300-最強だから狙われる
刺された。
この僕が、正面から。
メードの姿をした何某が、僕の腹から引き抜いた短剣を手で弄び、くるりと回して後退した。徐々に、その変装は解かれていく。色が変わるように。景色が変わるように、彼女の見た目は、彼のモノへ。
初対面の将星。事前情報で知ってはいたが、それだけ。
姿も、形も、声も、言動も、気配も、魔力でさえも……全て完璧に擬態して、この僕を完全に欺いてみせた王域の処刑人。
「…へぇ……」
「お初にお目にかかる。悪夢の大王、蒼月の魔法少女」
「あー、翡役淵底、だっけ。困ったなぁ。こっちは先約があるっていうのに……」
物々しい看守服に身を包み、左目には眼帯をつけた男。薄い緑髪の髪を横に流し、二重の円が渦巻く金色の右目が僕を見下ろす。
将星、レイ・モイヒェルメルダー。
処刑大隊のトップ様が、わざわざメードに化けて暗殺を仕掛けてきたようだ。
……驚いた。なにもかもがメードそのものだったから、全然気付けなかった。まさか、この僕が騙されるとは……失態だね、これは。
それに……暗器に刺されたお腹が、一向に癒えない。
あのナイフ、絶対ロクでもない効果載ってるくそやべーヤツだろ。
「すまないな。無礼を許して欲しい。陛下は兎も角、他の将星たちには……あなたの力は強すぎる。故に、私の独断で対処させて頂いた」
「仲間思い、なわけないか」
「無論。あなた一人を弱らせるだけで、我々は勝利に一歩近くなる。ならば、危険を承知で飛び込まねば……将星の意味が無い」
「ふぅん」
だからってメードに化けるなよな……あいつなら迷子になってもおかしくないから、普通に騙されたわ。つーか、そこまで危険視されても嬉しくない。さっさと終わらせて平穏に生きよう。改めて決意した。
……しかし、こいつは凄まじい魔法だな。
完全な擬態。過去、魔法少女に化けた怪人を、怪人だと見抜いた僕が騙されるとはね。一応使った魔力反応でも、メードだってなったから騙されたんだし。
記憶を読み取った時のジャミングといい、化けられたら手の施しようがないな……
ここで殺すか。
───魔加合一<斬蛛断界>
糸魔法を主軸に組み合わせた蜘蛛糸の斬撃を、逃げ場のないよう複雑に放つ。世界を断つ斬撃。レイの首も胴体も手足までも、全てを両断せんと渡り廊下に煌めいて。
一切の予兆なく放たれた斬撃に、処刑人は。
「手が早いな」
無防備に斬撃の嵐を受けて───無傷。蜘蛛糸が通った身体には、切り傷が一つもない。
いや、よく見れば。
そもそも、レイの姿が別のモノへと変わっていた。僕が気付かぬ内に。変わったと気付くのに、遅れてしまう程の認知の歪み。
エルナト・アルデバランという、並大抵の攻撃なら全て無効化できる、強靭な体躯の持ち主の姿へ。
おいおい、見た目だけじゃないのかよ。
「悪りぃな。そう易々と殺られてやる程、オレも優しくはないんでなァ……」
「口調もそのまんまなんだ…」
「そういう制約さ。嫌ならすぐに解くぜ?んま、何度でも擬態するがな」
「あっそ」
───擬態魔法<マスク・ミミックリー>
透けるように身体が変色して、エルナトの姿は消えて、代わりに元のレイの姿に戻る。解除の途中に攻撃するのも有りっちゃ有りだったんだけど……残念なことに、上手く行く気がしなかった。
困ったな。斬糸の射出スピードに間に合うってことは、僕が持つ大凡の攻撃では、見てから最適な擬態先を選んで変化できるスピードについていけない。
加速魔法を上乗せする方法もあるけど、言うて現実的な策ではない。
……ゴリ押すか?いっそ全てを焼き払えば……
そう思考を巡らして、渡り廊下諸共レイの魂を焼こうと決めた、その時。
対峙していたレイは、短刀をこちらに投げ渡してきた。
えっ、ちょっ。そんなポイって投げるように……咄嗟にキャッチしちゃった……
「残念なことに、私ではあなたに敵わない。あなたが満足できる戦いをすることも無理だろう……故に、私の独断はここまで。どうぞ、お通りください」
「ふざけてんの???自由かオマエ……」
なんだこいつ。
なんだこいつ。
そっちから手ぇ出しといて、それか?頭沸いてんのか。ドタマぶち抜くぞ。
「そちらの短刀も差し上げよう。端的に言えば、そいつは悪夢殺しの謂れを持つ魔導具なのだが……どうやらあまり期待できないらしい」
「……よく言うよ。十分、絶不調だ」
「それは重畳。安心した」
「チッ」
道理で身体が重いわけだ。物理的にではなく、魔法的な不自然な重み。この魔導具が【悪夢】を殺す力を宿した、先人たちの恨み辛みが詰まった武器だとすれば……
なんとなく、納得はできる。
症状は倦怠感と腹痛。魔力を練るのも億劫になるぐらい魔力回路に傷が付けられた上に、器の修復が阻害されて傷が治せないという……些細なモノだが、確かに、僕の足を引っ張ることには成功している。
クソッ、自動再生が麻痺してやがる。
いつになったら治るんですかね……これ、今すぐ適切な処置した方がいいな。
なんて淡い希望も、期待通りには行かなくて。
横に逸れたレイの真後ろから───僕に向かって、飛ぶ斬撃が飛んできた。
「次から次へと…」
余裕をもって横に避ければ、渡り廊下に侍が降り立つ。
「ちょっとー!なんか遅いな〜と思って迎えに来たら!!なんでセッシャの邪魔してるんでござるか、このスットコドッコイ!!その首チョンパするでござるよ!!」
「困った、敵が増えた……」
「言ってる割には冷静だな……悪いね、このカメレオンが君じゃ不甲斐ないって言うからさ」
「あぁん!?いてこますぞ」
「偏向報道」
意外と怒りっぽい少女、ヴォービスの殺意を浴びても、件の処刑人は困り顔をするだけ。胆力あるヤツ……つーか迎えに来たって。律儀なヤツだな。最悪すれ違ってたことになるんじゃないの?それ。
そう訝しみながら、僕は漸く合間見えた対戦相手と対峙する。
「来ちゃったんなら仕方がない……いいよ、帰って。後でゆっくり、お礼はさせてもらうよ」
「では、できないことを祈るとしよう」
「邪魔でござる。早く消えろ」
「全く…」
選手交代。物騒な短刀を握り潰し、破片にして捨てて。慇懃無礼、それでいて感情の灯っていない瞳で僕ら2人を流し見してから、レイは渡り廊下を去った。
やりたいことをやるだけやって、満足して帰った男。
後で必ず殺す。先約がいなきゃ追ってたけど、目の前にいるからそれも無理で。下手に追いかけて二対一の構図になるには遠慮願いたいところ……なにせ、彼女は僕の先輩を系譜に持つ二代目斬魔。その名に相応しい剣術の持ち主であることは、先の攻防でわかっている。
ヴォービスを相手取りながら、暗殺者でもある処刑人を物理でしばくのは無理そうだ。
逃げてくれるんなら、それはそれでいいし。
お礼参りはいつかするとして……今は、目の前の強敵に意識を集中させる。
「改めて。我が師、モロハから話は聞いているでござる。お主が最強であることも。師匠の死後、その剣術を模倣し会得していることも。全てを知っている上で、セッシャはお主を超えさせてもらう」
「ふーん。早速弱体化されちゃった身で言うのも、アレな話だけど……剣術を継承した程度で、この僕に勝てるとは思わないことだ。最強の名は重いよ?」
「望むところでござる。全てを斬り伏せ、セッシャの名をお主の敗北史に刻もうぞ」
「言うじゃん」
鞘から引き抜かれた刀。形状は日本刀のそれだけど……うん、材質が地球外のだから、製法が偶然同じの別物なのだろう。かといって紛い物でもない。
それに……刀身が引き抜かれた瞬間、現れたそれ。
湯気のように立ち昇る、淡い紫のオーラ。ヴォービスのではなく、その刀から溢れ出ている、不穏な魔力。うん。どう見ても妖刀です。ありがとうございます。
面倒な。
億劫な気持ちに苛まれながら、腹部の切り傷から外へと漏れ出ようとする、悪夢の粒子を手で抑え込んで。障壁を薄く張って、絆創膏代わりにする。
応急処置だけど、ないよりマシでしょ。
会話の片手間に処置を終わらせ、彼女に相対するようにマジカルステッキの仕込み杖を開く。
スっ……と取り出した刀を見せれば、彼女は満足そうに笑って、構える。
「では。いざ、尋常に───勝負っ!!」
刀と刀。模倣と直伝。透明な、邪念なき殺意の刃───どちらの刃が、先に相手の首に届くのか。
相手の土俵に立った僕と、ヴォービスの斬撃が、魔城を震撼させた。




