『檄を飛ばす』 貴方がしているのって激励じゃないですか?
僕は今日、執筆活動はしていなかった。
毎日小説を書いていると、時にはネタに詰まる時がある。
そう言う時はテレビを見ることにしている。
政治関係のニュースは、小説のネタに流用できるかもしれないと、僕がひそかに思っているからだ。
『○○議員が若手議員に檄を飛ばしました』
『その檄に応えるために若手議員の演説には力が入っており……』
「お、この言葉いいじゃん。今度小説で使おっと」
「まーったまったまった! っくっしゃみーん!!」
「おーっと!!」
僕は咄嗟にレッコンを叩き落とすことで顔面にくしゃみを浴びることだけは避けた。
怨みがましい目で見てくるレッコンに平謝りする。
僕の誠意が通じたのか、なんとか怒りを治めてくれた。
……そもそもくしゃみを人にかけるのを止めれば良いのだと思うけど。
「ところで、レッコン、さっきはどうしたの?」
「そうだ、君に叩き落とされた怒りで用件を忘れかけてけど誤用だよ誤用!」
「誤用、何が?」
僕は心当たりがない為に首を傾げる。
「『檄を飛ばす』の誤用だよ」
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『檄を飛ばす』
自らの意見を広め、大衆に同意を求めるという意味。
※近年では激励の激と意味を間違えたのか、励ますという意味が定着している。
また、飛ばすからメールや手紙でという状況まで指定されている時もある模様。
例)その革命家は言葉だけ同士を募るのではなく、掲示板や新聞などでも檄を飛ばした。
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「檄を飛ばす……えっ!? ニュースが誤用するの?!」
僕はそっちの方が驚きだった。
「そうだよ。そもそも誤用はテレビのせいで広がってることが多いんだ。だって、ニュースは正しい日本語を使っていると君達は思っているからね」
「事実そうだと思ってた」
「確かに、原稿がある様なニュースではそうかもしれないね。でも、今のニュース、生放送だよ?」
どういうことだろうか。
僕はレッコンに視線で問うと、仕方ないなと言わんばかりに頷く。
「生放送では予めの流れはあるだろうけど、言葉選びはアナウンサーに任せられているらしいんだ」
「あ、なるほど」
つまり、アナウンサーの人が間違えてしまっている場合、それは局の意思に関係なく正しい意味として誤用が広がってしまうと言うことだ。
「アナウンサーも人間だからね、仕方ないよ」
レッコンはそう言うが、続く言葉があるはずだ。
「でも、『それがいつも正しいなんて思わないこと』
レッコンは目を瞠るが、直ぐににんまりと笑う。
「精進するんだよ?」
「分かってるって!」




