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第19話 預言者ちゃんは靴を買おうとする

 「ご主人様、本当に買うつもりなんですか?」

 「まだ決めてないよ。現物を見て、本物か見極めてから」


 オークション会場でファルティシナは言った。

 お目当ての品は『空飛ぶ靴』である。


 「ご主人様、空でも飛びたいんですか?」

 「いや、別にそういうわけでもないけど」


 飛ぶだけなら、魔術を使えば可能だ。

 物凄く、操作は面倒だが……

 上級程度の魔術で飛ぶことはできる。


 ファルティシナが『空飛ぶ靴』を欲する理由は空を飛びたいからではなく、『空飛ぶ靴』そのものが欲しいからだ。


 「もしかして、もしかすると……私の家の家宝かもしれない」

 「……ご主人様って、王族ですよね? ということは、王家の宝?」

 「まあ、そんな感じだね。ご先祖様が怪物退治に使った靴の可能性がある」


 ちなみにここで言う、怪物というのは以前ファルティシナが倒した、蛇の怪物である。

 もっとも当時、世界は今よりもずっと濃い濃度の魔力、神秘、神気、神威、神性、奇跡というものに溢れており、ファルティシナが倒した時の状態よりも、ずっと強かったが。


 「何でそんなものがオークション会場で出品されてるんですか?」

 「……そりゃあ、私の国はもう、滅んじゃってるし」

 「……そうなんですか」


 今までのファルティシナの態度や雰囲気、口調から察しておくべきだった。

 リリィは少し反省した。


 (……でも滅んだって、一体、どこの国だろう? ご主人様はどう高く見積もっても、二十代前半。家出した年齢がいくつかは分からないけど……最低でも十二歳くらいじゃないと、旅なんてできないはず。それを考えると、滅んだのは今から十年前までの間。大国らしいけど、どこか大国が滅んだなら、私も少しは耳にするはずなんだけどなぁ)


 ファルティシナは特に必要がなければ嘘をつくようなタイプではないことは、リリィも今までの短い付き合いから分かっている。

 ファルティシナはすべてを口にせず、小さな嘘を言って誤魔化してはいるが……その語る内容のほとんどは真実のはずだ。


 (とてつもなく遠い国というのであれば説明はつく……かもしれないけど、果たしてオークション会場にそんな遠い国の国宝が出品されるのだろうか? うーん……)


 このご主人様。

 本当に謎が多い。


 リリィは首を傾げた。


 リリィが悩んでいると、オークションが始まった。

 目玉商品の『空飛ぶ靴』は最後に競りが行われるらしい。


 次々と珍しい商品が落札されていく。

 そして一時間ほど経過し、ようやく『空飛ぶ靴』がケースに入れられて、会場に登場した。


 出品者がまず靴を履いてみて、その能力を実演してみせる。

 

 「どうでしょうか? このように、この靴を履くと空を飛ぶことができるのです!」

 「「「おおお!!!」」」


 本当に宙を浮いてみせた。

 リリィを含め、ファルティシナを除く客たちは感嘆の声を上げた。


 しかし、誰かが糸で吊っているのでは? という疑いを口にする。


 当然の疑問だ。

 出品者はその疑問を口にした客を壇上に上げて、靴を履かせてみせた。


 すると客の体が宙を浮く。

 その客は目を白黒させながら、他の客の頭上を飛びながら、オークション会場を一周し、そして壇上に戻ってきた。


 「これでこの靴が偽物でないことは、わかって頂けたかと思います。他にご質問は?」


 出品者が尋ねると……

 ファルティシナは手を上げた。


 「どうぞ」

 「その靴はどこで手に入れたものですか? 入手先を……遡れる範囲で教えていただけると助かります」


 すると出品者はにこやかに頷いた。


 「構いませんよ。……私の知り合いに考古学者がいます。その考古学者の知り合いの冒険者が三千年前の遺跡から発掘したそうです。それが考古学者に預けられ……そして巡り巡って、私の手に渡りました」


 「なるほど。ありがとうございます」


 ファルティシナは笑みを浮かべた。


 (……三千年前の遺跡、ということは絶対にご主人様のお家の家宝ではないですね)


 つまりファルティシナの勘違いである。

 

 「帰りましょう。ご主人様」

 「うん……もうちょっとしたらね」


 とっくに競りが始まり、値段は気付くととてつもない額へと吊り上がっていた。

 そして小太りの客に決まりそうになったとき……


 ファルティシナが手を上げて、さらに値段を釣り上げた。


 リリィは目を見開いた。


 「ご、ご主人様?」

 「悪いね、リリィ。……意地でもあの靴は買う」


 ファルティシナはそう宣言した。

 

 ファルティシナが値段を上乗せすると……

 負けじと、小太りの客がさらに値段を上乗せする。


 ファルティシナとその小太りの客の一騎打ちが始まる。


 価格はどんどん吊り上がり……


 「ご主人様……もうこれ以上は無理ですよ」

 「……そうだね」


 ついにファルティシナの予算額を超えてしまった。

 ファルティシナは肩を落とした。

 リリィは逆に胸を撫で下ろす。


 店を出すためのお金、その全財産を胡散臭い靴に注ぎ込もうとしたのだ。

 奴隷にとって、主人の散財ほど怖いものはない。


 主人が破産すれば、奴隷は売りに出されてしまう。


 リリィはファルティシナのもとでの生活をそれなりに気に入っているのだ。

 それだけは勘弁して欲しかった。


 (……それにしても、どうして三千年前の遺物なんかを?)


 まさか、三千年前に滅んだ国がファルティシナの故国か?

 そんな馬鹿なことがあるはずない。


 リリィは一笑しようとしたが……

 ファルティシナの人外レベルな強さを思い出し、この人なら三千歳でもおかしくないと、思ってしまった。





 さて……

 『空飛ぶ靴』を購入した、小太りの客。


 デニスは内心で酷く後悔していた。


 「……ワシは何をしているんだ」


 元々、デニスは『空飛ぶ靴』をちょっとした玩具のつもりで買おうとしただけだった。

 買えないのであれば、それはそれで良いと思っていた。


 空を少し飛んだくらい、どうせ後で飽きることが目に見えている。


 しかし……

 自分に挑んで来た、小娘。


 ファルティシナを見て、頭に血が上ってしまった。

 絶対に負けるわけにはいかないと。


 そして通常では考えられない額を支出してしまったのだ。


 「っく……今すぐに返品したい」


 が、もうすでに購入は決まっている。

 返品などできるはずもない。


 「お、おのれ……ワシからエルフを奪ったのみならず、こんな無駄なガラクタに、金を使わせおって!!」


 割と酷い逆恨みの言葉をデニスは口にした。

 そんなデニスに……


 何かが、語り掛けた。


 「あの、女に復讐したいか? 痛い目に合わせたいか?」

 「ああ……憎い、憎くて仕方がない!」

 「じゃあ……俺の言う通りにしな」


 気づくとデニスの目は、黒い感情に染まっていた。

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