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Mysterious ROAD  作者: dear12
40/77

第40話 2人の岐路

総理が誘拐されたその日の放課後、視聴覚室内で作業を続ける井関。


そして、教卓に手をついてそれを静かに見守る松坂が立っている。


時間軸としては総理と湯浅が校内をぐるぐる回っていた頃である。


「井関君」


松坂はにやりと不敵な笑いを浮かべてつぶやいた。


教卓の前に仁王立ちしている。


「松坂先輩、どうしましたか?」


井関が顔を上げて尋ねる。


井関は引き続き、ロスト・チャイルド現象についての詳細を調べていただけだった。


何故か不穏な空気が漂っている。


緊張感が井関の顔を支配する。


「君のお兄さんはロスト・チャイルド現象に巻き込まれたんだってね?」


「ええ、そうですけど」


「実はね、君のお兄さんの手掛かりを掴めそうなんだ」


松坂の口元が大きく歪んだ。


それに井関が気づいたのかはどうかわからない。


当然、松坂の言葉に井関は目を疑った。


「え、本当ですか?」


半分は信じたいという気持ち、しかしもう半分は疑念に満ちた気持ちだった。


松坂が凄い人とは何となく見ていてわかるが、いくら何でも一介の高校生にそう簡単に解決の目星がつく問題ではないだろう。


ただ、手探り状態での調査には精神的に疲れ切ってしまった井関は、藁にも縋る思いでいたことには間違いない。


今は何でも新鮮な情報を掴みたかったのだ。


その思いが井関の今後の運命を確実に定めてしまった。


「ああ、本当だよ」


松坂は馬鹿みたいに自信に満ち溢れた表情で言った。


井関は驚いた。


ここまで自信があるのならば、きっと信じても大丈夫だろう。


一介の女子高生を、そう錯覚させられるには十分の松坂の優しい表情であった。


「何なら君のお兄さんと一度電話しているよ」


「ほ、本当ですか?」


井関は立ち上がって尋ねる。


まさか、そんなはずは。


失踪して行方知らずとなった兄と接触できた?さすがに有り得ないだろう。


松坂は井関の兄に会ったことがあるはずがない。


学校も学年も違う。


さすがにそれは嘘だろうと思い、井関の中にふつふつと怒りが込み上げてきた。


「松坂先輩、それ嘘だったら本当に怒りますよ。今のうちなら冗談で済ませます」


井関が言うと、松坂は顔色を一切変えずに続けた。


「冗談?そんなわけないじゃないか。全て本当だよ」


得意げに話す松坂。


「でも何故、松坂先輩が私の兄のことを知っているんですか?ニュースで報道はされてますけど、名前は出ていないのに」


井関の問いかけに、松坂は笑う。


そう、どこからその情報を知ったのだろうか?


湯浅?津田?


いや、あの2人が私の兄の名前をそんなにやすやすと漏らすはずもない。


では、一体どこから?


「それくらい僕が調べてないと思ったかい?」


「え」


「井関君がさいたま市内初のロスト・チャイルド現象被害者家族である。そして、日頃のマスコミ対応に嫌気が差し、なるべく家に帰る時間を遅らせよう、そして兄の情報収集をしようとこの対策委員会に入った。違うかい?」


井関は心臓を貫かれたような感覚に襲われた。


全てが的を射ていて、まるで心を見透かされたかのようだ。


「ほ、本当に兄は、生きているんですか?」


心の底でわだかまっていた疑問を聞く。


接触したという言い方が気になった。


「それは君自身で確認してほしいんだ。今日この対策委員会が終わった後に」


松坂は力強く言った。


しかし、井関は完全に松坂を信用したわけではない。


「あの、裕子も誘っていいですか?」


「いや、井関君。君1人にしてくれ」


「え、1人、ですか?」


「ああ、なるべくこの僕が突き止めたという事実を公にしたくないんだ。あの湯浅君が他言するとも限らない。これは2人だけの秘密にしてほしいんだ」


「そうですか」


井関は困惑した。


さすがに湯浅がついていてくれないと不安だ。


「そしたら、今連れてっていただけませんか?さすがに裕子と一緒に帰るのを拒むと逆に怪しまれますので」


「わかった。そうしようか」


松坂はこくりと頷くと、視聴覚室の扉に向かって歩を進めた。


松坂は扉を開きながら言った。


「それでは井関君、準備をしてくれ。10分後に裏門の前に集合しよう」


松坂は背を向けたままそう言うと、いつの間にか視聴覚室から姿を消してしまっていた。


 井関は悩んでいた。


 さすがに松坂の言うことを信用できないだろう。


 本当に私の兄と遭遇できたのだろうか。


嘘ではないのか。


しかし、何のためにそんな嘘をつく必要があるのか。


 と、後方の扉がガタガタと静かに開かれる音がした。


井関の心臓がバクバクと跳ね上がる。


慌てて振り返る。


そこに視聴覚室へと入ってきたのは黒髪の少女だった。


井関と同じ1年生の片岡だった。


「お疲れ様です」


片岡がぺこりとお辞儀する。


「お疲れ様です」


まるで魂の抜けたような声でつぶやく井関。


 裕子に相談していけないのであれば、この子に相談するのはありかな?


井関は思った。


「では、お先に失礼します」


片岡はいつのまに帰り支度を整えたのか、鞄を背負って教室を出ようとしていた。


井関は慌てて片岡に声を掛ける。


「あ、待って片岡さん」


井関が立ち上がって手を伸ばす。


片岡が扉の取っ手に手を掛けて静止した。


片岡が井関へ向き直る。


「はい?」


片岡は気だるそうに振り返る。


さっさと帰りたい様子だ。


「ごめんなさい、片岡さん。どうしても聞きたいことがあって」


「何でしょうか?」


井関は言葉を選びつつ、片岡に尋ねる。


「その、片岡さんの意見でいいんだけど」


「はい?」


「ロスト・チャイルド現象で失踪した人って、会うことができると思う?」


「え、それはどういう意味?」


「その、松坂さんがね」


井関は先程この視聴覚室で松坂と繰り広げられた会話を片岡に伝えた。


片岡は当初やる気のない表情をしていたが、次第に目つきが鋭くなっていった。


「そういう状況で。片岡さんはどう思う?」


「私は怪しいと思うなあ」


「松坂さんが何か企んでいるとでも?」


「はい、何かあの人は言ってることと心の中で思ってることが違いそうですよね」


片岡が意味深に笑う。


井関もそれには同調だ。こくりと頷く。


「そんな気はするよね」


「ではいいですか?そろそろ」


片岡がじれったそうに井関を見つめる。


どうやら本当にさっさと帰りたい様子だ。


何ともマイペースそうな子である。


井関は慌てて片岡を促す。


「あ、ごめんね。ありがとう。また月曜日」


「どうしたしまして。また」


片岡はふっと笑うと、そのまま廊下へと飛び出していってしまった。


再び視聴覚室内に1人だけ取り残される井関。


「兄さん」


ぼそりと優しくつぶやく。


あの兄さんに会えるのならば。


もう間もなく松坂と約束した10分後の時間となる。


井関はゆっくりと息をついて、決心した。


 






 裏門前に立ち尽くしている松坂。


松坂は門に背を預け、手をズボンのポケットの中に収めている。


クククと不気味な笑いをこぼす松坂。


「遅かったね」


すっかりと暗闇が覆い隠す裏門周辺、そこに現れたのは表情に緊張感を残した井関聡美だった。


校舎の方からわずかばかりに光が届く程度の裏門周辺。


松坂と井関の薄い影だけが立ち尽くしている。


井関の影はおそるおそる、松坂の影へと歩み寄る。


「すみません」


井関は謝りつつも、逸る気持ちを抑えきれなかった。


本当に近くに兄がいるのかどうか。


「お兄さんはまもなくここに来るよ」


「え」


井関は目を見開いた。


周囲をきょろきょろと見回す。


そんなバカなことがありうるのか。


いよいよ松坂を信じるのが難しくなったと思ったその時。

 

1つの丸い影が、松坂の背後、裏門の外から突如現れた。


井関はビクッと体を震わせたが、その丸い影が裏門に近づいてくるにつれ、目を凝らした。

 

そして、ややあってから井関は息を大きく漏らした。


そのまま息が止まってしまいかねない勢いだった。


その顔はまさしく引き篭もる前の、小奇麗な兄の姿であった。


「に、兄さん」


 井関はすっかりと青ざめた表情で言葉を振り絞った。


松坂はにやりと不敵な笑みを浮かべていた。


「兄さん?本当に兄さんなの?」


井関が涙を浮かべながらゆっくりと近づく。


しかし、兄と思われるその人物はスッと再び裏門の奥に引っ込んでしまった。


井関は意味もわからぬまま、立ち尽くしていた。


一体何故?


何故言葉も交わしてもらえないのか?


久しぶりの再会なのに。


井関は寂しさを覚えた。


両頬を伝う涙が熱い。


 井関はそのまま両膝に両手をついてしばらく泣いていた。


 松坂はニヤリと意味深な笑みを浮かべていた。


 





 帰り道。

 

 井関はすっかりと意気消沈していた。


隣の湯浅に気付かれまいとしているが、おそらく湯浅は気づいてしまっているだろう。


 それでも井関は本日あったことを湯浅に告げるかどうか迷っていた。


「……」


しんみりとした下校。


しかし、湯浅は井関に尋ねてこない。


逆にそれが重圧となり、井関の心にのしかかる。


 先程見てしまったものを湯浅に告げるべきか。


松坂には誰にも口外しないよう、しっかりと口止めをされていた。


松坂を信用してついていくべきなのか。


 しかし、井関が見たものは本当に井関の兄であったのだろうか?


まるで生気を感じることのない、そして失踪前と思われる井関兄の姿。


不自然な点はいくつもあった。


 ただし、井関の心の動揺は相当の物であった。


いなくなってもう戻ってこないかもしれない兄が、一瞬だけでも自分の前に現れたのだから。


「ふう」


井関が溜息をこぼした。


「どうしたのー?聡美」


ここで湯浅がぽつりと尋ねた。


井関は傍らの湯浅を見つめる。


湯浅は表情を変えることなく、こちらを振り向くこともなく、言葉を紡ぎ出した。


「いや、別に」


慌てて答える井関。


 そう、湯浅もまた今日見聞きしたことを反芻していたのだ。


総理の推理がまんざらでもなかったこと。


そして、松坂が犯人なのではないかという疑念。


確たる証拠が揃っていない以上は何とも言えないところだが、総理の説得力のある推理にすっかり聞き入ってしまっていた。


 本来は親友同士。


しかし、総理と松坂という分かり合えることのないだろう2人をそれぞれ信じてみようと思ってしまっていた。


湯浅は総理を。井関は松坂を。


 今はまだお互い口に出せていない状況だが、もしも口に出してしまうようなことがあれば。


そのまま、2人の信頼関係が崩れてしまいかねないだろう。


いや、それともここでお互いがしっかりと話し合えていれば、また運命は変わったのだろうか。


 2人は結局この日、それぞれ見聞きしたことを公開することなく、帰路に立った。

 

 そして、2人はそのまま、それぞれの週末を迎える。

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