第十七話:シモーヌはスルーで
店の外に出た後、追手がかかるかと警戒したがその様子も無かった。思ったよりあっさりしたもので少々つまらない…と思わなくもないが、それほど安全な橋を渡った訳でもない。
実際のところはシャルが流れをうまく掴み、乗り切っただけに過ぎない。そう思うと少々薄寒くも感じる。結局はシャルが上手かっただけ、と俺は結論付けた。あまり素直に褒めると調子に乗られても困るので口には出さないが。
魔法の件で色々自信過剰になっている気がするので、無茶させないようにコントロールしないといけないのだ。
「ヤスユキ、まだあいつら来るかな?」
「さっきのは、結局コップの取り違えってことでアイツらが自爆した形だからな。2杯目に薬が入ってたかはわからないけど、シャルに効かなかったのが有耶無耶になった可能性はある」
「そっかぁ。じゃあ、また来るんだね。楽しみ」
シャルはニコニコしながら宿に向かって足を進めた。
「まぁ、あいつらの企みは全て潰すとして…金策も考えなきゃな」
「短剣、高かったもんね…」
シモーヌが多少値引きしてくれたとは言え、金貨2枚に銀貨7枚だ。ざっと手持ちの4分の1が飛んでいったのだから、心もとなくなって来ている。
「まぁ、少しアイツらの仕事を手伝って稼ぐっていうのもアリ?」
まぁ、それも無くはない。完全に犯罪組織というわけでもないのだし、キレイな仕事…ちょっとした店の手伝いを魔法で効率よく、なんてレベルの話ならバイト感覚でやってもいいかもしれない。が、相手もその程度のバイトを勧誘するのにならわざわざこんな危険な橋は渡らないだろう。結局ただのバイト就任は有り得ない。
「本気…じゃないよな?」
「どうだろ。あっちの出方次第?」
つまり出たとこ勝負と言うことか。行き当たりばったりとも言う。逃げるのもありだが、それはシャルが受け入れないだろうと思うので諦めることにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、宿に戻って短剣について調べたが詳しいことは分からなかった。
どうやったかは不明だが、魔力が薄い被膜のように金属に定着しており、そのおかげで切れ味が鋭いことだけはわかる。しかし定着させた方法が分からなかった。普通に魔力を停滞で纏わせても、しばらくすると霧散してしまうのである。それはシャルの力を持ってしても変わらない。物体を固定…つまり、土壁を作るとかなら可能なのだが、それは魔力を含ませるであって、纏わせるではない。結局この作者に会ってみたいという結論しか出なかった。
そうして昼食をとり、ダラダラしていた午後のことである。念の為索敵を続けていたシャルが顔を上げて窓の外を見た。俺が壁に頭を突っ込み様子を見ると、7人程の男が宿の前におり、宿の主人に金貨を渡しているのが見える。先頭にいた男はシモーヌだった。
「来たな」
「うわー、宿に売られるのって気持ち悪いね」
窓から外を伺うシャルも声を上げる。しっかりと光学迷彩をかけて、流石の機転の速さである。宿の主人と話をしていた男たちがこちらをちらちら見ていたので大正解だったということだ。窓を見て部屋の位置を確認しているのだろう。
シャルの言う通り、宿の主人が小金稼ぎにシモーヌ達に情報を流したのは一目瞭然である。
もしそれが、上下関係があって情報を提供せざるを得ない立場だったとしても大差は無い。
「よし、この宿出ようか」
「え、今か?」
突然シャルが立ち上がったので、俺も狼狽えてしまった。
てっきり、この部屋でシモーヌ達を迎え撃つと思ったのだが違ったらしい。いや、元はシャルもそのつもりだったのだろうか。今気が変わったという感じもある。
「なんかまずい? あの人のやってることの方がまずいよね?」
「そりゃまぁ…」
気持ちはわかるが、この世界に個人情報保護なんて概念はほぼ無い。とは言っても信用を落とす行為には間違いないのだが。
「逃げ道の無いこの部屋に迎え入れる方が嫌だし」
そう言うと、シャルは部屋に出していた少ない私物を収納に片付ける。そのまま部屋を出ると光学迷彩を纏って階下に降りた。
この宿の構造は、一回が受付と食堂、2階・3階が宿になっている。食堂に出て階段から離れて間もなく、男たちは建物の中に入ってきた。宿の主人は受付に戻り、7人は全員が静かに階段へ向かう。シモーヌが最初に話をして、後の6人は部屋の外で待機するのか、最初から全員で雪崩れ込むのか…今となってはどうでも良いことだが。
先頭にいるシモーヌは部屋の合鍵らしき物を持っていたのも見え、シャルが「最低…」と指向性魔法で呟いたのが聞こえた。相当宿に対してお怒りのようだ。
男たちが静かに…静かに2階へ上がっていくのを確認すると、シャルは迷彩を解除して受付に向かった。シャルが向かってくるのに気付いた宿の主人が口をパクパクさせているのを見ながら、カウンターにやや多めの硬貨を叩きつけるように置く。
「客を売る宿にはいられません。お世話になりました。もう来ません。お釣りは結構です」
そう言うと踵を返して外へ向かう。後ろから「ま、ままままって…」と小さな声が聞こえたがシャルの足は止まらなかった。
外に出たシャルはそのまま人通りの多い道を早足で歩く。あの宿の主人がシモーヌ達を呼んで出てくるまでに、その姿は人混みに紛れて向かった方角すらわからなくなっていた。俺はその右往左往する姿を上空でしっかり見ていたのだが。
運よく男たちがあらぬ方向へ走っていくのをしっかり見届けると、俺はシャルに追いついた。
「撒いたぞ。後はどうする?」
「なんか腹立つから、潰しちゃう?」
「おいおい、それは悪役のセリフだろ…」
とは言っても、特に止めようとも思わない。
若い女性の1人部屋に、男7人で…しかも手引きした宿から合鍵まで貰ってとなると、現代日本人の感覚もある俺にはとても許せない。シャルが楽に制圧出来る実力があるとしてもだ。
「じゃ、せめて金を巻きあげようかな…」
「おう、それくらいなら良いんじゃないか」
誘拐の件、薬を飲まされそうになった件。どちらも未遂だが、ちゃんと裁かれれば十分過ぎる程の慰謝料が取れるだろう。カツアゲ程度の金額を巻き上げたところで問題はないと思う。むしろそれで許したとしたら聖人レベルの慈悲深さだ。
「そう? また駄目って言われると思った」
「誘拐を見逃してやった件で慈悲は売り切れたよ」
「ふふ、じゃあ、行こっか」
そう言ってシャルが向かったのは、あの店の裏通りにある、アルエ商会の商会主の元だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「こんにちわ。商会主さんはいらっしゃいますか?」
正面から堂々と…何の小細工も無く、シャルは倉庫の中にいた男に声をかけた。
男はシャルの顔を見ても特に変な顔もせず、こちらに向かってくる。
「なんだい、お嬢ちゃん、お使いかなんかか?」
「いえ、クレームです」
そう言うと、男は怪訝な表情になる。正直に伝えたのだが、男の目には違和感を感じたらしい。
「店の方でのクレームなら、店に行ってくれねえかな…」
「シモーヌさんについてのクレームを、シモーヌさんに言っても仕方がないでしょう?」
「あぁ…そういうことか。俺が判断できることじゃねえな。旦那に聞いてくるから、ちょっと待っててくれ」
そう言うと男は2階へ上がっていく。どうやらシャルについての情報は知らされておらず、真っ当に対応してくれたようだ。
やや経ってから男は少し急ぎ足で降りてきた。
「お嬢さん、名前はなんといいます?」
「シャルロットですが」
急に丁寧になった言葉に、シャルが素直に答えると男は焦りを表情に出した。
「す、すぐに旦那が対応します。奥に上がってください」
促されるまま、シャルは2階の事務所へと足を踏み入れたのだった。




