最終話
隊長の言ったとおり、数分が過ぎると三人とも神経弾の効果が切れて動けるようになったようだ。ただし手足を縛られているため、どちらにしても動けないのだが。
「何故だ? 何故こんなひどいことをする!」
少なくとも口は動くようになったようだ。直哉が激しく非難してくる。
「許してくれ。我々はどうしてもアンカトレアに向かわなければならないんだ」
「だからってこんな……。この二人は……この二人は無関係だ。すぐに開放するんだ」
「ああ、確認がとれれば開放する」
イブと直哉を確保した以上、確かに他の二人は用無しだ。見たところ大した装備も持っていない。開放するのは問題ないだろう。
隊長に確認の視線を送る。
「直哉、名前は直哉で良いんだな? キミの助けが欲しい。我々がアンカトレアに進軍するのを手伝ってくれないか」
「……な!この状況で手を貸せだって?」
「アンカトレア内部の情報を話してくれるだけで良いんだ。そうすれば、君とイブも含めて開放しよう」
隊長が直哉を説得している間に装甲車はキャンプに到達した。
直哉とイブはマシン達に抱えられて運ばれて行く。
隊長の説得は続く。
「どうだ、直哉。今ここで協力を約束してくれれば、我々もその証として彼ら二人を開放しようじゃないか」
「本当か? 本当に彼らを開放するのか」
「ああ、間違いなく」
しばらく隊長と睨み合っていた直哉だったが、承諾した。
それに伴い、二人の男たちの解放が行われた。二人とも心配そうに直哉を見つめていたが、どうする事もできないのは明らかだ。やがて、名残惜しそうにその場を離れていった。
「で、すぐにでも中の様子を聞きたいところなんだが……」
早速隊長が尋問を始める。さっき取り交わした約束は、おそらく反故にされる事だろう。直哉もイブも、今やシティにとって最重要人物だ。アンカトレア内部の情報も大事ではあるが、レベルが違う。
「先にイブの事を聞かせてくれ。何故、我々の接近が分からなかったんだ」
「見てのとおりですよ。何故か全く動かなくなってしまったんだ」
「何があった?」
「何もない。急にこうなった。アンカトレアからここまで連れて来るのは大変だったんだ」
故障なのか、演技なのか分からない。こうやって拘束されてまで演技を続ける理由は考えられないので、やはり故障なのかもしれない。
「わかった。イブについてはサエキに見てもらうしかないな」
「ダメだ!あいつに見せたら解体されてしまう」
「大丈夫だ。サエキはオレの管理下だ。勝手な事はさせない。それよりもアンカトレア内部の事を教えてくれ。中に入ったのだろう?一体中はどうなっているんだ」
直哉は、隊長の質問に対してぽつり、ぽつりと話しだした。不本意だという表情はありありと読み取れてはいるが。協力すれば先の二人を開放するという約束を律儀に守っているのだろう。見た目どおり誠実な男だ。
しかし直哉が語った内容は想像をはるかに超えるものだった。あまりの衝撃にウォルツォーネの心は壊れる一歩手前まで進んだ。
その『マザー』というものが、マドゥ壊滅の原因だったのだ。シーカーの群れは、比喩ではなく本当に無限に湧き出して来ていたのだ。許せないのは、それが人の手で造られたものと言う事だ。あれは人災だったのだ。何千人という人間が命を落とした。
胸にうずまく黒い霧を、強い精神力をもって封じ込める。今ここで精神を崩壊させるわけには行かない。
マドゥ壊滅の後に、自分の命を投げ出してアンカトレアに向かおうとした。それを踏みとどまらせたのはマドゥの生存者たちだった。リーダーである以上、彼らを守らなければならない。その義務感が無謀な行動を制した。
そして四流村のリーダーとなり、シティの侵略を受けた。今度は四流村の住民を守るためにシティへの協力を約束した。だが理由はそれだけではない。シティがアンカトレア制圧に向かうという事を聞いたからだ。むしろ、その理由のほうが大きい。
一度諦めていたアンカトレアへの進撃を行う事が出来るのだ。一体、なぜマドゥは滅びなければならなかったのか?
その真相を確かめるために。
今、その真相が明らかになった。
そして、次なる目標ができた。『マザー』の破壊だ。この世から抹殺せねばならない。
直哉の話しを聞いたところ、アンカトレア自体は既に壊滅状態だ。それでもシティは進軍を止める様子は無い。やはり、平和のためのアンカトレア制圧という謳い文句はまやかしだろう。
サエキが言っていた。シティの幹部たちは腐ってしまった、と。
そんな連中が平和のために動く訳がない。
おそらく軍事力拡大が目的だったのだろう。方法は不明だが、アンカトレアは大量のシーカーを操って各国を攻める事ができる力を持っている、という認識をシティは持っていたはずだ。
アンカトレアが壊滅しても、なお進軍を止めないのであれば、目的は一つしか考えられない。『マザー』の奪還だ。
「ルービック、話しがある」
今、この部隊の中で唯一信用できる人物だ。
ルービックの協力は必須である。彼女を説得できなければ、今からやろうとしている事は絶対に実現不可能だ。
「リーダー、まさか……。そんな事をすれば、四流村の住民たちは?」
「大丈夫だ。いずれこうなる事を考えて、少しずつ逃げる準備をするように伝えて置いたのだ。おそらく、もう既にシティの支配を逃れて別の場所で生活しているはずだろう。確かめる事はできないのだが」
「しかし……。いえ、分かりました。リーダーに従います」
「そう言ってくれて嬉しいぞ。では装甲車とサエキのほうはお前に任せる」
「承知しました」
ウォルツォーネは、直哉が監禁されている場所へと向かった。
既に強化ワイヤーは外されていたが、シティから運ばれてきた特別性の鉄格子に閉じ込められている。
ウォルツォーネの姿を確認すると、また敵意の目を向けて来た。
無理もない。ここまでひどい扱いをしてしまったからには和解は一筋縄では行かないだろう。しかし、何としても成し遂げなければならない。
「聞いてくれ、直哉よ」
とにかく思いのたけをぶつけるのだ。
自分には人の心を上手く操作する能力なんて無い。筋肉バカと言われても仕方がないと思っている。だが、この熱い想いだけは本物だ。誰にも負けはしない。
直哉に思いが伝わったかどうか分からない。だが、話しはちゃんと聞いてくれた。
「ところでイブが動かないのは本当なのか」
「本当にわからない。でも、一つ試してみたい事はある」
「ほんとか?もし彼女が動けるなら、これほど戦力として頼もしい事は無いのだが。どうすればいい?」
「中にいるミユキに語り掛けて欲しいんだ。イブに制御を戻してくれ、と。もしかしたら、ミユキがマシンの制御を奪っているのかもしれない」
「それはどういう意味だ」
直哉の説明を聞いても、よく理解できなかった。
中の人間とは?
人工知能の制御とは?
だが、とにかく試してみてくれと言われたとおりやってみるしかない。
イブが監禁されているのは別の装甲車内だ。ウォルツォーネは今まで勝ち取ったシティからの信頼を最大限利用して、イブの装甲車へと向かった。
◆
シティ第一遠征部隊隊長は、その報告に我が耳を疑った。
「脱走だと?」
「はっ! どうもウォルツォーネが裏切ったのではないかと」
報告によると、直哉やイブに加えてサエキまでもが逃げ出したという。
これは大失態だ。シティの幹部たちは決して許さないだろう。
「ウォルツォーネのやつめ!一体どういうつもりだっ」
冷静沈着をモットーとしている彼にとって、この悪態は珍しかった。かつてこれほどまでの失態を犯した事はなかったのだ。
奴を信用し過ぎていた訳ではない。だが、監視の目が緩かったのも否定できない。自分だけではない。部下たちも皆、奴を信用しきっていたのだ。だから、直哉やイブの装甲車への侵入を容易に許してしまった。
何故ここへきて突然裏切るのか。
軍人としての振る舞いは完璧だった。そして、アンカトレア制圧に掛ける思いは嘘ではなかったはずだ。
もしや、シティの本当の目的に気が付いてしまったのだろうか。
『マザー』という悪魔のような兵器を利用する事は、正常な思考回路を持った人間からすると耐え難い行いだ。それゆえ、限られた人間にしか知らされていないのだ。
「申し上げます。後を追った装甲車ですが、途中でシーカーの群れに遭遇し、やむなく追跡を断念しました」
その報告を聞いて、もう少しで怒鳴り散らす所だった。
奴らの確保は最優先だ。死んでも追え、と。
だが、どうせ追い付いたところで確保できる訳はないのだ。相手の戦力を考えれば、こちらのマシンが総動員で向かわなければならない。
さしあたっては、シティへどのように報告するか、だ。
今はもう、自分の身の振り方を考えたほうがよさそうだ。
◆
直哉は、目の前に座っている男がどうしても許せなかった。
シティに居た時よりも顔はやつれ、白髪は増えて見た目はもう、ただの爺さんである。よほど苦労してきた事は分かる。
しかし、それとこれとは別だ。
この男がミユキにした事は、断じて許される事ではない。
「直哉よ、そんなに怒るでない。サエキは今や、我々にとっては必要な人間なのだ」
ウォルツォーネが心配そうにフォローしてくる。
直哉も頭では分かっているのだ。イブのエネルギーもいつかは切れる。補充ができるのはサエキだけなのだ。それに、どこかの部品が壊れるかもしれない。
「わかっています。でもこれだけは言っておく。絶対にイブのチップを書き換えるな」
「ああ、約束しようじゃないか、直哉。イブさえ協力してくれるのであれば、何の問題もない。このチップのまま研究は続けられる。そうすれば、ミユキの意志で動く事も不可能ではないかもしれんぞ」
「くっ……。勝手なことを。それだけで罪を償ったと思えるのか?」
その恩着せがましい言い方が、さらに直哉の憎悪に火を注いだ。
だが、サエキが研究を続けてミユキが完全に復活するなら、確かにそれに勝るものはないのだ。そう自分に言い聞かせて、ぐっと気持ちをこらえるしかなかった。
「直哉、良いのよ。もう私は怒っていないから」
イブがおもむろに呟いた。
その言い方は、マシンのものだった。感情は全く込っていない。しかし内容がおかしい。
「イブ、どういう事だ。何を言ってるんだ」
「わからない。ミユキの想いを言葉にしたらこうなったのだ」
「な……。ミユキが……。そんな事ができるのか?」
「いや、わたしの推測も交えたものだ。あまりアテにはしないでくれ」
それを聞いて直哉はがっくりと来た。
だが、もしかしてという思いも捨てきれないでいる。以前よりもミユキが出て来る頻度が増えているのだ。いづれはもっとはっきりとした形で出て来るのかもしれない。
サエキが、イブの手を取った。
「ミユキなのか? あんたには本当にすまない事をした。許してくれ……。いや、許してくれなんて言えないな。許してくれなくていい。だがな、私たちは人類の平和に向けた第一歩を進める事が出来たんじゃ。あんたのお陰じゃ」
突然、涙を流しながらサエキが懺悔する。
その内容は本当に勝手なものだ。
何故人類の平和という話になるのか直哉には全くわからないが、少なくとも、ミユキは望んで体を提供した訳ではないのだ。それなのに、役に立ったぞという言い訳は身勝手すぎるものだ。
だがイブは、そんなサエキに向かって手を差し伸べた。
「もう済んでしまった事よ。確かに許せる事ではないけれど。でも研究は続けてくれるんでしょう?」
「もちろんだとも。必ず成功させて、君に自由な体を返すんじゃ」
「期待してるわね」
ミユキだ。
ミユキが戻ってきた。
話し方は無感情のマシンそのものだが、絶対にイブの言葉ではない。ミユキが話しているのだ。
直哉の視界が涙でにじんで来る。
研究が成功して、ミユキが本当に自由な体を取り戻すことが出来たなら、こんな素晴らしい事はない。
インドに抗ウイルス薬はなかったけれども、直哉も今のところ発症の兆しは見えない。あれ程のケガからも復帰できたのだ。もしかすると、このまま発症せずに一生を終える事が出来るかもしれない。そんな希望がふつふつと湧いてきた。
「ミユキ、僕も手伝うよ。必ずもとの体を取り戻そう」
ルービックの運転で、車は西へ西へと進む。
これから何処へ向かうべきなのだろうか。できれば余りアンカトレアからは離れたくはない。グレイト達が居るからだ。
「直哉よ、そういえば未だ答えは聞いてなかったな」
ウォルツォーネが問うてくる。
「本当にやるつもりですか」
「もちろんだ。今やオレの生きる目的は、そこにしか無い」
シティに捕獲された後、ウォルツォーネより共闘の打診を受けた。ここから解放するから『マザー』破壊を手伝ってくれ、と。
直哉はその答えを留保した。
サエキとそのマシン達、ルービックと共にシティの支配下から抜け出すまでは仲間で居るとの約束に留めたのだ。その後はそれから考える、と。
正直、最初は手伝うつもりだった。
もしかすると、グレイト達を助ける事ができるかもしれないからだ。だが何処に居るか分からない。捜索するにしても砂漠で針を探すようなものだ。
「やはり、研究を手伝うか」
「……はい。助けてもらったのにすみません」
「気にするな。そもそもキミらが捕まったのはオレの責任だ」
今のアンカトレアにたった二人で侵入するのは不可能に近いだろう。それでもウォルツォーネは進むと言った。直哉はその言葉に申し訳なく思うしかなかった。確かに自分とイブが加われば、到達できる可能性は大きく上がるに違いない。
ある意味、今の直哉はアンカトレアの住民と同じなのだ。
『マザー』という悪魔の存在を知りつつも、それを放置する。もちろん『マザー』排除は自分の命を危険に晒す事になる。アンカトレアの住民であるガラム達が話していた、後ろめたい気持ちというのが今は良く分かる。
「研究が終われば、僕たちも駆けつけます。あそこには、まだ僕らの仲間が居るかもしれないんです」
「そうか。わかった」
「私のマシンを使え」
サエキが助け舟を出した。
「ほんとうか?」
「ああ。ガンマとアトムを連れて行くが良い。二人にはキミらの命令を聞くよう指示しておく」
「助かる。百人力だ」
ウォルツォーネ達とはここで別れる事となった。
「あなたの事を、誤解してました」
「そんな事はない。オレは本当にシティの手先に成り下がっていたのだ」
「でも魂までは売らなかった。そうでしょう?」
直哉はウォルツォーネと固い握手を交わした。そして、その巨大な背中をいつまでも見送っていた。
いつか、再会したい。
その時は、ミユキとイブも隣にいるはずだ。
完




