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何がどうしてそうなったかと言えば、カレンが一人で地図を貰いに行ったのがそもそもの原因だった。ツッコミ役の一人でもいれば状況は変わったのだろうが、幼馴染(うるさい方)が注意していた『二人で行動をすること』の重要性を軽く見ていたのだ。
受付に行き、地図のようなものあれば貰えないか従業員に尋ねると戸棚を探りながら、
「観光客への配布用に大量に刷っておいたパンフレットがあるはずなんだが……ここにはないなぁ。資料室に在庫があると思うから自分で取ってきてくれ」
そう言って腰にぶら下げた鍵束の中から鍵を一つ渡された。
ユルからカレンに与えられた城の地図を持ってくるという任務。順調なのはここまでだった。
*****
「ないなぁ。この部屋にあると聞いたんだが。もしや部屋を間違ったか? しかし鍵は合っていたのだがなぁ」
資料室だと教えられた部屋で地図を探すも、かなり散らかっているので何処に何があるか分からない。確かに資料室と言えるほど所狭しと書物が置いているが、何ヶ月も放ったらかしなのかほとんど埃が積もっている。
クラスメイトの誰かに手伝ってもらおうか。従業員の人にもう一度聞こうか。どちらにしろ、引き返すしかない。
ふと、床に穴があるのを見つけた。
ハジゴがかけられ、下に降りられるようになっていた。
(もしや、この先も資料室…………なわけないか)
こんな分かりにくいところにあったなら、先程の従業員から説明があったはずだろう。やっぱり戻ろう。
「ん?」
パタンと後ろから聞こえた小さな音に振り返ると、開けていたはずのドアが閉まっていた。
風でも吹いたのだろうか。この部屋に窓はないのに。
とにかく戻らなくてはと、ドアノブを回す。カレンが力加減を誤ればドアの鍵を壊しかねないので、慣れてないドアは開くまでは慎重に開けるようにしているが、このドアはさっき自分が開けたので鍵がかかってるはずがない。なのでいつもの調子でドアを押した。
バキッ、と嫌な音がした。
「……」
恐る恐るドアノブを回して確かめる。ロックの部分は正常なので鍵が壊れた音ではなかったようだ。
では何の音だったのだろう。
ドアを押すと、ジャラっと何かが足元に落ちた。
「なんだ?」
外のドアノブからぶら下がった錆びた鎖が床に垂れていた。
(こんな鎖、ドアにかかっていただろうか……)
引きちぎれた鎖の先には大きな南京錠。
わけが分からない。
だが、気にしても仕方がない。
自分が壊したのだろうか。
今のさっきでそれはないと思う。
そもそも何故鎖と錠前がドアにかかっていたのか。
考えるのは苦手だ。
というか見なかったことにしたい。
(そうだ、見なかったことにしよう)
そっとドアを閉めた。
部屋に戻って穴の下を再度覗く。
ゆらゆらと揺れるオレンジ色のランタンの明かりが見える。
高さは一階分しかない。下に誰もいないことを確認すると、ハシゴに手をかけるまでもなく飛び降りた。
*****
「ここは……さすがに違うな」
降りた先は城と同じ石造りの地下通路だった。昼間なのを忘れてしまいそうなほど薄暗く、空気も澱んでいる。しかも、老朽化しているのかサビやカビの臭いがするため、あまり長居したいとは思えない場所だ。
無駄なことをしてしまった。
今度こそ戻って城の従業員に聞こうと、ハシゴに手をかけようとした。
人がいた。
通路の片側には一定間隔でドアがあり、もう片側は鉄格子でもう一つの通路と区切られている。二つの通路を行き来するためのドアのすぐ近くに腰を降ろしている男性が視界に入ったのだ。
「お城の人ですか?」
「……君は誰だい?」
弱々しい、掠れた声で問われた。
肯定、というふうに捉えてよいのだろうか。
「城の地図を探しているのですが、何処にあるか知りませんか? 資料室にあると聞いたのですが」
「もしかして地下の出口を探しているのか?」
「……?」
なんだろう。話が通じてない感じがする。
「資料室かぁ……」
「もし忙しくなければ、地図のあるところまで案内してもらいたいのですが」
「君の後ろにある扉じゃないかな」
振り返ると確かに「書庫」と札がさがっているドアがあった。薄汚れていて見落としていた。
「ありがとうございます」
「それより、ここのドアを開けてくれないか? こちら側からじゃ開けられないんだ」
言う通りにドアノブに付いたつまみを回して開けると、確かに向こう側からは鍵でしか開けられないものになっている。
ひょろがりの彼がよたよたと歩きながらドアを潜った。
(どこか具合が悪いのだろうか)
「ありがとう。助かったよ。いやこの状況はまだ助かったとは言い難いんだけど」
「……?」
「君はここに来たばかりかい? 不運だね。お互い」
「はぁ」
わけのわからないことを喋るひょろがりの彼に生返事をして、とりあえず資料室のドアを押そうとするが開かない。持ってる鍵も合わない。これ以上力を込めればドアがポロッと取れる恐れがある。
「閉まってるのか。入りたいなら、ここの鍵を開けないと……でも鍵は全部アイツが……」
(やはり戻るべきだったか)
一応、団体行動をしている身だ。あまり時間を割けられない。資料室らしき部屋は目前だが、地図を手に入れるのを半ば諦め気味に、目の前の彼に一度上へ戻る旨を伝えようとした時だった。
ざり……ざり……
何かを引き摺る音。途端に彼の顔がこわばった。
音のする方へ目を向けると、廊下の角から人影が見え、誰かがこちらに来きているのだと分かった。
「早くこっちへ……!」
しかし影の正体を確認する前に、彼が焦ったように影と反対側へと走り出した。連られてカレンも彼についていく。
入り組んだ通路を迷いなく進み、分かりにくい場所にあったドアに入ると彼が素早く閉め、木の板をはめて栓をした。荒くなった息を無理矢理潜め耳をすませる彼を真似て聞き耳を立ててみる。
ざり……ざり……
ドアの向こうで先程の音が通り過ぎていく。
その音が聞こえなくなったところで、ようやくといった様子で彼がひと息ついた。
中は石畳で囲まれた小部屋だった。天井は見上げるほどに高く、同じく石でできた階段がぐるりと上へと続いている。恐らくここは城の外にいくつか建っていた塔の内側だろう。
「やっぱり巡回していたか。彼奴が簡単に獲物を外に出すはずないもんな……」
カレンにはなんだかよく分からなかったが、彼は先程の者に追われているらしい。
「さっきの人は誰ですか?」
「君は、本当にここに来たばかりなんだね。奴はこの城に棲む怪物だよ。あいつに捕まったりしたら、奥の部屋に連れて行かれて殺されるんだ」
「はぁ、なるほど…………なるほど」
珍しくピンときた。
城から度々聞こえるという霊の声。この街に伝わるおとぎ話。人を森に隠す悪い精霊の話。
(なるほど、ではあれが……)
この時、カレンは重大な勘違いをしていた。そもそも一般的な大人は魔物のような非科学的な存在を信じてない。ならば彼の言った「怪物」とはあくまで別のモノを比喩した言葉であって、決して本物のお化けと言った訳ではないのだ。
しかし、カレンは言葉通り魔物の一種として受け取った。
走っている時にちらっと見えた容姿が、大柄の筋肉質で身体中に武器を携え、麻袋で顔を覆っているといった異様な装いをしていたのも理由の一つ。見える者ゆえの勘違いである。
「彼奴がここらの鍵を全部持ってるんだ。さっきの部屋に入りたいなら、どうにかしてあいつから奪わないとだね」
「なるほど(奴が全部の鍵を盗んだわけか。通りで貰った鍵が合わないわけだ。その中に本物の資料室の鍵もあると)。なるほど」
「……さっきから君、なるほどしか言ってないけど、大丈夫? ちゃんと話聞いてる?」
外で何かを壊す音がした。
「ヤバい」
どうやら、さっきの大男が扉を順番に壊していってるようだ。
人間であるならば、カレンも少しは外聞を気にして相応の対処をしただろうが、魔物相手ならその気遣いもなくなるというもの。
「この上……どこかに窓はありませんか? 大人が一人入りそうなくらいのものであればいいのですが」
「ここはもともと物見の塔だからあるにはあるけど、他の所と同じで多分塞がれてるよ。何する気だい?」
壁に沿うように螺旋を描く階段を上がっていけば、物見の塔らしく窓があった。大きさとしては大人一人通れそうなものだが、全てに頑丈な鉄格子と金網が嵌められ、外を眺めるという窓本来の役割を果たしていない。
「ご覧の通り、がっちり止められているんだ。鼠一匹逃げる隙間もな──」
これでは窓の意味がないので、鉄格子も金網も歪まないようにボルトや蝶番から丁寧に取る。これが実家なら躊躇いなく格子ごと引き抜いたのだが、貴重な建物は壊さないように強く言いつけられているためやむを得ない。
「……え? うそ、これ溶接……」
後ろからひょろがりの彼の戸惑う声が聞こえた。
それに構うことなく、開いた窓から顔を出し下を覗き込む。高さもあっていい感じだ。
そして、丁度いいタイミングで、大男が木製の戸を壊して部屋に入ってきた。カレンは階段を軽い足取りで駆け下りると、振りかざされた斧を回し蹴り一つで粉々に砕いた。衝撃に怯んだ隙に大男の足を掴んで再び階段を駆け上がり、窓から放り投げ逆さ吊りに。
そのまま縦に振る。と、刃物類や顔の麻袋と一緒に腰に下げられていた鍵の束が下に落ちた。
「やはり持ってたか」
以前映画館に行った時に見た子供向けのアニメーションで、小さいヤギの女の子が食いしん坊な狼をこのようにして、食べた家具や動物を吐き出させていた。あれの真似である。
後は取りに行くだけなので、手に持っているそれを部屋に引き戻そうとした。その時だった。
「カレン! 何してるの!?」
窓から見える位置から、ユルが驚いた顔でこちらを見ていた。滅多に聞かない彼の大きな声に自分が道草を食っている状況を悟る。
自分でも分かるくらい血の気が引いた。
怒られる。
推敲に一年以上かかるとは思わなかった。毎日とか毎週投稿してる人すごいな。