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ジ・エンド

 その場は友人になると言ったけど、前世でも今世でも私から全てを奪おうとする彼らと、残り3週間とは言え、毎日顔を合わせるなんて無理だった。


 私は婚約者に振られたショックということにして休学し、彼らが学園を去るまで実家に引きこもることにした。


「残念だったわね、コイト。あんなにマシュー君との結婚を楽しみにしていたのに」

「私がマシュー君よりもっといい相手を見つけるから、今は家でゆっくり心の傷を癒やしなさい」

「ありがとうございます……。お父様、お母様……」


 実家に戻ってからすぐは彼らが追いかけて来たら、どうしようと毎日怯えていた。


 しかし予想に反して彼らが私の前に現れることは無かった。


 よく考えたら、出会って1週間も経たない相手と結婚とか、向こうにとってもリスクが大きい。


 後で調べたところ、退魔教会の人たちは宗教的な理由から、どんな事情があっても離婚できないらしいし。下手な女を妻にしたら、自分のほうが一生苦しむ。


 あれはきっと私の無知に付け込んだ脅しだったんだ。彼らの圧力に屈して友人にならなくて良かった。


 彼らの活動範囲に居るからボロが出る。目の前から居なくなれば、これ以上状況は悪化しないだろう。


 もっと早く、こうすれば良かったな。短期間とは言え休学は、肉体または精神的に問題があるのかと心証を悪くするからしにくいのはあるけど。


 私がもっと早く決断していれば、マシューを失わずに済んだかもしれないのに……。


 見捨てられたものの、逃げるのも納得の恐怖を植え付けられたのだろうと容易に分かるから、マシューには全く恨みは無い。


 むしろブランさんたちが居なくなったら、ワンチャンやり直せないかなと未練たらたらだった。


 ところが学園に復帰する前日。


「お嬢様にお客様がいらしています。旦那様が応接間に来るようにと」

「私にお客様?」


 学校の友人を思い浮かべたけど、お見舞いに来るには私の実家は遠すぎる。


 それに彼女たちには、もうすぐ学校に復帰すると手紙で知らせた。このタイミングでわざわざ来るはずがない。


 お客様って誰だろうと首を傾げながら応接間に行くと


「久しぶり、コイトさん」

「ひぎゃあああっ!?」


 絶対安全なはずの我が家で天敵と遭遇したショックで私は叫んだ。


「よしなさい、コイト。そんな悪魔を見たかのような悲鳴を上げて。退魔教会の司祭様に失礼だろう」

「だって、お父様! どうして、この方たちがうちの屋敷に!?」


 恐慌状態の私をよそに、お母様はおっとりと


「私たちも驚いているんだけど、こちらのブラン司祭があなたと結婚したいと、直々に申し入れに来てくださったのよ」


 衝撃のあまり「へぇ……?」と間抜けな声を漏らす私に


「約束どおり迎えに来たよ、コイトさん」


 ブランさんは王子様の笑みで


「友人が嫌なら結婚って言ったよね?」


 その一瞬の捕食者の眼差しに


「いやぁ~っ! いやぁ~っ!」


 地獄からのお迎えに私は泣き叫んだが


「あら、どうして嫌がるの、コイト? こう言ってはなんだけど、マシュー君よりもずっと素敵じゃない」


 そりゃブランさんは表面的には、前世から非の打ちどころのない王子様だ。


 でも中身は知力と暴力で、あらゆる理不尽を可能にする反社中の反社。しかも今世では権力まで手にしている。


 しかし流石に本人の前では言えないので


「だって、ほんの数回話しただけなのに! ろくに知らない相手と、いきなり結婚なんておかしいです!」


 常識的な理由を挙げるも、ブランさんは即座に


「確かに出会って間もないですが、不思議とコイトさんは実の家族より僕を理解してくれています。そんな彼女となら、僕も飾らない自分で居られる。だからコイトさんと結婚したいんです」

「素敵。本当にうちの娘を愛してくださっているんですね」


 ダメだ。面食いのお母様は、完全にブランさんの外面にやられてしまった。


「お父様ぁぁ、助けてぇぇ。この結婚はダメぇぇ。私が子どもの頃から何より恐れていたのは、こういう方たちと縁ができることなんですぅぅ」


 父にハチャメチャに泣き縋るも


「……コイト。ちょっと来なさい」


 父は私を連れて応接間を出ると


「エレナは暢気だから騙されているが、いくら上品に振舞おうと、嫌がる女性を無理やりものにしようとする男がマトモじゃないことは分かっている」

「だったら」


 一瞬希望を持つも、父は「だがな、コイト」と話を続けて


「マトモじゃないだけならともかく、ブラン司祭は私でさえ知っているほどの退魔教会きっての実力者だ。退魔教会は国どころか、世界規模の権力と軍を越える武力を持っている。目をつけられたら終わりなんだよ」

「それって、つまり……?」

「下手にお前を庇おうとすれば、我が家は破滅だ。すまないな、コイト。父には何もしてやれない」


 母と違って賢い父は、合理的判断により娘を見捨てた。


「いやああっ!? 見捨てないで! 見捨てないで!」


 まるで崖から落とされまいとするように父の腕にしがみつく。


 そんな私の悲痛な叫びを聞きつけてか、メランさんたちが応接間から顔を出して


「見てブラ~ン。コイトちゃんが親に見捨てられてる~」

「可哀想だね。おいで。僕らが護ってあげる」

「あなたたちに脅かされているんですが!?」


 普通は結婚するとしても準備期間がある。しかし下手に猶予(ゆうよ)を与えると、私が逃げるかもしれない。


『必要なものは、こちらで準備するので』


 ブランさんはそう言うと、私を身一つで自分の馬車に乗せた。


 地獄行きの馬車が走り出す。ブランさんとメランさんの間に座らされた私は


「本当に……? 本当に私たち結婚するんですか……? 私たちまだ出会って1か月なのに、なんで人生の重大事を、そんな簡単に決められるんですか……?」

「僕も最初は冗談のつもりだったんだけど……コイトさん、一度は友人になると言ったのに、その翌日には学校から消えたでしょう?」


 もしこれが恋愛小説なら、喪失感が恋しさを募らせるところ、ブランさんの場合は


「まだ逃げられるつもりでいるんだな。今ごろ実家でヌクヌクしているんだろうなと思ったら、その安息を壊したくなっちゃって」

「それだけのために結婚するんですか!?」

「それだけの価値はあったよね? 超面白かったよ。すっかり安心し切ったところに、不意打ちを食らったコイトちゃんの絶望顔~」


 私は再会した悪魔たちにさっそく弄ばれながら


「でもどんな遊びもいつかは飽きますから! 退魔教会の人たちは離婚できないらしいのに、私がのちのち邪魔になったらどうするんですか!?」


 こんな雑魚と結婚して、長い目で見た時に損するのはあなたたちだと訴えるも


「……いいこと教えてあげよっか~?」


 メランさんは内緒話するように私の耳に手を添えて


「退魔教会の教義ではね~。離婚はできないけど、死別は許されるんだよ~」


 それってつまり……邪魔になったら殺せば済むってこと……?


 あまりに恐ろしい宣告に感情が追いつかない。


 そんな私の手をブランさんは優しく取ると


「勢いでも結婚したからには、仲のいい夫婦になろうね? せっかく君という素晴らしい伴侶を得たのに、死別なんて悲しすぎるから」

「ちなみに俺とブランはニコイチだから、コイトちゃんは俺のものでもあります。これから3人で末永く幸せに暮らそうね」


 無邪気な笑顔のメランさんと、大人びた微笑みのブランさんに両側から頬にキスされた私は


「コイトちゃん、また気絶してる~」

「本当に神経が細くて可愛いね」


 意識が遠のいたついでに、なんでこうなったのかと前世に想いを馳せると、ある情景が浮かんだ。


 それは出会ってから3年目。


 ホテルの部屋。ソファに腰かけた私は、やはり両サイドから2人に挟まれながら


『俺、ずっと恋糸ちゃんと居て~』


 横から私にベターッとくっつきながら黒さんが言うと、白さんも私の髪を撫でながら


『僕も3人で、ずっと一緒に居たいな』

『じゃあ、3人で結婚しよ~よ』


 3人で結婚ってなんだよ……と遠い目で聞き流していると


『いいね』

『!?』


 その場は白さんのいつもの悪ノリかと思った。


 しかしその後。彼らはわざわざ複婚(ふくこん)可能な国に行った。誰も居ない教会で、私たち3人だけの結婚式を挙げるために。


 黒さんは漆黒のタキシード。白さんは純白のタキシード。2人の礼装姿は、ただでさえ現実離れした美男子ぶりをさらに際立たせていた。


 ああ、2人とも今日も光り輝くような美貌で、いっそ夢であってくれないかなぁ。


 別の意味でくらくらしている私をよそに


『病める時も健やかなる時も、貧しい時も富める時も、死にそうな時も死んじゃった後も、未来永劫ずーっと俺たちと一緒に居ると誓いますか?』


 顔だけは可愛らしく頬を染めて笑う黒さんから、私はソッと目を逸らした。


 その無言の抵抗に


『問題をシンプルにしてあげるね?』


 白さんは拳銃のスライドをガチャッと鳴らして初弾を込めると


『今ここで死ぬか、僕らと長生きするか、どっちがいい?』


 冷たい微笑みとともに銃口を突きつけられた私は


『お2人の傍で、ずっとずっと生きていたいです』


 教会のステンドグラスの前で泣きながら永遠を誓った。


 ……まさか神前で永遠を誓ったから、生まれ変わっても出会ってしまったわけじゃないよね?


 神様には突きつけられる銃口が見えなかったのかなぁ? あの時は確か喉笛にも黒さんがナイフを当てていたのに。


 どう考えたって、あんなのその場凌ぎの命乞いですから! 神様なら口先じゃなく心の希望を叶えてよぉぉ!


 居るとしても前世からずっと私に厳しい神様を恨んだ。

最後までご覧くださり、ありがとうございました。

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