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「奇遇だな。ワイトも此方に用があるのか」
保健室にいった2人を迎えに行くカレンの後ろから、両手に本を抱えたリンゴが付いてきた。
「うーん。なんて言うかね。私の第六感が此方へ行けみたいな信号を発しているわけよ」
「ワイトは電波系だったのか」
「ち、違う違う!」
階段を降りる途中、下からなんぞ揉めている声が聴こえてきた。はっきり聞こえた声はロイのもの。
「ユル君から離れろ、なんだぞ!」
ダッと駆け出し、階段を飛ばし飛ばしで駆け下りる。
「ああっ! 待ってカレンちゃん!」
1階に辿りついたカレンが見たものは、黒い大きな魔物がユルの頭を食んでいる光景だった。それをロイが阻止しようとしがみついている。
「ひゃっ! カレンっ!?」
走ってきた勢いをそのままつけて飛び蹴りを入れるが、ゼリーのような身体のせいか、衝撃を吸収してぐにょりと凹むだけだ。ほとんどダメージを与えられていない。
「ふむ」
ユルを先に救出する方が早いか。
そう判断し、顔を真っ青にさせて此方を見るロイに代わり、ユルを引っ張り出した。目を回していたが特に怪我はないようだ。
すると魔物が獲物を逃がすまいと、にゅるっと何本も手を伸ばして今度はカレンやロイまで掴んできた。
攻撃が効かない相手。
このままでは埒があかない。
逃げたところで諦めてくれるかどうか。
後少しで昼休みも終わる。
どうしよう。
先程とは打って変わって、何かを期待するように見つめてくるロイの視線は無視。
「月氷る闇、墨染の雪、瑞香の蕾 」
とことことリンゴが後ろの階段から降りてきた。
「愚か恋しき、哀れな影よ」
可愛らしい唇が紡ぐ言葉と共に、魔物の周りに冷気が漂う。足元から縫い付けるように絡み付く冷たさは、その場から逃れることを許さない。
「業を背負いた、嘆きの御霊」
徐々に身体の自由が効かなくなる魔物の前で少女はピタリと足を止めると、顔を見上げてにこりと笑った。
「永遠に滅せ」
その瞬間、魔物は急速に凍りつき、そのまま砕け散る。小さな破片となって弾けた氷は、廊下に降り落ちる前に蒸発して空気に溶けた。
「リンゴ……?」
「みんなも見えてたんだね」
今起こったことを上手く理解出来ないカレンは、頭の中で1から整理する。
リンゴが何か呪文のようなものを唱えると魔物が凍って破裂した。
この1文に尽きる…………が、どういうことだ。
リンゴも今の魔物が見えたのか。さっきの呪文は魔術か何かなのだろうか。だとしたらリンゴは魔術師か何かか。
それらを本人に聞こうとする前に、ロイがわなわなと口を開いた。ちょっと、いやかなり動揺してる。
「り、リンゴ、聖職者だったの……?」
「まだ見習いだけどね。魔を祓うのが巫女の使命だから」
「巫女さんだったんだ」
宗教を問わず、仕える神の力を借り人々に災いをもたらす魔を祓う者を聖職者と呼ぶ。
精霊教の神殿に属する聖職者の女性を巫女。
天使教の教会に属する聖職者の女性は聖女。
なるほど、それなら納得がいく。
「珍しい苗字でもないから気付かなかったが、もしや精霊派のワイト家の者か」
ロベリアの貴族の派閥は大きく精霊教派と天使教派の2つに別れていて、聖都の管轄を任されている公爵を始め聖都内にいる貴族は皆精霊派である。
聖都の内門四方を守護する子爵家も例に漏れず。
ワイト家は鏡と清廉の水を司る精霊ウィンディーネを奉る由緒正しい家系。因みに後の3つは、火の精霊サラマンダー、風の精霊シルフ、土の精霊ノームがそれぞれに奉られている。
「巫女の見習いとして今みたいに魔物退治してるから、魔物が出たなら遠慮なく私に言ってね」
愛らしい顔を綻ばせてにっこり笑う。
「凍らせるから」
ロイの肩がビクッと跳ねた。
「魔物ならまだここに「ちょっ何主人売ってんだ」」
本職がいるならちょうどいいから、1回どんなものか祓ってもらおうとする。が、ロイに阻止される。
「主君への裏切りは大罪なんだぞ。地獄に落ちるんだぞ」
「悪魔が何をぬかすか」
「酷いカレン。死ぬ俺マジで死ぬんだぞ。バレたら死ぬんだぞ」
「お前強いんじゃなかったのか」
「それガチで殺し合ったらの話!」
「?」
小声で揉める2人に小首を傾げるリンゴ。
しかしそれを特に気にせずユルに向き直る。
「ユル君は少し魔を引寄せ易い体質なんじゃないかな。今まで気がつかなかったけど……」
「妖精とか幽霊はちょくちょく見るかな。さっきみたいなのは初めてだから吃驚したよ」
「気をつけてね。皆が思ってるよりも、人襲う魔物は沢山いるんだから。なるべく近づかないようにね」
「うん」
上半身を食べられていたユルだが、少しふやけた程度で特に異常は見られない。
「大丈夫? 溶けてない?」
「ありがとう……ロイ君。迷惑かけてごめんね。僕が不用意に近付いたから……」
ロイがユルを食べられるのを防いでくれていたお陰だと礼を言う。それでもロイは何も出来なかったと、しょんぼり項垂れる。魔物だともっと早く気付けば串刺しにしたのに。
「カレンもごめん。俺がついてたのに……」
「特にお前に何か期待をした覚えはない。気にするな」
「更に酷い!」
そんな話をする中、リンゴが突如カッと目を見開いた。
「そうよ……これよ! 劇の内容決まったわ!」
「え?」
「カレンちゃん! ありがとう!」
「え?」
それだけ言うと、リンゴは物凄い勢いで廊下の向こうに駆けていった。
遅れて教室に戻ったカレン達が目の当たりにしたのは、原稿用紙に物凄い勢いで何か書いているリンゴ。なんだなんだと書き終わった原稿用紙の1枚を見ると、どうやら脚本を書いてるようだ。タイトルには、
『無敵の姫騎士物語』
「ロマン・ド・ナローの第七十二巻! 強くてカッコイイ姫騎士が塔に幽閉された悲劇の王子を救う愛の物語よ!」
教室内に「おおー!」と歓声が上がる。図書室から帰ってきた脚本家のただならぬ様子を見に来た隣のクラスの生徒もいるので、どうやら採決を取るまでもなく満場一致のようだ。
「勿論、ヒロインたる王子役はユル君だから!」
「王子なのにヒロインってなんだ!」
「というより、さっきの何にインスパイアされてこの話にしようと思ったんだ?」
「魔王役は、見た目のイメージも大事だから髪か肌が黒い子が良いと思うの。誰か黒い感じの男子いない?」
黒髪や浅黒い肌の子は比較的大人しい子が多い。ロベリアの南に広がる農耕地で小麦の栽培をしてきた農民の血を継いでいるからだと思われる。
出来れば主役を盛り立てる役がいいな、と言う子ばかりで自ら主役をやりたいなどと主張する子はおらず、自分が当たらない為に誰を主役にするか素早く視線を走らせる。
集団生活を営む農耕民族は空気を読むことに長け、さり気なく自分がその候補から外れるように存在感を薄くする。自ずとその場で一番空気の読めない人間が浮くというシステムだ。
そうして必然的に、癖のある黒髪を持つ少年がリンゴの目に止まった。魔王役の条件に当てはまりそうな黒髪や肌の浅黒い子は他の子の後ろに隠れ、リンゴとなるべく視線を合わせないように目立たなくしている。
「え? いや、俺は」
「決定! ロイ君!」




