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レンガの小径(エピローグ~恋のプロローグ)

穿いているジーンズを濡らしたまま、次々と駆け寄ってくるクラスメートに囲まれながら、沙緒理は自分がとても大変なことをしてしまったことに気づいた。しばらくはどうしていいか分からずに、途方に暮れていた。


そんな沙緒理にとって、前に見える遼希の姿だけが唯一の道しるべだった。そしてすぐに遼希が歩き出すと、沙緒理はまわりの声をよそに、遼希の濡れたおしりを追いかけるように、歩き出した。


遼希とそして自分の、ぐっしょりと濡らしたジーンズが、さっきまでの激しい尿意の苦しさや、おもらしした瞬間の気持ちよさや、その結果としてのこの上ない恥ずかしさなどといった、同じ感覚を共有させながら、ふたりそれぞれの下半身を包んでいる・・・。沙緒理はそう思うと、だんだんうれしくなっていった。



皆のざわめきが遠くなった頃、沙緒理は遼希に近づき、声を高ぶらせながら、思い切って話しかけた。


「ねぇ、遼希くん」

「あ、沙緒理」

「みて、ほら・・・、私も、しちゃった」


遼希が振り向くと、沙緒理ははにかみながらも、自分のおしりを彼に見せるように、身体をくねらせた。


「沙緒理も? ・・・そうだったんだ」


遼希は、おしりから裾まで広く濡れた沙緒理のジーンズを見て、びっくりしたような表情をした後、心からうれしそうに沙緒理に微笑みかけた。そして、


「僕だって、ほら・・・」


遼希は恥ずかしそうに少し腰を引かせながら向き直り、上のほうまで濡れたジーンズの下腹部を沙緒理に見せた。


《こんなに、おしっこしちゃってる・・・》


沙緒理は、彼の下腹部がそれを包み込む下着ごとぐっしょり濡れている様子を想像してドキッとした。そして、自分も性別は違うものの、いま同じように濡れていて、同じ肌触りを感じているんだと分かり、満面の笑みを浮かべた。



沙緒理と遼希は並んでゆっくりと保健室へと向かった。ジーンズが脚に貼りつき、お互いの靴から”ぎゅ、ぎゅ”と水があふれる恥ずかしい音がした。ふたりともとても歩きにくかったが、その足取りはむしろ軽やかだった。



「ごめんね、ひょっとして、僕が漏らしたせいで、沙緒理まで漏らしちゃったの・・・?」

「え、どうして? びっくりして、ってこと?」

「そう、びっくりして・・・」

「えぇ、それじゃまるで子どもでしょ?」

「おしっこ漏らしたんだから、それ自体、子どもでしょ?」

「あ、そっか。うぅん、でも遼希のせいじゃないよ。だって、私も・・・我慢できなかったんだもん・・・」

「そうだよ、寒いし、それに先生の話、長すぎるんだよね」

「ほんと・・・。でも・・・漏らしちゃって・・・、私すっきりした」

「すっきりした?」

「気持ちよかった」

「気持ちよかった? うん、たしかに・・・、あはは・・・沙緒理って、面白いね」

「あはは・・・、でも遼希がいるから・・・遼希がいっしょでよかった」

「僕も・・・沙緒理がいてくれなかったら・・・お礼を言うのも変だけど、沙緒理、ありがと」



「そんな、おもらししちゃった人に、お礼だなんて・・・何言ってるの?」

「あぁ、ごめんね」

「でもなんか、私たち注目されているみたい」

「背中に視線感じるし・・・」

「うん・・・恥ずかしい・・・」

「沙緒理、やっぱ恥ずかしい?」

「うぅん、ちょっと恥ずかしいけど・・・、でもなんだか不思議な気持ち」

「そうだね・・・不思議な感じがする。僕と沙緒理はきっと噂されてるね」

「うん・・・」



みんなの視界から外れたのち、ふと風がやんだ。下腹部を濡らしたまま、遼希と手をつないで歩くレンガの小径は、輝きを増す若葉の緑にしっかりと守られていた。




「遼希くん、派手に濡らしちゃったのね・・・沙緒理さんは前から見たらそんなに分からなかったけど、遼希くんは男の子ね・・・じゃあ、ちょっと恥ずかしいけど我慢してね・・・」


カーテン越しに保健の先生の声と、遼希の服が衣擦れする音が聞こえた。保健室の薄緑色したカーテンから注ぐ光は、やや薄暗いものの、暖かかった。



さっき先生にしてもらったのと同じことを、いま遼希がしてもらっている・・・沙緒理は、乾いた厚手の白いショーツを穿かせてもらい、先生が去ってからやっと周りの状況を冷静に感じることができた。それまでは恥ずかしさで何がなんだか分からなかったからだ。


衣擦れの音が止んで少しした後、静かに肌を撫でる音がした。きっと先生が濡れタオルで、遼希の下半身を拭いているに違いない。やさしい先生なのは良かったけれど、何もわざわざ脱がせたり拭いてくれたりしなくてもいいのに、と沙緒理は思った。保健の先生の責任感からなのか、生徒の身体をチェックしたいのか、それとも、女の先生だから特に遼希の身体に興味があるからなのか、あれこれ思い巡らせながらも、いま遼希がしてもらっている情景を想像して、沙緒理は胸が高鳴った。


「・・・ごめんなさい」


「うぅん、もう大人の男性だもの、気にしなくていいのよ」


そんな声が聞こえた気がした。さっき下腹部を拭いてもらったとき沙緒理が感じた変な気持ちを、遼希も感じてしまったのかもしれない。


「パンツ、これしかないの。服が乾くまで穿いててね・・・ここに脚を入れて・・・そう、沙緒理さんと同じの・・・生理用だけど、たまに男の子も・・・おもらしする子も? いるわよ。気にしないでいいのよ」


乾いたショーツのゴムがぱちんと縮み、遼希の下半身をすっぽり覆った音がした。苦しかった尿意、身体の冷たさ、そして恋の悩みからすっかり解放された瞬間だった。



この格好のまま、今からカーテンを開けて遼希に会う・・・。ふたりとも白いパンツのまま・・・先生が服を洗濯している間、ここで遼希とふたりだけ・・・



沙緒理は初めて、身体が熱くなるようなときめきを感じた。



(「レンガの小径」終わり)


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