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おねえちゃんスイッチ「い」異世界  作者: 青本計画


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 ――エルフの聖域から少し離れた野営地。


「あああ、くそっ! いったいどうなっている⁉」


 陣幕の中で、薄紫の肌をした魔族の女が地団駄を踏んでいた。

 拳からぽたぽたと地面に滴る赤い血が、そのまま彼女の怒りを如実に表している。 


「まあまあ、少し落ち着きなよ」


 一方、隣でそれを諭すのは人間であった。

 大学生ほどの年齢の、背の高い女だ。人工的な光沢を放つ長い金髪と、化学繊維で編まれた白のセーターが、彼女がこの世界にとって異物であることを教えてくれる。

 棚町姉妹、藤見夜子同様、勇者として呼び出されたはずの彼女の名は月村雅。

 魔王軍に与する、人類の裏切り者の一人である。

 もっとも、本人にその自覚は一切ないのだが。 


「これが落ち着いていられるか!」


 魔族の女――ラニータは、魔王軍の中級将校だった。対人類連合軍の最前線で戦い続けてきた叩き上げのベテランであり、優秀な人材として上層部から目も掛けられていた。それゆえに、

 今回のエルフ族への攻撃が成功すれば、幹部への昇進も見えてくる。

 そんな矢先のことだった。


「エルフどもめ、どうやってグランドレイクを殺したのだ!」


 グランドレイクとは、翼を持たないドラゴンの一種だ。

 成体の全長はおよそ15から30Mほど。大地を力強く踏みしめ、目に入る全ての生物を喰らい尽くす暴食の竜。対人類との戦いでも局所的に投入される、魔王軍の切り札的存在だ。

 そもそも個体数が少なく貴重な上に、性格も凶暴で大飯喰らい。育成コストも、維持管理費も、ラニータからすれば天文学的な数字だった。

 そんなグランドレイクを特別に上官から借り受け、そしてあっさりと失った。

 大失態どころの騒ぎではない。致命的なまでの損失は、魔王軍において大逆にも等しい。

 ラニータの狼狽ぶりも、仕方のないことだと言える。


「さすがにあれは私も予想外だったけどね。あんな惨たらしい死に方、北方戦線でもそうは見ないし。ホラー映画かと思ったよ」

「訳の分からんことを抜かすな!」


 ラニータたちが発見したグランドレイクの死体は見るも無惨な姿であった。

 本来、竜の鱗は並大抵の攻撃は寄せ付けない。どれほどの業物も、使い手の力量が悪ければ弾いてしまう。それは魔法であっても同様だ。北方戦線――人類と魔族の最精鋭が一進一退の攻防を繰り返すあの戦場ですら、グランドレイクは縦横無尽に暴れ回っていたのだ。

 その暴竜が、内臓をぶちまけて死んでいた。

 まるで、内側から腹を食い破られたかのように。

 血と汚物に塗れた凄惨な現場は、部隊のゴブリンですら半ば恐慌状態に陥ったほどだ。


「……エルフどもにあんな真似ができるとは思えん」


 少しだけ、冷静さを取り戻したラニータが呟くように言った。

 エルフという種族は人類種全体の中でもかなり優秀だ。種族全体の特徴として、手先が器用で、弓と魔力の扱いに長けており、動きは身軽で俊敏。目と耳、そして勘の良さも特筆すべき点だろう。頑健さと膂力以外のほとんどの分野で、魔族の平均を上回っている。

 それでいて、長寿。エルフは亜人の中でも一、二を争う長命種である。年嵩のエルフを戦場で見掛けた場合、すぐに生け贄を見繕えというのが魔族の通説だ。エルフですら老いるほどの長い年月を戦場に費やした猛者の実力は、魔王軍幹部ですら震え上がらせる。

 ラニータにも、老エルフを前に戦友を見捨てた経験があった。


「それは同意、エルフのやり方じゃないね」


 とはいえ、エルフ族にも弱点はある。高慢で排他的で見栄っ張り。勝利だけでなく勝ち方にもこだわるきらいのある彼らは、それが災いして命を落とすことも多い。

 だからこそ、グランドレイクのあの死に様はありえない。エルフたちにとって、どうしようもなく醜悪だからだ。たとえ命の危機に晒されようと、エルフ族の常識では思いつくことすらできないだろう。殺しに魅入られた老練なエルフなら別かもしれないが、そんな化け物は北方戦線にしかいない。であれば、残る可能性は一つ――


「あの人間の小娘たちか」


 昨日、突如として聖域に現れた三匹の人間。巨大な鉄の猪を駆るあれらの出現と同時に、グランドレイクとの魔力的接続が途絶えたのだ。関係がないと思う方がおかしい。


「だろうね」

「お前と同じ、異世界人だな?」

「それも、だろうね」


 魔王を倒すために、異世界から召喚される勇者と呼ばれる者。人ならざるの力を持つ超常の異分子たち。その存在を、当然ながら魔王軍も把握していた。それこそ、ラニータの目の前にいる月村雅もその一人だった。

 しかし、未だ彼らの刃が魔王に届いたことは一度もない。

 勇者たちは北方に行って死ぬか、勇者であることを捨てるかの二択であった。


「あのような小娘たちにグランドレイクをどうにかできるとは思わんが……」

「見た目も年齢も関係ないよ、なにせ神様に特別な力を貰ってるわけで。全てはその能力と本人の相性次第。チート――いや、ギフトによっては幼女だって君を殺せる」

「ハッ、理不尽この上ないな!」

「人間からすれば君たちは存在からして理不尽なんだけどね」

「弱者は淘汰される、当然の摂理だ」

「その理屈は君たちにも適用されるって話」

「……………」


 月村の言葉に、ラニータは歯噛みする。


「貴様も余裕ぶっている場合か。グランドレイクを失ったとあれば、いくらあの御方の寵愛を受ける貴様とてタダでは済まんぞ」

「あはは、そうかもしれないねぇ」


 そもそも、今回のエルフの聖域に対する侵攻計画は月村の発案であった。

 勇者として召喚され、神によってギフトを与えられた。そんな彼女は初手でとある魔王軍幹部に拾われると、能力を活かして瞬く間に側近へと成り上がった。

 当初は人間である月村への不満の声も多く上がったが、彼女が人類連合にもたらした被害の大きさを目の当たりにして、誰もが口を噤んだ。

 そこで満を持しての自由行動。グランドレイクと大隊を率いての遠征。指揮官はラニータということにはなっているが、実質的なトップは月村である。


「せめて、集落の一つや二つは潰さねば申し訳も立たん。首が飛ぶぞ」

「かもしれないね」


 実際、ラニータの方は確実にそうなるだろう。

 計画が予定通りに進んでいれば、そろそろアリアナが降伏を決断する頃合いだった。

 あの集落を足掛かりに、グランドレイクを使って聖域を蹂躙。エルフ族の財産を奪い、捕虜は奴隷に。北方戦線の精鋭たちが報せを受けて大慌てで帰ってくる前に撤退。

 存分に略奪を楽しみながら、北方から戦力を引き剥がす。ついでに人類連合軍に軋轢が生じれば最高。魔王軍はそんな絵図を描いていた。

 そのために多額の資金を投じた。ポニエ戦争における『ハンニバルのアルプス越え』さながらの強行軍だってやり遂げた。

 しかし、今の戦力ではそれは叶わない。なんとかアリアナの集落だけでも壊滅させたとしても、相手に与える損害は最小限。それではエルフを怒らせるばかりで逆効果だ。

 何の成果も得られずに帰還すれば、極刑は免れない。


(普通なら、ね)


 だが、月村に焦りはない。たとえこのまま無様に逃げ帰ったとしても、月村雅が責任を問われることはない。罪は全てラニータに押しつけられる。

 彼女が望もうが望むまいが、そうなると決まっている。


(まったく、退屈な能力だよ。これだから神ってやつは気色が悪い)


 それだけ、月村雅に与えられたギフトは有用であった。


「ここからどうする?」

「まずは会いに行ってみようか」

「は?」

「敵を知り、己を知れば百戦危うからずってね」


 アリアナの集落には監視用の使い魔を配置していたが、途中で接続が切れてしまった。

 少女たちがエルフに拘束され、脱走しようとしてトラブルになったところまでは確認できているが、そこから先が分からない。回線が復活した頃には少女たちはエルフと談笑していた。

 勇者は三人。おそらくそのうちの二人は双子の姉妹だ。外見から判断して、月村と同様に日本の学生である可能性が高い。つまり、本職ではない。

 そんな彼女たちがどうやってグランドレイクを討ち果たしたのか。それを確かめないことには、これからの方針も立てられない。


「本気か?」

「もちろん」

「殺されるかもしれんぞ」

「だから私が行くんだよ。まあ、こっちには捕虜もいるし。そう心配しなくても大丈夫だよ」

「誰が貴様の心配などするか!」


 憎々しげなラニータの表情に、月村は声を上げて笑いながら集落に向けて歩き出す。

 

 向かう先で何があろうと彼女は死なない。

 そういう風に、世界はできている。

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