350-勇猟武楽
サテュロス星人───人馬一体の狩猟一族。馬の特徴をその身に宿す彼らの長、サジタリウスは、暗黒銀河が宇宙であった時代から強者の位につく将星である。
御歳780歳。暗黒宇宙においては新参者であった彼も、今や暗黒銀河における古参将星。代償が重い魔法の持ち主であることから、その武術は魔法を用いぬものばかり。
そして、体内に有する魔力も、決して多くない。
他の将星たちと比べ、サジタリウスは魔力量が少ない。省エネで運用しなければ、すぐに魔力切れになるハンデを抱えている。
命燈魔法を使えば、命が続く限り無限に魔力が湧く為、そのデメリットは消え失せるが……
死が急接近することに、代わりはなく。
彼以外の誰もがその魔法を使うことを望まない。凶悪な弱肉強食精神が蔓延る銀河においても、その力を行使することは周りが止めるぐらいであった。
サジタリウス自身も、己の魔法を忌み嫌っていた。
自由に扱えず、使えば死が進む。長時間の使用などまず厳禁。勝つ前提の短期決戦でなければ、使用を許されないような力なのだから。
だが、歳を重ねるごとに……その忌避感も、ある程度は丸くなっていった。
それこそ、己が認めた相手ならば。敬意を表し、最期を飾ってやる為ならば。カリプスたちはその点には劣るが、絶望感とトドメを与えるには有用だった。
その後の戦いを考えれば、あそこで身体を慣らしたのは正解だった。
サジタリウスは確信する。
己の強靭な首に、一周するような切り傷をつけてみせた魔法少女───リリーライトこそが、己が戦う、正真正銘最後の獲物であると。
どちらが狩られる側なのかは、わからない。
どうなろうとも……己の戦士生命が終わるのは、ここであると。
「痛いじゃないか!」
「痛いで済まさないでよ、ねっ!」
「ふふっ、あぁ、心が沸き踊るような戦いだ……もっと、楽しませておくれよ!」
「ッ、勿論!あなたこそ、私を退屈させないでね!」
「言われずとも!」
擬似・処刑魔法は突破した。下手すればぐらぐら揺れて落ちる状態な上、治癒阻害も働いているが……命燈魔法の再生能力に賭けて、即座に修復。
勝気に笑うリリーライトに、心からの笑みを送る。
心が踊り、胸が弾む。轟々と猛ける闘気に魂が炙られ、血肉が勝利を欲する。命を燃やしながら、ここまで決着がわからない戦いはないと断言する。
ワクワクが止まらない。ドキドキが止まらない。
その高揚は、サジタリウスだけではない。ライトにも、同じ感情が芽生えていた。
楽しさを武器に、勝利を。
「“国”───権能:【王国城壁】!!」
山吹色の輝きで発光する左手を、横にスライドさせる。すると、ライトとサジタリウスを隔てるように巨大な壁が出現する。光を纏った、豪奢な城壁。絶対に守るという、守護の妖精が力を込めた力作。
空中に浮かぶ白亜の巨大城壁を、サジタリウスは命刀で切り裂かんとするが……
城壁は、不動。
傷一つつかない状態で、夢の国を守っていた壁は狩人に聳え立つ。
「へぇ!」
城壁を飛び越えることはできない。
城壁を避けて、ない方向に移動することはできない……この城壁がそこにある以上、サジタリウスは遮られたままその場を動けない。破壊しない限り、城壁を逃げることも叶わない。そういう概念が、対象を支配する。
後退できない。跳躍もできない。正面突破以外を絶対に許さない城壁に身体を縛られたサジタリウスは、笑う。
ならば乗り越えてみせようと、強弓を引き絞り……
城壁をすり抜けてきた無数の光る長剣を見て、頬を引き攣らせた。
「組み合わせて来たか!」
その場に固定されたサジタリウスは、早急に城壁を破壊せねばと攻撃を再開。闘気を燃え上がらせて光刃を焼き、力いっぱいに弓を引き絞り……
斬撃よりも、拳よりも。
自慢とする一矢が、乱舞する光刃を吹き飛ばす超加速で城壁と衝突。赫灼と輝く魔矢は、サジタリウスの十八番。どんな標的だろうと撃ち抜いてきた一撃が、城壁と寸分の拮抗の末、貫通。
代替わり後も、終末の時まで国を守り切った王の壁が、音を立てて崩壊し……
その奥にいた、左目に手を添えたリリーライトと、目が合った。
「“恋”───権能:【恋縛りの瞳】」
撫子色に染まったライトの目を直視する。嫌な予感に、咄嗟に目を逸らそうとするも……
サジタリウスの身体は、硬直したかのように動かない。
魔法をかけられたかのように、ライトという一人の乙女から目を離せられない。
「!?」
「四代目の恋の妖精さんってさ、すぐ人に恋しちゃう……所謂チョロかわ系の女王様だったんだってさ。それこそ、好きになった人に絶対に振り向いて欲しいからって、目に魅了の力を込めたんだよね……これが、それ」
「ッ、僕は妻一筋なんだけどなぁ……!」
「そういうの関係なからね、魅了は。それじゃ、そのまま見ててね?」
───極光魔法<ルミナス・ディキャピテーション>
サジタリウスが魅了で動けないのをいいことに、極光を溜め込んだ聖剣を握り締め、瞬足で駆け寄り……魅了され抵抗できないのをいいことに、肉薄。
一切の容赦なく、サジタリウスの首に聖剣を当てる。
「ぬぅん!!」
闘気を中和し消滅させ、再生不良を引き起こす呪いまで加算された極光。その輝きが、サジタリウスの首に素早く突き刺さるが……
魅了の瞳に支配されながらも、狩人は歯を食いしばって極光に抗う。
まだ死なないと。
死んでたまるかと力んで、筋繊維を硬質化させて聖剣に抵抗する。
「ぐぬぬッ……」
「痛いけど、ねぇッ!まだ、まだッ!見蕩れていようと、僕を停められるとは……思わないことだ!!」
「ッ、ホント流石っていうか……簡単に殺られてくれない相手は、嫌いじゃないよ!」
「そうかい!」
力任せに呪縛を引きちぎる。
命燈魔法によるタガの外れた出力は、妖精女王の呪いも振りほどく。煌々と燃え上がる闘気に焼かれながら、そうこなくっちゃとライトは笑う。
だが、その笑みはすぐに消える。
何故なら、聖剣を押し退けたサジタリウスがその場から超加速する形で、ライトの身体を押し退けたから。ただの突進だが、その質量は新幹線のそれに近く……
首を斬る関係上、接近していたライトは轢かれたように宙を舞う。
「がッ…」
「早く立て直したまえよ」
「ッ、言ってくれん、じゃん!!」
「天域闘舞!」
「極光魔法ッ」
吐血する。
骨がひしゃげる。
筋肉は断裂する。
闘気から発せられるあまりに濃い魔力に、魔力酔いにも似通った不快感を感じながら、紅き連撃を浴びるライトは立て直すのに苦労する。
そも、一方的に攻撃されてる状態から抜け出すのも苦労するのだ。それがサジタリウス程の強者であれば、逃げる隙すらも見せかけのモノばかり。今まで以上に、サジタリウス自身も血反吐を吐く程の猛攻が、勇者に吹き荒ぶ。
薙刀がライトの頬を切り、鮮血が舞う。
───その瞬間、ライトは自分が手に入れた力を改めて思い返す。まだ手に入ったばかりの力。どれを使うべきか考えながら戦闘するのは、あまりにも大きな隙。十三個の選択肢からどれを選ぶか……悩み抜いた末に、ある権能の有用性を見出す。
「ッ、“夢”───権能:【夢寐のうたた寝】!」
それは夢と悪夢を切り離す力。
境界線を有耶無耶にする特性を持つ、二代目の権威……そこでライトは、一か八かの賭けに出る。夢のような幻のような、そんな現実を確固たるモノにする為に。
有耶無耶にする対象は、自分自身。
猛攻から抜け出す為に───リリーライトという形が、夢に溶ける。
「ッ!?」
刃がすり抜ける。
半透明になったライトに魔矢が突き刺さったが、まるで何事も無かったかのように透過する。
その時のライトの感覚は、何処か朧気で。
一瞬の浮遊感の後───カッと目を見開いて、その場を跳んで離れてから現実化。
「───あっぶなッ!危うく存在が消えかけた?!」
焦り顔で復活したライトは、己の存在が夢に溶けかけた危機一髪に恐慌。たった一瞬の浮遊感にブルブル震えて、多用厳禁と大きく叫んで傷を回復。
そんな騒がしい小娘に、サジタリウスは苦笑い。
引き出しが多いのはいいことだが……やはり、扱うには時間が足りない。新しい力に振り回されるのは誰にだってある。微笑ましいまである光景だ。この戦いで、どうにかモノを掴んで欲しいが……
なんて、ことを。
無意識に思考してしまったことに、サジタリウスは少し遅れて気付く。
「……ハハッ」
サジタリウスは狩人だ。
野山を駆け回り、獲物を追いかけ、矢を居抜き、自然に感謝すると共に命を頂戴する。
だが、狩りだけが楽しいのではない。
その技術を、信念を、後進に教え、育てるのもまた……やり甲斐があって、面白い。
成長を見るのが好きだ。
努力を見るのが好きだ。
その頑張りに手を貸すのが、少しでも支えになれれば、喜ばしい。
そうだ、楽しいのだ。行進育成の楽しいという感情が、戦場という場違いな場面で、魔法少女という敵を相手に、向けられている。
その事実が、あまりにもおかしくて。
胸の底から湧き上がる、別の意味の高揚で昂る。生じた感情に、嘘はつけない。
だからこそサジタリウスは、馬鹿正直にその思考回路を出力する。
「悪くない。悪くないねッ!それじゃあ、リリーライト!この戦いで!その力を十全に扱えるようになるまでは……終わらせてあげないよ!!」
「ちょっ、ハァ!?何言ってんの!?」
「そういう気分なのさ!さぁ、付き合ってあげるから……存分に踊るといいッ!」
「意味わかんな!」
変なスイッチ踏んだか?と困惑した顔を浮かべながら。ヤケにやる気に満ち溢れた笑みのサジタリウスに、これは逃れられないなと諦める。
仕方ないと、ライトは苦笑して……
その申し出を受け入れて、煌々と輝く聖剣を払うように振るう。
「いいよ、わかった。なら、お言葉に甘えて……あなたがぶっ壊れるまで、やらせて貰うね!」
「ドンと来なさい!全て、受け止めてあげよう!」
興が乗ったサジタリウスが、蹄を鳴らして大地を駆け、岩盤を抉りながら跳躍。
矢を放ち、剣を振るい、薙刀で払う。
再び、世界を震撼させる怒涛の連撃がライトを襲撃し、彼女の新境地、その完成を求めて大暴れ。見せてみろと、実ってみせろと、期待を込めて。
更に、更に、速く、重く、そして強く。
過去最高スピードにまで達したサジタリウスの猛攻が、ライトに襲いかかる。
「ッ、アハッ!どんだけ速くなんのさ!」
だが、ライトはその速度に追いつく。
安全レベルを大きく凌駕する魔力ブースト。量によって身体にかかる負荷が凄まじく、最悪命を落としかねない、そんな出力の超強化。砲弾も斯くやの速度で突っ込む姿は異常でしかなく、サジタリウスにも引けを取らない加速を喜悦の笑みで見せつける。
その力の源は、祈りの形を間違えた力の塊。
余すことなく全てを取り込んだライトは、力を律して、使いたい形に整えて……欠片も残さず全て発散するのではなく、循環させ、失った分は普通の魔力と同じように回復させる。そうして調整した魔力を、決して惜しむことなく搾り取る。
「行くよッ!“春”───権能:【春風と共に】!!」
そこから更に、速度を掛け合わせる。春の妖精が齎す、始まりの季節を連れてくる温かな風。温かくも、その地に絶対に季節を届ける、送り届けられないことがない風。
必ず目的地まで届く、温かくも速い風。
桃花色の輝きを光の翼に纏わせて、ライトは更に加速。暴力的な速さに重ねがけして、サジタリウスの命を燃やす速度に追従する。
無論、攻撃するのも忘れない。
聖剣より放つ極光を、手の平から放つ極光を、小分けか同時か使い分ける形で連続放出。妖精女王の権能も幾つか重ね合わせることで、攻撃性能を高める。
連撃は止まらない。
お互いの攻撃が、寸分違わずお互いを痛めつけ、癒し、そしてまた傷付ける。皮膚が剥がれるのも、肉が抉られるのも、骨がまろび出るのも、2人は気にしない。
ライトはサジタリウスの攻撃の全てを警戒する。
サジタリウスは呪いを纏った聖剣による斬撃どころか、全ての権能に注視する。
「ハァァァァァァァァッ!!」
「オォォォォォ───ッ!!」
命を燃やす。
魂を燃やす。
熱を帯びる身体に鞭を打って、ただ一度の勝利を求めて我武者羅に荒れ狂う。無尽蔵の魔力は2人から立ち止まるという思考を奪い去り、そもそも浮上させず。
理性は掻き消えず、高速連撃を食らわせながらも冷静に状況を俯瞰して、何処に攻撃を叩き込めば最大効率なのか思考しながら武具を振るう。
妥協なんてしない。甘えなんてどちらも許さない。
凶悪な笑みを浮かべ合う強者たちが織り成す、凄まじい生命力の躍動。
咆哮を轟かせる2人の圧、そして攻撃は、伴星程度では支え切れない程、重く、強く。
正面衝突した二つの攻撃の振動が、山脈に伝わり……
トドメを指す。
ゴゴゴゴゴゴッ───…
「っ?」
「これは……しまった、やり過ぎた」
「ちょ待っ」
轟音を奏でて───星霜山脈が崩れ始める。既に大凡の原型を留めていなかった大地は、虚空に溶けるように次々砕けて塵と化す。
草木は燃え尽き、崩壊していく大地に巻き込まれる。
酸素を充満させていた惑星結界も砕け散り、一瞬にして外界に溶けてゆく。
悲鳴のような星の慟哭が世界に響き渡る。
それでも……崩壊していく足場の上、戦士たちの舞踊が中断されることはない。
「仕方ないね!私たちの戦いの舞台になれたこと、きっとこの星も喜んでるよ!!」
「自己解釈がすごいねぇ!?」
元より、滞空時間が長かった2人の戦い。足場が崩れて不安定になろうと、関係はない。
一端やらかしたことは棚に上げて、剣を踊らせる。
ライトは人類最強を名乗るだけあって、その成長速度は類を見ない程速い。サジタリウスの攻撃を捌くに連れて、その動きは最適化され、強化されていった。
見て覚えた。動いて身につけた。
サジタリウスの魔力の使い方、如何に少量で最大規模の攻撃出力を弾き出せるのか、その技量を間近に見ることで理解し、身につける。
彼は教本だ。生きる教材であり、良き戦士だ。
無意識にリリーライトに足りないモノを補わせてしまう指導力の高さが、仇となる。
もうこの時点で、ライトは妖精女王の力を全て把握し、完成間近に至っていた。
後は、この男を倒せば。
「……ふふっ!なーんだ、やるじゃん!」
根源から力を引き出したリリーライトに、敵はいない。そう豪語する為の、証明する為の、この戦いを。心からの感謝を込めて、ライトは聖剣を振るう。
魔力強化されたその瞳は、サジタリウスを逃がさない。
その身体に巣食う───活性化できず、ひっそりと裡に潜んでいた“それ”の存在も、感知する。
狙うはその一点。
命が燃える「圧」が強すぎて、サジタリウス本人ですら気付けない程微量なそれを、刺激すれば。
最早、王手。
「何か策でも見つけたかい!?」
「そりゃあもう、とびっきりの───“湖”!権能:【湖の乙女】ッ!!」
───極光魔法<ラディアント・アークカノン>
聖剣の切っ先をサジタリウスに向けて。群青色の呪いを刀身にたっぷり込めて、祈りの力で増幅させる。
目には目を、歯には歯を。
呪いを目覚めさせるには、特大の威力をもって、呪いを伝わらせる。
「ふんッ!!」
聖剣か放たれた爆光を、サジタリウスは腕を交差させて全力防御。魔力障壁を何重にも張って、爆光に紛れ込んだ湖の妖精の呪詛が届かないように妨げる。
その選択は、決して間違いではない最適解。
至近距離故に逃走は選べず、防御か迎撃かで全力防御を選べたのは、流石の判断といったところ。
だが、しかし。
聖剣の爆光は、目眩しに過ぎず───湖の呪いが僅かに付与された、【剣舞】の光刃が結界をすり抜ける。
たった一本の、必殺の刃。
【雨上がりの奇跡】の中和作用によって、闘気の壁をも乗り越えて。
「ッ───!?」
胸に浸透する一本の剣に、サジタリウスは驚愕で大きく目を見開き。抵抗虚しく、光刃の侵入を許してしまい……漸く、彼は気付く。
自分の心臓に潜む、黒い影。
影のようで、闇のようで、実体のない……それでいて、種のような。
「がァっ…!?」
“死の森”の種子に、光の刃は突き刺さり───呪詛は、花開く。
次回、決着




