第75話 少し心配になる
ザイルが城にいない。
という情報をライオスから聞いた時、ルチャルはすれ違いになったのかと少々残念な気持ちになった。
「せっかく、好きそうなパン作ったのに……」
そのパンというのは、文官寮で作ったホットドックだ。単純にソーセージを挟んだものではなく、蕩けたチーズをかけてからケチャップという逸品。騎士寮でも提案して作ってもらったが、まかないでかなりの人気が出たものだ。
だから、ザイルにも食べてもらおうと探していたのに気配がない。念のために、ライオスのいる執務室に確認しに行ったところ、冒険者としての依頼で城内にいないことがわかった。
「うーん……食べたら可哀想だから、収納棚に入れとくか」
無限収納棚を展開し、皿ごと入れておく。中で時間停止が働くので腐敗することはない。
師からの異能で得られたスキルの中で、ルチャルは特に重宝しているのだ。これがないと、寝起きの補給に必要なパンが貯めこんでおけないから。
『スタンビートとは穏やかじゃないねぇ?』
「ザイルのことだから、手こずることはないだろうけど」
『それでも、心配は悪いことじゃないよ?』
「……そうだね」
油断禁物とは言え、慎重になるのは冒険者だから。
ひとりで向かったにしても、ほかにだって冒険者たちはきちんと動いているはず。
だから、心配は少しでいい。
あとは、帰ってきたら目いっぱい美味しいパンや料理を振舞うまで。それくらいのご褒美は用意していてもいいだろう。そう考えれば、不謹慎かもしれないが少しだけ楽しくなってきた。
「あんら、リディックの坊やは今依頼をこなしているのかい?」
リディックはザイルの家名。あまり名乗らないでいるで、ルチャルも知ったのは随分とあとだ。サナに事情を伝えたところで、今日のパンづくりでいっしょに仕込みたい料理を提案した。
ザイルも大好きな、カレーだ。
今回は特製のチーズナンを作って収納棚に保管しようというやり方で。
「ナンって、どんなパンなんだい?」
「素焼きでつくる平たくてもちもちしたパンの種類です。それにチーズを混ぜ込むと、カレーと合わせたら最高なんですよ」
「楽しみだねぇ? カレーはあんたの修行でまだ少ししか覚えてないから」
包餡にはまだあまり挑戦させていないが。ほかの寮でも人気になっているカレーのことは耳にしていたらしい。特に惜しむ必要はないので、ルチャルもカレーパンなどの修行はきちんとさせるつもりだ。
難しい作業を覚えたことで得られる達成感。それは、自分の実力にもなるし、これからの活動力にも繋がる。
ナンの焼きについては、鉄板に押し付けるようにして広げて仕上げにバターを薄く塗りつける。こうすると香ばしさが増して、もちもちした食感と合わさると塩気とまろやかさがちょうどよくなるからだ。
(はやく、帰ってきてね。ザイル)
オークとかにやられるわけではないだろうが、怪我は免れないかもしれない。
ポーションとかは持っているにしても、治癒魔法で治るレベルであってほしい。
冒険者の談義はかつての師であるマックスから聞いたりはしたが。簡単なものでも過酷な試練と同様に油断してはいけないのを教わった。
ザイルもSSになったからって、舐めた姿勢ではないとは思っていても心配にはなる。だから、帰ってくるまで出来ることをするしかないのは当然。美味しいものを用意して待っていたいのだった。
次回は土曜日〜




