第18話 預言者ちゃんは少しだけ過去を語る
「ご主人様。そろそろお金も貯まりましたし……ご主人様の夢である、お店経営について何か計画でも立てたらどうですか?
「そうだね……」
ファルティシナは貸金庫に預けたお金の金額が記された書類を見ながら呟く。
「随分貯まったね」
「この分だと、私をもう一人、二人は買えそうですね」
「まあ……エルフがまた出品されてたら、買うのは良いかもしれないね」
可愛いエルフの店員さんがいます!
話題性はありそうだった。
「それで、計画の方はありますか?」
「うーん……もう少し後で良いような気がしてきてね」
ファルティシナがそう呟くと、リリィは首を傾げた。
「それはどうして? 少し前まではあんなに楽しそうに、何のお店を出そうかな~とか言ってたじゃないですか。ちょっと、暑苦しいくらいに」
「暑苦しいは余計だね」
まあ、確かに今振り返って考えてみると暑苦しかったのは本当だけど……
とファルティシナは内心で苦笑いを浮かべた。
「まあ……私もいろいろ思うところはあってね」
「……例の石化事件絡みですか?」
リリィは眉を潜めた。
「やっぱり、ご主人様はあの日以来、ちょっとおかしいですよ。本当に大丈夫ですか?」
「うーん、まあ自覚はしてるよ」
ファルティシナは苦笑いを浮かべた。
結局のところ、三千年後の世界にファルティシナが蘇った理由もよくわかっていない。
しかしいくつか分かったことがある。
それは三千年前の遺物が、未だにこの世に存在していること。
そして何もかもが消え失せたわけではないということだ。
もしかしたら、何かやるべきことがあるのではないか。
ファルティシナは真剣にそれを考えるようになっていた。
(……少なくとも、ご先祖様の、うちの王家の家宝は回収したいなぁ。他にも神様に関係する芸術作品とかは保護したいし)
それを集めたところで、何かが変わるわけではない。
そう考えると、「やるべきこと」というよりはファルティシナが「やりたいこと」なのかもしれない。
もっとも……同じ「やりたいこと」でも、三千年前の遺物を集めることと、お店を経営してのんびり暮らすことは、少し性質が違う。
前者は過去、後者は未来を。
それぞれ目指す行為だ。
「ご主人様?」
「え? あ、ごめん。また少し考え事をね……」
「そうですか」
リリィは少し考えてからファルティシナに尋ねた。
「あの……もしよろしければ、私にご主人様のことを教えていただけませんか?」
「私のこと?」
「はい。……何か、お悩みになられているようですので。私でよければ、相談に乗れたら。話すだけでも少しは楽になるかもしれませんよ」
ファルティシナは少し考えた。
果たして、どこまで話していいものか。
そして、どこまで信じてくれるのか。
リリィは決して口が軽いわけではない。
だから話をすること、それ自体は別に何の問題はないが……
(荒唐無稽な話だからなぁ……)
正直に話したのにも関わらず、信じてくれなかったら少し傷つく。
「そうだね……じゃあ、私の簡単な出生から話そうかな」
「出生……ということは、何か秘密でもあるんですか?」
「私ね、実はお姫様なのよ」
とある国で生まれた王族なんだ、とファルティシナはリリィに告白した。
なるほど、とリリィは頷いた。
「……あれ? 信じてくれるの?」
「ええ。私、ご主人様はきっとどこか高貴な生まれの方に違いないと思っていました」
「どういうこと? つまり……私にはどこか、高貴なオーラみたいなのが溢れてるってこと?」
少し得意になってファルティシナは胸を張った。
するとリリィは笑みを浮かべていった。
「そういう、アホっぽいところとか、なんというか、お嬢様っぽいなーと」
「失礼な」
ファルティシナは胸の前で腕を組んだ。
すると組んだ腕に胸が乗る形になった。
そんな柔らかそうな脂肪の塊をリリィは唐突に指で突いた。
リリィの突然の行動にファルティシナは顔を赤くし、悲鳴を上げる。
「っきゃ! な、なにをするの?」
「大体、こんなの、普段から良い物食べてないと育ちませんって。全く……」
「いや……リリィはまだ十四歳でしょ? これからだって……」
ファルティシナは慎ましいリリィの胸を見ながら言った。
リリィはジト目でファルティシナを睨んだ。
「どういう、意味ですか?」
「い、いや……他意はないけどね。というか、大きいと不便だよ。本当に、いろいろと……」
「それ、自慢ですか?」
「……私はリリィくらいのサイズが便利そうだなって思っちゃうけど」
リリィくらいならば、男装もそんなに難しくなさそうだ。
などと、ファルティシナは思った。
大きいとさらしで誤魔化し難いのだ。
「何ですか、便利とか不便って……そんなものよりも見た目とかの方が大事じゃないですか」
「誰かに見られる予定って、あるの? リリィは」
「……逆にご主人様はないんですか?」
「いや……ないこともないけど」
人並みに結婚願望はある。
それに子供も作ってみたいと思わないこともない。
そういうことをする時になれば、当然、見せることになるだろう。
「私も、ないこともないんです」
「……」
大事なのは胸の大きさだけじゃない。
と、女好きの視点から言おうと思ったが、まだ怒られそうなのでやめた。
「まあ……良いです。えっと、お姫様だったんですよね? どんな国の?」
「うーん。それなりに豊かな国だったよ。周囲の国と比べても、どちらかと言えば大国に分類されるんじゃないかな?」
薄々ファルティシナも勘付いてきたが……
三千年前と今では、国の規模が全く異なる。
三千年前は中心となる首都と、その周辺の衛星都市だけで国が完結していた。
面ではなく、点。
つまり領域国家はなく、都市国家が『国』だった。
しかし今では領域国家が主流のようだった。
そのためファルティシナの故国は、現在の規模で考えれば小国になる。
が、当時は間違いなく大国だった。
「……どこの国なんですか?」
「まあ……ここからずっと、遠いところだね」
もっとも遠いというのは距離的にではなく、時間的にだが。
「私はそこで王子様として育てられたんだよ」
「へぇ……」
「あれ? 驚かない?」
「だって、ご主人様。たまに男性みたいだな……って思うことありますし」
「そ、そうなの……」(一応、普通の女の子を目指しているつもりなんだけどな)
ファルティシナは頭を掻いた。
ところどころで素が出てしまうのは如何ともしがたい。
幼少期に身についてしまったものは、中々治らないのだ。
「どうして王子様として育てられたのですか? やっぱり、後継ぎですかね?」
「多分ね。お父様とお母様は男の子が欲しかったんだと思うよ。……二人はね、中々子供ができなかったんだ。それでね、神様に願ったの。どうか、子供を私たちに下さいって」
その願いを、とある神が引き受けた。
その神は別の神――ファルティシナの造物主となる神――にそのことを伝えた。
造物主はファルティシナの『核』を土と水で作り、それをファルティシナの母親に飲ませた。
造物主の作り出した『核』。
それと父親と母親の、精子と卵子によって作り出された受精卵。
この二つが混ぜ合わさることによって、ファルティシナは産まれた。
「神様も男の子として生まれるようにしてあげれば、良かったのにね。どういうわけか、生まれたのは女の子だったんだよ」
「……ご主人様は男の子として生まれたかったのですか?」
「昔はそう思ってた」
少なくとも、今はそうは思わない。
なぜなら、男として生まれた私は、もうすでに私とは別人なのだから。
ファルティシナはそう答えた。
「それで家出したんですよね?」
「うん、まあね。いろいろと思うところがあってね……人を助けたいなって」
「……助けることはできましたか?」
リリィの問いに、ファルティシナは曖昧に笑った。
「私が助けたいと思った人たちが私に感謝をしているかは、分からないよ。恨んでいるかもしれない。でもね……私は悔いはない。だから、今は人助けは一度脇道に置いておいて、自分の幸せのために……と思ってるって感じかな?」
それからファルティシナは頭を掻いた。
「聞いて貰って、悪いね」
「いえ……ご主人様のことを知ることができました。私はいつでも構いません。話したくなったら、いくらでも話してください」
「……うん」
どうやらリリィはファルティシナが隠し事をしていることに、勘付いているようだった。
自分を気遣ってくれるリリィに、ファルティシナは感謝を抱いた。
「さて……せっかくだし、今日は街で買い物とかして、遊ぶ?」
冒険に出て、お金を稼ぎに行こう。
という雰囲気ではすでになくなってしまった。
それに少し気分転換をしたかった。
「そうですね。……実は調理道具とか、香辛料をもう少し買い揃えたいと思っていました」
「そうと決まれば、早速行こう!」
二人は街に出て、買い物をして気分転換をすることにした。
そして買い物を一通り終え、夕方になった。
リリィは街で貰った、チラシをファルティシナに見せた。
「見てください。どうやら、珍しい品物が出展されるらしいですよ。芸術品や骨董品の競りだそうです」
「へぇ……目玉商品は……空飛ぶ靴?」
ファルティシナは眉を潜めた。
「空飛ぶ靴、なんか……胡散臭いですね。……ご主人様?」
「リリィ! 今すぐ、オークション会場に向かおう!」