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マルチャン副神官長

遅くなりましたぁ(。・人・`。))

 ご神託があったのは、半年前の事だった。


 その日、マルチャンがいつものように神殿に出仕すると、神官たちは皆どこか落ち着きなくソワソワしていた。その様子を伺う見習い神官たちも、どこか浮かれた様子に見えた。


「なにごとだ?」


 丁度近くにいた見習い神官に声をかける。彼はまさか副神官長に直接話しかけられるとは思いもしなかったのだろう。引き攣った顔をみるみるうちに赤くすると、緊張に上擦った声を出した。


「あ、ああああの、ご神託がっ、あったようなのです!」

「落ち着け馬鹿者。ご神託だと?」

「も、申し訳ありませんっ! あ、あの、見習い神官のテオが、神のお声を聴いたとっ」

「見習い神官だと!? ふん、そんな事あるわけがない。見習い神官風情が神の声を聴くなど」

「それがその、上位の神官様の中にも、同じ時分にお告げを受けられた方がいらしたとかで、その、確認を……」

「ありえん。大方そのテオとやらの妄言であろう、馬鹿馬鹿しい」


 マルチャンは思う。神の声を聴くなど虚言もいい所だ。神官という職に就いていながら、彼は神の存在など信じてはいなかった。いや、確かにこの世に神は存在する。だがマルチャンには、敬虔な信仰心などなかった。

 この世で最も尊い者は、彼自身であるからだ。


 伯爵家の四男として生を受け、後継者のスペアですらなかった彼はしかし、類稀なダブルの属性を持っていた。

 グラナード王国の貴族には魔力持ちは多かったが、それだけでは地位も権力も手に入らない。後継者の条件に、魔力持ちであるか否かはそう重要ではなかったからだ。なにせ殆どの貴族が、程度の差こそあれ魔力持ちである。

 マルチャンとてそのダブルの珍しさから、幼い頃は神童などと呼ばれたが、それに胡座をかき努力を怠れば成人する頃には只人だ。

 

 彼は、何もしないのに称賛だけを求める大人になった。

 ダブルの中でも珍しい風と闇の属性を持っているのだから、それだけで称賛されて当然なのである。

 実家のコネと達者な口で、副神官長まで上り詰めたが、まだ上がいる。それが彼には気に入らなかった。そこへご神託だと? それも見習い神官が。


 気に入らない。何故自分ではないのか。


 信仰心がないとは言え、朝晩の祈りは欠かした事がない。

 ポーズだけではあるが、この私が跪き感謝の祈りを捧げているのだ。見習い神官風情がご神託を受けたのなら尚更、稀有な存在であるこの私が受けられぬなど、あってはならない事だ。


「そのテオとやらは何処だ」

「はい、今は神官長様のお部屋です」

「そうか。実は私にもご神託があったのだ。話をしなければならないな」

「そ、そうなのですか!?」

「うむ。こうしてはいられない。早速神官長室へ行く事にしよう」

「行ってらっしゃいませ……」


 猜疑の目を向ける見習い神官には気づかず、マルチャンは焦燥にかられ神官長室へ足早に進んだ。ご神託などと、そのような重要な事が、自分の知らぬ所で起こっているのが許せなかった。

 神官長室のドアをノックする。すぐに中から誰何の声がかかった。


「神官長、マルチャンでございます。ご神託の事についてお話しにあがりました」

「……入ってください」

「失礼します」


 ドアを開けると、そこには上位神官たちが数人と、一人だけまだ幼さの残る顔をした少年がいた。


「マルチャン副神官長、あなたもご神託を受けられたと?」


 そう問いかけるララジャ神官は、上位神官の中でも信仰心に厚い。彼の目は、お前のような者がご神託を受けたなどと信じられぬと言っていた。


「ああ、神獣様を遣わすとのご神託だ」

「何とっ……」


 マルチャンはほくそ笑む。風の魔力で室内の声を拾うなど造作もない。


「皆様方も受けられたと?」

「ええ、神獣様を遣わすとご神託があったものの、こうして話を突き合わせても、いつ何処になど詳細がはっきりしないのです」

「しかしお迎えする準備を怠ってはいけません」


 そんな事はマルチャンにとってはどうでもよかった。


「それより、見習い神官がご神託を受けたと聞いたのですが、本当ですか?」

「ええ、本当ですよ。彼がテオです」


 そう言うと神官長は、十代後半に見える少年を示した。少年は、硬い表情で会釈する。見習い神官がこのような場所で、神官長始め上位神官たちと同席しているのだ。緊張して当然だろう。


「そうか。見習い神官が神の声を聴くとは大したものだ。これからも修行に励むがいい」

「あ、ありがとうございますっ」


 人一倍プライドの高いマルチャン副神官長から、そのような言葉が出るのが意外だったのか、神官たちは訝しげな目だ。しかしマルチャンはそれに気づく事なく言葉を続ける。


「神獣様はここ、大神殿の祭壇にご降臨されるでしょう。早速準備に取りかかるべきです」

「祭壇に?」

「古文書には、祭壇にご降臨されたとありました」

「しかし、大精霊様の御許にとテオは聴いたのです」


 見習い如きが聴いた声など、信用できる筈もない。


「大精霊様? テオとやら、間違いはないのか?」

「は、はいっ! しかし、僕も混乱してしまって……どの精霊様なのか……」

「そこが重要なのだ! まったく見習い神官風情がでしゃばるからこういう事になる!」

「も、申し訳……」

「マルチャン、言い過ぎですよ」

「……フンッ」


 その後は渋る神官長たちを言いくるめ、祭壇でのお迎えの準備を推し進めた。

 古文書には過去、祭壇にご降臨された、と確かにそう記されていたし、見習い神官の言う事が曖昧な事もあって、マルチャンを嗜める事が出来る者はいなかった。


 だから任務を終えた青騎士たちが、神の色を持つ子犬を生命の湖で拾ったと聞いた時は、血の気が引いた。しかも彼らが見つけた時には、ガリガリにやせ細っていたというではないか。


 由々しき事態である。祭壇での準備を推し進めたマルチャン副神官長の立場はどうなるのだ。

 看過出来ない。

 このまま青騎士たちだけに、神獣を保護するという名目を与えてはいけない。どうすればいい?


 神獣は王を決める。それは国王ではなく、神獣の王だ。

 神獣の王は、なにも王族である必要はない。言わば主人のようなものだ。


 過去、人間の王族の中から王を決められた時は、その者が立太子し国王になられたが、その前は軍人の一人だったと言う。軍人だった神獣の王は、後に戦神と呼ばれ今も伝説として語り継がれている。


 そうか。神獣の王になればいいのだ!

 

 見た所まだ子犬のようだった。手なずけるには都合がいい。普通の犬よりは知能はいいだろうが、所詮獣だ。

 汚名を返上するには、この上なくいい話しではないか。


 マルチャンはくつくつと、笑みをこぼした。



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