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パン職人の弟子の弟子。スローライフの旅へ出発  作者: 櫛田こころ


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第58話 弱っていても、食欲有り

「ザイル~? 起き上がれそう??」

「…………ちゃ、る?」

「そうそう、あたし~。ご飯作ってきたから、食べよ?」

「……………ぉぅ」



 相当弱っていると見た。


 出会ってから、元気いっぱいの彼が心身ともにここまで弱っているのを見たのは初めて。


 これだと、なおさらパン粥くらいの胃に優しいものから順番に食べさせた方がいいかもしれない。


 シュスイがヒト型になり、彼をゆっくり起こしてからパン粥のトレーを彼の膝に載せてやったが……食欲が湧かないのか、ぽーっとしているばかり。



「……自分では、無理か」

『食べさせてやった方がいいかもねぇ?』

「だね。……はい、口開けて~?」



 適度に冷まし、口元に持っていく。鼻も弱っているのか、匂いもわからないようだ。それでも、ルチャルの指示には従おうと、軽く口を開けてはくれた。そこにゆっくりとスプーンを入れてやれば。


 ぼんやりしていた、ザイルの表情が一気に様変わりしたのだった。


 覚醒、に近いくらいに、目を見開いたのだ。



「うっめ!?」

「あ、起きた。自分で食べる?」

「おう。……とろとろしたとこが、うめぇ!!」



 スプーンを渡してやれば、あちちと言いながらも食べ始めてくれた。弱っていたようだが、食欲はちゃんとある。ザイルはこうでなくては、と、付き合いの短いルチャルでも思うくらいだった。



(一杯じゃ足りなさそうだなぁ……)



 念のため、鍋ごと収納棚に入れてきたので、シュスイに鍋を持ってもらうことにして……ザイルに尋ねてみることにしたが。



「おかわり、いる?」

「食べる!」



 忘れられるくらいに寝込んでいたにしては、食欲だけでも戻ってよかったと思えた。


 ルチャルも自分の仕事に集中し過ぎていたせいもあるが、同行者でもあったザイルのことを完全に忘れていたわけではない。


 この国での使命をだいたい終えたら、彼の案内でソーウェンにも行く予定なのだ。その約束はしっかりと覚えている。


 ザイルの食欲は、いつもどおりにそのままあったので、鍋を空にはしなかったが半分くらいは完食したのだった。



「おそまつさま。……着替えるなら、出ようか?」

「あ~……悪いな。そこは、な?」

「鍋も返しに行くから、いいよ~」



 一応は断りを入れないと、ザイルも気にするだろう。子どもの前で堂々と着替えることは大人ならするだろうが、ザイルは違った。


 ゼストリアに来るまでも、着替えのときはルチャルがテントの中でするようにしていたりしたので癖でもある。師や兄弟弟子らにも、着替えはちゃんと人目を気にするように、と、口酸っぱく言われていたから。



『元気そうやねぇ?』

「食欲あるだけ、よかったよ」



 少し安心出来た。


 いつも、ルチャルの作ってくれたパンを笑顔で食べてくれた顔がどこにもない。


 そんな不安が一瞬、心の中に生まれたのだから……シュートらに悟られていないかもしれないが、ルチャルとしても相当驚いたのだ。


 久しぶりの、子どもみたいな感情。


 仲のいい友だちが目の前で病気になるのは、悲しいだけじゃなく、辛い感情を覚えてしまう。


 今はどこかの国で使命を果たそうとしている兄弟弟子たちの中にも、そうなった人たちはいた。ルチャルの中では、ザイルも彼らくらい大事な人になっていたのだ。




次回は火曜日〜

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