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センカンの大和  作者: ZTAK


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20/20

第六章 開票


午後8時過ぎ、区内19の投票所から集められた投票箱が、次々と開票所となる区役所へと運び込まれてきた。外はすでに夜の気配が濃く、庁舎の前には各投票所からの車両が途切れなく到着している。運搬を担うのは、各投票所の投票管理者と投票立会人の二人組である。選挙事務において最も責任の重い業務の一つであり、投票箱を無事に開票所へ届けるまでが彼らの重要な役割だ。

どの投票所の関係者も、「誰よりも最初に届けたい」という妙な緊張感を抱えながらやってくる。いわば運動会で一等賞を取るみたいな感じだ。そのため、受付場所は瞬く間に混雑していく。今回も区役所から一番近くにある第1投票所の投票箱が届いた。

第一投票所の南川投票管理者「今回も一番を取ったで。まあ一番近いから有利やわなあ。あとはよろしく頼んだで」

投票箱を抱えたまま列を詰め、順番を待つ姿は、普段の行政業務では見られない異様な熱気すら帯びていた。封印された投票箱は一つひとつが有権者の意思そのものであり、その重みが物理的な重さ以上に職員たちの肩にのしかかっている。

受付では投票箱のフタが南京錠でしっかり施錠されているか確認することも重要な任務だ。


午後9時20分、開票作業が始まるが、午後8時ちょうどのタイミングでネットニュースが一斉に流れた。現職の大垣知事の「当選確実(当確)」である。

まだ一票も開票されていない段階での当確報道だった。報道機関は出口調査、期日前投票の動向分析、電話によるアンケート調査、過去の選挙データなどを組み合わせ、統計的に当選確率が極めて高いと判断した場合に、この速報を出す。接戦の場合は慎重になるが、今回のように大きな差が見込まれる場合は、開票前に確定的な報道がなされる。

しかし、現場にいるセンカン職員にとっては、この速報は複雑な意味を持つ。まだこれから何万という票を数え上げるというのに、すでに結論が提示されてしまったような感覚になるからだ。作業への緊張感は保たれる一方で、わずかな虚脱感が漂うのも事実である。

開票所内では、各投票所から集まった19個の投票箱と期日前投票の投票箱が開票台の上に並んでいる。以前、期日前投票の投票箱を出し忘れたため開票されず、投票者数と開票数が合わずに、最後になって期日前投票の投票箱を出し忘れたことが分かりニュースになったことがあった。そんな事件があったがため、センカンは細心の注意を払っている。今回も漏れなく期日前投票の投票箱が並んでいることを確認する。

開票所内の一番前列には開票管理者と開票立会人が整然と並び、無言のまま作業エリアを見下ろしている。その視線は全体の公正性を見守るためのものであり、現場には独特の張り詰めた空気が流れていた。会話は最小限に抑えられ、椅子の軋む音や紙の擦れる音さえも目立つほどである。

午後9時20分の開票開始宣言までの時間を利用し、大和は作業スタッフ全員に最終確認の説明を行った。投票箱の扱い、分類手順、疑問票の取り扱い、点字票の処理方法などを改めて整理する。説明が終わったのは開始直前のわずか5分前であり、その後は誰も言葉を発さず、ただ静かに立ったまま開始を待つこととなった。

その沈黙は異様なほど深く、普段の役所では決して味わうことのない「儀式的な静けさ」とでも言うべきものだった。

午後9時20分、開票管理者の「開票開始」を告げる声が響くと、空気が一気に動き出す。

まず各投票所から届いた投票箱が一つずつ開封され、投票用紙が開票台の上にすべて取り出されていく。封印を解かれた瞬間、それまで密閉されていた有権者の意思が一斉に現れるようであり、開票所全体がわずかにざわつく。

次に空になった投票箱は列を作って開票立会人の前に運ばれ、内部が空であることを逐一確認される。これは不正防止のための重要な工程であり、箱の中を見せるたびに立会人が無言で頷く。その繰り返しが延々と続く。

開票台では、票が候補者ごとに素早く分類されていく。

点字投票用紙が見つかると「点字!」という声が響き、点字担当のスタッフが即座に回収する。点字判読者へ渡すため、別ルートで慎重に運搬される仕組みだ。

分類された票は第1点検係へと運ばれ、ここで分類された候補者の票の束に別の候補者の票が混入していないかを確認する。職員たちは指サックを装着し、まるでトランプをめくるような速度で票を確認していくが、その動きは極めて精密で、一枚たりとも見落としが許されない緊張感がある。

第1点検を終えた票は計数係へ送られ、計数機にかけられる。2台の機械で二重確認を行い、100票単位で束ねられていく。機械の「カタカタ」という音だけが、広い開票所に規則正しく響いている。その音は単調でありながら、どこか心拍のようでもある。

100票の束は第2点検係でパラパラと票をめくって再度確認され、5束まとめて500票単位に束ねられる。さらにそれが得票計算係へと運ばれ、候補者ごとの集計が行われる。数字が積み上がるにつれ、大垣候補の票が他候補を大きく引き離していることが明確になっていく。

審査係では疑問票の精査が続いている。そこでは、有効票と無効票の境界線が一票ごとに判断される。

たとえば氏のみ、名のみ、あるいは名前の一部だけの記載でも、候補者が明確に類推できれば有効票とされる。「おおがき」「タマキ」「YADA」などひらがな、カタカナ、ローマ字の表記は問題なく有効となる。また「垣」「玉」「矢」といった一文字であっても、文脈的に候補者が特定できる場合は有効とみなされることが多い。特に障害のある有権者が可能な範囲で力の限り記載した場合、その意思を尊重するという考え方が根底にある。

一方で、「〇大垣」「×玉木」のような記号を含むものや、複数候補を混在させた記載は無効となる。また「大木」「矢垣」など誤記や混同が著しい場合も、特定不能として無効扱いとなる。

総務省に問い合わせていた「知事」という記載については、大垣候補に紐づく有効票として整理されているが、今回の開票所では該当記載は確認されなかった。

有効票・無効票の判断基準は、最終的には開票管理者の裁量に委ねられる部分もあり、そのため代表例を立会人に提示して確認を取る工程が必須となる。

今回提示されたのは、有効票例として「垣」「玉」、無効票例として「大垣健司」であった。

開票立会人Aはそれを見て問いかける。

「これは按分にはならないのか?」

大和は即座に説明する。

按分票とは、同一または類似の略称が複数候補にまたがる場合に適用される仕組みであり、開票前からあらかじめ按分になる記載対象が指定され、今回の選挙では按分対象は指定されていない。明確に異なる候補名が混在している場合には適用されない。例えば「民主党」という記載が立憲民主党と国民民主党の双方にまたがった場合に按分が発生するが、今回の事例とは異なる。

開票立会人Aは納得したように頷き、「なるほど」と呟いた。

按分票は最終的に候補者ごとの得票割合に応じて配分されるため、小数点以下の票が発生することもある。

つまり、先ほどの例で言うと、ある開票所で、「立憲民主党」と記載された票が65票、「国民民主党」と記載された票が35票、「民主党」と記載された票が10票だとする。 按分対象となる「民主党」10票は、「立憲民主党」に6.5票、「国民民主党」3.5票に按分される。


まもなく中間速報の指定時刻の午後10時になろうとしている。

中間速報では、最後の開票結了の結果が覆るような報告をしないという暗黙のルールがある。つまり最終的に候補者Aの得票数が候補者Bより多い場合は中間速報においても候補者Bの得票数が候補者Aを上回って報告してはいけないということになる。そのためできる限り、中間速報では全候補者の得票数を同じ数値で報告することが多い。

「書記長、今回午後10時の中間報告では、まだすべての候補者の票が同数で点検済となっていないため、すべての得票数0としましょうか」

書記長「大和さんの言うとおりで行こう」

書記長はセンカン事務局のトップの責任者だ。


午後10時現在の開票中間速報

大垣候補 0票

玉木候補 0票

矢田候補 0票


午後10時30分の2回目の中間速報となる。

大和「書記長、各候補者、2000票は点検済となっていますので、全候補者2000票で中間速報いかがでしょうか」

書記長「わかった。それで行こう。開票結了までもう少しだな」

大和「そうですね。ほぼ固まってきましたので、次の午後11時の中間速報までには結了できそうです」


開票作業は続く。


そして最終結果が確定した。

大垣候補 9,989票

玉木候補 3,221票

矢田候補 2,999票

無効票  1,735票(うち白票1,009票)

持ち帰り票  1票

開票数  17,945票

投票結了の数字と完全に一致していた。この瞬間、現場に小さな安堵が広がる。数字が合うということは、全工程が無事に完了したことを意味するからだ。

得票台には候補者ごとの投票用紙が慎重に並べられていく。もし一枚でも誤配置があれば、それだけで重大な問題となるため、複数人で何度も確認しながら配置が行われる。

すべての作業が終わると、開票管理者が結果を読み上げ、正式に開票終了が宣言された。時刻は午後11時15分。正面のホワイトボードに開票結了の結果を表示した。


その後、開票録の作成が行われる。開票結果、関係者の署名、印鑑、時刻などを正確に記載する必要があり、これもまた時間のかかる工程である。かつてはこれにより関係者を長時間待たせ、強い苦情を受けたこともあった。

すべての署名と押印が完了すると、開票作業は完全に終了する。

同時に、得票台に並んでいたすべての投票用紙は段ボール箱へと丁寧に収納され、ガムテープで厳重に封緘される。さらに開票管理者と開票立会人の印鑑を押して封印を完成させる。


こうして長く重い一日が終わった。知事選挙という巨大な事務は、ようやくその幕を閉じたのである。


山本選挙管理委員長がスタッフみんなに労いの言葉をかけた。

「皆さん、長時間のお勤め、本当にご苦労様でした。皆さんのおかげで選挙事務が滞りなく無事に終わることができました。ありがとうございました。皆さんゆっくり休んでください」

委員長の挨拶後、みんなから拍手が湧いた。


選挙の良いところは、終わればスパッとすべてが終わることだ。しかし大きな事故が起こらない限り。


しかし大和たちセンカン書記の任務は終わっていない。これから県選管に報告書を提出する必要がある。締め切りは何と明朝9時。投票結了や開票結了の報告書などが中心だ。中には開票管理者・立会人に署名をもらった開票録も提出物の一つとなっている。


書記長、次長は帰宅したが、大和と伍代、黒田係長は残って報告書の作成を行っている。

黒田係長「大和くん、あとどれくらいで報告書できそうだ?」

大和「あと少しです。伍代君、開票録をPDFにスキャニングして、そのデータを県選管に電子メールで送付しておいて」

伍代「大和さん、了解です」

3人は疲れ切った体に再度鞭を打ち、最後の業務をこなしている。

日が変わった午前1時頃、やっと報告書が出来上がり、県選管に電子メールで提出することができた。そこから県選管が内容をチェックするため、待機しなければならない。県選管のチェックは一文字一文字細かく行われるため、かなりの時間を要する。前回は午前5時くらいに確認終了の連絡があった。

この待ち時間、3人は半分眠っている状態だ。何時間たっただろうか。午前4時過ぎ、電話が鳴った。県選管からだ。

「県選管ですが、確認が終了しました。問題点はございませんでした。この内容で受理いたします。大変お疲れさまでした」

やっと終わった。午前4時30分、センカンの全業務が終了した。

4時間後の午前8時30分に通常業務が開始される。

大和たちは帰宅する元気もなく、そのまま執務室の椅子で眠ったまま、夜を明かし、日常に戻るのであった。

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