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「コレは、どう言うことかな?」
聞き慣れたこの声は…。
目を開けるとわたくしの目の前には静かな怒りを込めたジル殿下だった。
男は殿下の顔を見て怯んだ。
だか、思いついたかのように言ったのだった。
それが自らの破滅とは知らずに。
「これは、これは、殿下では無いですか!この間の王太子と婚約者発表の式典ぶりですね。是非わたくしのお名前を覚えて頂きたく思います。名乗る許可を頂けないでしょうか?」
「僕は何をしていたと聞いている」
「何を?と申しますと?」
「何故、剣を振り上げていた?」
「はっはっはっ、殿下、平民が貴族に無礼を働いたのです。それを裁くのは悪いことではないですよ」
「ああ、もし本当に平民が貴族に無礼を働いたのならばな」
「ええ、本当ですとも!周りの人も見ております、是非聞いてみて下さい」
そう言って辺りを見回してようやく男は異変に気がついた。
確かに、平民が貴族に無礼を働いた場合
その内容によるが罰は確かに存在する。
周りで見ていたのは平民だ。
男は例え周りの平民が殿下に状況の説明をしろと言われても自分がここに居れば黙る事は分かっていた。
皆報復が怖いのだ。
もし、バレたとしても平民相手
貴族の自分は謹慎ぐらいだろうと考えていた。
もし、この場で話した奴は必ず報復してやると決めていた。
だが、周りの平民達の目は確かに怒りを灯していた。
その異変を男は不思議に思った。
何故、平民に睨まれているのだろうと
何故、報復を恐れていないのかと
そんな男に幼くも凛とした声が響いた。
「僕の婚約者の名前は知っているかい?」
「えっ?はい!アイリーン様です」
「ここは彼女の領地である事は?」
「知っております。ですが、それとこの平民とは関係無いのでは?」
「いや、関係ある。君は今誰に剣を振り上げたのか知るべきだ。さて、周りの人に聞いてみよう。
この領地を収めている領主の娘アイリーンは誰だい?」
男はこの問いかけに意味が分からなかった。
この平民がどうしたというんだ
だが、まさかの可能性を男は確かに感じていた。
嫌な汗が背中に滴り落ちる。
目の前には確かに平民の服を着た娘。
そんなわけあるはずが無い。
だが、殿下が後ろから今もなお、抱えるようにその娘を支えている。ただの平民の娘にそんな大切そうに抱えるものか?
否
そんな事はしない。
チラッと後ろを見ると同じように抱えられている
先程自分が無理矢理連れて行こうとした少女だ。
その少女を抱えているのは殿下の腹心の1人
アラン殿。
もしも、目の前にいる娘がただの平民であれば
剣を持ってる相手に殿下が自ら助ける事はしない。
殿下が自ら動かれたのは
自分の大事な婚約者だったから…。
その事実に辿り着いた男はその場から崩れ去った。
周りの平民は殿下の問いかけに、1人の少女を見ていた。その事実も男がこの娘が殿下の婚約者だと確信した理由でもあったのだ。