第二十一話:大会予選2
エンゾさん達と3人と1霊で食事に出て、テラス席にてシャルがサンドイッチ…のようなハンバーガーのような物を頬張っていた時の事だった。ラティスの向こうから、手を振る男がおり、ぐるりとラティスを回って近寄ってくる。
「エンゾさんではありませんか」
「おお、オディロンさん。調子はどうですか」
「私の試合は午後からですからね。まぁ、負けはしませんよ」
どうやら大会参加者らしい。アルエ紹介が後援するもう1人の参加者だろうか。
「そうでしたね。活躍を期待していますよ」
「ところで、こちらの女性は?」
オディロンと呼ばれた男はシャルの方を向いて尋ねながら、無遠慮に開いていた席に座った。
「あぁ、こちらはシャルロットさん。貴方と同じ大会参加者ですよ」
「ほぉ、こんな小さな娘さんが。午前の試合が終わって反省会でも?」
「まぁ、単なる食事ですが。シャルロットさん、こちらはオディロンさん、うちのお抱えの冒険者です。なかなか腕が立つ方で、大会参加が3回目なので午後からの予選2回戦からの試合となります」
聞いた限り、予選をパスして本戦に出場出来るのは、本戦で一度でも勝ち抜いた事のある参加者という話だった。ということはオディロンは本戦で勝った経験は無い、という事だ。数日前に言っていた「本戦に出場するのがやっと」というのはオディロンの事なのだろう。
にしても、オディロンの言葉にはやや棘を感じていたが、エンゾさんの言葉に彼は露骨に嫌そうな顔をした。
「エンゾさん、可愛い女性と食事も結構ですが、スポンサーとして、私にもう少し便宜を図って頂いてもいいのでは?」
「と、言いますと…?」
「私はこれから午後の試合に出るのですから、試合の前に激励に来るとか、食事に誘うですとか。負けた人よりも私に投資すべきでしょう?」
「オディロンさん…」
たまらず、黙って聞いていたシモーヌさんが腰を浮かせるが、机の下でシャルの手がそれを静止する。一方のエンゾさんはシャルの顔色を伺ったが、ニッコリ笑顔を確認するとオディロンの顔に視線を戻した。
「これはこれは、大変失礼しました。いささか私の心配りが足りなかったようだ。ただ、ご覧の通りシャルロットさんは少々地位のある方の娘さんでして、私としてもこの席を外せない事情があるのです。今夜の予定は祝勝会にあけておきますから、ここは引いていただけませんかな?」
エンゾさんが丁寧に頭を下げると、オディロンも強く出るのは得策では無いと気付いたのだろう。
「わかりました。シャルロットさん、お邪魔をしました。そうだ、今度このお詫びに直接戦い方の指導をして差し上げましょう。大会に出たがる程のお嬢さんなら、興味がおありなのでしょうから。では、失礼」
そう言い捨てると、オディロンは席を立った。その後ろ姿を見つめながら、シャルの顔は完全に真顔になっている。
「ふぅ…少々性格に難がある方ではありますが、低級の魔物素材を狩るのは妙にうまいんですよ。なかなか縁が切れなくて困っていましたが…それも今日までですね」
エンゾさんはニヤリと笑ってシャルの顔を見る。
「低級の魔物は、自身なのでは?」
再びニッコリ笑顔見せ、シャルが言った。
「エンゾさん、“今日まで”に出来るかどうかは、午後から私と当たるかどうかですよね」
「いえ、当たりますよ。本戦に同じスポンサーの選手ばかり集まっては不公平ですから、後援出来るのは3人まで、予選に同じスポンサーの選手が居る場合は、2回戦で優先的に当たります。これは一般には秘密の話ですがね」
「あら、そうなんですか。他にアルエ商会から出ている選手は?」
「1回戦で負けましたので、残っているのはお二人だけです」
つまり、確定で当たるという事だ。その負けた選手も、この2回戦をオディロンに勝ち上がらせるための当て馬だったという。運良く2回戦に進んでくれれば、オディロンと当たって八百長でオディロンが勝つ、という訳だ。シャルを引き入れる前に仕込んだものだったのだろう。
それにしてもエンゾさん…随分とシャルの事を理解したものだ。シモーヌさんは話の途中で心配そうな顔をしていたが、エンゾさんは余裕でシャルの考えを見通していたようだし、もちろんシャルもそのつもりである。
「それでは、直接戦い方の指導をしてもらいましょうか」
「どうぞ、存分に楽しんで下さい」
そう言うと、シャルとエンゾさんは顔を見合わせて盛大に笑ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
午後の組み合わせ発表は、予言どおりシャルとオディロンの対戦となった。4試合目と少し待ち時間があるが、競技場の向こうにある控室に、エンゾさん達は全く顔を出さないまま時間を迎える。ここまで期待されていないと少々可愛そうにもなるが、あの態度を思い返せばそれもすぐに吹き飛ぶというものだ。直接指導なんて、俺の目が黒いうちは絶対にさせるわけが無い。黒いかどうか見たことも無いが。
「では、行ってきますねー」
「ご武運を」
そう言って颯爽と競技場に出ていったシャルは、一回戦同様にファルクスを提げていた。どのようにオディロンをいじめ…ではなく退けるのか、俺も何も聞いていないが、シャルはやる気まんまんの様子で…楽しそうにファルクスをバットのように振り回している。
「名前を見た時はまさかと思いましたが、初戦は勝っていたのですか」
「ええ、運良く相手が転んでくれまして」
シャルと対峙したオディロンは、不快感を全く隠そうとせずに睨みつけてきていた。
「エンゾさんはそちらに?」
「ええ、シモーヌさんもいますよ?」
「はっ、馬鹿な人達だ。今大切なのは勝利でしょうに」
その言葉にシャルは何も答えず、ファルクスを構えた。大きな両手剣なのに、わざと片手に持って体を開いている。
「はぁ…武器の構え方も知らないとは。それとも、見た目だけのハリボテの軽い武器というのを隠すのを忘れていたのですかな」
煽るようにオディロンは言葉を紡いだが、やはりシャルは何も答えなかった。その態度にオディロンは苛つきを隠さずに獲物である槍を構える。見た目も銀色の金属が多く使われた鎧だし、騎士のマネごとのつもりなのかも知れない。
「準備はよろしいですか。では、始め!」
審判の合図に、シャルは今度は全く動かなかった。
対してオディロンは真っ直ぐに槍を構え、突撃を開始する。
もう少しでその槍が射程に入る、という所でシャルが仕込んでいた停滞の魔力が発動した。オディロンの踏み込んだ足が、数センチ沈み、つま先を土が覆う。オディロンはそのままつんのめって顔から前に倒れる事になった。
「あら、また運が良かったようですね」
「なっ…」
シャルは2歩前に出ると、かなりゆっくりした動作でファルクスの切っ先をオディロンに突きつけようとする。が、流石にオディロンもそれを許そうとはしなかった。
ギンッ
槍の側面で刃を受け止め、弾き返そうとする。体制を崩したままではあったが、普通ならそれでファルクスは切っ先を反らされるか、押し返されるはずだった。
「馬鹿にする…なっ…あぁぁぁ…」
顔を真っ赤にしながら槍を支えるが、ファルクスが止まらない。ゆっくりした動作は更に遅くなったが、徐々にファルクスは彼の目の前へと押し進んでいった。しかもシャルは片手でファルクスを持っている。
「あら、こんな軽い武器も押し返せませんの?」
「あっ…あぁッ」
普通の姿勢であれば、そのまま下がればいくらでも回避出来る。が、姿勢は悪く、槍から力も抜けないので全くままならない。もうそろそろで鼻先に触れる所で、シャルはファルクスを引いて数歩下がった。
「まぁ、2回も運で勝っても楽しくないですものね。どうぞ、立ち上がって下さいな」
「はぁっ、はぁっ…」
オディロンは肩で息をしながら立ち上がると、恨みを込めた目で槍を再び構える。最初見たのと同じ構えで、再度突撃をかけようとした所でシャルが動いた。
「今度は、少しだけ本気で指導してあげます」
そう声を掛けると、シャルは高速で前に出、勢いを乗せてその槍の先を上に打払った。
重たいファルクスに負け、槍と共にオディロンの上体が浮く。一瞬の後、ガラ空きになったボディに、ファルクスの柄がめり込んでいた。
「がっ…」
「肉体的指導、です。これはエンゾさんたちの分」
続けて、シャルが側転のように体を踊らせるとその足がオディロンの頭を蹴りぬいていた。例によって触れては居ない…が、魔力の籠もり方が比にならない。そのままオディロンが白目を剥いたところで、審判の声が響いたのだった。




