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第二十二話 真琴

「本当に真琴は無事だったんじゃな?」

「わたしが把握している範囲では、そうだ。その後はわからない」

「聞いた事ないぞい。シーカーがのぅ……」


 イブは状況を説明し、深刻そうな顔をしている直哉を観察した。そして彼は予想通りの言葉を発した。

「とにかく助けに行かないと……」


 あの調子だとますますシーカーが集まってくる事だろう。皆で行ったところで何とかなるとは思えない。

 グレイトも考えあぐねているようだった。


 そのとき怒鳴り声が聞こえてきた。

「冗談じゃねぇぜ! するってぇと、何か? オレは今までずっと感染者と一緒だったっつう事かよ」


 少し離れた場所で会話をしていたイーサンがカラヤに対して怒鳴っている。


「ちょっと!いきなり怒鳴らないでよ。謝ってるじゃないの」

「へっ。謝られたって手遅れになってからじゃ遅いんだよ。大体こんな所まで来ちまって、今更、嫌なら一人で逃げろだと? 出来る訳ねぇじゃねえか」

「仕方がないじゃない。もともとあなたが勝手について来たんだし」

「なんだってんだ、ちくしょう。てっきりお宝を求めてアンカトレアに向かってるもんだとばかり思ってたぜ。あれはオレの聞き間違いだったんかよ。ええ?」

「抗ウイルス薬が本物ならお宝以上よ」


 内容からすると、どうやら感染者であることがイーサンに伝わってしまったらしい。


「さっき直哉がシーカーに引っ掛かれるのを見られてしまっての。問い詰められたんじゃ。まぁいつかは分かることじゃがタイミングが悪かったかのぅ」


 グレイトが状況を説明してくれた。


 これだけ大量のシーカーが発生するエリアにおいては、単独行動は無謀に等しい。イーサンも十分に分かっているのだろう。感染者と知りながらも行動を共にするしかない、という事を。


「けっ。どおりで化け物みたいな力を持ってると思ったぜ。まさかシーカーの卵だったとはな」

 イーサンはなおも悪態をついている。


「こりゃ。隠していたのは悪かったが、そりゃちょっと言いすぎじゃよ」

 グレイトが間に入って、この場はとりあえず収まった。


 しかし非常に危険な状態になってしまった。彼の性格からして、自分が助かるためなら容赦なく我々を切り捨てることだろう。今、我々に攻撃してこないのは一人で安全な場所まで移動する事が困難という理由のみである。


「直哉、聞いてくれ」

 イブは計画を立てた。


 アンカトレアに行く前に、どこかのブロックに移動してイーサンと分かれるのだ。今この場で彼を排除するのが最善策だが、直哉が許さないだろう。それならば、安全な場所に置いてくるのだ。


「でも、この辺りにブロックなんてあるのかな?」

「真琴が言ってなかったか? あの大きな山の方に行くんだと。きっとそこにブロックがあるのだろう」


 西のほうに山がある。ウージに連れられて大きな山に行くはずだったんだと真琴は言っていた。


「真琴の捜索はどうするんだ」

「あの子は自分の意思でシーカーを呼んだんだ。そして自分の意思でシーカーと共に移動をしている。それならば当初の目的地に行く可能性が高いのではないか?」


 イブの人工知能には学習機能がある。その学習機能によって導き出された説得方法がこれだ。嘘も方便。こういう場合に使うのだろう。


 目的地が西の山である確証なんてないし、本当に真琴が自分の意思で移動をしているのかもわからない。そもそもブロックがあるかどうかすら不明なのだ。しかし、直哉を説得するには多少嘘も織り交ぜて話しをするのが効果的だと判断した。


「イブの言う事は(もっと)もじゃな。イーサンも早くワシらとお別れしたいじゃろ」


 イーサンはふんっと鼻をならし、肯定の意思表示をした。

 決まりだ。説得は無事成功した。

 もしブロックが見つからなかったとしても、探せば小さな集落か何かはきっと見つかるだろう。そこにイーサンを放り込めばいい。


 イブは動体検知センサーを常にイーサンに向けて注意しながら目的地に向かった。


          ◆


『インド・南エリア』のFブロックでは、約半年かけた防壁強化の完成を迎えていた。


当初の計画ではマドゥとの戦争に勝利するための防壁だった。しかし既にマドゥは存在しない。今ではマドゥを飲み込んだシーカーからブロックを守るためのものとなっていた。


「イズミナ様、予定通り全方向に火炎放射器の据付が完了しました」

「ご苦労さま。あとは燃料の確保だけね」


 決してマドゥと同じ運命は辿らない。

 マドゥの惨劇を受け、予定を急遽変更してシーカーの群れを炎で焼き払うための装置を搭載することにした。積み重なるシーカーの屍を焼き払い、防壁を乗り越えられないようにするのだ。


 しかし大量の炎を放射するには、これまた大量の燃料が必要となる。

 Fブロックのリーダーであるイズミナは燃料の確保に頭を抱えていた。現在のところ化石燃料が百トンほど確保できているが、マドゥが壊滅したときほどのシーカーに襲われれば足りるという確証が持てない。


「熱エネルギー転換の研究はどう?」

「申し訳ございません。残念ながら未だに……」


 ミュー鉱石を熱エネルギーに転換してシーカーを焼き払うことが出来れば、燃料問題はかなり楽になる。何としても研究を進めたいところだ。防壁の作業が終わったことで人員にも余裕が出来てきた事だし。


「防壁の設計チームを研究チームに回して。分野は異なるけど、逆に新鮮な発想が出てくる可能性がありますから。あと作業員のほうは、アンカトレアの調査隊として訓練を始めてください」

「ま、またアンカトレアに?」


 側近のジウバは驚いた表情を見せた。

 ただでさえ小さく丸い目が、さらに丸まって非常に滑稽な顔になっている。イズミナは思わず吹き出しそうになった。


「前回派遣したチームが壊滅したのは誠に残念です。しかし、こればかりは心が痛みますが誰かがやらねばなりません。良いですか、戦争に勝つためには先ず相手を知る必要があります。アンカトレアは謎に包まれたままなのです。このままでは絶対に勝てません」

「お言葉ではございますが、まだアンカトレアが戦争を仕掛けてきているとは決まっておりませぬ」

「同じことです。既にマドゥは滅ぼされたではないですか。それとも、貴殿は宣戦布告がなければそのまま滅ぼされるのを指をくわえて見ていろというのですか?」

「い、いえ、決してそのような事は……」


 ジウバは恐縮し、そのまま執務室から逃げるように去っていった。


 まったく……。

 Fブロックは二千の住民を抱える大規模なブロックだ。


 それなのに大した人材が居ない。

 イズミナはため息しか出なかった。


 前のリーダーはHブロック、Lブロックと共に連合軍としてマドゥと戦い、ちょうどマドゥの惨劇が起きる直前に病死した。そして成り行き上仕方なくリーダーの地位に就くことになったのだ。


 弱冠二十六歳の女であるイズミナにリーダーを託したのだ。しかも戦争中に。これほど人材不足なブロックが他にあるだろうか。


 ばたばたとジウバが執務室に戻ってきた。


「忘れ物ですか?」

 相変わらずの面白い顔を見てイズミナは少し茶化してしまった。

「いえ、イズミナ様。外部からの接触者です」

「どこからです?Hブロック?それともLブロックでしょうか」

「どこでもありません。旅のものだと言っています。しばらくの間滞在したいと申し出ております。人数は五名」

「それは興味深いですね。これだけシーカーが増えて最近は近距離の移動でも困難だというのに」


 訓練を受けた兵士ですら、アンカトレアまでの道のりで壊滅してしまうのだ。それをたった五名のグループでインドエリアを旅しているとは信じがたい。これはスパイの可能性が高いだろう。


 イズミナは直接会って確かめることにした。

「感染チェックが終わり次第、客室に連れて来てください」

「そ、それが、検査を受けたくないと言っております」

「何ですって? それでは受け入れなんて出来ないじゃない」

「はい。その、滞在するのは一名だけで良いと。その一名だけ検査を受けるそうです」


 ますます状況が分からない。

 とにかく会って確かめるしかないだろう。


「隔離部屋に通して。そこで会います」


 隔離部屋では連絡を受けていたとおり五名の人間がいた。

 老人が一名。

 中年男女一名ずつ、若い男女一名ずつ。


「一番右の男性が滞在を希望している人物です」

 ジウバが中年男性を見て言った。


 よりによって、この中で一番汚らしい人物だ。他の四名はそれなりに汚れてはいるが品格はありそうだ。この男だけ、品性のかけらも無い。


 見ただけで気分が悪くなりそうだったので、他の四人のほうを見ながら話しかけた。


「どこから来たのですか?」

「『アジア・南エリア』からです。途中で怪我をしている彼を拾って移動してきたのですが、回復したので此処で別れようかと。僕らは旅を続けますので」


 若い男性が答えた。

 特に当たり障りのない内容だ。


 しかしスパイにしては、この風貌は異色過ぎる。目立って仕方がないではないか。そもそもスパイの能力があるようには見えない。


 まぁそれが狙いなのかもしれないが。


「わかりました、許可しましょう。ところで貴方達はこのまま旅を続けるという。シーカーは大丈夫なのですか?報告を受けたところ、特に強力な武器も持ってないようですが……」


「へっ」

 品の悪い男が(あざけ)るように笑った。

 それを、他の四人が睨みつけるようにして制する。


「大丈夫です。今までも何とかやってこれましたし、意外と銃器類のストックは多いんですよ。でも、もし良かったら食料や燃料などを補充させてもらえると助かります」


 でもこちらには交換できる物資が無いので無理だと思いますが、と若い男は付け足した。


 どうやらスパイというのは思い過ごしのようだ。

 何か普通ではないことは確かなのだが、少なくとも我々には関係ない。そう思えた。


「ところで、ウージという人物に心当たりはありませんか?」

 引き上げようとしたとき、若い男性が尋ねてきた。

「な、直哉!」

「ごめんなさい、グレイトさん。どうしても真琴のことを放っておけなくて」


 目の前の連中は、直哉という男が発した言葉によって慌てている。

 おそらく、その事は話さない約束だったのだろう。


 しかしイズミナの心はそれを遥かに上回るくらい慌てていた。

 ウージは以前、アンカトレアに送り出した調査隊のなかの一人だった。もう既に生きてはいまいと思っていたのだが。


「その人物がどうかしたのですか?」

 声がうわずるのを必死で抑えて尋ね返した。

「先日、シーカーに襲われているところを助けたんです」

「それで?」

「え、ええ。……その、助けるのが遅くて既に死亡する直前でした。残念ながら……」


 男の話はにわかに信じがたいものであった。


          ◆


「お呼びでしょうか」

 執務室に戻ったイズミナは、すぐに側近のジウバを呼びつけた。


 彼らの話しからすると、ウージはアンカトレアから何かを持って、いや、連れて帰ってきたのだ。きっと重要なものに違いない。


 しかしそれ(・・)は逃げてしまった。探さねばなるまい。


「強化済みの車を三台と、一軍兵を十名用意してください。私も彼らに同行します。捜索が長引くかもしれないから、食料もお願いするわね」

「はい?」

 ジウバはすっとんきょうな声をあげた。


 物資の提供と引き換えに、真琴という少女の捜索を依頼すると彼らは二つ返事で引き受けてくれた。いや、正確には直哉という人物以外は乗り気では無かったようだが。


「ウージが命と引き換えに持って帰ってきてくれた手がかりです。何としても手に入れなければなりません」

「それはそうなのですが、何もイズミナ様自らが……」

「彼らは何か引っ掛かるのよ。スパイでは無いと思うけど、気になるわ。それよりもあの品の悪い男、イーサンと言ったかしら。彼には注意してちょうだい」

「イ、イズミナ様」

「心配しないで。私も体術には自信があるわ」


 留守は頼んだわ、と言い残して早速準備に取り掛かった。

 本格的に外にでるのは一年ぶりだ。


 リーダーになる前は兵士として多くの戦績を残していた。まだ現場から引退するには早すぎる年齢である。イズミナは準備を整えた後、戦闘のカンを取り戻すべく剣を振るうのだった。


「まったく衰えませんな……」

 兵の手配を終えて戻ってきたジウバが感心したように言った。


「お世辞はいりません。デスクワークばかりで随分と鈍ってしまったわ。訓練は続けてたのにね。やはり実戦に出ないと」

「お世辞ではございませぬ。今ならルービックに勝てるのではないでしょうか?」

「……! あっはっは」


 ジウバの間抜けな言葉に思わず吹き出してしまった。

 数年前、兵たちで開催される男女別の武道大会で優勝した事があった。まだ現役の頃だ。


大会出場は強制ではないため、全ての兵士が参加している訳ではない。優勝したからと言って、本当に一番なのかどうか分からなのだ。


しかしイズミナは少しばかり有頂天になってしまっていた。


 そんなときに非常に腕の立つ女性が現れた。同じ隊に配属されたこともあり、仲間内から煽りを受けて組み手をやることになったのだ。全く乗り気ではない素振りを見せながらも、実はまんざらでもなかった。


 結果は散々だった。


「あれは単に腕が立つというレベルじゃないわ。もはや次元が違うわね」

「そうでしょうか?」

「ええ、貴方には分からないのよ」


 こちらの動きに合わせて、わざとスローに動いているのがハッキリと分かった。時間軸が根本的に違う、そんな気がした。常人の一秒は彼女にとって十秒も二十秒もあるのではないだろうか。


 周りで見ていた連中には分からなかったはずだ。おそらく、スピードは紙一重に見えていたに違いない。だからこそ実力も僅差に見えたのだろう。


 しかし不思議と手を抜かれた事に怒りは感じなかった。元来、どこまでも自分を鍛錬し強くなる事に喜びを感じるタイプではなかった。あくまでもシーカーから身を守るために仕方なくやっていた事なのだ。どうした事か武道大会で優勝してしまったがために、一時的に奢りのようなものが襲って来たのかもしれない。


「生きているでしょうか……」

「きっと生きているわ」


 言葉とは裏腹に、希望はもう持っていなかった。

 これだけ日数が経っても帰ってこない事を考えると生存は絶望的だろう。


 マドゥへのスパイを任命したのは前のリーダーだ。何故自分がリーダーになった時点で解任しなかったのか、そんな想いが頭を駆け巡った。


「失礼します。客人の準備が出来たとのことです」

「ご苦労さま。では出発しましょう」


 部下からの報告をうけ、早速出かけることにした。

 執務室を出ると、幹部の一人が薄気味悪い笑みを浮かべて立っているのが見えた。


「これはこれは、リーダー自ら遠征に出かけるとは。かのマドゥとの戦いの中でも一歩たりとも動かなかったのに、今回はよほど重要な事が起きたんでしょうな」

 嫌味たっぷりの口ぶりだ。


「ええそうよ。そのマドゥを滅ぼしたアンカトレアに関する調査ですからね」

「ほう、前回の調査隊は全くの無駄に終わったと聞きましたが。更に貴重な戦力をお使いになられる訳ですね」

「調査隊の事は残念でなりません。やはりもう少し兵力を投じるべきでした。幹部会で隊長クラスの兵士を同行させる事について否決された事が悔やまれます」


イズミナは精一杯の皮肉を返し、その場を後にした。

 自分の子供ほどの年齢である人間がリーダーであることに、幹部達は納得していない。それは良く判っていた。


 一方でイズミナもリーダーになる事を希望した訳ではない。ただ単に前のリーダーの遺言に従っただけなのだ。そもそも前のリーダーは何故、こんなさざ波の立つ人事を行ったのか。当初は全く理解が出来なかった。


 だが、今ならわかる。この幹部達の誰がリーダーになったとしても、このブロックは衰退してしまうだろう。およそ自分の権力にしか興味がない。ブロックの運営なんて出来るわけがないのだ。


 もういいか……。


 ふと、そんな想いが頭をよぎった。

 自分は十分に務めを果たした。前のリーダーに対する恩返しも終わったのではないだろうか。これ以上、誰も望まない地位にしがみつく理由はなかった。


 虎視眈々とリーダーの座を奪うために画策している幹部達に言ってやりたくなった。

 私はリーダーを降りるから、あとはじゃんけんでもして決めれば?と。


 と同時に、自分の命を投げ捨ててブロックを守ってくれている兵士達に申し訳なくも思った。


「イズミナ様、こちらです」

 そして、その一人である兵に案内されて辿り着いた場所でイズミナは愕然とした。そこに一軍兵は見当たらず、二軍兵どころか、訓練兵しか居なかったのである。


「どういうこと? 私は一軍兵を準備するように指示したはずよ。車も輸送車じゃないの」

「……え、ええ。ここ最近、シーカーどもの脅威が増しているから、単なる捜索へ戦力を割くことは出来ないと……」

「それは私が決めることよ」

「いえ、その……。幹部会で承認が必要とのことでして」


 兵士は怯えてしまっている。ここで問い詰めても無駄のようだ。

 きっと幹部達の仕業に違いない。

 まさか、こんな直接的なやり方でくるとは想定外だった。


 捜索中に死んでくれと言う事か。


 いいだろう。選ばれた十名の訓練兵には申し訳ないが、敢えて乗ってやろうではないか。

 イズミナの気持ちの中から、このブロックを守るのだという責任感が急激に薄れていくのが判った。


 ごめんなさいね、ジウバ……。

 幹部達の中で唯一味方であった彼は、この先、不遇な扱いを受けることは目に見えている。せめて幹部の地位から落とされるくらいの事で済んでくれれば良いが。



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