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【完結】異世界に召喚されたら、同い年だった幼なじみが十五歳年上の筆頭魔導師になっていて、なぜか他人のふりをされています  作者: フトダマノミコト


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第18話 十五年越しの約束

 あれから、三か月が過ぎた。


 湊は筆頭魔導師の職を辞して、城を出た。

 陛下には何度も引き止められたけれど、湊は最後まで首を縦に振らなかった。


 その代わりに、陛下にひとつだけ願いを申し出た。


 二度と、異世界から人を呼ぶ召喚の儀を行わないこと。


 陛下はそれを聞き入れ、神殿の召喚の間の召喚陣は、湊自身の手で封じられた。

 私と湊のように、誰かが大切な人から引き剥がされることは、もう二度とない。




 私たちが暮らし始めたのは、王都の下町にある、小さな古書店だった。


 湊が十五年前に拾われて、文字を教わった店だ。

 店主のおじいさんはもう何年も前に亡くなっていて、店は閉じられたままになっていた。


「爺さん、俺に店を譲るって遺言を残してたんだよ」


 埃をかぶった本棚を見上げながら、湊はそう言って笑った。


 二人で埃を払って、窓を磨いて、古い本を一冊ずつ並べ直した。

 店を開けると、近所の子どもたちが文字を習いに来るようになった。

 湊は口では面倒くさそうにしながら、子どもたちが分かるまで何度でも教えている。


 ときどき、リタが焼き菓子を持って遊びに来る。

 カイルさんは、騎士団の仕事を抜け出しては店の奥で昼寝をしていく。


「聖女様、じゃなくて、柚葉様! 今日もミナト様、柚葉様のことばっかり見てましたよ」


「リタ、余計なこと言うな」


「えー、だって本当のことですし」


 そんな賑やかな毎日が、たまらなく愛おしかった。




 その朝、私は久しぶりに台所に立った。


 こちらの世界の卵は少し大きくて、お砂糖も向こうとは味が違う。

 何度も失敗して、ようやく満足のいく味に焼き上がった。


 お弁当箱代わりの木箱に、甘い卵焼きをぎっしりと詰める。


「湊、お昼にしよ」


 店の奥で本の修繕をしていた湊が、顔を上げた。

 木箱の中をのぞき込んで、目を丸くする。


「……卵焼き」


「甘いやつ。約束したでしょ?」


 明日の弁当、卵焼き甘いやつで。


 湊から届いた、最後のメッセージ。

 その約束を果たすのに、私の時間で一年と少し、湊の時間で十五年と少しかかった。


 湊は卵焼きをひとつ口に入れて、しばらく黙っていた。


「……うまい」


 かすれた声だった。


 湊は、それ以上何も言わなかった。

 ただ、うつむいたまま、ゆっくりと卵焼きを噛みしめていた。


 私は見ないふりをして、自分の分の卵焼きを口に運んだ。


(ちゃんと、甘くできてる)


 それだけで、胸がいっぱいになった。




 その夜、湊に誘われて、私は王都の外れの川べりに出かけた。


 ゆるやかに流れる川と、なだらかな土手。

 あの日、湊が消えた場所に、どこか似ていた。


 空には、また二つの月が重なろうとしていた。


「ゆず」


 土手を並んで歩いていた湊が、ふと足を止めた。


 振り返った湊の顔を見て、私は息をのんだ。


 十五年前と、同じだった。

 何か大切なことを言おうとしているときの、少しだけこわばった顔。


「今度は、ちゃんと最後まで言うからな」


 湊は、ポケットから小さな箱を取り出した。

 中には、銀色の指輪が入っていた。


 小さな黄色い石が、ひとつだけはめ込まれている。


「柚子の色だ」


 湊は、照れくさそうに言った。


「十五年待たせて、いや、お前のほうは一年か。……とにかく、待たせた」


 湊は、私の手を取った。


「ゆず。俺と結婚してくれ」


 まっすぐな言葉だった。

 十五年前に言えなかった言葉の、その先の言葉だった。


 涙で、湊の顔がにじんで見えた。


「……はい」


 うなずくと、湊は少し震える手で、私の指に指輪をはめてくれた。


 ちょうどそのとき、重なり始めた二つの月の光の中から、一枚の紙がひらひらと舞い降りてきた。


 湊が、慌ててそれをつかまえる。


 見覚えのある、うちのお母さんの丸い字だった。


 柚葉へ。

 手紙、ちゃんと届いたよ。

 湊くんと一緒なら、お母さんは安心です。

 湊くんのお母さんと二人で、たくさん泣いて、たくさん笑いました。

 どうか、二人で幸せに。


 それから、少し小さな字で、もう一行。


 湊くん、娘をよろしくお願いします。


「……湊、お父さんたちに何て書いたの?」


 湊は、真っ赤な顔で空を見上げた。


「お嬢さんを、一生大切にしますって」


 私は、笑いながら泣いた。

 湊も、泣きそうな顔で笑っていた。


 重なった月の下で、湊が私を抱きしめる。

 十五年と一年をかけて、ようやくたどり着いた場所だった。


 もう二度と、この手は離さない。

 私の時間も、湊の時間も、これからはずっと、同じように流れていく。


(完)

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