夏のいたずら(なぎさの気持ち)
初夏、それは運命のような出逢いだった。
「今日はおなかが張るの」
「ちょっと下痢しちゃって」
カケルに出逢って間もない頃から、なぎさは彼に親しみを覚えた。そしてカケルの前ではいつも自分の身体のことを話し、聞いてもらうことが多かった。
なぎさにとって、おなかを壊しやすいというのは自分の悩みの一つでもあった。通学経路の駅にあるトイレの場所はほぼチェックしていたし、現にこれまでも何度か漏らしそうになる場面もあった。
しかし、そういう自分の出来事をカケルには、なぜか明るく話すことができた。
普通だったら男子の前で話すことが憚られることもカケルに話せたのは、カケルのことを異性として意識していなかったからではなく、自分のありのままを、カケルに自然に受け止めてもらえそうな気がしていたからだった。
「それはつらそうだね、大丈夫?」
「あ、分かる、そういうの」
カケルのほうも、健康的で気品の漂うなぎさの言うことに、少しも汚さを感じなかった。そして、なぎさをからかったり、蔑んだりすることなく、控えめでいて適度になぎさの体験を引き出すような聞き方をしていた。だから、なぎさは全くカケルを警戒していなかった。
「カケルくん、おはよう」
ある日のこと、カケルを見つけたなぎさは、ちょっと苦しそうにおなかをさすりながら、カケルに目配せした。
「なぎさ、どうしたの?」
カケルがなぎさに声をかけた。
「部屋のトイレが故障しちゃって」
「え? じゃ、トイレはどうしてるの?」
「おしっこは・・・お風呂場でしてるんだけど、うんちは学校まで我慢してるの」
「え~? それも大変だね」
「そしたら便秘がちになっちゃって」
「そうだよね、分かる気がする」
「それで、便秘薬飲んだんだけど・・・」
「うん」
「昨日の晩に飲んだら、朝、すごくしたくなっちゃって」
「え? それでどうしたの?」
「急いで電車に乗って、一生懸命我慢して、やっと学校に着いたんだけど・・・」
そう話しているうちに、急になぎさの表情がいつもと違ってきているのにカケルは気づいた。そして、いつもだったらこれ以上訊かないことをあえてなぎさに訊いてみた。
「・・・それで、間に合ったの?」
カケルが固唾を飲んだ。
「・・・」
なぎさは言葉に詰まった。本当はトイレの個室に駆け込んだあと、脱いだジャケットとバッグの置き場に迷ううちに、油断してジーンズを脱ぐのが遅れ、少しだけショーツを汚してしまった。漏らしてしまったのは初めてだったが、わずかだったので特に気持ちは凹んではいなかった。
カケルと会って、いつもどおりカケルと言葉を交わしたものの、話が展開するにつれ、なぎさは急に困惑しはじめた。それは、「おもらしした」とカケルに言うことが恥ずかしい自分に気づいたからだった。
なぎさは少しドキドキした。カケルをじっと見つめたまま、わざとしばらく沈黙した。カケルの目が、なぎさの身体を気遣いながら、それでいて興味深そうな表情に変わるのが分かった。
「え、まさか・・・漏らし・・・」
と、カケルが質問をするやいなや、なぎさは慌ててそれを遮るように、
「・・・うぅん、ちゃんとしたの・・・トイレで」
と言った。完全にカケルの質問を聞いたあとでは答えが返せないと思ったからだった。
なぎさはカケルに初めて嘘をついた。それは結果として、思わせぶりな答え方になってしまった。
なぎさは、カケルが自分の話を全く嫌がっていないことが分かっていた。
なぎさは、カケルにいつもそうして話を聞いてもらううちに、彼の前では自分があたかも少しだけ弱く、また少しだけ幼い自分でいられることに気づきはじめていた。そのときだけは、まるで陽だまりに包まれるような温かい気持ちを感じるのだった。
そして、漏らしてしまいそうになった自分の体験を彼に話すことで、彼の気を引くことも分かった。そうした「弱い自分」のことを彼に好きになってもらえることに、なぎさは快感に似た気持ちを覚えはじめていた。
今のなぎさは、少しドキドキしながらそういう自分の気持ちの赴くままに行動した。ただその気持ちが本当はどういうものかについては、このときの彼女にはまだよく分からなかった。