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ラジオから流れる声は淡々とロベリア国内のニュースを伝えていた。物騒な事件が多い昨今だが、それに反して今日の天気は晴れ。曇りの多いロベリアでは珍しく青空が広がっている。風も穏やかで絶好の旅行日和。
向かっているのは、聖都から北へ伸びる運河を下り約二時間ほどの場所にある川沿いの港町。
風が吹き、赤い髪が靡く。
客が多くいる下階の喧騒を遠くに聴くのもいいものだ。人の全くいない自然に囲まれた静かな場所も嫌いではないが、都市部で生まれ育った身としては人を感じられる方が落ち着く。
カレン達が乗っているのは聖都から北へ流れる大河を往復している客船で、途中の川沿いにある港町にも停泊する。
全長150m、定員1000名。
一般席は完全予約制で、バイキング形式の昼食も付いて一人五千と安い方である。
「動く景色を眺めながらのランチも悪くありませんわ」
同郷の幼馴染ウェンディが、貴婦人のように優雅にワインを呷る。
「楽しみだね。泊まりで旅行なんて」
愛らしい容姿を持つもう一人の幼馴染ユルが、皿の上の料理にナイフを滑らせた。
「……」
いつもお喋りなロイは顔色が悪い。緊張しているようにみえる。同様に、何人かの生徒達が料理に手をつけていない。そしてやはり同じように表情が固い。
「?」
嫌いな物があったかと料理を見たが、それは事前に確認しているし、特に風変わりな料理は出していない。それに好きなものを選べるようにとそれぞれを各種揃えられている。
船を降りた後は動き回るので、胃もたれしない軽めの物を手配したおいた。ステーキやソーセージなどの肉料理は控え目に、サラダ、漬け物、スープ、焼きたてパン。自分達はまだ学生なのでワインはグラス一杯まで。
なので食べ物が原因とは考えにくい。
(船酔いか?)
それも想定済みなので、酔い止めを飲んでくるよう周知されてるし、揺れの少ない最上階の一等席を選んだ。今いるのも川沿いの風景が眺められる場所だ。川の流れも穏やかで、ここが船の上だと忘れそうになる。
少し考えたが観察しているだけでは原因が分からず、どうしたことだろうかと隣に座るロイに尋ねてみると、困ったように逆に聞き返された。
「大まかな旅の計画は皆で立てたけど、船の手配したのって誰だっけ?」
「私とウェンディだな。ホテルの予約も担当した」
「だよね。でもこんな豪華なところ頼んでないんだぞ」
「船は間違えてないが」
「皆で決めた時には一般席だったのにね。それでね、旅費ってどこから出るのかな。俺ら一銭も払ってないんだぞ」
隣のテーブルにいるリンゴやドロシー達が食い入るように見ているのは、綺麗な白磁の皿や透き通ったグラスに曇りない銀食器。どこもおかしいところはないのに何をそんなに見ているのだろう。
「割ったら弁償……割ったら弁償……」
「私服が場違い過ぎる……せめて制服着てくれば良かった……」
「食事マナーってどうやるんだっけ……カトラリーは外側から……」
緊張の理由が声になって漏れていた。誂えられているのは下階のものと比べると高価なものだが、この一等席は自分達の他には(控えているボーイを除けば)誰もいないから、身なりやマナーなんて気にするものではないだろうにと思う。
「学校で手続きを行ったと言ったが伝わらなかったのか?」
「ごめん。言葉の意味をよく分かってなくて、学校側が立て替えてくれてると思って、そのまま流しちゃったんだぞ」
「学資預金から出してる」
「なにそれ」
「学校に預けるお金のことだ。学校側から許可が降りれば自由に使える」
「へぇー……」
地方から聖都にやってくる生徒もいる。その場合親元から離れて寮暮らしになるので色々心配もあるだろう。子供に不自由がないようにお金を持たせたいが、大量に渡すと管理出来なく恐れがあるため、管理を学校に任せる制度があるのだ。
使うには生徒が用途と金額の明細を書き、学校側の了承を経て引き出され、明細はひと月ごとに保護者へ報告される。小さな銀行のようなものだが、このシステムを利用する生徒はある程度限られている。
「……ん? ということは、お金を出したのは…… 」
「ほらほら。港に着いたらホテルまで歩くのよ? 今の内に腹ごしらえしとかないと途中でバテるわよ」
ウェンディが手を叩いて促すと、戸惑いながらもようやく全員が食べ始めた。
*****
旅行は一泊二日の予定で、年度末に行われる芸術祭の劇の脚本の元である小説の舞台となった城を取材するための小旅行だ。
今ここにいる生徒は10名あまり。
流石に2クラス全員では行けないので、都合の合う者の中から人数を絞ることに。参加希望者はかなりいたが、生徒達だけでの遠出のため親からの許可が降りない子が多かった。
午前11時に船が出航、午前2時に港に到着。そこからホテル近くの土産物店街で先に買い物を済ませ、午後6時までにホテルに入りその日の予定は終了。噂の城を見に行くのは翌日になる。
「五時に待ち合わせの場所に集合すること。それから絶対に一人にならないこと。じゃあ解散」
観光客で賑わう大通りの手前、通行人に邪魔にならない場所でウェンディが指揮を執る。
先にホテルにチェックインを済ませて、荷物を部屋に置いてもらえるようホテルの従業員に手配した。これで身軽に動ける。今日土産を買うのは明日は城を見る時間を多目に取るためだ。
「夕食までの時間とはいえ、三時間は長過ぎたか?」
「そんなことないんだぞ。買わなくても見るだけでも楽しいし。食べ物売ってる店もけっこうあるし。楽しい時間はあっという間に過ぎ去るもの」
居並ぶ店のディスプレイには可愛らしいお姫様の置物が並んでいた。ガラスで出来た民芸品。いかにも観光客向けの商品っぽかった。ポップにはこの地の伝説のあらましが書いている。要約すると、魔物の呪いで100年間目を覚まさなかった王女が隣国の王子に助けてもらうのだと。
「人間が100年もの間眠って、姿形がそのままというのはありえませんよね? やはり作り話でしょうか」
「案外、実際にあった話かもしれませんわよ」
菓子類を品定めしていると、なにやら問答が聞こえてきた。
「珍しいですね。ウェンディ様は呪いなんて非科学的なのは信じないのかと……」
「あらあら、呪いがあったとは言ってないわよ。呪いだと信じた人が後世にに伝えた話だとすればおかしな話ではないわ」
「どういうことですか?」
ウェンディが生徒2、3人を聞き手にして、子供向けの童話にケチをつけている。気にしないようにしていたが、勝手に耳に入ってくる。
「例えば……強国の王子を騙くらかすための演出とも考えられるわ。ボロボロのお城でタイミングよく王女役の娘が目覚めたように見せかけて、周囲が『これは運命だ』なんて感動しながら言ったりして結婚持ち掛けてね。ドレスが古くてもお城が手入れされてなくても王女の家族がいなくても、怪しまれないで済む、むしろ信憑性が増すかしら」
「そういう見方もあるんですね。さすがウェンディ様です」
「昔から伝わる呪いや魔法の話なんてそんなものよ」
不可思議な話を聞けばすぐこれだ。無神論者であるのは構わないが、こんな往来で話すのはやめてもらいたい。
「王子が簡単に信じるか?」
「人間は信じたい方を信じるのよ。或いは、全て承知の上で騙されたふりをしていたとか。もしかしたら王太子ではなく誰にも相手にされない三男か四男坊だったのかもね。結婚によって大国の王子がこの地を治める主になれば周りの国への抑止力となるし、一目惚れした王女の故郷を無碍に扱わないだろうし。隣国側も深く追及しなかったのも、領土の拡張を狙っていたとすれば頷けるわ。まあこれも私が即興で考えた仮説に過ぎないから、真実とは程遠いかもしれないわね」
歴史学者気取りで、つらつら現実論を語るウェンディに感心する他の生徒達。彼女に口論で勝てる人間なんてそういない。本人が目指せば弁護士になれそうな気がする。
「魔法が存在しないと言い切るのは、子供の夢を壊すものだと思うが」
「あら、歴史の謎を解明するのは人類の壮大な夢ですのよ。そちらの方が、とても希望に満ち溢れているとは思いませんかしら?」
「なんか違うような気がするんだが」
カレンもそうだ。昔からウェンディだけは、言い負かすことが出来ない。聞き飽きた時は呆れたふりをするようにしている。
しかし。
世の不可思議を全否定する高飛車娘を、不可思議の塊である悪魔にはどう思うのだろう、と近くにいたロイに話を振ってみた。すると返ってきた答えは意外なものだった。
「あの子怖いね」
潜めた声でそう囁いた。
悪魔という以前にとても人懐っこい彼が、聖職者でもない人間を怖いとは。
「珍しいな」
「え、何が?」
きょとんとした顔でこちらを見るロイ。
「何がって……あいつが怖いのだろう?」
「俺に怖いものなんてないんだぞ?」
首を傾げる彼は何を言われたか本当に分かっていない様子。
つい今ほどのことなのに会話が噛み合わないとは。
「そーなの?」
ロイの死角からリンゴがぬっと顔を出してきた。
「ひょわあぁ!?」
「ロイ君ビビり過ぎじゃない? 怖いものなんてないって言った舌の根乾かない内にさぁ」
「怖いのとビックリするのは違うんだぞ! 心臓が止まるかと思った!」
声を張上げてリンゴを非難する。
(聞き間違い……だったのか?)
不気味さと寂しさを織り交ぜた声。暗さを孕んでいたが、確かにロイのものだった。
「カレンちゃん、それもしかしてロイ君とのペア?」
リンゴが可愛らしい顔には似合わない、意地悪そうな笑みをこちらに向けていた。カレンの手にある、一見美味しそうな洋酒に見える赤と白の香水の瓶を指差して言う。言訳をすると、美味しそうなので無意識に手が伸びていただけで本当に洋酒と間違えたわけではない、決して。
「カレンちゃんって自覚ないのに積極的なのね。それ眠り姫の。白は安眠を誘う百合の香り。赤は異性を誘う薔薇の香り……らしいよ?」
「童話に因んでいるのか」
「いいよねメルヘンチックって。特に妖精や人魚が出てくるお話が好きだなぁ」
どこか高揚としたリンゴにカレンは首を傾げた。
「意外だな。妖精はともかく、人魚は魔物だから祓う対象かと思ってたが。違うのか?」
リンゴは魔物から人間を守る聖職者を目指している巫女見習いだ。人間を害する魔物は容赦なく氷漬けにする。彼女の質を知っているだけに生まれた疑問にリンゴは首を振った。
「精霊教の巫女は天使教の聖女と違って、魔物だからって見境なく祓うわけじゃないよ。それに人魚って素敵じゃない」
「素敵?」
うっとりとするリンゴに、さらに首を傾げる。
「人魚と王子様が出てくる童話、読んことあるでしょ?」
「人魚と王子の童話……ああ、あったな。子供時代によく読んだ」
「でしょ? 女の子はそういうのに憧れるのよ」
「なるほど。リンゴはああいうのに憧れるのか」
リンゴが話している童話とは人魚と人間の王子との悲恋を描いた物語で、カレンが思い浮かべている童話はロベリア精霊教の神話における月神の王子と荒川の精霊との戦いを描いた物語。どちらの物語も人魚は出てくるが前者は恋する乙女、後者は人間を川に引きずり込む凶暴な精霊として登場する。
カレンは、よく他の子と価値観が違ったりすることが多々あった為に、協調はできても共感が出来ない。だから、そういうものとして受け入れるようにと言い聞かされてきた。この時もリンゴがそういう子なのだと受け取った。
「あ、そうだ。クラスの皆へのお土産何にするか決まった?」
会話の齟齬に気づずそれを訂正することもないままに、次の話題に移ってしまった。
こうしてカレンがリンゴに持つ印象が、当人たちの知らぬままに歪められていくのである。
*****
予定が狂うことなく入ったホテルは10階建てで、周りに匹敵するような建物がないため最上階からは街全体が見渡せる。荷物は先に預けているので部屋を確認しに登った10階の窓から綺麗な夕焼けが見えた。
「なあ、ユル」
「なあに、カレン」
窓の外を指さしてカレンは近くにいた幼馴染みを呼び止めた。
「あれが眠りの城か?」
厳しい装飾の城が、森の中にひっそりと佇んでいた。遠目で見ただけでも人を寄り付かせない雰囲気を醸し出しており、正しく『茨の城』といった存在感だ。
それを聞いたクラスメイトが一斉に窓に張り付いた。
「本当だ! 皆も見て、絶景だよ!」
「凄いねカメラカメラ!」
夕焼け空を背景にしているためか陰って見え、さながら城が闇を纏っているようだ。
「なんだかとっても不気味だね」




