第14話 預言者ちゃんは三千年ぶりに里帰りする
「これ、本当に元々人間だったんですか?」
つんつん、とリリィは石の彫刻を触りながら言った。
大きく口を開け、驚いたような表情を浮かべている人間は確かに今にも動き出しそうな様子だったが……触った感じでは無機質な石だった。
「ええ、人間です。彼はとても優秀なS級冒険者でした」
「この人が被害にあった、S級冒険者……言われてみると強そうな感じはしますね」
リリィは石像をペタペタと触ったり、臭いを嗅いだりした。
ここはアルティシーナ市の冒険者ギルド支部の地下。
被害にあった冒険者たちを収容している場所だった。
まず最初にファルティシナとリリィはここに案内されたのだ。
「どうです、ご主人様。何か分かりましたか?」
「……」
「ご主人様?」
「……」
「ごー、しゅー、じー、ん、さー、まー!!」
「わぁ! どうしたの、リリィ?」
石像を無言で調べていたファルティシナは驚きの声を上げた。
ようやく、リリィに話しかけられていたことに気付いたのだ。
「ですから……何か、分かりましたか?」
「……まあ、少しは、ね」
ファルティシナがそう言うと、リリィと二人を地下に案内した支部長が目を丸くした。
「本当ですか、ファルティシナさん!」
支部長が尋ねた。
ファルティシナは頷いた。
「私が生きていた時だ……ごほん、地域で、大昔にこういう事件が起こったことがあります。伝え聞く限りでは、多分それと同じです」
ファルティシナはそう前置きしてから、説明を始めた。
「見て貰えれば分かりますが……どの人も驚いたような顔は浮かべていますが、痛みに苦しむような顔は浮かべていません」
「それは……確かに」
「つまり痛みを感じるまでもなく、一瞬で石にされたということです」
ファルティシナが知る限り……そんなことが可能な者は二者に限られる。
(もしくは、『金獅子の鎧』のように誰かが古代遺跡から発掘したとか……)
三千年前の痕跡は、しっかり残っている。
あの時代、神代が存在していたのは間違いないのだから。
「被害が多発している場所とかは、ありますか?」
「ええ……実は事件の半分以上が、ある場所で起きているんです」
支部長はそう言って地図を広げ、ある地点を示した。
「ここです。この古代遺跡で多くの被害が出ているのです」
「古代遺跡、ね……」
「やはり心当たりが?」
ファルティシナは頷いた。
「彼らは、冒険者たちはどうすれば戻るのでしょうか? ファルティシナさんの故郷では、石にされた人はどうなったんですか?」
「いえ……石の元凶を取り除いた者の英雄譚は伝わっていましたが、石にされた人間がどうなったかまでは、聞いていません」
ファルティシナは首を左右に振って言った。
「ですが……おそらくですが、元凶を倒せば元に戻ると思います。これは呪いの一種です……死んでしまったわけではありません」
「それは本当ですか!」
「い、いや……確証は持てない、ですけど」
ファルティシナは頬を掻いた。
だが……自信はあった。
「……昔、私の祖母に当たる人物が石にされたことがあったらしいです。私が生まれるよりも前に祖母は死んでしまいましたけど……ちゃんと元に戻ったらしいです。ですから、大丈夫だと思います」
実際のところ、戻るかどうかは分からない。
だが、石にされただけで、まだ生きている……魂は確かにそこにあることだけは間違いなかった。
「どうか、お願いです! 実は私の息子も……」
そう言ってファルティシナに頭を下げるギルド支部長に対し、ファルティシナは軽く自分の胸を叩いて言った。
「お任せください。ご期待に添えるように頑張ります」
「あの……ご主人様」
「どうしたの? リリィ」
「……早く、行かなくて良いんですか? 古代遺跡に」
リリィの問いにファルティシナは頷いた。
「分かってる……でも、その前に観光させてよ」
「……観光って、そんなことをしている場合なんですか? 被害に遭った人がもういるんですよ?」
「分かっているよ」
そう言いながら、ファルティシナは心ここにあらずという様子で、辺りをキョロキョロと見渡す。
それはまるで……何かを探しているように見えた。
もっとも、当てがあって探しているというわけでもなさそうだ。
とにかく……何かを必死に探そうとしているように、リリィの目から見えた。
「何を探しているんですか?」
「……ちょっとね」
「やっぱりご主人様、おかしいですよ。ここに来てから、ますますおかしくなってるような気がします」
リリィに指摘され、ファルティシナは頭を掻いた。
困ったような、どこか悲しそうな笑みを浮かべる。
「リリィはさ、やっぱり故郷に帰りたい?」
「……急にどうしたんですか?」
「私はね、帰りたいよ。あの時に戻りたい……小さかった、王子様だった時にね」
リリィはファルティシナが何を言おうとしているのか、さっぱり分からなかった。
「リリィ」
「はい? どうしましたか」
「……お店を開く前に、一度リリィの故郷に帰ろうか」
唐突なファルティシナの提案にリリィは目を見開いた。
「急に、どうしたんですか?」
「リリィだって、帰りたいでしょ?」
ファルティシナがそう言うと、リリィは複雑そうな表情を浮かべた。
「……私、家出したんです」
「へぇ……」
「……間抜けなことに、家出してすぐに奴隷狩りに捕まって、こんなんですけど。だから、親に合わせる顔がないというか」
するとファルティシナはリリィの頭を撫でた。
「ご主人様?」
「なら、尚更一度は帰った方が良いね」
「……どうしてですか?」
「私も実は家出娘なんだよ」
ニヤリ、とファルティシナは笑った。
もっとも、その笑みは酷く悲しそうだったが。
「まあ……家出って、言って良いかは分からないけどね。とにかく、私は故郷を飛び出した。固い決意もあったし、支持してくれた人もいた。幼馴染も同行してきてくれたし……寂しくはなかった。長い旅の間、得るものはたくさんあったし……私は目的を達成した。だから、後悔はない」
しかしそれからファルティシナため息をついた。
「でもね、私に帰る場所はもう……無いんだよ。私自身の手で、壊しちゃったんだ。何もかも、ね」
「……」
「だからリリィは、帰る場所があるうちに帰った方が良いよ。きっと、リリィのご両親はリリィのことを心配している」
そう言ってから、ファルティシナはリリィに抱き着いた。
「でも、奴隷から解放するつもりはないからね? ……リリィは、私の物なんだから!」
「……私も、こんなアホなご主人様を放っておいて、解放なんてできませんよ。ご主人様は私がいないと、ダメなんですから」
リリィは肩を竦めた。
ファルティシナは愉快そうに笑った。
「あはは……そうだね。さて、感傷に浸るのはためて、そろそろ古代遺跡とやらに向かおうか」
「……良いんですか?」
「良いんだよ。もう……はっきりしたから」
ファルティシナは頷いた。
そして……
「ああ、嫌だな……本当に、嫌だよ」
古代遺跡に到着したファルティシナはそう呟いた。
リリィは心配そうにファルティシナを見上げる。
「大丈夫、ですか?」
「……ごめんね、リリィ。大丈夫って、言ったのにね」
ファルティシナは涙を拭う。
静かに涙を流す主人と、それを心配そうに見る奴隷。
そんな主従の目の前には、巨大な古代遺跡があった。
それは大昔に栄えた、ある国の首都の……廃墟だった。
城壁と思われるところは完全に崩れ落ちて、壊れた石材の山となっている。
ただ……王宮の部分は半壊程度に留まり、原型を留めていた。
そして神殿はその姿の殆どが残っていて、今でも修理を施せば使えそうなほどだった。
「やっぱり、そうか。うん、そうだね……あの街は、ここが衰退して、放棄された後に建てられた新しい街なんだね。こっちが……私の、知っていた方か」
ファルティシナは涙を拭いながら言った。
「何も残っていないのは嫌だけど、こういう風にボロボロになったところだけ見せられるのは、もっと嫌だな……」
リリィは何か、慰めの言葉をファルティシナに掛けようとしたが……
そもそもファルティシナが何を悲しんでいるのか、全く見当がつかなかった。
(……ここがご主人様の故郷、のはずがないよね?)
ファルティシナの見た目は十八歳程度。
三千年前に朽ち果てた、古代遺跡がファルティシナの故郷のはずがない。
「……よし、行こう。リリィ」
「本当に、大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫。だって……」
ファルティシナは泣きながら、笑みを浮かべた。
「大切なものは全部、ここにあるからさ」
そう言って自分の体を指さした。
リリィにはそれが、酷い強がりのように見えて仕方がなかった。




