第28話 預言者ちゃんはベッドの上で平穏に“死にたい”
「……ここは、どこだ?」
アグラスは目を開いた。
目の前には木目の天上。
起き上がり周囲を確認する。
アグラスが寝ていたのは、柔らかいベッドだった。
周囲には木製の家具も見られる。
「人間の……家?」
アグラスは巨兵である。
その全長は数百メートルから数千メートルに達し、拳一つで都市を破壊できる。
そんなアグラスが人間の家に入ることは不可能である。
「……神威が封印されている?」
アグラスは両手を見ながら呟いた。
本来、自分の体にあるはずの神威が数百分の一までに抑えられていた。
力を解放しようとしても、何かに押さえつけられているようで、上手く引き出すことができない。
「あ、起きたみたいだね」
ドアが開いた。
そこには赤みを帯びた金髪の美少女、ファルティシナがいた。
「……人神か。これは一体、なんだ?」
「ファルティシナ、と呼んで。私は自分は人間でありたいと、思っているから」
アグラスは眉を潜めた。
かの神王に匹敵するほどの神威を帯びた、大神が自称人間とは、おかしな話だ。
「分かった。ファルティシーナ」
「ファルティシナ、だよ」
「……ファルティシナ」
しぶしぶ、人間風の発音でファルティシナの名前を口にする。
ファルティシナはそんなアグラスに対し、満足そうに笑みを浮かべた。
「それで……これはどういうことだ?」
「神威を封印させて貰ったの。それに伴って、体も小さくした。あれじゃあ、生活するに不便でしょ?」
「俺に、人間と混じって生活しろというのか!?」
アグラスが不機嫌そうに言った。
ファルティシナは肩を竦める。
「じゃあ、どうするの? 言っておくけどね、あの巨体でもし次暴れ回ったら殺す……のは可愛そうだから殺さないけど、また動けないようにするからね?」
「……」
アグラスは三千年間味わった、地獄の苦しみを思い返した。
あの苦しみを再び味わうのはごめんだった。
「あ、でもあなたのその足。それはズボンで隠してもらうからね?」
ファルティシナはアグラスの足を指さして言った。
アグラスの足は蛇になっているのだ。
両足が蛇の人間など、この世にいないので……
もしこの姿で歩き回ったら大騒ぎになるだろう。
アグラスはしぶしぶという様子で頷いた。
「俺を……どうするつもりだ?」
そしてアグラスは尋ねた。
殺さず生かしたからには、何か理由があるはずだ。
ファルティシナはピシッとアグラスを指さして叫んだ。
「あなたには、私がこれから開くお店の従業員になってもらいます!」
「……はぁ?」
アグラスは首を傾げた。
全くもって、意味が分からなかった。
「私と……もう一人女の子がいるんだけどね? ほら、女の子だけでお店を開くのは、いろいろと怖いじゃない。物騒だし……ガラの悪いお客さんとかくるかもしれないし」
「……お前は俺よりも強いだろう」
たとえ、アグラスが一万体いようとも……
ファルティシナが黄金の槍を振るえば、軒並み消し飛ぶだろう。
「騒ぎは起こしたくないでしょ!」
「……」
イマイチ、納得がいかない。
「それとも……何かすることでもあるの?」
「……ないな」
アグラスたち、巨兵の目的は神になることだ。
十二柱神や、巨神たちを殺し、神の座から引きずりおとし、そして自分たちが神となって世界を支配する。
それがアグラスたちの目的のはずだったのだが……
もはや、今はそれは叶わない。
身の振り方を考える必要がある。
アグラスも死にたくはなかった。
「これから何をするか、思いつくまでは、私のところにいなよ。まあ働いて貰うけどね」
「そこまでする、理由はなんだ? お前と俺は敵のはずだ」
ファルティシナが、もしアグラスの予想するような出自の者であれば……
ファルティシナはアグラスの敵の娘である。
ファルティシナがそこまでして、アグラスを助ける理由が、アグラスには分からなかった。
無論、従業員になってもらいたいから、などというふざけた理由では納得できない。
「何でって……私たち、家族でしょ?」
「……家族?」
「うん」
そう言ってファルティシナは説明を始める。
「まあ、あなたの予想する通り……私の神としての両親は、『輝く瞳を持つ者』戦乙女神アルティシーナと『進軍する者」軍神マレアス。そして私の人間としての両親は、半神の大英雄レオニダスの孫」
「半神の大英雄……レオニダス?」
「巨兵大戦を勝利に導いた半神の英雄だよ。神王ディシウスの息子だね。そして……知っての通りだけど、アルティシーナ神とマレアス神の父親もディシウス神」
ファルティシナは、血を辿ると、最終的には神々の王に行きつくのだ。
「あとまあ、造物主としての両親は巨神である、文明神プロムセスと冥府に流れる川の女神、ステュイクス神だね」
ファルティシナの造物主、文明神プロムセスは大地の泥と、ステュイクス川の水を捏ねて、ファルティシナの核を作り出した。
つまりファルティシナは、プロムセス神とステュイクス神の娘でもある。
「そして……ディシウス神の両親は原初の大地母神ガイアスと原初の大地神サクルノス。そして……原初の大地神サクルノスの両親は、彼の妻でもあるガイアス神と原初の天空神カイラーノス」
それからファルティシナはピシッと、アグラスを指さした。
「そして! あなたはガイアス神とカイラーノス神の息子。つまり、えーっと……私の祖父上のお爺さんの息子があなただね。つまり……私の祖父上の叔父さんが、あなたでしょ? つまりあなたにとって私は、甥っ子の孫だね」
「それは家族……と言えるのか? 血の繋がりが薄いような気がするが……」
いや、むしろ濃いのか?
近親相姦が当たり前の家系図を思い浮かべながら、アグラスは少し悩んだ。
「ちなみに人間の方の家系図で考えると、お爺様の父親が祖父上だから……私にとってのひいお爺さんの叔父があなた、つまりあなたにとって、甥のひ孫と考えることもできる」
「……ややこしいな」
アグラスはとりあえず、血の繋がりがあるということで納得した。
「私にとってね……あなたは唯一の肉親。そして神代のことを知る、唯一の人(?)でもあるの。だから……ね? しばらく、一緒に過ごそうよ」
「……まあ、良いだろう。それは俺にとっても、同じのようだ」
自分の母親や父親に対し、情があるかと言われると……あまりない。
兄弟たちに対しても思い入れは特になかった。
だが……いざ、いなくなってみると、孤独を感じてしまう。
一先ず、アグラスはこの甥の孫を名乗る、自称人間の神に従うことにした。
……もっとも、腕力では敵わないので、どちらにせよ従うことになるのだが。
「ところで……ファルティシナ」
「どうしたの?」
「世界の法則が変わった、ということについて、詳しく説明してもらおうか?」
アグラスの言葉にファルティシナは目を細めた。
「まあ、そのうちね」
むかーし、むかし、そう……それは今から、三千年以上も昔のことです。
ある王国の王族に、仲の良い従兄妹がいました。二人は愛し合い……やがて結ばれました。
しかし……二人には中々、子供ができませんでした。
たとえ妊娠しても、すぐに流れてしまうのです。
調べた結果……二人の受精卵は、命を宿すことができなかったのです。それは二人の体質が原因でした。
しかしそれでも子供が欲しかった二人は、共通の祖父である、国王に相談しました。
死ぬ前にひ孫の顔が見たかった国王は、旧知の女神様にそのことを相談しました。
その女神様は自分の父親である、神々の王にそのことを伝えました。
神々の王は大魔獣を倒したばかりで、とても上機嫌でした。
そしてまた……その国王は神々の王の息子でもありました。
可愛い息子の頼みとあらば。
そして……せっかくだから、戦勝記念に、と考えた神々の王は、神様の中でも最も賢いと言われている大賢神に、自分の大勝利の記念に、そして己の玄孫になる子供に相応しい『命』を作り出すように命じました。
その大賢神はまず、大地の土とそして冥界を流れる川の水を混ぜて、泥を作りました。
そして子供を望む夫婦に、もっとも血縁上近い神様である、知恵の女神様と戦争の神様の髪の毛を二本ずつ泥に混ぜ、小さな玉を作りました。
そして……それを自分の炎で焼き固めました。
小さな泥の玉。
それを夫婦のもとに行き、妊娠が分かった段階で、この玉を飲むように命じました。
やがて夫婦は妊娠し、そして妻はその玉を飲み込みました。
こうしてその受精卵に、命が宿りました。
赤ん坊はお腹の中で、すくすくと成長しました。
神様たちは、その「戦勝記念に相応しい子供」に様々な贈り物を与えました。
冥界の神様は、宝石や金属を探し出し、見分ける才能と、そして死者を悼み、生と死を尊重する心を。
お酒の神様は、お酒を造る能力、そしてどんなにお酒を飲んでも悪酔いしない体質、そして人生の楽しみ方を。
竈の女神様は、料理や掃除、機織りの能力、そして家族を大切にし、愛する心を。
海と大陸の神様は、造船や操船、釣りなどの能力や水泳、乗馬の才能を。
旅人や伝令の神様は、嘘をついたり、盗みをしたり、商売をする才能や、旅を楽しむ心を。
鍛冶の神様は、鍛冶仕事の能力、そして武具を見分ける才能を。
春の女神様と、冬の女神様は農業に纏わる知識や才能を。
狩猟の女神様は、三野を駆け、動物を狩り、弓矢を放つ才能を。
愛の女神様は、あらゆる老若男女を誘惑する才能を。
予言の神様は、竪琴などの音楽や、怪我や病気を治療する才能を。
結婚の神様は、監視や情報収集、魔術や呪いの才能を。
神々の王様は、王として、支配者として人々を支配し、導く才能を。
神としての父親に当たる戦争の神様は、戦闘、剣術、軍隊を率いる才能、そして目的のためならば破壊を厭わない覚悟を。
神としての母親に当たる知恵の女神様は、槍術や真実を見分ける知恵、貞操を守ることの大切さを。
造物主である文明の神様は……あらゆる知識と、己の炎、そして人間をただひたすらに愛する心を。
それぞれ、与えました。
まさに神々に愛された子供でした。
両親はそんな子供の将来が気になりました。
また……男の子、女の子、どちらに生まれてくるのかも、知りたくなってしまいました。
そこで両親は予言の神様に信託を仰ぎました。
予言の神様は言いました。
「もし仮に……」
「仮に、どうしたの?」
真夜中、帝都の広場で独り言を大声で言っている悪魔に、ファルティシナは尋ねた。
悪魔はファルティシナの方を振り返り、笑みを浮かべた。
「よく来たね」
「あなたの気配がしたからね。それで……続きは?」
「おや、気になるのかい?」
「予言の話は聞いたことがなくてね」
自分の出生に関しては、祖父である国王や神々、そして他ならぬ両親から直接聞いたことのあるファルティシナだが、予言の話は聞いたことがなかった。
「ふふ……秘密だ。君には教えない」
「あ、っそう。まあ、良いよ。どうせ……お前の子供は将来、神を殺す、裏切り者になるとか、そんなところでしょ?」
「……まあ、半分くらいは正解だな」
悪魔は笑みを浮かべた。
「ところで……巨兵を目覚めさせた理由はなんだ?」
ファルティシナは男言葉で悪魔に尋ねた。
悪魔は笑みを浮かべた。
「お前への嫌がらせだ。……分かっているだろう? お前の目的は、すべての神々を人間の理に返すこと。ならば、いつかはあの巨兵も殺さなければならない」
「……」
封印されたままであれば、そのまま放置していても問題はなかった。
しかし……あれだけ巨大な力の持ち主が、人間に交じって生活するのを見過ごすわけにはいかない。
ファルティシナはいつか、巨兵アグラスを殺さなければならない運命にある。
そして……
「当然、お前自身も死ななければならないぞ。ファルティシーナ神よ。すべての神は人の理に還らなければならないと言っておきながら、自分だけ生き残るなど、そんな虫の良い話があるはずがない」
「そんなことは分かっている」
ファルティシナが答えると……悪魔は笑った。
「では、どうやって死ぬつもりだ? お前は不老不死だろう!」
ゲラゲラと、悪魔は大笑いをする。
ファルティシナをひたすら嘲笑う。
「お前はファルティシーナというたった一つの位格を持っているが、同時に神性と人性という、混合することも、融合もしない二つの本性を持っている。どこまで行っても完全な神であり、そしてまた完全な人間でもあるという……極めて特殊な存在だ。完全な神としての性質を持つお前には、根本的に死の概念がない。だからお前は死ぬことができない」
そして悪魔は口が裂けるように……ニヤっとした笑みを浮かべる。
「死に損ねたなぁ……ファルティシーナ。あの時、火炙りになったとき、あれがお前が死ねる最後のチャンスだったぞ。何しろ、この世界にはステュイクス川の水はない。お前の加護を唯一打ち消せる、ステュイクス川の水はな!」
「……」
「お前が死なない限り、お前の目指す世界は、人間が人間の力だけで作り出す世界は絶対に来ない。そしてお前は死ぬことはできない。お前の敗北だ! はははははは!!!!」
悪魔は大笑いした。
ファルティシナはそんな悪魔に対し、笑みを浮かべて言った。
「ああ、そうだ。だから……私の目標は死ぬことだ。ただし、火炙りという形ではなく、ベッドの上で平穏に死ぬことだがな」
「平穏に死ぬ? そんなことは無理だ」
「ならば……賭けるか? 悪魔」
「……」
以前、ファルティシナは悪魔と賭けをした。
悪魔はファルティシナに対し、「お前は死ぬ間際に、みっともなく泣き叫び、自分の行いを後悔する」と断言した。
だが……ファルティシナは例え、死ぬときであっても、決して自分のしたことを後悔しなかった。
「もし、私が理想をあきらめたその時は……お前の妻にでも、奴隷にでも、何にでもなってやろう」
ファルティシナがそういうと……悪魔は鼻で笑った。
「そもそも、お前が自分の理想を諦めた時点で、人間を守護する人神ファルティシーナの神格と人格は歪む。そして悪魔に近しい存在に堕ちているだろう。そんな宣言をすることは無意味だ。お前はいずれ、俺と同様の悪魔に堕ちる。絶望し、堕落するだろう」
「それは三千年前に聞いたぞ、悪魔。二度も言わなくていい。今のうちに……言い訳を考えておくといい」
「ふん……必ず、お前を絶望させてやる」
悪魔は捨て台詞を吐き、静かに消え去った。
ファルティシナは夜空を見上げて、呟いた。
「お前に勝ち目などないぞ、悪魔。たとえ、何千年……何万年の時が流れようとも、私はけして諦めることも、後悔することもしないのだから」
というわけで完結です
多神教から一神教の移行までの話をやりたかった、というのがこの小説の趣旨です
基本は同時進行だった『女神様』と一対の小説でした
そういうわけで、以下作品解説
『女神様』に関する致命的なネタバレがあるので、ご注意ください。
神様は何なのか、というと基本的に女神様で語られた通りに「意思を持った現象であり、概念であり、生命ではなく、人間の神話によって形作られる超自然的存在」です。
そして作中で語られた通り、その能力、権能は惑星そのものを支配しています。
まあ早い話、女神様は「人間は泥から作られた」「雷や津波、地震は神の天罰」「豊作凶作は神様の機嫌で決まる」という世界です。
ですから、「科学」は存在しません。
女神様の世界では、「統一的な絶対普遍的な法則」が存在しないからです。
そして各文化圏は神話によって、分断されています。
全ては文字通り、神の赴くままです。
ファルティシナがやったことは単純で、神という存在を否定することで、人々に神の存在を疑わせ、神々を地上から一掃したのです。
「一神教」では『絶対唯一の普遍的な神』以外の神は完全否定されるので。
ファルティシナが「もしかしたら地震や津波を起こしている神様はまやかしなのかもしれない」という考えを広めた結果、たとえ「ファルティシナ教」がその地方に広がろうと、広まらなかろうと、その教義に接触した段階で「疑い」が生じ、多神教世界の神は死にます。
結果、全ての神々は死絶え、神々によって握られていた世界の法則、権能は全て自然の「唯一の法則」に還ることになった。
人は神に支配されることなく、この「唯一の法則」を利用することで発展することができるようになる。
と、まあファルティシナの最終目的はこれです。
もっとも……それが人間にとって幸せなことなのかは分かりません。
科学は時に人間を滅ぼしますので。
ちなみにそれに対する、ファルティシナの答えは基本的に『女神様』の第22話でプロムセス神がアルティシーナ神に語ったのと同じ。
「神の奴隷として永遠の繁栄を続けるよりは、たとえ最後には破滅が待っていたとしても人間は自由になるべきである」
です。
ちなみにファルティシナが「ベッドの上で幸せに死ぬ」方法はさほど難しくはありません。
ファルティシナが不老不死なのは、ファルティシナが神であり人だからです。
つまりファルティシナが人になればいい。
人々が「ファルティシナ教」の預言者ファルティシナを、単なる歴史上の人物であると認識したその時が、もしかしたら神ではないという「疑い」が生じた時、それがファルティシナの神としての死の始まりであり、そして純粋な人としての生の始まりです。
その日は……まあ、そう遠くはないでしょう
実際の史実を考慮に入れれば。




