表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女になって!  作者: まよまぐろ
夢魔と絵本
32/38

5

 


 ──ようこそ、アリス。不思議の国へ

 ──あっしはアリスじゃねぇっすよ

 ──さぁ、白兎を追いかけて

 ──人の話聞けっす



 気がつくとおかしな世界にいた。

 大きなリボンが乗った麦畑の髪と水色のエプロンドレス。身に覚えのない恰好をしていた。



 ──あっしはアリスではないと何度言ったら……

 ──へぇ。じゃあ貴女はアリス以外の誰だと言うの?

 ──あっしは…………あれ? 思い出せない……

 ──ほら答えられない。貴女がアリス以外の何者でもないからよ



 その時から自分はアリスと呼ばれるようになった。

 理由や理屈なんてなかった。ただそれが事実だった。

 それ以外何も持っていなかったのだから。



 ──どうせ出られないんだから。帰る方法探さなくても、ずっとここにいればいいのに

 ──そういうわけにはいかないっす。あっしにだって待ってる家族がいるんすから

 ──ふぅん……



 優しい姉とお転婆な妹。そして可愛い子猫達。

 なんとしても外へ出て家に帰らなければ。

 だけど、ここに来てから家族の顔が思い出せない。時間が進むたび、思い出せなくなってきている。大切な思い出のはずなのに。



 ──俺ら▲▲って街の●●通りに住んでんだ。アリスの家はどの辺なんだ?

 ──……覚えてねぇっす

 ──起きたら分かるだろ。もし近所だったら、その時は一緒に遊ぼうぜ



 夢の中で色んな子に出会った。この世界から出る為に協力してくれた子も沢山いた。一緒に出よう、と互いに手を取り合った。

 仕掛けられた罠や首狩りの女王によって次々と死んでいったり、だんだんと姿が変わり元の世界の記憶が曖昧になり言動がおかしくなっていったり。死ねば新しい子が来た。数が減ればその分外から追加される。そして、その中でアリスだけが来た当初と変わらずにいた。狂ってるのは自分ではないかと思えるほど。



 ──アリス。小さなアリス。この世界の外へ出たくはないか?

 ──トランプさん。出口知ってるんすか?



 そう話しかけてきたのは何回か前のハートのJだ。

 早くこの狂った世界から脱するため、出口を知っていると言う彼の口車に乗った。

 罠だと知らずに。



 ──あわわわ。あんたこれどういうことっすか。

 ──君が了承した時点で契約は成された。今日からお前は俺の下僕だ。



 彼は魔術師だった。妖精や魔物を使役し、人間に害なす悪しき魔物を祓う人間。望み通り外の世界に出られたが代わりに彼に鎖で繋がれた。

 それと同時に思い出した。自分は元から人間ではなかったことを。魔物の自分に家族などいるはずもない。



 ──見ていたものは、全部、全部夢だったんすね……




 *****




 気がつくと大きな木の下で横たわっていた。

 白黒の絵ではない、色の付いた鮮やかな世界。


「始まりも終わりも、ここだったっすね」


 金色づくめの昼下がり。

 不思議の国はアリスの見た夢だった。


「アリスも来たか」


 木の後ろからひょっこり顔を出したのは三月兎。更に後ろには他の皆も揃っていた。


「これで全員揃ったな。こっから何処に向かえばいいんだ?」


 ここは森に囲まれた広い庭だ。一見すると自然公園のようだが、遠くに立派な一軒家が見えたのでその家の庭なのだろうと推測する。家と反対の方向には湖もあってとても静かな環境だ。

 二度目だと言うのに、もっと慣れ親しんだかのように懐かしく思う。しかしアリスが感じるその感情は紛い物だ。箱庭世界は誰かの記憶で出来ているから、この場所も現実世界にあっておかしくはないが、少なくともアリス本人は箱庭以外でこんな場所来たことないのだから。この偽物の感情はこの世界がアリスに与えた設定。だからアリス自身のものではない。


「あの家に入ればいいんす。そしたら外に出られるっす」

「やっぱりか。さっきまでトランプの奴らが押し合いへし合いで中に入っていっていたのでな」

「先に入っていればよかったのに」

「石の橋は叩いて渡るものさ」


 帽子屋は相変わらず余裕のある物言いをする。時間切れで人間に戻れないとはいえ、ようやく外に出られるのだ。気持ちは早るだろうに。


「ようやく出られるのだな。そこの2人。感謝するぞ」

「私は自分の為に動いていただけに過ぎない。礼は不要だ」

「いや、お前達が来たことで俺らがここまで来られたのは確かな事実だ。根底にどのような思惑があろうと、成された事柄は俺らにとって良いも」

「よーし。じゃああの家まで競争だ」


 帽子屋の台詞を遮り、三月兎が駆け出した。


「おいら猫だから速いんだなあ」

「おい、俺を置いてくな!」


 猫と白兎も走り出し、帽子屋が後を追う。


「……まあ、何年も生きてるとはいえ、あいつらの頭は子供のまま……」


 アリスの言いかけた口が止まった。



 ──光り輝く空の下、

 ──舟は漂う夢見るように



 陽光を浴びてキラキラと光る湖に1隻のボートが浮かんでいた。ボートを漕いでいるのは男性。その姿にアリスがポツリと呟いた。


「ルイス、ワンダー……」


 ロベリアのみならず大陸全土を恐怖に陥れた伝説の黒魔術師。その彼がいる。


「あれが……?」


 カレンは目を細めてその姿を捉えようとしたが、湖に反射した光でよく見えない。


 ルイスが亡くなったのは、アリスが夢の世界を抜けたすぐ後。退魔を生業とする魔術師の主と共に、元凶である彼の居場所を突き止めたのだ。

 しかし、何の魔術を使ったのかアリス達の前で永遠の眠りについた。肉体を残し魂は何処かへ行ってしまったのだ。連絡していた警備隊が後から乗り込んできて、彼の身柄は眠ったまま拘束された。

 事件を終結させた功績は評価されたが、アリスの主は釈然としてないようだった。それもそうだろう、元凶に逃げられたにも関わらず周りは終わったのだと安堵していたのだから。


 あれほど世を恐怖に陥れておいて、今の今まで何の裁きを受けることなく、こんなにも穏やかな世界でのうのうと暮らしていたのかと思うと怒りを覚えた。いや、世間などどうでも良い。アリスが夢に囚われてから苦楽を共にし、外に出ることも叶わないまま死んでしまった子供達のことを思ってのことだ。

 自身を人間と勘違いし、外に出れば当然のように家へ帰れると思い込んでいたあの懐かしき日々。心の支えだったのは紛れもなく、この夢で出会った子供達だ。


「ちょっと話してくるっす」


 とっくに先を歩いている三月兎達には聞こえていないだろう。アリスの呟きに気付いたのは近くにいたカレンとロイだけだ。

 出来るだけ近づこうと木造の船着場を軋ませ歩く。


(岸からだいぶ離れてるっすね……どうやって近づきやしょうか……)


 遠くの水面は光って見えたが近くで見ると湖の底はどんよりと暗い。思ってるよりずっと深いのかと、その場に屈み湖の底を覗き込んで、ゾッとした。


「な、なんすか……これ……」


 壊れた時計、兎の耳を生やした頭、黒いシルクハット、割れたティーポット、蛙の腕、虚ろな目の魚、エプロン姿の胴体、産着を着た豚、錆び付いた王冠、色褪せたトランプ……

 それらが湖の底に沢山沢山積み重なっていた。


「ああ……みんな、ここにいたんすね……」


 殺された子供達は皆ここに集められていたのか。

 一つ間違えれば自分の未来の姿だったかもしれないだけにおぞましく、そして悲しかった。箱庭世界に閉じ込められれば天に召されて再び現世に生まれ変わることもできない。魂が世界に溶けるまで囚われ続けるのだ。


「元凶がそこにいるなら、潰しておくか?」


 後ろに立つカレンの瞳がキラリと鋭く光る。その手にはまだ、女王から奪った鎌がある。


「お嬢さん……」


(臆病な旦那が愛したのは随分物騒な子なんすね)


 昔から、どんなに強い魔物であっても歯牙にも掛けないロイが、人間に対しては何故か弱いのが、アリスには不思議で仕方なかった。まるで割れ物でも扱うように、決して雑な扱いはしない。逆に、魔物には丁寧に接することはしない。顔見知りであるアリスに対してすらそうだ。弱小は平気で踏み潰すし、たとえ強くても敬意など一切払わない。


「アリス、お前はどうしたい?」


 しかし、なんとなく分かった気がした。

 人間だというのに、目の前の少女は強い。

 アリスの思う強者とは、自分の望みを自分の力で叶えられる者のことだ。外に出る為の最大の難関である女王からあっさり鎌を奪ってみせた彼女は、アリスにとって強い人間のように思う。

 きっと、人間の脆さを憂いるロイが、彼女を傍に置きたがる主な理由がそれなのだろう。


「奴は既に死んでいて魂だけの状態なのだろう? だとしたら今ここで消したとしても、憂さ晴らしにしかならないかもしれないが」


 今までアリスの願いを叶えてくれる強者などいなかった。だから自分に出来ないことは諦めるしかなかった。


「あっしは……」


 口にしたところで誰に届くわけでもなかった思い。彼女なら……




「君達は本が好きかね?」

「「!?」」


 いつの間にか数メートル先まで近づいていた彼がこちらに問いかけた。昼の光のせいで目を細めてしまい、顔の判別はつかないがこちらを見ているとわかったのはなんとなくだった。


恋愛ロマンス幻想ファンタジー推理ミステリ恐怖ホラー、なんでもいい。その世界に入ってしまいたいと思えるほどの物語に出会ったことはないかな」

「……ルイス、貴方は何故子供達にこのようなことを?」


 あの時、逃げられた為に聞けなかった答えを再度問う。

 子供達は何故絵本の舞台で役を与えられ、水底に沈まなければならなかったのか。

 ルイスは微笑むと愛おしげに湖に視線を移す。


「この子達はただ、眠っているだけだ。何にも邪魔をされず不思議の国の夢を見ているだけ。起きる必要も起こす者もいない」


 この世界で死んだと思っていた子供達は未だに悪夢から目覚めていない。彼等の見る夢が箱庭世界を形作るのだ。


「子供は外で自由に遊ぶものっす」


 ここに沈む子はもう元の人間には戻れないだろう。だが夢魔としてでも、せめて魂だけでもこの世界から解放してやるべきだ。


「寝てる子を起こすものではないよ」


 窘めるように。穏やかだというのに不気味な声に思わずたじろいだ。アリスは魔物の中でも小物の部類に入る夢魔。対して彼は何十人もの子供の命を奪い、なおその罪から逃れた魔術師だ。普通に考えて勝てるはずがない。


「アリス」


 彼の醸し出す空気に飲まれかけていたアリスを支えたのは、すぐ後ろにいたカレンだった。


「私は、そいつについて殆ど知らない。二百年前の事件のことも、人伝に聞いたのみだ。だから……」


 カレンとアリスはそこまで知った仲ではない。昨日の夢で会ったばかりだ。お互い、ロイの知り合い程度の認識のはず。


「当事者であるアリス、お前が判断してくれないか」


 普通このような断罪を他の誰かの判断に委ねることはしないだろう。ましてや、人に害でしかない魔物になんて。


「彼はどうなるべきだと思う?」


 それでもカレンはアリスに問う。


「おいで。子供は寝る時間だよ」


 優しく手招くルイス。

 主人公のモデルとなった少女はとっくの昔に亡くなっている。夢魔アリスが生まれたのはその後。たとえ姿形が同じでも、アリス自身はその少女ではないのだ。

 だから彼の手を取ったとしても、彼にとって救いにはならないだろう。


「アリス……」

「あっしは貴方の知るアリスではないっす。……あの時、彼女の喪失を受け入れられなかった貴方の心の隙間につけ込んだ魔物は、紛れもなくあっしでさぁ。だから、この夢の世界に連れ込まれたこと、記憶を奪われたこと、夢魔にされたこと。貴方があっしにしたことは、何一つ恨んではいやせん。しかし」


 魔物は人の心の闇に引き寄せられる。


「何の罪もない子供達を悪夢に引きずり込み殺したのは別っす」


 ルイスが箱庭世界を作るきっかけとなったのは、アリスがルイスの求める彼女の姿をして彼の前に現れたせいだ。だがアリスは別にルイスに子供を浚うように唆したわけではない。ただ本能に従って、強い魔力を持った彼の増長する闇を糧にしようとしたにすぎない。


永眠ねむるべきは貴方でさぁ。ルイス」


 はっきりと告げた拒絶の言葉に、彼の顔から一切の表情が消えた。そして身体の内側からどんどん黒ずんでいき、真っ黒に染まると、徐々に形が変わり始めていく。魔力が膨張するのがわかった。


「ルイス!」


 まずいと思いアリスが叫んだ時だった。


 女王から奪った断罪の鎌。カレンが投げたそれがルイスの身体を切り裂き、刃の切っ先は舟の底にも穴を空けた。


「今のは死すべきと判断したが、あってたか?」


 煤のように消えていくルイスと徐々に浸水し沈む舟。


「……」


 命が蝋燭に灯った火だとするならば、肉体を失った魂というのは、吹けば霧散する残り煙のような存在。些細な衝撃で、いとも容易く消え失せる。


 ──いまだ忘れぬ彼女の姿、

 ──幻のごとく我にとりつく


「さよならっす」


 幾度後悔したことか。あの時、自分と彼が出会わなければ。誰かに情を持つこともなかっただろうに。憎むことも、愛することもなく孤独のまま。そうすれば、こんなに苦しむこともなかったはずだ。


「創造主を失っても、ここは崩れないんだな」

「この世界は他のどことも違うっす。箱庭を形作るのはここに迷い込む子供。彼等一人ひとりが主といっていいでしょう」


 つまりこの歪な夢の世界を消滅させるのはほぼ不可能。現実世界に本がある限り迷い込む者はまだまだ出るのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ