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回廊の壁の端から端まで描かれる壁画は、童話の元となった伝承が描かれている。そこに描かれる精霊は物語が進むにつれ禍々しくなり、最終的に祈祷師に祓われる場面では魔物と変わらない姿をしていた。
「俺ね、この文字読めるよ」
「え? これ文字なの?」
ロイがなぞる壁の凹凸は、一見するとただの紋様。少なくともユルにはそう見える。
「大陸共通の文字が流通する前のだから、今のロベリアでは使われていないんだぞ。学者さんなら読めそうだけど」
「ロイ君って意外と博識なんだね」
「意外は余計なんだぞー。俺何千年も生きてる悪魔なんだぞー……って、あれ?」
歩を進めながら、文字を読んでいたロイはあることに気が付いて、文字と絵を見比べ首を傾げた。
「今まで読める人は来なかったのかな? さっきの案内の人の話と違うんだぞ」
「そうなの?」
これまでこの絵だけで、物語を解釈していたのだろうか。だとしたら、文字で紡がれた物語があれば、きっと新しい発見になる。
「お姫様に一目惚れした精霊が魔女を使者として遣わせ、お姫様に求婚している旨を伝えると、王様が怒って魔女の使者を斬り捨てた、ってさ。それで精霊は怒った」
――その後、精霊(あるいは魔女)が魔術で城全体を眠らせお姫様を拐い、無理矢理番わせようとした。偶然城を訪れた優秀な祈祷師により、その目論見は阻止される。精霊は城のどこかに封印され、魔女達は街も森をも追われ、二度とこの地に足を踏み入れることは出来なくなった。
「悪しき精霊、城の地下に眠る。で、めでたしめでたし」
「じゃあ、精霊さんは森じゃなくてこの城にいるってこと?」
「そうだね。でも流石に今探しにまわるには、時間がないかなー」
今カレンは地図を探しに行っているし、出入り口を見張っているウェンディにはお手洗いに行くと伝えている。他の皆は舞踏の間に夢中だ。じっくりと探索するなら一度出直すのがいいが、如何せんここは城。一日あっても探しきれないだろうから、ある程度の目星はつけておきたい。
「地下だろうけど、そこまでに行く道が分からないんだぞ」
「地図なら今カレンが持ってくるはずだから、やっぱり一回戻ったほうがいい……」
『……はよう……はよう』
回廊を通り抜ける風に乗って、微かに声が聞こえてきた。
「……今の聞こえた?」
「聞こえたー。もしかすると、封印された精霊かな? こっわーい」
ロイは口でこそ怖いと言いながらも、微塵もそのような素振りはない。というか嘲笑ってる。それもそうだ。悪魔の彼からすれば、地方の一精霊など取るに足らない存在なのだろう。
「ユル君は耳を澄ませちゃダメだぞー?」
「精霊の声って人間には悪いものなの? 魔物のなら分かるけど……」
「あー……。ねぇ、ユル君。王様は精霊の求婚に対してさ、どうしてそんなに怒ったんだと思う?」
壁を指差しながらのロイの問いかけに、分からないと首を横に振るユル。
「こういう話はこの国だけじゃないんだけど。精霊の……神様の花嫁っていうのはね」
「うん」
「神に捧げる供物……要は生贄ってことでね」
「いけ、にえ……?」
どこの国のどの宗教でも地方となれば大差ない。旱魃、飢饉、洪水等々。人智を超えた災害を鎮めるため神に大切な”命”を差し出す野蛮な風習。犠牲となる多くは立場の弱い者達だった。時代が進むにつれ、贄は代用品で納められるようになった。ある所は人肉が山羊肉になり、ある所は人の頭がそれを模した菓子になり、子供が人形になり、若い娘が巫女による歌と踊りになり。
それは倫理の確立か、信仰の薄れか。
生贄を捧げた風習の名残りは現在でも祭りという形で残ってはいるが。
「精霊は綺麗なお姫様に何を望んだんだろうね。王族とはいえ修行も積んでいない人間を無理矢理拐うあたり、舞や歌なんかではないんじゃないかなぁ。例えばお肉とか」
「ロイ君……」
「ユル君には刺激が強い話だったかな? でも生贄要求するなんて絶対悪い奴なんだぞ。だからさ、ユル君は耳を澄ませて聴いたらダメ」
『……早う……早う……にえを』
きょろきょろと声のする方を探っていたロイは、ふと壁に耳をつけてそこから漏れ聞こえる音に確信したのかニッと笑った。
「もしかしてこの奥に隠し階段とかあるのかな? どこか押したらクルッと壁が回るとか」
探検に高揚する少年よろしく壁を詳しく検分しようとした。その時、
「なにしてるの?」
「びゃあっ!?」
首筋を掠めた冷気に思わず飛び退くと、リンゴがいつの間にか二人の背後に立っていた。目を見開いてじっとコチラを見ている。怖い。
「ロイ君ユル君。私さっきも言ったよね? 危ないところに行っちゃダメだって」
「ごっ、ごめんなさーい」
「オカルト好きも大概にして、ね?」
どすをきかせながら話すリンゴ。どうやら彼女は怒ってるらしい。瞬きすらしない無表情でコチラを見ている。怖い。
「戻る、戻ります!」
「そうだね戻ろう。それにカレンも、もう戻ってきてる頃だと思うし」
時間にすればほんの10分程度。早く戻ってきていたら、もしかすると探しているかもしれない。
噂をすればなんとやら。
離れにひっそりと建つ一番高い塔の窓から、ひょっこりカレンが顔を覗かせた。こちらには気付いていないようで、すぐ中に戻ってしまう。
「どうしてあんなところに……迷ったのかな?」
そして、再び窓から顔を出して何かを外に捨てようとしたカレンに、思わずうわずった悲鳴のような声を上げた。
「カレン!? 何してるの!?」
こちらに気付いたカレンが分かりやすく青ざめた。滅多に表情を崩すことのない鉄面皮の彼女が、である。しかし、今気にするべきはそこではなかった。
カレンの手には、人が逆さ吊りに握られていたのだから。




