深見太一
「あれ、この人、どっかで見たような……」
顎に手を当てる操の仕草はミスホームズのようで、太一は微笑ましく見守っている。
トランクの謎の男が感知した生体反応なら、いつどうやって入り込んだのだろう。ステラにはそれが気がかりであった。ハダリーに訊いても、要領を得ない。車載カメラの映像は一昨日の十七時から今日の午前十時までぴったりと途絶えている。
「実はハダリーは暫く前から迷子だったんです」
ステラによると十日前からハダリーは行方不明となっており、捜索願いが出されていた。今朝になってステラはハダリーの救難信号を受け取り、みなとみらいのラブホテルで発見したのだが、黒服に追われて操たちと出会ったというわけだった。
「あ! 思い出した。こいつ深見太一じゃないですか」
太一が大声を出すと、トランクの男はもぞもぞと太股を動かした。
「そう言われてみると似てるかも」
操は同意したが、ステラにはピンとこない。ハダリーに助けを求める。
「ハダリー! この男性の個人情報をネット検索して」
「オッケーステラ。調べてみる」
数秒もせずにハダリーは、検索結果を提示した。
「深見太一。年齢五十八。職業タレント。出身地横浜。刑事ドラマ『北の太陽におらべ』で俳優デビュー、以降テレビ、映画で活躍。近年ではタレントとしての露出が減ったものの、宇宙評論家として再ブレイク。事務所からも独立した。一説によると、独立の原因は事務所社長で妻との不和が影響しているとされる」
「そうそう、路線バスの旅に出てたよね」
操が情報を付け足すと、ステラはようやく得心がいったように頷いた。
「それ観たことあります。お爺ちゃんと」
ステラはうっかり口を滑らせたが、幸い誰も聞いていなかった。深見太一が目を開けたからだ。
「ここは……?」
かつては色男としてならしたのだろうが、目の下はたるみ、肌は土気色、声はしわがれていた。
「桜木町っす。横浜の」
若い太一の砕けた言い方が気に入らなかったのだろう。血走った目で一同を見回す老太一氏。
「出てないよ」
ぶっきらぼうな言い方に、ステラを初めとした三人は息を呑む。老太一氏はむくりと上体を起こし、操に目を向けた。上から下まで眺め終わると鷹揚に胸をそらした。
「人違いじゃないかな。そちらのお嬢さんがバスの旅に私が出ていると言ったが」
訂正しないと車から出そうにないと思ったので、操はすぐに間違いを認めた。
「すみません、記憶違いだったかも。貴方は深見太一さんで間違いありませんか」
「いかにも。悪いが君、手を貸してくれるかね。長い間閉じこめられていたから体が強ばってしまったよ。まるで棺桶に入ったみたいだ、は、は、は」
ユーモアのつもりらしいが、誰も笑わなかった。指名されたのは操だったが、若い太一が老太一の介助を手伝った。面目を潰された形となり、老太一は唇を震わせていたが、若い太一は知らんぷりをしていた。
「そろそろどうしてハダリーの中に隠れていたか、教えてもらえませんか、泥棒さん」
茶番に耐えられなくなったステラが深見を追求し始めた。
「人聞きの悪いことを言うが、証拠でもあるのかね」
ステラはハダリーに意見を求めるが、肝心な時にハダリーは沈黙を守っている。
「ぐ……、でもじゃあどうしてハダリーの中に」
「追われていたのだ。奴らに」
深見は思わせぶりな台詞を口にした。本人にとっては迫真の一幕だったろうが、若者たちは白けたように顔を見合わせただけだった。
「マスコミとかですか?」
太一が申し訳程度に話に乗ると、深見は大げさに首を振った。
「そんなチャチなものではない。奴らといえば今話題のあれだ、ほら。赤い星」
それまで適当に話を聞き流していた三人が前のめりになった。無理もない。三人とも思い当たる節があったからだ。
深見は勝ち誇ったように口の端を曲げた。
「君たち見たようだね。昔だったら凶兆の星と呼ばれただろうが、あれは星ではない。サテライザー西木野の放つ光だよ」
三人は深見の講釈を聞かずに物思いに耽っている。深見にはそれが大層気に入らなかった。咳払いで現実に引き戻す。
「悲観的になるのはわかるが、今更焦っても仕方あるまい。それに衛星が日本に落ちるかどうかもまだわかっておらんしな」
「話を逸らさないで下さい。貴方がハダリーを盗んだ理由をまだ聞いていませんよ」
年の割にしっかりしたステラは深見を捉えて離さない。
「おっとそうだった。野毛を歩いていて異星人に追われた私は、機転をきかせて停車していた車のトランクに身をひそませた。奴らをやり過ごしたはいいが、中からはどうやっても開かない。散々連れ回されて今に至るわけだ」
自分はあくまで被害者なのだと主張され、悔しいがステラには反撃の材料が見つからない。逆にハダリーの誤作動が原因だとしたらこちらに非があると言われかねない。
「まあ私としては危ない所を助けてもらったわけだし、警察に届けるつもりはないよ」
深見は事を荒立てるようとはしなかったものの、釈然としないものが残った。
気を落としたステラを励ますように、操は肩を抱く。
「ステラちゃんお腹空かない? 何か食べようか」
「それはいい! 私も昨夜から何も食べていない」
深見が共に行動すると聞いて、誰もいい顔をしなかった。ステラは彼を敵視しているし、若い太一も同様だ。
彼らが渋々動き出すと、汽笛が聞こえてきた。操が乗るはずだった船のものだった。