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第三十五話 脱出

 駆けつける足が一瞬停止する。勝てる訳がない。逃げるしかないのだ。その固定概念が救出を戸惑わせる。


「……くっ。は、はやくこいつを……。今のうちに……」


 全力で防いでいる直哉から助けを求められる。いくらなんでもこの状況で逃げるのは気が引ける。かといって、どう対処したら良いのだ?

 

 とにかく頭部を潰すしかない。タイプCといえど頭が破壊されれば動かなくなるのは通常タイプと同じだ。

 

 ガラムは掴んでいる剣をなんども頭に叩き付けた。ニドもハンマーで殴りつけてくれている。久しぶりの『死』の感覚に足の震えが止まらなかった。ターゲットが直哉から自分に変われば、即アウトだ。ほんの一撃で死んでしまうだろう。

 

 何度攻撃した事だろうか。

 汗で剣がすっぽ抜けそうになるのを耐えながら殴り続けた結果、ようやくタイプCの動きが止まった。頭部はもう、ぼこぼこになっている。

 

 知識としては知っていたが、通常タイプにくらべて何倍も頑丈な造りになっているようだ。今まで試した事はなかったので、実感できたのは初めてだ。


 ガラムは大きく息を吐きながら、その場で大の字になった。これほど必死に戦ったのは何年振りだろうか。外の世界に住んでいた頃に、複数のシーカーに囲まれた時以来ではないだろうか。


 とにかく今回も生き延びる事ができた。


「ふぃ~~~兄ちゃん、危なかったな」

 ニドも同じように肩で息をしながら座り込んでいた。


「ありがとうございます。もうダメかと思いましたよ。ちょっと前に大きなケガをしてしまって、まだ体がうまく動かないんです。本当に助かりました」

「なんだって? そんな状態でタイプCを防いでたのかよ」

「タイプC? 何ですかそれは」


 直哉がきょとんとした顔で聞いてくる。

 そうだ。彼らは外の世界から来た人間だった。タイプCの事など知るはずもない。


「そうか。あんたはアンカトレアの住民じゃなかったな。なんと説明すればいいか……」

「もしかして、時々混じっている強力なシーカーなのですか?今のもそうでしたけど、普通のシーカーと比べて異常なパワーですよね。僕らも倒すのに結構苦労するんですよ」

「結構だって?」


 ガラムは思わずニドと顔を見合わせた。

 タイプCは苦労して倒せるというレベルのものではない。まともに戦える人間なぞ一人も居ない。束になって掛かっても無理だ。

 

 それをこの男は苦労はするが倒して来たと言う。確かに目の前でタイプCの動きを封じていた。

 そうなのだ。本来ありえない事だ。


「あんた、何者だ?」


 思わず敵意を向けてしまう。

 その心の内を理解したのか、男は慌てて言いつくろった。

「いや、その……怪しい者ではないというか、怪しい者というか……か、感染してるんです、僕は」

「うむ」


 それは予想出来ていた。おそらく女のほうも感染しているのだろう。一般人がわざわざアンカトレアに来るのは、抗ウイルス薬の噂を聞いてくるケースが多い。最近はシーカーの増加にともない、来訪者は激減していたが。


「もう随分前なのです。感染したのは。それから更にインドまで向かう途中で何度も噛まれました。時には歩けなくなるくらいの傷も負ったのですよ」

「まさか。それで発症しない訳がない」

「ええそうです。発症しないのは異常な事だと思っています。少し前までは、徐々にパワーが増していく事を、発症のサインだと思っていました。でも、未だに発症してません」


 もしや、この男はニュータイプなのかもしれない。

 昔、アンカトレアの研究員が話していた事だ。感染しても発症せず、体の組織が変化するだけの人間が居ると。だが誰も見た事はないし、そんな人間がいれば噂くらいは聞くはずなのだ。結局は単なるデマか何かだろうと言うことで、そのうち人々の記憶からも忘れ去られていった。


「彼女のほうも同じなのか?」

「ええ、イブもちょっと違うのですが似たようなものです」

「そうか……」


 ガラムは、直哉に『マザー』やアンカトレアの研究内容について説明した。ニドが制止しようとしたが、今更隠すようなものではないだろう。もはやアンカトレアは壊滅し、『マザー』は破壊されたのだ。


「でも変ですね。何名かの住民が言ってましたよ。『マザー』が暴走したって」

「なんだと!」

「皆、そう叫びながら逃げて行ったんです」


 これは聞き捨てならない事だ。

 ブラッドのやつは、破壊に失敗してしまったのか。

 もしそれが本当なら大変な事になる。『マザー』が人間の制御を離れたとしたら、何が起こるか分からない。少なくとも、海に流れ着く奇妙な物質がなくならない限り、日々大量のシーカーが生産されてしまう事だろう。


「あのバカが! やるならちゃんと(・・・・)やりやがれ!」


 となりでニドが悪態を付いている。でも全くもってその通りである。

 これではアンカトレアの住民たちは、完全な無駄死にではないか。更に、全世界に対してより強大な災いを振り撒いた事になる。


「あのう、それで結局抗ウイルス薬というのは……」

「お察しのとおり、存在しないな」

「そうですか……」

「前のリーダーが開発に成功したと言うのは、もしかしたら本当かもしれんがな。でも誰かが隠ぺいしたまま死んじまったもんだから、もうどうにもならん」


 ガラムは無慈悲に回答した。隠したところでどうしようも無いからだ。

 この直哉という男は、上海エリアから遥か何千キロも旅して来たのだ。薬を求めて。だから、変に曖昧な回答でごまかすよりも、はっきりと事実を答えてあげた方がよいと思った。


「申し訳ないが、先を急ぐぞ。『マザー』が暴走したとなると、更に多くのシーカーが発生するはずだ。一刻も早くアンカトレアから離れなくちゃいかん」


 気を落としている直哉には申し訳ないが、ここは非常に危険だ。

 早く地上に出て安全な場所を確保する必要がある。



          ◆



「隊長! 右翼が破られたぞ。どうする?」

「仕方がない、A地点まで退却だ」

「了解」


 ウォルツォーネは、シーカーの圧力がなお一層強大になった事を認識した。

 

 シティからは新しい隊長と共に百体のマシンも届いたのだ。にも関わらず、前線を拡大出来ない状態が続いている。明らかに、また何か異変が起こっているのだ。その元凶はアンカトレアに違いない。

 

 以前侵入した地下通路は既にシーカーで溢れ返っており、近づく事もままならない。イブと直哉はどうなったのだろうか。


「ウォルツォーネ、来てくれ」


 隊長が呼んでいる。おそらく作戦会議だろう。

 マシンの大量投入よって、一気にアンカトレアを制圧する予定だったのだ。それが、制圧どころか逆に後退を余儀なくされている。着任早々からこの状況だ。焦るのも無理はない。


 まぁ以前の隊長よりかは随分とマシな人間であることは間違いないが。


「シティには新たにマシンを送るよう指示を出した。しかし一カ月は掛かるだろう。それまでの間、この陣形で死守するぞ。ウォルツォーネ、何か意見はあるか?」

「賛成だ。未だかつて経験した事のない程のシーカーが押し寄せて来ている。撤退ならまだしも、打って出るなんてありえないからな」


 前の隊長なら何も考えずに前進を主張しただろう。


「それと、例のマシンについて何か手掛かりは見つかったか?」

「残念ながら無いな。おそらくもう、アンカトレアに戻っているとは思うが」

「奴らは一度中に入っている。アンカトレアに関する何かしらの情報を持っている可能性は高いのだが。今更言っても仕方がないが、逃げられたのは痛いな」

「全くだ。せめてターミネーターが効かなかった謎だけでも解明したかったのだが」


 でないと、次に出会った時も捕獲する手段がないのだ。

 もっとも男のほうは閃光すら効かなかったのだが。


「それについては、サエキが何か隠しているのかも知らんな。少なくともオレはそう睨んでいる」

「まさか」

「いや、間違いない。新型マシンは、昔、シティで研究していた直哉という人間と特徴が一致する」

「な、直哉と言ったのか? 確かに、新型マシンの事を博士は直哉と呼んでいた!」

「やはりそうだな。その男はマシンではない。人間だ」

「まさか……そんな事はありえないぞ! ただの人間にあそこまでのパワーが出せるはずがない。何より、マシンガンを受けて体が穴だらけになったのに死なない人間なんぞ居るはずがないんだ」


 ウォルツォーネは自分の声が震えるのが分かった。

 あれがマシンでないとすると、化け物だ。そんなものに立ち塞がれたら絶対に勝てる見込みはない。


「心配するな。男の方はなんとかなる。それよりも女の方が問題だ。とりあえずシティから超強化ワイヤーを持ってきたのだが、これが効くかどうかだな」


 漁師が使う網状に造られているので、被せて捕獲するのだという。

 確かにスピードはそれほどではないため、適当なマシンと闘わせている隙に捕獲する事は出来そうな気がする。


「申し上げます。例の新型マシンと思われる人間を含めた数名を発見したとの報告がありました。D地点付近であります」

「おお、そいつは驚きだな。ちょうどアンカトレアを攻めあぐねていた所だ。ラッキーだぜ」

「行動を共にしているのはイブと新型マシン、残りは男性二名であります」

「よしわかった。すぐに隊列を組むんだ。出発する」

「承知しました」


 ずっと待ち望んでいた報告であったはずだ。

 しかしウォルツォーネの頭には言われもしれぬ不安が漂った。あの原型を留めない程に引き裂かれた状態でイブに向かって叫ぶ男の姿が目に焼き付いて離れない。果たして自分はあの男と再び対峙したとき、正気を保つ事が出来るのか?今までこんな形の恐怖を味わった事は無かった。


「それにしてもD地点とはな。もっとアンカトレア近くに居ると思ったんだが。ウォルツォーネ、お前にも来てもらうぞ」


 あらかじめ準備のほうは殆ど終わっていたようで、報告からほんの数分で出撃する事になった。確かに隊長の言うとおり、D地点はかなり北の方角になる。もしや、あの後彼らはアンカトレアに戻らず、そのまま北に進んだのだろうか。

 

 いや、そもそも彼らが何のためにアンカトレアに向かって旅をしていたのかさえ、ウォルツォーネは知らない。何か強い目的があった事だけは間違いなさそうだった。


「装甲車はここに隠しておけ。ここからは徒歩で進むぞ」

「イブのセンサーに検知されないように、だな」

「ああそうだ。しかし徒歩で近づいても検知はされるぞ。車はあくまで、奪われないために隠すのだ。あとはもう、正面突破しかない」


 ウォルツォーネは耳を疑った。

 あの連中に正面突破するとは。

 その表情をみて隊長はニヤリと笑った。


「そう心配するな。何か策を凝らしたところでイブのセンサーで全部わかってしまうんだよ。どのみち正面から向かうしかない。そのために、これだけの数のマシンを揃えたんだ。お前は万一イブに突破された時のために閃光で足止めをする事だけ考えておくんだ。もちろん、閃光は効かんかもしれんが、ダメ元だ」


 隊長には何か作戦があるようだ。でなければ、この自信に満ちた言動が説明できない。


「報告いたします。新型マシン含め四名、この先の岩場に陣取っています」

「わかった。どんな様子だ?」

「ええ、それが……」

「どうした」

「食事をしております」

「はぁ?」


 隊長が気の抜けた声を上げる。ウォルツォーネも同じく驚いた。我々の接近はイブのセンサーで知られているはずだ。装甲車で近づき、マシン含め大量の人間が接近しているとなれば、なんらかの緊張があってしかるべきだ。

 

 それが食事をしているとはどういうことか?


「特にこちらに気が付いている様子はありません」

「……」

「罠か?」

 ウォルツォーネは思わず口走った。

 

 まっ先に思いつくのがそれだ。このまま突っ込むのは危険だ。


「いや、我々が接近を開始してから、それほど時間は経っていない。この短時間に罠を張れるとは考えにくい」


 隊長はそう言ってしばらく考え込んだが、やがて意を決したように言った。


「予定通り、このまま突撃する。作戦通りだ。行けっ」


 掛け声とともに、マシン十体と狙撃隊三名が彼らの前面に飛び出した。その速やかな動きは、まるで長年訓練された兵士のようであった。直哉達がこちらに気が付くと同時に三名の持つ銃器から連続して銃弾が発砲される。

 

 距離があるため全弾ヒットとは行かないが、少なくとも数発は四名共に命中したはずだ。

 

 それを合図にウォルツォーネも彼らのもとに向かった。見るとすでにイブの周りを十体のマシンが取り囲んでいる。だがイブはピクリとも動かない。やはりこれは何かの罠なのか?一瞬の不安がよぎったのもつかの間、すぐに超強化ワイヤーでイブの体は完全に捕獲されていた。

 

 そして直哉達をみると、三名とも意識はあるものの体が小刻みに痙攣している。


「これは?」

「神経弾だよ。数分は上手く体を動かす事ができないはずだ。今のうちに確保するんだ」


 隊長の指示どおりに、すみやかにマシンの手によってワイヤーで固定されていく。

 

 終わってみれば、楽勝だった。

 なぜイブは動かなかったのだろうか? まさか神経弾が効いたのか?


「よし、装甲車をここまで移動させるんだ」


 後は彼らを乗せて戻るだけだ。

 伝達をうけた兵士が装甲車の方角へ向かって走ってゆく。



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