異世界生活五ヶ月、初桜の覚醒
洞窟の朝、ノヴァと子供たちに囲まれて目が覚めた。昨夜の激闘の傷跡はまだ残っているが、小さな傷ばかりで痛みはもう感じない。
ふと周囲を見渡せば、木々の緑は鮮やかさを失い、風には夏の熱気を追い出すような涼しさが混じり始めていた。俺は昨夜の焚き火の跡を片付け、喉を潤すために川へ向かい、その後は子供たちとしばらく戯れた。
ノヴァの体に傷があるのが見えた。昨夜の俺の攻撃が少しは効いたのかと思うと誇らしい気持ちになる。少しだけ申し訳ないという思いが頭をよぎったが、俺は謝るのをやめた。結局、俺がやったことは間違っていないし、謝る必要なんてないんだ。
それからの日々は、これまでにないほど穏やかな修練の日々だった。焦燥感に焼かれ、桜の技を追い求めていた以前とは違う。ただ静かに、剣を振るい、突く。
季節は巡る。葉の色は緑から黄、そして赤へと染まり、空気は乾燥して温もりを遠ざけていく。森を渡る風が枯葉を踊らせ、静かな音を立てて地面を覆う。俺の体も変化し、発達した筋肉だけでなく、髪は耳を越え、肩に届くほどに伸びていた。
それでもまだ、桜の技は掴めずにいた。
家の前に積もる枯葉を眺めながら、俺は幾度となくあの本を読み返した。不思議な感覚だった。静かな心でその文字をなぞると、何かが体の中に流れ込んでくるような感覚。
第一の技、その本質。それは「美しさと速さ」による一撃。人がその美しさに目を奪われた瞬間、美しさそのものに喰らわれる――。
俺は久しぶりに、木刀ではなく「シルバー」を手に取った。手に伝わる冷たい感触。埃を被ってはいたが、銀色の輝きは初めて出会った時のままだった。
「……五ヶ月か」
俺は相棒と共に戦う騎士のように、ゆっくりとシルバーを引き抜いた。
枯葉が舞い、静寂が降りる。俺は目を閉じ、全神経を集中させた。聞こえるのは風の音と、葉が擦れ合う微かな音だけ。
ターゲットは、家のアレの前にある太い枝。以前の俺なら失敗を恐れただろう。だが今は、失敗する気が微塵もしなかった。呼吸を整え、一枚の葉が落ちた瞬間、俺は大きく踏み込んだ。
「――休眠打破」
一瞬、手応えが消えた。
俺は残心と共に着地し、静かに息を吐き出した。何も起きない。……外したか?
だが、目を開けた直後、背後で凄まじい衝撃音が響いた。振り返ると、あの太い枝が地面に落ちていた。
そして、俺が剣を振った軌跡に沿って、本物の桜の花が空中に咲き誇っていたのだ。
「やった……やったぞ!」
五ヶ月の泥臭い努力は、何一つ無駄ではなかった。俺はシルバーを携え、自慢するために急いで森へ向かった。
いつもの場所に、ノヴァと寝静まった子供たちがいた。
彼女の体には、また新しい傷が増えていた。最初は俺の攻撃のせいだと思っていたが、日を追うごとに増える傷を見て確信した。これは俺のせいじゃない。子供たちが育ち、彼女は独りで過酷な狩りを続けているのだ。
俺は少しだけ口角を上げ、剣を構えた。
「ノヴァ、見てろ」
小さな木を標的に定め、今度は納刀した状態から一気に引き抜き、薙ぐ。
「――休眠打破!」
カラン、とシルバーを鞘に収めると、轟音と共に木が倒れ、切断面から美しい桜が吹き出した。子供たちが驚いて飛び起きる。ノヴァは相変わらずの無表情で俺を見つめていた。
「どうだ、俺の剣は美しいだろう?」
「これからは俺が狩りをする。姫君は、俺が敵を片付ける間、ただそこで待っていろ」
騎士としての優越感に浸りながら、俺は夕闇の迫る森でそう告げた。




