【2018年9月17日-10】
銃口から放たれる熱線。それは最初こそ一本の線であったが、次第に枝分かれして、男達の胸部――その心臓を容赦なく焼いていく。
うめき声をあげながら、次々に絶命していく男達を見届けて、リチャードは仕留め損ねた数名に向けて歩き出した。
心臓を狙い放った射撃は、しかし敵も動いていたために逸れてしまったのだろう。
数名はリチャードの姿を確認すると銃を構え、トリガーを引くも、しかし彼女の胸部や腹部は防御兵装によって守られており、貫く事も、ダメージも与える事も出来ない。
「……これ以上、ウェストの力では殺さない。私が、私の手で、殺す」
今、顔に向けて一発の銃弾が撃たれた。
頬を横切る銃弾によって僅かに線が入り、血を流す弥生。
だが、男たちはそんな彼女に慮る余裕などなく、ただ銃弾を放つだけ。
顔に向けて撃たれる銃弾は手でガードし、一人の男に近づき、銃を奪い、頭に突きつけ、撃つ。
銃を放り、また一人に近づき、乱雑に銃を強奪。今度は何やら喚き、許しを請う様に涙を流していたので、顔面を蹴りつけ、仰向けになった男の両足と両手に向けて、銃弾を撃ち、痛みで悶えている間に別の人物へと向かいながらも、銃弾は止まさない。
銃創が空になり、乱雑にそれを放棄。落ちていた銃を拾って装填を確認し、銃弾を撃ち込んでいく。
その間も、彼女に対して銃弾は撃たれているが、しかし殆どが有効となっていない事を知り、逃げようとする者へ向け、高くジャンプし、追いかける。
敵の所有する車に飛び乗った弥生。敵は現地語で何か喚いているが分からない。
ただ脳天に向けて銃弾を放ったリチャードが全員の絶命を確認すると、車を強奪し、先ほどの男に向けて戻っていき、絶命を確認。
これで全員かは分からないが、銃弾は止んだ。
変身を解いた弥生は、今隣に立ち、弥生の事を抱きしめたウェストに向けて、ただ謝罪の言葉を、呪詛の様に言い続ける。
「ごめんなさいウェスト、貴女を人殺しの道具として使ってしまった。他に方法が無かったとは言え、私は生き残る為にそうしてしまった」
「いいんです、弥生」
「良くない。私は、私はウェストの言葉を聞いて、死にたくないと思ってしまった。また遥香に会いたいって思って、私は貴女を、人を殺す為に使用してしまったのだから、その罪は私が背負うべきなんだ」
「本当に良いんですよ、弥生。――私もごめんなさい。貴女へ、マジカル・リチャードとして戦う事を、また強いてしまった。私の勝手な願望で、貴女が生きる事を望んでしまった。貴女がどう思うか、貴女がどう罪を背負うとするかなんて、分かっていた筈なのに」
「ウェスト……」
「私達は、二人して間違えてしまったのでしょう。だから、お互いを許し合いましょう。人間はそうして、許し合う事で生きていく生物だと、本で学びました。ですから、私は貴女へ戦わせてしまった事を、貴女は私を使ってしまった事を互いに反省し、互いに許し合い、これから生きていきましょう」
ウェストの言葉は、ただの綺麗事だ。それは当人が一番よく知っている。
弥生はこれから、その罪を背負い続けて生きていく事になるだろう。
ウェストも同様に、これから罪を背負って生き続ける事になる。
それでも――ウェストは心のどこかで、許しを得たかったのだ。
弥生と言う少女に、許しを与えたかったのだ。
だってそうしなければ。
十五歳という一人の少女が背負うには。
彼女も、ウェストも、多くの人を殺めすぎてしまったのだから。
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遥香は、既に外気に触れすぎて溶けてしまった氷のせいで、かなり薄口となったアイスコーヒーを一口飲み、沈黙したウェストの言葉を待った。
「その後、救難へと駆け付けた部隊によって作戦は順調に成功しました。強いて言えば、その際に受けた四九の人的被害こそ大きかったですが、死亡した全員の生死に関しては、未だ遺族にさえ報告されていない事が問題点、という所くらいでしょうか」
「……ま、機密性高い情報なら、家族だろうがそうだろうね。むしろ、そうなっても問題ない人員を集めてたんでしょ? そのリソーサー……笹部さんは」
「そういう事になりますね。……遥香さんは、そうした認識力も高く、私としても説明がし易く助かります」
既に残る氷も数は少ない。それらをカラカラと鳴らしつつ、しかし喋り過ぎたとアイスコーヒーに口を付けることなく、ウェストは続けるだけだ。
「私と弥生は、互いの傷を舐め合って生きていく事を選びました。そうすれば、弥生はきっと、人らしい感情を抱いたまま、戦場での事とはいえ、人殺しという罪に対して、少しでも重荷を下ろしてあげられると考えたんです」
「けど、そうじゃなかった」
「ええ。むしろあの子は、より多くの、危険な任務に参加するようになりました。時には私を連れていくこともなく。――先日インドのテロ組織を殲滅させた時には、相手が人間ではなくロボット兵器だったこともあり、流石に変身を余儀なくされましたが、アレは人間じゃなくて良かった」
「なんで、弥生ちゃんはそうなんかなぁ」
ガジガジと、頭を指でかきむしりながら、遥香はただ苦笑を漏らす。
「二人はさ、同じ気持ちだったわけじゃん。互いに互いを許し合おうって。――アタシは、そっちの方が羨ましい」
「遥香さんとベネットは、許し合っていないと?」
「許すも何もさ、ベネットが何をしたってんだってカンジ。……あ、アタシとベネットの事も知ってる?」
「はい。ベネットより通信で伺っております」
「……そぉ。なら話は早いや。アタシも、人を殺した。でもそれに関して、ベネットの力を借りて殺してしまった事をアタシが悔やむことはあっても、ベネットは悪くない。だから許し合うも何も、アタシが悪くて、ベネットがそれを許してくれた。ただそれだけ」
「むしろベネットは、それを苦しんでいるのではないでしょうか」
え、と。
遥香が言葉を漏らしたが、しかしウェストは伝票を手にして、タブレットをしまう。結局説明には一度も使わなかったが、聞くところによるとそのタブレットから低周波数の電波送信によって、会話内容が上手く聴き取れなくなるとの事だった。
「私と弥生は、許し合い方を間違えたんです。私は弥生へ『生きる事選んでくれてありがとう』と、そうお礼をするべきだったんです。弥生も私へ『生きる事を望んでくれてありがとう』と、それこそ互いに許し合い、そして笑い合うことが出来たのでしょう」
「……そうした方が良いって、わかってるならどうして言わないの? 弥生ちゃん、不器用な子だから、ウェストさんから言わないと絶対にわかんないよ?」
「言葉をそのまま返しましょう。貴女は何故、ベネットへ貴女の気持ちを直接伝えないのですか?」
私と貴女は似た者通しなんですよ。
そう言って僅かに笑うウェストの言葉に、遥香は残るアイスコーヒーを少しずつ飲みながら、ずっと考える。
「アタシと、ウェストさんが……似た者同士?」
「この言葉、アイスコーヒーを飲み終えるまで、意味を考えてみて下さい。私は、弥生の所へ戻ります」
会計を終わらせたウェストは、そのまま喫茶店から出て、外を見ることの出来る窓ガラス越しに、手を軽く振ってくれた。
振り返しつつ彼女が去っていく姿を見届けた後、自分のアイスコーヒーを見据える。半分以上は飲んだ筈だが、しかし溶けた氷のせいで嵩増しされた水によって、半分以上は残っている。
一気に飲み干した後、ウェストの飲んでいたグラスを回収に来た老婆へ「アイスコーヒーおかわり」とお願いし、数分後に来たアイスコーヒーを飲みつつ、考える。
(……ベネットは、悪くない。アタシがあの子の気持ちも、あの子が本来戦う理由も、何もかも無視して、止めるベネットの静止を振り払ってまで、あの男を殺す事に執着しただけなんだから)
ストローの入っていた紙を灰皿に乗せ、アイスコーヒーを一滴かける。シワシワと縮んでいた紙は灰皿の上で、水分を得たことによって伸び、その動きがミミズのようであることに、クスリと笑みを浮かべる。
(でもベネットは、あの後ずっと後悔してきたんだろうな。あの子は優しくて、人思いの子だから、アタシが苦しんで、アタシがベネットに対しての罪悪感を感じてると、それを知ってる、理解しているから)




