335-あわてんぼうのウサさん悪夢
“魔性群母”マリア・アクゥーム。
空中に浮かぶ漆黒の肉塊。無数の手をダランと垂らした異形の集合体。ブクブクと膨れ上がった肉塊同士が、溶け合わさったような見た目の異形は、複数の瞳を瞬かせる。
スタンダードからイレギュラーまで、あらゆる“夢魔”を生産する悪夢の生体工場。最悪の特異個体。
魔法少女全盛期、13魔法の時代。
度重なる悪夢の敗北に伴い、急増され、米国に顕現した最悪の敵。一度は米国のインフラを完全停止させ、多くの合衆国民を素材に、燃料にした怪物。
今、大陸惑星に現れたそれは、その再現個体。
ゾンビとしての復活後、暇だからと悪夢について学んだミロロノワールが、思い付きで粘土を捏ねるように作ってみたらできてしまった、奇跡の一体。ラピスにも内緒で、鏡の世界の奥深くに沈められていたそれは……今日、この戦場に投下された。
その不法投棄物体、若しくは不発弾の除去に挑むのは、大陸惑星で指揮権を握る二人の男。
“逆夢”のペローと“深碧”のムゴク。
アリスメアー三銃士の悪役と、ウルグラ隊の古参幹部が手を組み、夢星同盟を窮地に立たせた、怪物の処理を開始する。
「うおおおお!?無理だ〜!?」
だが、ペローは全力で逃げていた。
理由は簡単───初手の<マザーレーザー>によって、頼みの綱であったZ・アクゥーム、マーダーラビットが即破壊されたからである。
なんなら、レーザーの射出方向にいた両軍兵士の全員が巻き込まれて、その大半が結晶化。死んではいないが……再起不能になった者たちが、一直線に乱立する。
複数の眼光、その一つ一つが致死の光線。
全力疾走するペローの背後に、次々と光線が降り注ぎ、大陸惑星に突き刺さる。
「ペロー殿!ご無事か!?」
「ムゴクさん!?あんた無事だったんスか!?」
「すまない、私だけだ!部下は皆やられた!あの結晶化は解除できるモノか!?」
「魔法少女なら!ただ、アレは……ッ、来る!」
「!」
合流できたムゴクと共に、マザー・アクゥームの攻撃を回避するが……見上げていた怪物の挙動に、新たな動作が加わる。肉塊から伸びている手が、小さく裂けて……
無数の触手が、地上へ。
一直線に並んだ結晶群と、あちこちにできた逃げ遅れた兵士たちの末路へと、黒い触手は伸びていき……結晶に、絡みつく。
「ヤッバイ!アイツ、結晶取り込んでアクゥームの材料にするつもりッス!!」
「なんだと!?」
マザー・アクゥームは、戦闘において殺害は行わない。結晶化させて回収し……胎内で、子どものアクゥームへと作り替える。その過程で、人間性は失われ、死亡するが。
悪夢の糧に成れるならば、喜ばしいことこの上ない。
それが彼女の思考であり、行動意義。この世の全てを、夢魔に作り替える。ただそれだけの機構であり、それ以外必要としない。
焦った2人は引き返し、千を超える触手を破壊せんと、攻撃に移る。
「オレとアンタ以外の時を止めるッス!その間に!」
「承った!」
「七秒間の奇跡ッ!───時間魔法!<ユート・クロノスタシス>!!」
手始めに、ペローが時間魔法を発動。ムゴクを能力範囲から外すことで、時の止まった世界でも動けるようにし。一瞬にして灰色に染まった世界で、翡翠色に輝く大熊は、宙に向けて突進したまま、跳躍。
大地を踏み抜き、クレーターを作りながら宙を飛び。
両腕に翡翠色の輝きを───エメラルド、緑柱石を触手全体に向ける。
「緑柱魔法!<スマラクトブレイカー>!!」
そうして、両腕から射出されたエメラルドの塊は、空中分解しながら四散し、次々と触手に突き刺さる。緑柱石の破片は触手を貫くと同時に、爆散。
視界に映る触手が一斉に爆発するが……
まだ、全てではない。根元を断ち切らなければ、触手は際限なく湧き出るだろうことは、想像にかたくない。
だからこそ、ムゴクは更に魔法を連打。
時の止まった七秒間が過ぎて、触手が地上に伸びるのを再開しても。
「ウオオオオオオオオオオ!!」
マザー・アクゥームから伸びる触手、その根元に向けて緑柱石をぶち当てまくり……
次々と、肉塊の繋ぎ目を破壊する。
ブチりブチりと音を立てて、破壊された触手が地上へと落下していく。落下物で地上の結晶が壊されては堪らないからと、ペローは時間魔法を弾丸のように触手に撃って、落下速度を低下させ……その間に、指揮するアクゥームに回収させ、無人の荒野に捨てる。
その作業も命懸け。触手の再構築を済ませたマザーは、怒りの咆哮を轟かせる。
【───ア゛ア゛ア゛ア゛ァァクゥーム゛…!】
この戦場において、注意すべきはたった二人。ペローとムゴクを真っ先に潰すべきだと判断を下し、生体工場から無数の夢魔を作り出す。
命の燃料はない。その代わりに、魔力を費やす。
アクゥームの結合体であるマザーの炉心は、ノワールが用意した。合わせ鏡によって反射され、強化され、純度が増した悪夢のユメエネルギー。体内に増設されたそれは、鏡の力によって常に増幅し続けている。
故に、エネルギーは無限。
素材を集めずとも、アクゥームの製造と量産自体は可能であった。
紫狼のアクゥーム。
怪鳥のアクゥーム。
芋虫のアクゥーム。
蜘蛛のアクゥーム。
液体のアクゥーム。
巨兵のアクゥーム。
多種多様な形状の夢魔が、僅か二人の男を殺す為だけに投下される。勿論、地上の結晶を回収することも、活動の視野に入れて。
怪物の進軍に、夢星同盟は必死に刃向かう。
ペローの指揮下にあるアクゥームが迎え撃ち、タレスの機械兵器が反撃する。主戦場の精鋭たちも、我先にと敵を討ち倒さんと敵対個体に挑み、二人を援護する。
圧倒的な数の暴力で、劣勢ではあるものの。
夢星同盟は果敢に挑み、マザー・アクゥームの支配に、真っ向から逆らう。
「アクゥームとアクゥームが戦ってるとか……実際見るとすっごいシュールッスね……つか、歌姫ちゃんは何処に?歌声バフあるのと無いのじゃ話にならないっていうか」
「マーチ殿か?彼女なら、先程艦内に戻られたが…」
「えぇ〜?あー、そういえば。なんかすごい爆撃された後呼び出されてたような」
頼みの綱にしたい魔法少女は、現在首だけゾンビ状態で肉体の構築待ちである。
タレスも今は手が離せない。
この場にいる面々だけで、上空に浮かぶ生体工場を解体しなければならない。大変過酷な作業となるが、ペローはやるしかないかと覚悟を決める。
マーダーラビットは復活にまだ時間がいる。
だからこそ、ペローは奥の手を、切り札を使う。本来は承認が必要であり、終ぞ使われることのなかった三銃士の奥の手。
「しゃーないんで、使います。どうにかなーれ、なんとかなーれの気持ちがあれば、まぁ……どうとでもなるんじゃないかと思うんで」
「……ペロー殿、何を」
「切り札ッスよ。いざって時の、最後の手段。オレらの、特権ッス!」
取り出したのは、アリスメアーのデバイスである夢瞳。ユメエネルギーを集積するそれには、一つだけ隠し機能が内蔵されていた。
それは、夢瞳の持ち主の悪夢の活性化。
マッドハッターのデバイスから、強制的に悪夢を増幅、三銃士や幹部補佐を怪物に変化させる機構。結局、それが使われることは今まで無かったが……方針転換が無ければ使われていたかもしれない、危険な代物。
使えばどうなるかは……使って見せた方が早いだろう。そう笑って、ペローは夢瞳を握り締める。恐怖を力づくで押し殺して。
「危ないんで、離れててください」
マザー・アクゥームを見上げ、夢瞳の裏蓋にある小さなスイッチを作動させて……
溢れ出る紫色の光を、その身に浴びる。
「うぐっ!?ぅ、ぐぅ……ホント、ろっくでもないモノを作るッスねぇ…!!」
「ペロー殿!?」
身体が軋みあげる。
苦痛を訴える心身にペローは無茶を言って、全身を包む紫色の光を受け入れて……身体の外から、夢瞳から逆流し溢れ出た光に、肉体を支配させる。
器が作り変わる。
その身を【悪夢】に捧げて───ペローを怪人にした、かの怪人因子を活性化させて。
変身する。
「《夢放閉心》ッ───ガァッッ!】
悲鳴を押し殺して、激痛を耐え抜いたペローは、身体を大きく変化させた。そのベースは人型のまま、あちこちに異形の部位を取り替えたかのような見た目へと。
両手両足が、獣のそれと変わり。
鋭利な爪を持つ怪物。瞳孔は細まり、鋭く伸びた牙から雫が滴り落ちる。理性の枷は、辛うじて残っているが……正直、限界が近かった。
その異様は、ウサギの要素をより強くした姿。
ペローの大元である、“王国の案内人”ペローンの因子を色濃く出した上で、素体である幸佐慎吾の見た目を可能な限り残した、半暴走形態。
怪人因子をいつも以上に色濃くしたその姿が、ペローの真の切り札だ。
【ア゛ァ〜……事前演習無しの、一発録りだけどさァ……キツすぎでしょ、コレ…】
「だ、大丈夫なのか?」
【多分】
胸から湧き上がる力の奔流で、必要以上に身体を蝕まれながら。理性を保ち続ける苦行に耐えながら、白と桃色に染まった毛まみれの拳を打ち合わせて、頭を振る。
この状態なら、漸く。
マザー・アクゥームへの勝率が、手に取れる距離にまで近付いた。
暴動の如き激戦区。アクゥームとアクゥーム、異星人の殺し合いが収まらない大陸惑星。
一旦、その勢いを終息させる必要がある。
だからこそ、ペローは自身を犠牲に……元に戻れない、そんな覚悟を決めて。依然上空に浮かぶ母胎へと、力強く跳躍する。
【ぐぅッ!?】
全身にかかる負荷に耐えながら、ペローは星空の下へと躍り出る。半暴走によって強化された脚力は、あっさりとマザー・アクゥームの高さを飛び越える。
集まる視線、致死の光線が即座に殺到するが……
ペローは空を蹴って、空中機動をもって全回避。普段は無理な動きでも、この状態であれば、攻撃の数々を容易に回避できる。
その代償として、狂いたくなる程に身体が痛むが……
【そんなことォ!気にしてられないッスよねぇ!いい加減終わらせるッスよッ!!】
時間魔法による加速。
半暴走形態による俊足。
全身全霊による全力、フルパワー。その全てを、必死に束ね合わせて。
マザー・アクゥームの触手攻撃、光線攻撃の速度全てを超越する。
刺突せんと迫る触手を手掴みして、怪人のフルパワーで本体から引き抜く。溢れ出る紫色の血を速度で躱し切り、毒素の滲んだ図体の側面を駆け上がる。
踏み抜く形で眼球を潰したり。
鋭爪で触手を切り裂き、光線を切り裂き、肉塊と肉塊の繋ぎ目を抉ったり。
今ある全力で、破壊の限りを尽くす。
七秒間の奇跡を、連続で。例え、肉体が耐え切れないと自壊しかけても。
止まらない。
止まれない。
ペローは激しい動きを好まない。いつだって、どうにか余裕を取り繕って、手品のように時を操り、魔法少女たち敵対者を翻弄する……だが、今この時だけは。
頼れるモノは、自分の悪夢だけ。
久しく出せていない、死力を尽くして───マザーに、渾身の一撃を。
【兎殺曲芸ィ!】
血濡れの包丁はない。
代わりに、爪がある。
悪夢の力を色濃く注がれ、研ぎ澄まされた殺意の結晶。時間魔法の魔力と、悪夢のユメエネルギー。二つの魔力が混在する、殺意の刃が。
両手を交差させて、マザー・アクゥームの頭上から。
飛び込むように、その身を踊らせて。ペローは、斬拳を叩き込む。
【魔力全部注いでェ───<ラビットマーダー・サイド・スラッシャー>ァァァッ!!】
【ぶち抜けェェェ!!】
肉を切り分ける。
肉を掻き分ける。
勢いに任せて、その身を肉塊の中に沈め。亜音速で黒い汚濁の中を突き進む。一直線に、真っ直ぐ下までその拳で斬り進んで。
我武者羅に魔力を注いだ、その先にある───中心核の合わせ鏡にまで、拳を届かせて。
ぶち抜き。
叩き割る。
【アグッ、ァ、ア゛ァ゛グゥ゛ゥゥゥーム゛ッ!!?】
炉心を担う魔鏡の崩壊に伴って、マザー・アクゥームは全身から光を迸らせ……
崩壊のエネルギーに、図体を膨張させる。
有り得ないぐらいに巨大化して、大陸惑星に大きな影を落として。叫び声、咆哮、悲鳴、そのどれらとも取れない呻き声が戦場に響き渡って。
凄まじい爆光を伴い。
大爆発をもって───生体工場は、閉鎖。汚い花火が、戦場に花開く。
母胎の崩壊に伴い、地上に降りていた子供たちも出力が低下して、奮闘の末に討伐戦は終わり。少なからず犠牲はあったものの、多くの同士が生き残った。
マザーを討伐したペローの、大金星。
ただし。結晶だけは魔法少女の浄化無しでは解けず……そして、半暴走形態のペローは、必死に意識を保ちながら蹲る。
【ぅッ、グッ…】
「ペロー殿、無事か!?」
【あぐっ、ち、近付かないで欲しいッス……多分、これ、気ぃ抜いたら見境なく殺すヤツ…】
「なに!?」
ペローは必死に抑え込むが、全身から湧き上がる蒸気がその想いを否定する。悪夢の滲んだ毒素、瘴気が、ペローから溢れんばかりに立ち上っている。
触れることも、近付くことも許されない。
恐らく、このままだと……ペローの意思も関係なく拳が飛んで、ムゴクは愚か、悪夢に耐性のない魔法少女以外は塵となる。
覚悟の上だった。最悪殺処分も有り得る、己の末路。
戦士たちは、ただ見ていることしかできない己を恥じ、苦しく思いながらも、どうにか、ペローが克服することを祈るが……そういう理想は、叶わぬもの。
最早、悪夢に呑まれて暴走する以外の未来はなく。
そうなった時点で、救いなどはない───この戦場に、彼女がいなければ。
ウサギのうめき声と、絶望が広がる中。
〜〜〜♪♪
浮上し直したネオ・ズーマランドの、爆発で掘削された横頬の、その奥から。
戦場全体に響くように、歌声が届く。
幾分か、か細いが───マーチプリズの歌声が、悪夢に浸透していく。戦場に散らばる悪夢の結晶にも、奮戦したペローの肉体にも。
魔法少女の浄化は、分け隔てなく。魔性群母の残滓など許さない。
「ッぁ……ゴホッ、ゲホッ…あー、すんごいな、ホント」
姿は戻らない。
形は戻らない。
ウサギの獣要素が大きく出たまま、ペローを蝕んでいた活性化した悪夢は落ち着きを見せ。周囲に散らばっていた結晶も溶けて、閉じ込められていた被害者たちが、続々と解放されていく。
魔法少女の浄化の力で、全ては丸く収まった。
「イヤァ〜、なんとかなるもんッスね!暫く身体、動かそそうにないッスけど!!」
「なんで呼吸できてるんですか?」
「わかんない」
軍医も匙を投げるぐらいボロボロの身体は、すぐ癒える勲章である。
「がんばった!」
「無理さセちゃってゴメンね。大丈夫?魔力足リル?一応チャージできル分はあるケド…」
「もらえるもんはもらっとくねー」
「マスター、義体の用意が完了しました。修復素材も全てこちらに」
「アッガド」
半暴走形態
───新生アリスメアーが方針展開する前まで、帽子屋がこっそり用意していた奥の手。夢瞳をキーに暴走させて、悪夢に落とすだけ落として生かす予定だった魔法少女を、諦めて殺す為の禁じ手。
主からその存在を語られたのは、第二次決戦後。
怪人因子を活性化させたその姿は、大王に解いてもらう形以外では解除できない。




