96 目覚めると……
「――また、な」
――うわぁぁ!
「ぎゃっ」
飛び起きる。
嫌な夢を見た。
何故スライムなんぞになって、あんな目に遭わなければいけないというのだ。
はぁ、やれやれ。前からよく悪夢は見てたけど、あそこまでリアルなのは初めてだな。
なんせ、体感一ヶ月以上あった上に、最後なんて本当にいt……あれ? なんで夢なのに痛いんだ?
そもそも、今も慣れ親しんだ感覚と違うような……
恐る恐る目を向け――ようとして、既に分かってしまった。
そっちを見ようとして、目の位置が動くのはおかしい。
……はい、これは夢じゃねぇな。
頬をつねろうとしたらつねる腕も指も、そもそも肝心の頬も無かった。
こりゃ、もう確定ですね。
転生s――僕はやっぱりスライムに転生したようだ。
……危ねぇ! 危うく世紀のビッグタイトルを口走るところだった。
何気にやってなかった(気がする)ネタを回収したところで、現実に向き合うとしよう。
起きたのは、知らない部屋……たぶん部屋だ。部屋だよね?
洞穴……とは少し違うが、少なくとも僕の知っている「部屋」とは全く違う。
明らかに自然に出来たであろう空間を人工的に拡張した感じだ。
そして、今一番僕の思考を占有しているのは、僕が寝かされていた(置かれていた?)ベッドらしき物体の側でうずくまっている人影についてだ。
見た目は、フードを被って頭を抱えながら縮こまっている少年……いや、少女か?
よく聞くと、うーうーと小さくうなっている。
僕が跳ね起きた時にぶつかったわけでは無さそうだが――そもそもこんなボディのどこにぶつかる要素があるってんだ。
心配なので近付いてみることにする。
ひとまず、明らかにこのフォームでは行動しづらいので、人間態になろう。
……あれ?
…………何故だ?
………………人間態に、なれない。
さっきから妙に身体も動かしづらいし、いったいどうなっているんだ?
……そこでふと思い出したことがあり、僕は恐る恐るスキルを発動する。
ゾンビシーフ(スライム)LV6
攻撃能力値:7
防御能力値:7
速度能力値:7
魔法攻撃能力値:7
魔法防御能力値:7
抵抗能力値:7
HP:7/7 MP:7/7
スキル:〈吸引LV4〉〈吸着LV3〉〈貯蔵LV5〉〈強酸LV2〉〈粘身LV3〉〈粘心LV4〉〈粘槍LV4〉〈粘針LV1〉〈麻痺毒LV9〉〈自己治癒LV3〉〈縮地LV3〉〈回避LV4〉〈浮遊LV4〉〈硬化LV6〉〈投擲LV6〉〈探知LV5〉〈獅子騙しLV3〉〈斬撃付与LV9〉〈刺突付与LV8〉〈打撃付与LV5〉〈衝撃付与LV4〉〈破壊付与LV4〉〈酸攻撃LV2〉〈思考加速LV3〉〈視覚強化LV1〉〈斬撃強化LV7〉〈刺突強化LV6〉〈打撃強化LV4〉〈衝撃強化LV2〉〈破壊強化LV1〉〈酸強化LV2〉〈痛覚耐性LV3〉〈幻覚耐性LV1〉〈混乱耐性LV1〉〈狂乱耐性LV1〉〈恐怖耐性LV4〉〈斬撃耐性LV3〉〈刺突耐性LV4〉〈打撃耐性LV4〉〈衝撃耐性LV1〉〈破壊耐性LV1〉〈火耐性LV1〉〈酸耐性LV5〉〈毒耐性LV7〉〈麻痺耐性LV4〉〈死滅耐性LV1〉〈剛腕LV3〉〈堅固LV3〉〈疾風LV6〉〈鑑定LV5〉〈念話LV3〉〈偽証LV6〉〈擬態LV7〉〈不遜〉〈謙虚〉
……おいおいおい、マジかよ。
「7」? 「7」だと?
確かに「7」ではあるけど、なにも全部「7」にするこたぁねぇよなぁ?
攻撃も防御も20000超えだったんだよ? 速度なんか30000近くあった。
それが「7」だよ?
流石に酷過ぎだろ。
……道理で身体が重いわけだ。
いきなり速度能力がガクッと下がったんで、対応しきれず訳も分からままボコられたけど、こんな状態で生き延びれただけで御の字だな。
「核」が本当にギリギリだったから、普通に消滅していた可能性も結構あった。
だから、とても運が良かったと言える。
そもそも、睡眠が不要なはず……と言うかそもそも睡眠出来ないはずのアンデッドである僕が気絶するなんて、よっぽどだからね。
本当に、運が良かった。
――何者かの作為を感じるくらいに。
「――うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
えっ⁉ なに⁉
僕が考え込んでいる間もうずくまったままだったフードの人影が突然立ち上がったかと思うと、叫びながら走り出したようだ。
なんなの?
気になるけど、身体の動かし方にいまいち慣れないのでそう素早く動けない。
人間態を取れない理由は未だよく分からない。
まぁ、いずれ分かるだろ。
〈擬態〉のレベルはちゃんと元のままだし、たぶんいつか戻るはず。
……そうじゃないと困る。
「――本当に? アイツ起きたの?」
「うん、起きたよ。ビックリしたよ」
そこへ、別の声と共にさっきのフードちゃん(仮称)が戻ってくる気配がした。
動く前に来ちゃった。
未だにここがどこかも、いったいどのような勢力がいるのかも分かっていない。
最悪の事態を想定しておこう。
ステータスにあまり寄らなさそうなスキルをいくつか見繕っておく。
……まぁ、たぶん大丈夫だとは思うが。
この声には、若干の聞き覚えがある。
互いの手の内を全て把握出来るほどの関係こそ築いてはいないが、攻撃されるような謂れを抱えているとも思えない。
第一、殺そうと思うのなら、殺せる機会など腐るほどあったはずだ。
だから、たぶん大丈夫だ。
……ちょっと心配になるようなファーストコンタクトだったから、若干の不安はあるけども。
「あら、本当に起きたようね。見た目は分かりづらいけど」
「でしょ? ホントにビックリしたんだよ」
部屋に入って来たのは、やはり見覚えのある姿をした女だった。
赤みがかった茶色の髪をボブカット――と言っても、僕は髪型に全く詳しくないので、絶対にそうかと言われたらちょっと自信はない――にした長身の美人だ。
その少し吊り上がり気味の眼は、白緑。
そう、かの忌々しきクソマッドの研究所に捕らわれていた吸血鬼、イカル・ミモザだ。
「久しぶりね。随分と無様な姿だこと」
未だに根に持っているのか若干当たりが強い気がしないでもないが、まぁご褒美ということにしておこう。
それよりも、他人様の姿をとやかく言ってほしくないなぁ。
なんせ、僕らはこれが本来の姿だからね。
言われっぱなしも癪なので何か言い返してやろうと口を開こうとして、そして気付いた。
……正確には、既に気付いてはいたんだと思う。気付いていないふりをしていただけで。
――喋れない。
元より〈擬態〉を使って声帯を作って発声していたわけなので、それが何故か機能しなくなっている以上、喋れるはずはないのだ。
まぁ、本当ならスライム態でも喋れてはいたので、もしかすると声帯とは別の方法で会話が可能なのかもしれないけど、正直なんとなくで身体を動かしていたので、やり方はよく分からん。
「なんでなにも言わないんだろうね」
マズいぞ。フードちゃんが若干訝しんでいるぞ。
早いとこなんとかしてなんとかしてこちらの意見なりを伝えなきゃ。
〈念話〉ならたぶん伝えられるんだろうけど、ミモザにはパスが繋がっていないので、ちゃんと届くかめっちゃ不安だ。
そもそも、ミモザ達が〈念話〉のスキルを保有しているかも定かではない。
まぁ、いったんやってみるか。
[今は喋れないが、そちらの声は聞こえている]
……二人に僕の声が届いている様子はない。
こりゃダメだな。別の方法を早く考えないと。
ミモザはともかく、名も知らぬフードちゃんの僕を見る目がどんどん鋭くなってきている。
まったくもって本調子じゃないし、今ここで攻撃なんて喰らったら確実に終わるぞ。
――聞こえるか?
〔……ああ、なんとかな〕
……帰ってくる声が一つしかない。
やはり、「核」は削り切られたみたいだな。
もうマジで終わりだ。
一か八かで粘体をいじくって文字作るか?
身体の操作が全くままならないこの状態でどのレベルの文字を表現出来るかは疑問だが。
かなりの身の危険を感じながら、『分体統括』に現状自由自在に操作出来る粘体で作れる最も効率的な短文を考えさせる。
僕は、二人の行動を注視していざとなればすぐに〈回避〉出来るように警戒する。
今のこのクソ雑魚ステータスではまず即死は確定なので、〈回避〉だけが頼みの綱だ。
これの発動タイミングをしくじれば、残機を一気に失って今度こそ消滅しかねない。
……まぁ、厳密には更なる予備が生きている可能性もそこそこあるので、絶対にこれで終わりと決まったわけでもないのだが。
「なんにも言わないね。どうしたんだろう?」
「わたし達みたいな不浄の一族とは話したくないんでしょ。『神獣』様は」
「助けてもらったのにえらそうだね」
「人間なんていつもそんなものよ。コイツはそんな人間に魂を売り渡した魔物だけど」
おいおいおい、それは流石に聞き捨てならないなぁ。
僕そんなお高く留まってませんけど?
むしろ、どっちかと言うと僕がそういう嫌味を言う側なんだが。
これは一刻も早くなんとか誤解を解かないと。
[……なんて、少しからかい過ぎたかしら]
「あははははっ」
…………は?
なんなんだよ、テメェ。からかってたのか?
つまり、僕の置かれた状況もある程度把握していたし、さっきの〈念話〉も聞こえていたってことだよなぁ?
やっぱコイツ、良い性格してるわ。
◇◇◇
「――とりあえず、ここを出るわよ」
フードちゃんが僕を抱きかかえてくれたので、大人しく為されるがままになる。
……決して気持ちの悪いことは考えてなどいない。
前の僕ならば色々アホなことを考えていたように思われるが、残念ながら(?)今の僕からはそのような部分が抜け落ちている気がする。
……やはり、何かあったのか? 知らない間に。
部屋(?)を出ると、予想通りそこは洞窟のようになっていた。
そこかしこに光源は存在しているものの、全体的に暗く明らかに「外」ではなく「内」であることが分かる。
そして、とてつもなく広い。
僕らが出てきた「部屋」はその中の横穴の一つに過ぎず、それ以外にも無数に同じような横穴があるようだ。
少し周辺より高い所にあたるらしい今いる横穴から、分かりづらいが中央にある広い空間へ向けて二人は歩き出した。
僕はフードちゃんに抱きかかえられたまま大人しくしている。
「この子が起きたこと、マー姉さまにもおしえてあげなくちゃね」
「そうね」
その「マー姉さま」ってのが誰かは分からないが、どうも嫌な予感がする。
具体的にはフードちゃんがその名を口にした瞬間にミモザの殺気が膨らんだ感じがしたんだよなぁ。
そう言えば、ミモザとの初対面でいきなり生命を狙われたなぁ。
口調も何もかも変わって恐ろしかったなぁ。
と言うか、正直なところそっちの方が印象が深すぎて今のミモザに違和感があるくらいだ。
正直に言おう。
僕にはその「マー姉さま」とやらの正体に見当がついている。
まぁ、ぶっちゃけると、ここへ僕を運び込ぶような人物には一人しか心当たりがない。
「やmて、たs」「な、y」「bぐぶ」「だr、y」
「ウギャー!」「ギィヤァ!」「ギュアー!」
……前言撤回。なんか違うかもしれん。
明らかに見覚えのある軍服や鎧を身に纏った満身創痍の人間達に、吸血鬼が群がっている。
え? これまさか僕って、餌?
いやぁ、たぶん美味しくないよ。たぶん。
えっ、ちょっと待って。これまさか今から食べられるんじゃないよね?
違うよね?
……急に逃げ出したくなってきた。
「ミモザ」
「今、入って大丈夫そうかしら」
広場に到着すると、(外見上は)かなり若そうな男(吸血鬼)が近付いてきた。
外見年齢は下手したら10代前半かもしれない、ってくらいだ。
でも、格好がどうも戦闘員っぽいんだよな。
素材も修道騎士やシナラスの警邏隊のものに近い、防御性能のある系統のものだ。
コイツ、まさか兵士なのか?
吸血鬼の歳の取り方は知らないけど、シナラスで戦った吸血鬼兵達よりも明らかに幼い印象だぞ?
……色々マズい状況なんじゃないか? ここ。
っと、そんなこと部外者の僕が気にすることでもないか。
この兵士(推定)もとんでもない童顔の成人なのかもしれないし、案外こっちが普通なのかもしれない。
……まぁ、見た目上は今まで見てきた吸血鬼の中でも二番目くらいに若そうだが。一番は当然フードちゃん。
「ああ、大丈夫だと思うぞ。それは……」
「ええ、ようやく起きたみたい」
ミモザはそう言って兵士の脇を抜け、奥へと進んでいく。
更に数人の兵士がそこにはいたが、やはり誰も彼も若く見える。
……結構ヤバそうな感じが漂ってるんだが、まぁ身もふたもないことを言えば関係ないっちゃないもんなぁ。
僕には分からない事情があるのかもだし、迂闊なことは言えないが、色々問題なんじゃなかろうか。
そんな僕の心配をよそに、こちらをちらちら見てくる兵士達にはもはや目もくれずにミモザはどんどん進んでいき、一際警備が厳重そうな建物の前で立ち止まった。
そう建物なのだ。
さっきの「部屋」や、ここに来るまでにいくつも目に入った横穴ではなく、ちゃんとした建物がそこにはあった。
見るからに重要な施設だな。
そんな所に連れてこられるとは、なんとも嫌な予感がするんだが。
「ヨーラクは中に?」
「あっうん。中にいま、いる」
門番のように入口に立っていた兵士――またもや10代半ばくらいでだいぶ若い――にそう尋ね、返事を聞くと道を開けるように身振りで示した。
一応敬語でこそないものの、明らかな力の差があるようでほとんど無抵抗にその無言の指示に従って道は開かれた。
「入るわね」
そう言ってミモザが扉を開き、その後からフードちゃん(と抱えられた僕)が入室する。
中にいた数人が一斉にこちらを向く。
見た目は外にいた兵士達よりはまだ年齢が高そうだ。
まぁ、それでも10代後半から、精々20代前半ってところだが、ようやく格好に似合う見た目になってきた。
察するに、コイツらがここの指導者層っぽいな。
正直、そんなことはどうでも良い。
室内の最奥から出てきた(態度が)偉そうな男の背後から少しだけのぞいている見覚えのある女性。
やっぱり、僕を助けてくれたのは彼女だったのか。
[起きたのね]
[久しぶりだな。助けてくれてありがとう]
『神獣』として一度矛を交え、その後一時的な共同戦線を築いた相手。
それ以来特にこれと言った交流はなく、正直なんの関係も無かったが、どうやらそんな薄い関係の僕を助けてくれたようだ。
魔王軍から。
[言うほど久しぶり? あんまり経ってないけど]
ははは、君からするとそうなのかもしれないね。
でも、僕にはかなり昔のことに思えるよ。
……身も蓋もない話をするのなら、この世界に来てから、未だほんの一か月ちょいくらいしか経ってないまである。
少なくとも二か月はいっていない。
……まぁ、今はそんなことはどうでもいい。
[なんにせよ、あそこから救い出してくれてありがとう、ゲイル]
[こちらこそありがとう、マーガレット]
『北の氏族』の真祖吸血鬼、イカル・マーガレットとの再会だった。
「――ちょっと無視すんなよ! なんなんだよ、そのスライムは⁉」
そこへ口を挟んできた奴がいた。
まぁ、正確には僕らは口に出して会話していたわけではなく、〈念話〉でやり取りしていただけなので、傍から見ていれば無言で向き合っていただけだ。
しかも、片方はスライムである。
僕なら君が悪いので話しかけないけど、名も知らぬコイツはなかなかに勇気があるのかもしれない。
若しくは、ただただ何も考えておらず自分の感情を優先しているだけなのかもだけど。
「おい、マーガレット! このスライムはいったいなんなんだよ⁉」
「うるせェ。黙れ」
怖っ。
なんでそんな冷たい声が出るんだよ。
ちなみに、この恐ろしい声を出したのは、マーガレット……ではなくミモザだった。
コイツ、マジでマーガレットのことになると豹変し過ぎじゃない?
「なんでミモザが口を挟むんだよ! オレはm」
「黙れと言うのが聞こえねェのかァ? テメェはいつから難聴になったんだ? あァん?」
ガラ悪すぎだろ。
マジで怖いわ。
そして、話が進まない。
なんとかマーガレットに話しかけようとするこの名も知らぬ男――と言うよりは少年(見た目は17,8くらい)――は、その前に立ちふさがるミモザによって全て防がれ、未だに何一つ返答をもらえていない。
肝心のマーガレットはと言うと、この状況に慣れているのか口を挟むそぶりもなくただただ見ているだけだ。
まぁ、僕がこれにいつまでも付き合ってやる必要はないし、とっとと最優先事項を片付けるとするか。
[マーガレット、いきなりで悪いが、一つ頼みがある]
[頼み?]
[ああ、ある物を用意してほしい――]
◇◇◇
「――ありがとう。これでようやく動きやすくなった」
「どういたしまして」
僕は感謝の言葉を自分の口で伝え、ながらマーガレットと共に歩き出した。
いやぁ、別にスライム態が悪いってことは全然ないんだけど、やっぱり人間態の方が色々楽な部分があるのは確かなんだよなぁ。
「それにしても、よくあんな化け物と渡り合ってたわね。アタシには絶対無理」
「化け物って……第二軍の司令官のことか?」
「司令官……ええ、アンタと戦っていた第二軍長のことよ」
ほう、魔王軍は司令官のことを「軍長」と呼称しているのか。
どこかで聞いていたのかもしれないけど、記憶にないので今回で覚えておこう。
……って、そんなことは今はどうでも良いんだよ。
「それで? 助けてもらっておいてなんだが、何故僕を助けたんだ? 君が僕を助けるのは、同胞への裏切りなんじゃないのか?」
気になっているのはこのことだ。
たかが一度の交流であの魔王軍を裏切るなんて、感情の面でも戦力の面でも考えられないだろ。
デバフをゴリッゴリに盛られた状態であの戦果だぞ?
僕なら、少なくとも表立って裏切るなんて絶対しないぞ。怖いから。
「……色々、あるのよ」
相当色々ありそうな声で、マーガレットは小さく漏らした。
コレは、触れなくても良いかな。……怖いから。
「おい! お前、マーガレットから離れやがれ!」
なんとも言えない重苦しい雰囲気に陥った僕ら二人に全く空気を読まずに――正直今はその空気の読めなさが有難い――割り込んできたのは、ミモザではない。
さっきの名も知らぬ少年だ。
「お前、どこから来やがった⁉」
ああ、そこからか。
まぁ、そりゃそうか。
彼からすればマーガレットが謎のスライムとどっか行ったかと思うと、なんか知らん奴と帰って来たんだもんね。
そりゃ聞きますわ。
「彼は?」
「ヨーラク。アタシの、まぁ幼馴染かしら」
わお、なかなかに塩。
マーガレットのツンデレ炸裂かと思いきや、コレはガチもんの冷たさ。
さっきのミモザと言い、どうも不憫な奴っぽいな。
僕くらいは優しくしてあげよう。
「早く答えろ! オレを無視してマーガレットとコソコソ話すなァ!」
……前言撤回、僕コイツに優しくしてあげられないかもしれん。
てか、嫌いだわ。好きになれそうにない。
そんなに叫ぶなよ。
たぶんコイツ、自分をのけ者にして他人が何かをしていることに猛烈に腹を立てるタイプだ。
常に自分の用件が最優先。他人の状況も段取りもフル無視。
その強気な姿勢と、裏腹に抱える冷静さというの名の〝臆病さ〟によってある程度の信頼を得て、
妙なリーダーシップまであると勘違いされて取り巻きまでいるのが厄介な連中だ。
私怨と妬み嫉みも多分に含んでいるが、僕は大っ嫌いな類の人種だ。
実を一切伴わず、外面だけは取り繕われている上に、自分の地位を脅かす〝本物〟の排除を最優先にするせいで長期的に見れば害にしかなり得ない。
……っと独断と偏見に満ちた人物評を披露している場合ではない。
僕には想像もつかない何かしらの事情によりマーガレットが僕をあの絶望的な状況から救い出してくれたってこと以外今のところ何も分かっていない。
第一、あれから何日経っていて、現在の戦況がどうなっているのかすら分からない。
よって、とりあえずは一番話が通じそうで、かつ僕的に唯一まともに会話出来る相手であるところのマーガレットに一つずつ、出来ることなら落ち着いて質問したい。
その為には、このヨーラクとかいう少年を早急に排除しなくてはならない。
「ヨーラク、アタシが帰って来た時に説明したでしょ。あのスライムは『神獣』、この男は『神獣』が人間の姿をとっているだけ」
「なんだよそれ、オレは聞いてないぞ」
「テメェ、おれの可愛いメグの言葉を聞いてないだとォ⁉ 死ね。百万回死ね」
未だ問題が解決していないのに別の問題が来た。
いや待てよ。これは逆にチャンスかもしれんな。
アレだ、怪獣大戦争とか怨霊大戦争みたいな感じだよ。詳しく知らないけど。
要するに、面倒な奴には別の面倒な奴をぶつけて、その隙に目的を達しよう、って作戦だ。
若干気配を消しながら、少しずつマーガレットを僕の身体で二人から隔てる。
そこへ、ヌッと現れたのはさっきのフードちゃんだ。
ちょっとビックリしたけど、正直この娘のことよく分からないんだよなぁ。
だから、実はあの二人よりヤバい奴の可能性はないわけではない。
……ほら、『聖女』様とかぱっと見とんでもない常識人だけど、善性が強過ぎて若干ヤバいし、『勇者』はあの笑顔で平気で虐殺とか出来そうなタイプだし、外見に惑わされてはいけない。
気持ち的には冷や汗をかけながら、僕は慎重に彼女に話しかける。
「君は……」
「クローバー。イカル・クローバー。あなたは『神獣』って名前なの?」
「いいえ。コイツの名前はゲイルよ。『神獣』は……「族長」みたいな地位のこと」
「ふーん、そうなんだ。マー姉さまとはどんな関係なの?」
「一度……外で会ったことがあるのよ。その時、少し縁がある。それだけよ」
……なるほど。
決して面倒くさいタイプではなさそうだが、正直そういうことは後にしてほしいというのが本音だな。
急を要する案件ではない。
「クロ、お世話ありがとうね。あの時はあんまり説明してあげられなかったけど」
「……スライム、かわいかったのに」
お、おう。マジか。
いや、まぁ確かに? このオッサン形態よりかはスライム態の方がマシなのは事実……なのかもしれない。
スライム態を「可愛い」なんて言われたのは初めてなもんで反応に困るが……とりあえずありがとう。
粘体にゆとりがあれば分体を一個あげても良いんだけど、残念ながら今は無理だな。
「コイツは人間に入ってるだけだから。いつでもスライムに戻れるから心配しないで」
「そうなの? じゃあ戻って」
すごい圧だ。思わず従ってしまいそうなほどに。
でもごめんね。声帯機能をスライム態にコピーしきるまでは人間態(緊急Ver)を解除するわけにはいかない。
と言うか、コレについても聞きたかったんだよ。
今を逃したらまた二人の会話に割り込む機会がこないままただただ頷くだけというコミュ障を存分に発揮した時間が続いてしまう。
思い切ってここで口を開く。
「この身体……あの人族の兵士達はどうしたんだ? 何故ここにいる? そもそも、ここは『北の氏族』の集落で本当にあってるのか?」
ちょっと勢い余って色々一気に聞きすぎたかもしれんが、どれも気になっていたことだ。
『北の氏族』がどこを拠点としているのかは情報がないので分からない。
「北」の氏族と言うからには北にいるんだろうな、ってくらいだ。
吸血鬼に一方的に襲われていたあの人族軍の兵士達は、いったいどこから連れてこられたのだろう。
まぁ、第二軍長と戦っていた僕を運んでこられるのだから、人族軍の兵士を連れてくることも可能なのかもしれないが。
それでも、何故ここにいるのか、という疑問は残る。
そりゃ吸血鬼なんだから吸血の為だろ、って思うかもしれないが、それならわざわざ運んでくる必要はないのだ。
その場、ここでは戦場で吸血すればいい。
幸い――と言うとだいぶ語弊があるが――死体にも重傷者にも事欠かないだろうからね。
それをわざわざ手間をかけてまでここに運んで来たからには、よっぽどの理由があるんだろう。
最初に見た時からずっと気になっていることも、早いとこ解消しておきたいしね。
僕の悪い予想が当たっているのなら、たぶんなかなかに切羽詰まった状況にこの集落は置かれているのだろう。
問題は、『神獣』としてそれは敵の弱点を発見したということで喜ぶべきところなんじゃないか、ってことなんだよね。
要するに――果たして僕に素直に話してくれるかな? ってこと。
いきなり踏み込み過ぎたかな、って冷や汗をかきながら、僕はマーガレットの返答を待つ。
体感的には結構な時間が経過した後、遂にマーガレットが口を開いた。
「そんなもん、食べるために決まってるじゃない。なに言ってんの?」
「ここは『北の氏族』の里だよ」
マーガレットとフードちゃん――クローバーの返答は余りにもあっけらかんとしたものだった。
正直僕の質問には若干答えていない感じもするが、ここまでなんてことない周知の事実みたいに開示されるとは思っていなかった。
未だ謎は残ってはいるが、さっきは先走り過ぎちゃっただけだし、今は直接聞くのは控えよう。
下手に刺激して、今の僕が実はクソ雑魚だってバレたらボコボコにされかねない。
……既に若干二名には生命を狙われていても不思議じゃないし。
ここは穏便に、間接的に情報を引き出しつつ、自分で探るとしよう。
「今は大人たちがみんな戦争に行ってるから、ちっちゃい子たちに食べさせるために運んで来たの」
…………いや、それお前から言ってくるんかい!!




