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魔女になって!  作者: まよまぐろ
不死者と遊園地
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1

 

 この世の全ては神により生まれた。

 光も闇も、空も海も大地も、動物、植物、そして人も。

 

 もし貴方が信仰厚く善を尽くすのであれば、死後にその魂は天使となり永遠の楽園で暮らすことができるだろう。

 しかし貴方が悪い行いをすれば、死後にその魂は地獄に落ち、永劫悪魔に責め苦を与えられることになるだろう。


 神は全てを見ているのだから。


 ──『5分でわかる天使教の入門書』より抜粋



 *****



「貴方ハ神ヲ信ジマスカ?」

「ノー。ノーなんだぞ」


 商店街の入口で変な外国人男性に話しかけられた。その格好からして一目で聖職に携わる者だとわかるものだったので、ロイが追っ払い隣を歩くカレンの手を引きその場を離れた。


「今のはルーバスの宣教師だな」


 布教精神旺盛な天使教を国教にしている隣国ルーバスから、毎年大勢の宣教師がやってくる。友好国であるため受け入れを制限しておらず、ロベリアに天使教が急速に広まっている最大の理由でもある。

 広まり具合は順調で、今では国民の3割近くが天使教の信者になっている。


「あんなのに惑わされちゃ駄目なんだぞ」


 悪魔であるロイが天使教の信仰を嫌うのは当然なのだろう。


「宗教なんてどれ信じても一緒だと思うのだが」

「本当にそう思ってる? それなら黒魔女宗ってのがあるんだけど……」

「却下だ」


 握られている手を逆に握り返してロイの身体を此方に引き寄せ、反対の手に持っている分厚い本でロイの頭をドスッと叩いた。


「……痛いんだぞ」

「ふむ」


 最近、力加減が上手くなった気がする。ロイの頭を凹ませず、涙目にすることが可能になった。ただ、愉しいから叩き過ぎて凹むこともあるので注意が必要になる。


「カレンさっきから持ってるその本は何? カフェで読むの?」


 頭を摩りながらカレンの手にある本を指差した。


「聖書」

「だめぇー!」


 ロイが叫んだ途端に持その本が何の前触れもなく青白い炎に包まれた。慌てて手を離し、宙に放り投げると地面に落ちる前に灰となり消失した。


「……なにをする」

「何でそんな物持ってるの!」

「先日、親が送ってきてな。『改宗するかも』と」

「どういうこと!? 熊が神じゃなかったの!?」

「港町で流行ってるかららしい」

「そんなファッション感覚で浮気するの!? 駄目、俺がカレンの両親説得する! 『娘さんを魔女にください』って!」

「やめろ」




 *****




 聖都の中心部にある街の天使教会のすぐ外に、今日はいつになく人が群がっていた。


「悪魔祓い? 公開なんかしてたっけ」

「ほら今度、隣国から聖女様が来るじゃねぇか。それ関連じゃね?」

「へえ、それで最近宣教師多くなってきてんのかー」


 四方に精霊を奉るほど精霊教と関わり深いこの聖都には、迷信深い人間が多いと言うがここも国有数の大きな都市。やはり若い世代の者は神や精霊の存在など信じておらず、此処にいる大半が怖いもの見たさか冷やかしで来た者達だ。目に映ったモノを見るまでは。


 外からでも見られるよう扉が開け放たれた教会。中には掲げられた大きな十字架と両脇に侍る天使の像。荘厳な法衣を纏った男性が聖書と十字架を翳し、古代語だろうか聞き取れない呪文のようなものを唱える。

 彼の目の前で頭を垂れている老人は、顔や手などあらゆる場所に痛々しい引っかき傷が見えた。

 静かに神父の呪文に耳を傾けていたが、やがて苦しみ始め、ざわつく周囲を神父は気にも止めず呪文を唱え続ける。

 すると老人は先程の様子とは打って変わって、おぞましい声で罵倒の言葉を吐き出した。


 見える者には見えただろう。老人から離れまいと藻掻く禍々しい悪魔の姿が。


 振り掛けられる聖水に苦しみ、身体のあちらこちらを掻き毟る老人の身体を借りた悪魔が、耐えきれず自分の名を口にした。

 それを聞いた神父はその名を用いて即座に命じる。


「強欲の悪魔マンモンよ。地獄へ還るがいい!」


 そうして、脱力した老人を両脇から神父の補佐の人が支え椅子に座らせた。取り憑いていた悪魔が剥がれたのだ。

 いつの間にか固唾を呑んで見守っていた野次馬に歓声とどよめきが広がる。


「え? 今のどういうこと?」

「本当に悪魔なのか!?」

「て、手品か何かだろ」

「いや、でもあれはやはり」

「神父さんかっけー!」






「冷やかしで行ったつもりだったけど、肝が冷えたぞ」


 週末の楽しみであるカフェに行く途中、教会の前を通ったカレンとロイは天使教の聖職者が悪魔祓いをしていると聞いて、野次馬の中に混じって様子を伺っていた。


「よく気付かれないよなお前」


 それを言うとロイは得意げな顔をした。


「俺は上位の悪魔だからね」


 視線を教会に戻す。

 ぐったりとした老人に代わり、彼の親族達が頻りに神父に何度も頭を下げて礼を言っていた。


「悪魔とはああいうことをするのものなのか?」


 今まで見てきた魔物でも、ここまで人を傷付けるものはいなかった。勿論ロイがそうでないことは百も承知だが、カレンは他の悪魔をあまり知らない。本来の悪魔とは悪意をもって人に害をなす、危険極まりない存在なのか。

 カレンの問いに答えたのはロイではなかった。


「そうなの。本来の悪魔はとっても怖い魔物なのよ」

「うわっ、リンゴいたの?!」


 最初から居ましたと言わんばかりに、同級生のリンゴがロイのすぐ後ろに立っていた。


「びっくりするから死角に立たないでほしいんだぞ……」

「最近のロイ君は面白い反応するから、つい」

「意外だな。こんなところで」


 リンゴは水の精霊を奉る神殿の管理を任されている子爵家のお嬢さんだ。彼女の家はロベリアの天使教化を阻止する精霊派の家だった筈。何故、天使教の教会にいるのか。


「これは敵陣の視察。国の精霊が悪魔扱いされていないかの」

「なるほど」


 精霊教が天使教と真っ向から対立しているわけではないが、天使教の普及により精霊神殿や王家の立場が揺らぐのではないかと危惧しているのだ。天使教自体が悪いものとは言ってない。

 しかし反天使教の黒魔女が月神を魔術を司る神だからといって崇めていたりするので、おかげで精霊教まで邪神崇拝してるのではと、ロベリアと敵対している天使教国から嘲られている。ただ友好国であるルーバスは違い、布教を進める一方で精霊教の信仰に対しても敬意を示してくれているが、大々的に罵ってくれれば天使教を追い出す口実になるのでどちらかと言うと彼らの方が厄介だ。


「リンゴが前にやっていた祓い方と随分違うのだな。そこは宗教の違いか?」

「天使教の使う呪文は天使教発祥の国の古代言語なの。後は……悪魔は名前使って命令されたりしたら逆らえないんだって。聞き出すのが一番難しいらしいけど」

「リンゴ詳しいね」

「敵を知り己を知れば百戦危うからずなの」




「お前もそれで名前を隠してるのか?」


 本人曰く、ロイという名前は偽名であり、本名は別にあるのだとか。天使教の書物に載るほど有名らしいが、何の悪魔なのか未だに特定は出来ていない。


「ううん。別に名前呼ばれたからって縛られるわけないんだぞ?」

「……じゃあなんでさっきの悪魔は」

「さあ?」


 あんなものは茶番だ。

 呼ばれた悪魔の名前を知っている。魔界でもロイより上位にいる者だ。

 確かに悪魔は聖書や十字架など清い物に弱いのだが、名前のくだりは滑稽を通り越して奇妙にさえ感じる。

 それに何故あの悪魔達はわざわざ、魔女にする気もない人間に取り憑くのだろうか。あれではまるで聖職者に祓われる為に取り憑いているような印象さえ受ける。からかっているのだろうか。




 ロベリアの精霊教の最高神である月神リリスは、月、夜、魔術、多産を司る神である。彼女の対となる太陽神ルミナスは、太陽、権力、勝利、豊穣を司る。

 ロベリアの南にあるルーバスは太陽神ルミナスを最高神に奉る精霊教だった。


 もう何百年も前に天使教に改宗してしまったが、根底は太陽神を崇拝する心を失っていない。それが、彼等がルーバス国民としてのアイデンティティなのだろう。


 ルーバスの国教がまだ精霊教だった頃、天使教は内部分裂を起し、その諍いはあらゆる国と国が戦争になるまで泥沼化していた。

 劣勢だったある天使教の一派は流れ着いた異教の土地ルーバスで、より馴染み易いように天使教と土着の精霊教とを融和する形で民に受け入れさせ味方につけた。その一派は東教会と名乗って勢力を拡大させていき、今では大陸のルーバスより東側の多くの天使教国が東教会派だ。大陸の西は西教会派、それより西が聖書派。南はまた違う天使教の派閥が存在する。

 精霊教を取り込んだ宗派なので東教会派とロベリアの民との相性は決して悪くない。


「でも魔物祓うのって結構危ない仕事だよね。家族からは反対されないの?」

「聖職者一家だもん。聖学院の高等部には義兄さんもいるし」

「ふーん、大変?」

「やりがいはあるよ」


 ロベリアとルーバス。元は何千年前は事あるごとに戦を繰り返してきたほど仲の悪い2つの村だった。同じ国に吸収されてからは町同士の決闘が禁止された。そこで代わりになれそうな勝負を年に一度、町の境界近くで行うようになった。片方を太陽神、片方を月神に見立てて、ボールを相手陣営に運ぶ宗教的な儀式は、精霊教の催事、祭りとなり国として別れた今でも2カ国の間で続いている。

 今日こんにちのロベリアが月神を最高神にしているのは、ルーバスとの陣営決めの為のクジ引きの結果だったことが、歴史学者達の中ではかなり有力な説になってるのだとか。




 教会から少し歩いたところで知った声が聞こえてきた。


「何を言うか! 神は全ての創造主……たとえ目に見えなくともそこに存在すると信じる心が大事なのだ!」

「あら、私は自論を申したまでのこと。理論による証明がなければ実在すると言えません。導き出された数字こそ真実ですわ!」


 敬虔な天使教徒であるクレールと科学の信奉者であるウェンディが、懲りもせずまた言い争っていた。今回の議題はもう何度目かになる神の存在の有無なのだが、全くもって不毛な議論である。

 見かねたカレンが割って入った。


「殴り合いで決めろ。すぐに決着がつく」

「相変わらず横暴だなカレンは。憎しみを生むだけの暴力は良くない!」

「そうですわよ! 議論の場で暴力に訴えるのは口で勝てないと分かった奴がすることですわ!」


 カレンの提案を即座に却下した2人にやれやれと肩を竦める。


「屁理屈なところはそっくりだ」

「カレンそれ屁理屈違う」


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