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魔女になって!  作者: まよまぐろ
不死者と遊園地
23/38

2

 

 精霊教の冬至祭と天使教の降誕祭の日が被ることから、どちらの意味でも祝われる祭日。お隣のルーバスがそうであるように、一部のうるさい宗教家を除き、ほとんどの国民はその区別をつけていない。元は数日の誤差があったりなかったりしたらしかったが、1年の数えが違う暦の統一や変更やなんやらでカレンダー上では同じ日になった。

 2つの宗教の性質は異なるため、楽しみを共有出来る祭日というのはどちらの教徒にとっても嬉しい日なのだろう。


 華やかな商店街の横道を抜け入り組んだ小路を進んだ先にある古めかしい、時代を感じさせるこじんまりとしたカフェ。国内最大手とされる製菓会社サンドリヨンの系列店だが、その名に似つかわしくない程の怪しい雰囲気を醸し出している。

 このカフェの店長を任されているジャック・マミーは今現在、色々と悩んでいた。


 明るいの時間帯の客はほぼ皆無。人の寝静まった夜に魔物や妖精相手に店を開いている。とはいえ聖都で店を構える建前は普通のカフェなので、一応昼間も店は開けている。が、立地状況と店内のおどろおどろしさに、普通の人間の客はまず寄り付かない。

 この商店街は昼と夜では大分顔が変わる。


 明るい内は人が行き交い、

 日が暮れるにつれ人足は減り、

 街灯も消える真夜中になれば、

 鬼火が灯り魔物が闊歩する。


 しかし、たまに物好きな人間が常連客になることもある。その珍しい常連客の中に1人学生の少女がいるのだが。

 2ヶ月前の収穫祭でのこと。

 社長主催のパーティでその姿を見かけたのだ。

 よりにもよってそこは魔物の集まる場所なのに。


(あの場にいたってことはうちの会社に棲む魔物と何か関係が? 最近いつも悪魔連れてるし……)


 あの時何か声をかければ良かったんじゃないか。

 挨拶くらいしなければいけなかったんじゃないか。

 でもあの時、自分は給仕を任され忙しくてそんな余裕なかったし。

 いやでもうちの店の常連さんだし。

 いやしかし向こうは自分のことなんて知らないかもだから、いきなり声をかけるのも失礼じゃないか。


 その後何故か一瞬、記憶なかったし。

 いつの間にか帰ってたし。

 会場大変な騒ぎになって後始末大変だったし。


「うーん……」

「そんなに悩むくらいなら、声かければ良かったじゃないですか。そしてそれとなくデートに誘えば完璧ですよ」


 店員のクラリスに呆れた溜息をつかれた。

 彼女は吸血鬼と人間の混血で、人間からの迫害を恐れて各地を転々としていたが、色々あってこの地に辿りついたのだとか。


「何言ってるんですか。別に気になるのは色恋からではなく……」


 単に彼が赤い髪の人間に苦手意識があるだけなのだ。


 ジャックの正体は全身を包帯に巻かれたミイラであり、生前の記憶もはっきりとある。(流石に昼間の営業時間内では姿を変えて包帯は自重しているが、全部は取れないため人間からは少し気味悪がられる。)生前は王家に仕えていた騎士だった。死因は殉職。まあ、それに関しては今は置いておいて。


 赤い髪を見るたび、思い出すのは王宮に勤めていた日々。人一倍努力し実力が認められ順調に昇進して、王族の護衛を任せられ、騎士団内の大会で優勝すると、剣の腕は騎士団一とまで言われるようになった。

 それからは上司の親戚らしいロット家出身の後輩騎士に絡まれる絡まれる。勤務中とか休日とか関係なしに襲ってくるし、襲撃の際そこら辺にあるものを高価な物とか関係なく壊していく。その子達は剣の技術はからっきしなのに、その豪腕で強引に相手を打ち負かし、強いと聞くと片っ端から勝負をふっかけるような戦闘狂だった。騎士と言っていいのかこいつら。同じロット家でも赤い髪の人以外は普通なのに、何故か赤い髪の子だけが絡んでくる。

 おかげで心の休まる日はなく、赤い髪を見ると条件反射で身構えてしまう。


 容姿や名前からして、彼女はロット家の血縁者であることは確かだ。彼等と同じ赤い髪をした彼女を見ると、何故か動悸が、胃痛が。


「それは恋、ですよ」

「絶対違います」


 何故だか恋だとクラリスに誤解され、話しかけるようにせっつかれる。元々人見知りとまではいかないが、口下手で引っ込み思案な性格も知ってるのに、自分から話しかけろとかハードル高すぎる。


「きっかけ沢山あるのに。注文取るのも私達に任せちゃうし」

「だから違いますって。それに年齢結構離れてますよ」

「魔物なんだから歳なんて関係ないっしょ」


 店員としての義務感と個人的な苦手意識に板挟みになって、思うように行動が出来ない。


 何度目かの溜息の後に来店の鈴が鳴った。

 仕事は割り切りが大事。この十数年でようやく習得できたスキルだ。気持ちを切り替え客へ向けて爽やかな営業スマイル。


「いらっしゃいま」

「死体!」

「!?」


 何かがジャックめがけて飛んできた。顔の横ギリギリで避けたそれはジャックの後ろの壁に音を立てて刺さる。


「やめんか」

「だって死体なんだぞ。きちんと死ななきゃ駄目なんだぞ?」


 もう動いていないはずの心臓が口から飛び出るかと思った。いきなり物を投げられたことに驚いたのではない。悩みの根源であった少女が自分が奥に引っ込む前に店に来たからだ。最近一緒に見かける悪魔の少年を連れて。しかも自分が話しかける以外の選択肢が見つからない。クラリスは奥へ引っ込んでしまっている。


 意を決して、冷静を装い壁に刺さったナイフを抜き、ハンカチでサッと磨いて、片手で少年の首を絞って動きを封じている少女に手渡した。


「連れが申し訳ないことをした」

「いえ、お気になさらず」


 丁寧に受け取り自分の懐にしまう少女、カレン・ロット。赤い髪に切れ長の目、少しばかり北の訛りを含む喋り方はかつての後輩を彷彿とさせる。怖い。


「やはりここの店員も魔物はいるのか。ロイが反応してたということは、吸血鬼か何かか?」


 悪魔はその本質ゆえに、現世に漂う死者の魂や抜け殻を厭う。

 魔物が一番に特徴が出るとされる目を合わせなければバレなかったのだろうが、接客業をしているため遅かれ早かれ気付かれただろう。クラリスのように人間から生まれた混血ならば話は別だが。


「ミイラのジャック・マミーです。吸血鬼と同じ不死族アンデッドになります」


 サンドリヨンは吸血鬼ブラッド・カーミラが運営する洋菓子会社。主にチョコレートを使った菓子に力を入れていて、その種類も豊富だ。従業員の大半は人間だが、一部自分のように不死系の魔物が働いている。


 不死族と言うのは簡単に言うと『生ける屍』。吸血鬼を筆頭にゾンビやミイラ、グール等々。正規の方法で弔われなかった死体が魔物化したものだ。

 サンドリヨンという会社は聖職者からの迫害を逃れる為に創られた不死族のための隠れ蓑。元は吸血鬼のみ、と限定していたが当代の主ブラッドが吸血鬼だけでなく他の不死の魔物も保護するように取り計らったのだ。ジャックもその恩恵を受けた1人として彼に忠誠を誓っている。


「見ない顔だな。新しく配属されたのか?」


 実は開店時から働いているなど、カレンが知らないのも無理はない。常連客だったにもかかわらず今の今まで顔を合わせたことがないのはジャックの気弱な性格が原因。カレンが来る度に奥に引っ込んで帰るまで覗き見するのが精一杯だったのだ。

 そんなジャックの行動を、他の店員達は勘違いから微笑ましく見守っていた訳だが。


「カレン・ロットだ。いつも世話になってる」

「ご贔屓にありがとうございます」


 話してみると普通の女の子のようだ。今まで出会った戦狂いの子達とは違う。そうと分かると、赤い髪ロットの人間かも知れないというだけで今までビクビクしていた自分が少し恥ずかしくなった。


「カレン! 死体に挨拶しちゃ駄目なんだぞ!」

「店内では大人しくしろ。失礼だろう」


 カレンに押さえられていた悪魔の少年ロイがまた騒ぎ出した。ジャックに噛み付こうとするロイに、敵意がないと示す為ににっこりと微笑んでみせた。


「不死族と悪魔が相容れないのは仕方のないこと。貴方も大切な彼女を守ろうとしただけですよね」

「ふえっ!?」


 種族として相容れないからこそ、相手が個人として厚意を見せられれば困惑するものだ。

 案の定さっきまでの勢いは何処へやら、戸惑いを隠せずたじろぐロイ。


「宜しければお名前を伺ってもよろしいですか、小さな紳士さん」

「ろ……ロイっていうんだぞ……」


 ササッとカレンの後ろに隠れる。

 如何に相手が悪魔で、自分よりも長く生きていようが子供は子供だ。

 肉体の成長がない魔物は精神年齢も成長しない。ジャックが亡くなったのは28歳の時。それから20年以上経ってるが、壮年の男性のようには振る舞えない。ずっと己の中の時が止まったまま、周りの景色だけが移り変わっていくのだ。


 いつも彼女が使っている2階の席に案内し、注文票に記入する。


「ご注文は?」

「ふえっ」

「珈琲とブッシュドノエルを頼む」

「お、俺も同じの!」

「では少々お待ちください」




「お前人見知りだったか? 同級生とは見境なく仲良くしてるみたいだが」

「あ、ああいう人は、苦手っていうか、接し方が分かんないっていうか……」


 死者に対しては威嚇が基本体勢であるロイ。無条件に厚意を向けられては敵意のやり場に困るのだ。


「しかしあのミイラもこの短時間でここまでロイを手懐けるとは。なかなかやりおるな……」


 借りてきた猫のように大人しくなったロイの様子に、感嘆の声を漏らす。




 *****




「ちょっと、ジャックさん! 何なんですか、彼奴は!?」


 裏方に戻ったジャックにクラリスが詰め寄った。


「ご学友では? 聖学院の制服も着てますし」

「あれきっと悪魔ですよ! きっとあの娘を魔女にしようとしてますよ! 奪われちゃいますよ! 拐われちゃいますよ!」


 クラリスは彼が悪魔だと今気付いたようだ。

 悪魔が不死族を嫌っているように、不死族もあまり悪魔を好かない。それは本能的のものではないが、向けられる敵意や殺意に反応しているだけだ。

 縄張りの外で知らない魔物と出会ったら距離を置いて無視をするのが礼儀だ。無関心を装うことで、相手に敵意がないことを表している。

 目が合ったら突っかかってくる悪魔は、この上なくガラの悪い不良のような存在なのだ。


 クラリスが珈琲とケーキが乗った盆を押し付けてきた。


「さあ、貴方が持って行くのです」

「きょ、今日はもう十分喋ったと思いますからこの辺で……」

「ジャックさんなら大丈夫です! 貴方はとてもお強い人なのですから! あの悪魔への牽制のためにも!」

「……ですが」

「何より私は悪魔が怖い!」

「そんなに震えたら珈琲が溢れて……あっ」

「…………淹れ直します」




 *****




 持ってきてもらったケーキをつつきながら、カレンは待っている間にずっと気になっていたことをジャックに聞いた。


「あのポスターのことなんだが」


 カレンの向ける視線の先は壁に何枚もかけられたポスター。カボチャのイラストが可愛らしい。冬至祭のイベント告知のものだ。


「今月からやっているのか」

「ええ、サンドリヨンとパンプキンの共同イベントです。冬至祭の期間限定で」

「パンプキンってあのでっかいカボチャの遊園地?」

「はい。よろしければ起こしください。期間限定の菓子も販売しています」

「ほほう」


 カレンはこの製菓会社サンドリヨンのお菓子に目が無い。特に目玉商品であるチョコレートは彼女の好物なだけに、新作や限定品のチェックは欠かさない。


「魔物もいるんだよな。人間襲ったりしないか?」

「パンプキンの従業員はゴーストと呼ばれる幽霊の類いが大半ですから人間食べる奴は居ません。悪戯好きのは多いですけど、魔物の従業員は基本夜勤なので、昼間はほとんど人間の従業員ですよ」


 パンプキンのオーナーはサンドリヨンの配下の者。勿論、その人もブラッドと同じように魔物である。

 製菓会社サンドリヨンが不死族の保護区だというのなら、遊園地パンプキンは幽霊の保護区になる。行き場を無くした亡者の魂をその広い敷地内に匿っているのだ。勿論、そこで働く従業員の大半は何も知らない普通の人間。彼等が帰った後、幽霊達は自由に動き回るのだ。




「今度の日曜日がいいか。ロイ、お前も予定を開けておけ」

「ふえっ!?」

「何か用事でもあるのか?」

「全然そんなことないんだぞっ。え、えっとカレンから誘ってくれるの初めてだし……」

「そうか?」


 ぺろりと平らげたケーキの余韻に浸りながら珈琲を啜る。


「ユルも行くとして、他誰か誘うか」

「えっ、デートじゃないの?」

「んなわけなかろう」




 *****




「ジャックさん! どうでしたか。何か収穫ありましたか?」

「収穫って何ですか。あるわけないでしょう」

「ええーっ! せっかくのチャンスだったのに!」

「だからそういうのではないと何度も……」


 再び戻ったジャックとクラリスがあーだこーだ言い合いをしていると、関係者以外立入禁止の厨房にクスクスと、いるはずのない2人以外の笑い声が聞こえた。


「相変わらず賑やかですね」


 声の主が誰だか分かると、不満気だったクラリスの顔がパッと明るくなった。

 絹糸のような癖のない明るい髪。鮮やかな血を思い起こさせる瞳。クラリスが崇敬してやまない、とても美しい吸血鬼の主がいつの間にかそこに立っていた。


「社長! どうして此方に?」


 2人が驚くのも無理はない。

 サンドリヨンは全国に店を展開する大企業。その取締役であるブラッドは常に忙しい身なのだ。


「何かありましたか」

「ジャック、クラリス。例の遊園地のことなのですが……少し大変なことになってしまうかもしれません」



挿絵(By みてみん)


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