一人舞台
商業施設の六階にあるレストランに、一同は移動した。同じフロアーには映画館もあり、休日は込み合うが、この日は閑散としていた。
見晴らしの良い席に陣取り、深見はビールを煽る。滑らかになった口で講釈を始めた。
「安倍清明が異星人だと知っていたかね。平安京の方位はプレアデス星団と関係が深いのだ」
平安京が出来たのは安倍晴明が生まれる前である。太一はそれすら知らなかったが、オカルトは迷信だとはなから決めつけていた。ステラはフルーツパフェ越しに深見を流し見る。この男がハダリーに何か細工をしたと疑っていた。
ただ一人、操だけが相づちを欠かさなかった。
「興味深いお話です。清明の母親は狐だったという説がありますね」
「よくご存じだ。葛の葉はきっと君のように美しい女性だったろうね」
深見がテーブル越しに操の手を掴もうとするが、酔いが回っており上手くいかず苛立つ。
「おおい! 酒はまだか」
店内にいるスタッフはウェイトレス一人だけだ。迫りくる脅威をものともせず店を切り盛りしている。一分も経たずに冷えたビールが運ばれてきた。
気前よく話を続けようとした深見だったが、太一たちの背後に意識が向いた。
「さっきから同じ人間が行ったりきたりしているな。マトリックスみたいな黒服だが」
太一がぎくりとすると、深見はしたり顔でグラスを傾ける。
「君らも追われているんだね、奴らに」
「そうです! 異星人が探している仲間というのは私ですから」
ステラが啖呵を切ると、深見は興味深そうに目を細めた。
太一はステラの腕を引き、小声で真意を訊ねる。
「おい、嘘ばっかりつくな。アンドロイドっていうのも嘘なんだろ」
「あなたの目は節穴ですか。私は宇宙技術を用いて作られたアンドロイドです。彼らの仲間と見なされても、不思議はないでしょう」
ステラの物怖じしない態度に、太一は何も言えなくなる。年上なのに確個たるものがない自分が恥ずかしくなるのだ。
「ほう、君はアンドロイドかね。実によくできている。で、青年、君は?」
深見はここぞとばかりに嫌らしい質問を投げかけてくる。太一はすっかり肝を潰してしまい顔を赤らめた。
「彼は南極の氷が割れるんです」
操が助け船を出してくれた。それでも太一は居たたまれなくなり、耳を塞ぎたくなった。語れるものがない中途半端な時期にこの場に居合わせたことは不運だった。
「素晴らしい。力自慢のバイキングがいれば百人力だ。宇宙製のアンドロイドに美しい葛の葉、さしずめ私は道化かな。悪くない趣向だ」
それぞれを役に当てはめたがるのは職業病なのだろうか。太一は良い気持ちはしなかったが、反論している暇はなかった。
黒服が、店の入り口に立ち尽くしている。サングラスの向こう側から油断なくステラを伺っていた。
入り口に背中を向けていたステラを除く全員に、緊張が走った。
ステラが狙われている以上、黒服は異星人の使いか、あるいは擬態だと思われた。
「ここにても埒があかん」
英断か無謀か、深見が決断を下した。ステラは怪訝な表情を浮かべて反発する。
「貴方が決めないでください。貴方をハダリーに乗せたくありません」
深見が顎をしゃくると、ステラはぎこちなく振り返った。体の向きを戻すと、膝の上に目を落とした。
「行こう。敵はまだ一人みたいだし」
太一は背中を押そうとするが、ステラは何故か腰を上げようとしない。
「ステラちゃん、大丈夫?」
操が心配すると、絞り出すようにステラは不安を口にした。
「彼らは日本政府のエージェントです。恐らく私を捕らえて異星人に引き渡すつもりでしょう。皆さんには関係ない話です。ここで解散しましょう」
ステラはテーブルからかじりついて離れようとしない。深見はじれるし、太一は慌てるばかりで役に立たない。操は席を立ち、ステラの前にしゃがみこんだ。
「ステラちゃんが行きたくないなら、私が守る。あいつらになんか渡したりしない」
ナイトを買って出たのは、操の本心であった。初めにステラと出会った時に決めたのだ。ステラの嘘に付き合うと。それがどんな結果になろうと後悔はしない。
ステラは操の胸に飛び込んだ。大きな運命を背負い込むにはあまりに小さい体だ。
「あいつ、どこかに電話しているぞ!」
太一が悲鳴に近い声を上げた。黒服は仲間を呼ぶつもりらしい。いっこくの猶予もない。
「どれ、私が行こう」
威勢の良いことを言って深見は立ち上がったが、よろけて操に支えられる始末だ。酔いが相当回っているようだ。
太一は深見の鞄を持とうとしたが、
「触るな!」
過敏に見えるほど強く拒絶された。それから深見は何があろうと鞄を手離そうとしなかった。
その異様な剣幕に呑まれ、先行を許してしまった。
深見は、頭一つ分は高い黒服の前に立ちふさがる。
「トイレはどこですかな」
「知らん。自分で探せ」
黒服は深見など眼中にない様子で脇に押しやろうとするが、岩のように動かない。もみ合いになっても一歩も退かない。
「今だ! 急げ!」
深見に指図され、三人はレストランを飛び出した。右手を進むとエスカレーターがあり、かけ降りるように下に向かう。正面に大きな書店があり、左に折れたところで二人の黒服とぶつかりそうになった。
背後からも二人やってきて、退路が塞がれた。黒服たちは三メートルほど離れた位置で立ち止まり、誰も口を開こうとしない。ステラから話すのを待っているようだった。
深見が黒服に連行されるようにエスカレーターを降りてきた。てっきり鼻っ柱を折られたと誰もが思った。チャンスを作ってくれたのだ。恨みはしない。ところが、彼の目は不屈の意志を失っていなかった。
「致しかたない。諸君には私の秘密をお目にかけよう」
負け惜しみと自棄っぱちが混じったような抑制の聞いた声に、操たちだけでなく黒服まで聞き入っていた。深見太一はオカルト評論家ではなく、この瞬間は間違いなく名俳優だった。
深見は持っていたバッグのファスナーを開き、中身を高く放り投げた。それは放物線を描いて、黒服の足下に落ちた。何事にも動じないと思われた黒服だったが、飛びのくように、落下地点から離れた。
「私は、妻を殺した!」
深見は朗々とした声で宣言した。舞台でならしたであろうよく通る声はフロア一杯にこだました。
黒服を含め、深見の奇行にあっけに取られていたが、太一だけが違った。髪をかきむしり獣じみた嗚咽を漏らした。
「うぐっ……、ああああっ!?」
太一の異変を感じ取った操は宥めようとしたが、思わぬ力で反発され尻餅をついた。
「一体どうしたの? 落ち着いて」
「だってだって、首が……、俺じゃない」
太一は顔を背けながら、深見が物を落とした地点を指している。
操は落とし物を拾って太一の前に持ってきた。
「ただのマネキンの頭みたいだけど」
操は女のマネキンの髪を掴むと、粗雑に振り回した。すると深見が目くじらを立てた。
「ちょっと操君、私の妻をもう少し丁重に扱ってくれ」
「はい、すみません」
声で謝りながら、操はしっかり太一の手を握り落ち着かせる。疲労を感じつつ適切な対応を取っていた。
場の空気に呑まれていた黒服たちだったが、一番年かさの男がステラの前に立った。スキンヘッドに口髭を蓄えた男だった。強面な雰囲気には似合わず慇懃な口調でこう言った。
「帰りましょう」
ステラは首を振り、小さな声で短く何かを伝えた。それを聞いた男はため息をつき、他の黒服を引き連れ帰っていった。
潮が引くように場が静まり返る。
操はマネキンを深見に手渡し、当然の疑問を口にした。
「深見さんは奥さんを殺したんですか」
「いかにも」
悪びれもせず肯定する深見の真意も、未だに青ざめている太一も、黒服を退散させたステラの正体も、操にはわからない。どんどん深い沼にはまっているが、もとより逃げるつもりはない。残り時間は少ないのだから。
衛星墜落まで残り十二時間。




