第22話 預言者ちゃんはやらかしてしまう
「くぅ……悔しい!!」
「まあまあ、落ち着いてくださいよ……ご主人様」
リリィはファルティシナを宥めた。
デニスからの『空飛ぶ靴』の買い取りを拒絶されたこと。
そして露骨なセクハラをされたことが、悔しくて悔しくて仕方がない様子だった。
「こうなったら忍び込んで……」
「いやいや……それはダメですって」
さすがに犯罪はやめて欲しい。
仲良く奴隷市場に売りに出されるのはごめんだ、とリリィは思った。
「むぅ……」
「とりあえず、今は諦めましょう。……『空飛ぶ靴』なんて、どうせいつかは飽きますよ」
リリィの脳裏には、二、三回空を飛んでから「やっぱりこれ、いらねぇわ……」と後悔するデニスの姿が浮かび上がっていた。
その時はデニスの方から「ファルティシナちゃん、この靴買わない? 半額で良いよ?」と提案してくるはずだ。
「そうかな?」
「そうですって……それよりも、他の遺物とかを探した方が良いんじゃないんですか?」
「……他の遺物、ね」
『空飛ぶ靴』があった。
『金獅子の鎧』も存在した。
『ヒュードラの毒』も存在した。
ならば……他の遺物もあるのでは? と考えるのは自然のことだ。
「誰かの手に渡る前に回収しましょうよ。……当面の間はそれを目標にするのが良いのでは?」
素敵なお店を開きたい。
というのはファルティシナの夢であって、リリィの夢ではない。
リリィからすれば、できれば破産のリスクがある商売なんかに手を出して欲しくないというのが本音だ。
「それも……そうだね」
ファルティシナはしぶしぶ、という様子で頷いた。
ファルティシナの夢は素敵なお店を開くこと……ではない。
三千年前にできなかったことをすることであり、素敵なお店を開くことはそのうちの一つに過ぎない。
そもそもどうしても、それをやらなければならないというわけでもない。
ファルティシナは不老なのだ。
百年後でも千年後でも、気が向いたときにやれば良いだけの話だ。
店を開くのは後回しにし、今は三千年前の遺物の回収に力を注げばいい。
「……取り敢えず、図書館にでも行ってきて、遺跡の場所とか調べてみるよ」
「それが良いと思います。……というか、今までなぜそれをしなかったのですか?」
リリィが尋ねると……
ファルティシナは頬を掻いた。
「いや……ちょっと、怖くてね」
「なるほど……」
リリィは今から三千年後の世界を思い浮かべてみる。
少なくとも、今、自分が生きている時代のものはすべてなくなっているだろう。
それは少し考えればわかるが……実際にこの目では見たくないものだ。
『遺跡と化した故郷』なんてものは、できるだけ避けたいのが心情だ。
「まあでも、逃げるのはよくないね」
「辛いならやめた方が良いのでは?」
「うん……でもご先祖様のためだからね」
ファルティシナはギュッと拳を握りしめた。
「悪いけど、リリィ。少し、付き合って」
「どこまでもお供しますとも」
酒の席で、とはいえ。
自分が一緒にいるから一人ではない、と励ましたのだ。
それを違えるつもりは毛頭なかった。
それから二か月後。
ファルティシナとリリィの二人はアルティシーナ市……の近くにある、港に訪れていた。
「わぁ……ここはちょっと、城壁が残ってる! 見てみて、あれ、神殿跡だよ!」
「ご主人様、落ち着いてください」
ファルティシナの故国。
アルティシーナ王国は港を擁する、海運国家だった。
内陸部である首都の方は完全に放棄され、破壊されてしまったようだが……
良港を擁する外港は現在でも利用されているようで、古代遺跡の上に都市が立つ、という構造になっていた。
街並みは完全に変わってはいるが……
それでも、ところどころに名残はあるらしい。
それが嬉しいのか、ファルティシナは大興奮だった。
「それにしても……帝都に比べれば規模は小さいですが、大きな港ですね。人も多いですし」
「ふふん、当たり前じゃない!」
自慢気に胸を張るファルティシナ。
リリィは「三千年前の発展と今の発展には、ほとんど関係性はないのでは?」と思ったが、ファルティシナが楽しそうだったので口には出さなかった。
「うーん、でも港の構造は違うなぁ……」
「三千年も経てば、土砂が累積してしまうからでは?」
海岸線の形が変われば、港もそれに合わせて変わるだろう。
それは仕方がないことだ。
「ところで、ご主人様。この街には何があるんですか?」
「本によるとね、丘の上。あそこに黄金に光り輝く槍があるらしいんだよね」
「黄金に?」
リリィは首を傾げた。
つまり鉄ではなく、金や真鍮などの金属でできた槍、ということになる。
「三千年前のものなんですか?」
「この街が再建されたのは二千年前らしいんだけど、そのころからあったらしいよ。地面に突き刺さっていて、誰も抜けないんだって」
「怪しいですねぇ……心当たりはありますか」
「まあ、それなりにね」
自信あり気にファルティシナは頷いた。
二人はその槍が突き刺さっているという、丘の上へと向かう。
そこは広場になっていて、街の市民の憩いの場になっているようだった。
また『槍』が観光名所となっているようで、市街からやってきた人々も集まっていた。
「わぁ……本当に突き刺さってますね」
広場の中央には黄金の槍が、地面に突き刺さっていた。
大変、美しく、神秘的な槍だ。
柄の部分には蛇の装飾が施されている。
本当に抜けないのか試してみる。
までが観光の目玉になっているようで、槍を実際に引っ張ってみるための列までできていた。
ファルティシナとリリィはその列に並び、順番が来るのを待つ。
「っぐ……本当に抜けねぇ!」
巨漢の男が顔を真っ赤にして両手で槍を引っ張るが……
槍はびくともしない。
男は額の汗を拭い、そして後ろに並んでいたリリィに交代する。
「本当に抜けないんですか?」
「ああ、びくともしない」
リリィの質問に巨漢の男は答えた。
とりあえず、実際にリリィは槍を掴み、引っ張ってみた。
「むむ……」
ファルティシナに謎の肉体改造を施され、怪力になった自分なら引っこ抜けるのでは?
と思って実際に引っ張ってみたリリィだが、槍は全く動かなかった。
「な? 抜けないだろ」
「本当に抜ける気配がしないですね」
リリィは手を放し、軽く手を振った。
強く握りしめ、引っ張ったため、手が少し痛い。
「なんでも、抜けたら自分のモノにして良いらしいぜ。そう聞いたから抜きに来たんだが……絶対に抜けないって自信があるから、そう言ってるんだろうな」
抜けた者にこの槍をやる。
と、宣伝をすることで国中から力自慢を集めて、観光客としてお金を落としてもらう。
どうせ、誰もこの槍を抜くことはできない……という自信があるからこそできるやり方だ。
「実際、抜けるかどうか試すために、街の市民総出で引っ張ったことがあるらしいぜ。ロープを槍に結んで、男衆を集めて引っ張ったんだと。まあロープの方が先に切れちまったらしいけど」
「へぇ……」
やけに詳しい男の説明を聞き、リリィは相槌を打った。
「だ、そうですよ。ご主人様」
「へぇ……ということは、これはもう私のモノ?」
「……え?」
そこにはすでに槍を抜き終えたファルティシナがいた。




