっ殺してやる!〟すぐ隣からそんな声が聞こえた。夢の中で聞こえたと思った怒号と壁を殴る音は現実だった。こんな音で起こされたくなかった。まだ虚ろの中にいたかった。突如訪れた現実は想定していた中で、最悪だ。
怖くて動けずにいると壁のスライド音だけが鳴った。
「く、黒野」
「お、お兄・・・さん」
現れたのは彼だった。頭から流血して足元まで垂れている。鼻は潰れ、右目は膨らんでいる。足を引きずる彼に歩み寄ると、戦場となったワンルームが視界に入った。壁に人が刺さっている。多分女性だろう。顔に刀が突き刺さり、壁に固定されている。
「ごめんなさいごめんなさい。巻き込んでごめんなさい」
「・・・逃げろよ。そして生きろよ」
「お兄さんは!?」
「お、俺は──」
影が見えた。人影がお兄さんの後ろにやって来た。それは手に包丁を握っている。
「なんだよ。せっかく人を殺せると思ったのに先を越されたか」
中年くらいの男はそう言いながら私たちに近づく。私の前に立ったお兄さんは耳元で囁いた。
「隠れろよ」
それだけ言って、私を突き放した。スライドの壁が閉じていく。お兄さんの背中は男に突進した。
「助けなきゃ、お兄さんを助けなきゃ!」
部屋の武器は銃と爆弾・・・あれ? 爆弾はどこ──
すぐ真横で雷が落ちた。地面が揺れた。空気が震えた。灰色の暴風に包まれる。
その爆発で天井も壁も無くなった。ワンルームには誰もいない。何も残っていない。月光が私だけを照らしてる。
「おにいさん? お兄さん?」
耳鳴りが止まらない。音が聞こえない。お兄さん、返事をしてよ。
あの一瞬でどこに行ったかなんて1つしかない。なのに私はそのワンルームで彼を探し続けた。瓦礫の中で何かが光った。拾い上げたそれは鍵だった。
「お兄さんの鍵だ」根拠はないけどそう感じた。
〝逃げろよ。そして生きろよ。隠れろよ〟
今もお兄さんがそう言っている気がする。
そうだ。私が生きている限り、また執行者はやって来る。お兄さんの家へ隠れ──
走り出した私は転んだ。突風に吹っ飛ばされたようだった。起き上がろうと手を突いた時、右手に穴が開いた。血と共に激痛があふれ出る。動かない足からも血が流れていた。
「いやだ。しにたくない。いきたいよ。今日だけでも良いからまだ──
少女の頭を弾丸が貫いた。狙撃手からすればそれは、今度こそという一射。男は噛みしめていた煙草を指に取り、ようやく一息ついた。再び煙草を咥えると、男はスマホを手に通話を始める。
「安楽死ボタンの改善点が見つかった」
《なーにー?》
男の通話相手はまるで子供だった。話し方も声も中学生、いや高校生だろうか。そんな相手にさっきまでの出来事がなかったかのように、男は話し続ける。
「執行者と元執行者が互いに殺し合うのはいかんだろ」
《うーん。困ったにゃ~》
「もう一度、グループでやらせないか」
《やらせるって? 乱れるパーティー?》
「安楽死ボタンの試験運用」
《おー。安楽死ボタンゲーム2の開催だね!》
「今回テスト版をインストールさせたやつはどうする?」
《そりゃ消すしかないよね。証拠は消してなんぼでしょ》
「じゃあそっちはネットの工作もしっかり消しとけよ」
《そっちこそちゃんと人を消してよね!》
「任せろ。次のターゲットを殺しに行く」
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
今後の参考になりますので評価や感想などいただければ幸いです。
活動報告では今作についてのプチ解説、編集後記的なものを記載しています。