1話
私はインフェルシア王国にて生まれた。
年齢はもう二十二歳になる。十一歳の時に秘術を顕現させた。とある日にいきなり使えるようになったのだ。あれは春頃だった事を覚えている。
ちなみにインフェルシア王家の者でなければ、この秘術――焚刑制御は使えない。しかも極まれにしか生まれないときた。なので私が使えるとわかった際には両親や兄達、周囲は大騒ぎだった。
それは当たり前だろう。焚刑制御を使える者が生まれる頻度は数百年に一人か。もっと言うと千年に一人だとか聞いた事がある。まあ、焚刑制御を使う際にはいくつかのしきたりがあった。
まずは使うのは男子である事。次にこの秘術を用いるのは審判――使われる側に非がある事。三つ目はこの国の審判や法を司る神と契約している事。
この三つのしきたりを守ってさえいれば、焚刑制御は使えるのだ。けどこれを使った後は魔力の消耗が激しい。だから一日に五人までが限度だった。処断できるのが。私はまだ年齢が若いから回復も早かったが。それでも父である王からの依頼は断れなかった。
「……アストラル。今日もよろしく頼むぞ」
「わかりました。陛下」
「相変わらず堅いな。ここには余とそなたしかおらぬ。多少は言葉遣いを崩しても構わん」
「……ですね。父上」
「ははっ。アスト。子供の頃からそなたには苦労をかけてきた。秘術を余やカーシン、キースは使えぬ。サラディナーサもな。その分、欲しいものがあったら言っておくれ」
私は苦笑いをする事で返事はしない。父はそれを見て真顔に戻る。私は一礼をする事でその場を辞した。
私には婚約者がいる。シェイリーン・エバンスという。この国の 公爵家の令嬢だ。妹と弟二人の四人兄弟である。真っ直ぐな銀色の髪に淡い紫の瞳が神秘的で美しい。そしてすらりとした背の高い女性だ。年齢は私より三歳下の十九歳でもある。
「……アスト様」
「リーンか。もうお茶会の時間かな」
「ええ。たまには休憩をと思いまして」
シェイリーン――リーンは頷くとメイドが置いていったティーセットを使い、お茶を淹れ始めた。実は公爵令嬢ながらリーンは大抵の事は自分でできる。特に紅茶のブレンドや淹れ方は彼女の得意分野だ。爽やかな香りが部屋に揺蕩う。
「……良い香りだな」
ぽつりと呟く。少し経ってからリーンが紅茶を淹れ終わりこちらの机にカップが置かれた。
「どうぞ」
「ありがとう。やはりリーンのブレンドした茶葉は良いな」
「アスト様。褒めたって何も出ませんよ」
リーンはそう言うとそっぽを向いてしまう。けど耳が赤い。どうやら照れているようだな。それに気づくと可愛らしいと思った。リーンは見かけによらず照れ屋だ。恥ずかしがりだしな。わざと気づかないふりをしてお茶を口に含んだ。爽やかながらも芳醇な香りが鼻腔を抜けていく。味も渋みが少なくて甘みがほんのりある。かなり美味でほうと息をついたのだった。
夜になり影のケリーが部屋にやってきた。ケリーはまだ若い女性だが。なかなかに有能で重宝している。黒いフードを深く被り顔を隠しているが。背丈や体格から彼女だとわかった。
「……マスター。今日は依頼を持ってきました」
「ご苦労。依頼か。誰からだ?」
「宰相閣下からです。とある子爵が怪しい動きを見せているとかで」
「そうか。なら私が出向くかな」
「……護衛や応援はいかがしましょう?」
ケリーが訊いてくる。私は無表情で言った。
「いらない。私一人でも何とかなる」
「わかりました。でも御身に危険がありましたらいけません。この呼笛をお持ちください」
「……ああ。心配をかけさせるな」
私はそれだけを言うとケリーから呼笛を受け取った。首にかけてから支度を始めたのだった。
夜闇が迫る中で私は黒のシャツにスラックス、外套やブーツを身に纏い空を舞った。皮の黒の手袋にロザリオや小さな片手に乗る程の聖書。魔法使いの中でも退魔戦に優れたエクソシストでもある私はこれらを裏稼業にて持ち歩いていた。
子爵の邸までは身体強化で屋根から屋根を飛び伝っていく。音もなく身体を反転させながら裏路地に着地した。さて。探索魔法で子爵の気配を探る。
西の方角か。とりあえず、向かって右側に進んだ。次第に都の郊外へと景色は移り変わっていく。外灯や民家などがまばらになっていき、なだらかな丘の上にぽつんと建った邸の前に辿り着いた。
……ここが子爵の邸か。後は中に入って処断するだけだな。
そう思って胸元にさがるロザリオを外套の上から握りしめた。跳躍して屋根に上がる。バルコニーに向かったのだった。




