挿入話 情報屋
二人がけのテーブルには、湯気をあげるコーヒーが置かれている。山と積まれた角砂糖から一つをつまみあげてその中に放り込み、スプーンでかき混ぜる。
虚ろ気なアーミルの前で、角砂糖はその身を次第に小さくしていく。もともと小さい上に、コーヒーはまだ口に出来ないほど熱い。完全に消えてなくなるまで、それほど時間はかからなかった。
「やあ、おまたせ」
張りのある声とともに、向かいの席に少年が座ってきた。眠りそうになっていたアーミルの意識が舞い戻る。
少年は、郵便物の配達をしていそうな格好をしていた。動きを抑制しないようやや余裕を持たせたジャケットに、体にフィットしたシャツを内側に着込んでいる。肩には袈裟がけに大きな鞄を掛けていて、中に大量の紙が詰まっている。
もう肌寒い季節にもかかわらず、少年は薄着だ。その姿は季節を全く感じさせないが、彼はその服のまま寒がることもなくアーミルに笑顔を向けている。低い気温も彼の行動を抑制する要因にはならないらしい。
「ああ、アレム。すまないな、急に呼び出して」
アーミルは近くを通りかかったウェイターを呼び止め、オレンジジュースを注文した。
「アーミル…俺ももういい歳なんだし、あんまり子供扱いしないでほしいな」
アレムが頬杖を突きながら不満を漏らした。オレンジジュースを飲むのが嫌らしく、その眼差しは角砂糖一つを飲み込んだコーヒーに向けられている。
「なら、これをあげるよ。砂糖が入ってるから少し甘いが」
相手を子供扱いしたことを悪く思いながらアーミルはコーヒーを差し出した。
「いやぁ、俺無糖はまだ飲めないよ」
「…そうか」
やはりまだ子供だなと内心で苦笑しながら、フィストは目の前にいる少年―――腕利きの情報屋『アレム』の笑顔を嬉しそうに眺めていた。
「じゃあ、本題に入るぞ」
やってきたオレンジジュースを一口のみ、アーミルは姿勢を正す。
「うん」
アレムは話に耳を傾けながらも、高温のコーヒーと必死に格闘している。かき混ぜながら冷まそうと息を吹きかけるその姿に、街一番の情報屋の面影は無い。
「…いいか?」
「大丈夫だって!俺は今まで仕事で失敗したことないし、アーミルもそれはよく知ってるだろ?」
「…お前、いつか壁にぶつかる日が来るぞ」
「?」
「いや…とにかく、一つ知りたいことがあってな」
ようやく冷え始めたのか、アレムがコーヒーを口に運んだ。やはりまだ熱かったのか、少し含んだだけでカップを置いてしまう。
「…本当に大丈夫か?お前を見ていると不安しか感じないぞ」
また強がりでも言うだろう。アーミルはそう思ったのだが、アレムの表情は思いのほか余裕がなかった。
「…出来ないことはないだろうけど…なかなか難しいかもしれない」
「と言うと?」
「その手の『情報』は、大概は少なからず公に公開されるんだ。けど、俺はそんな話聞いたことがない。つまり公開されていないってことだな」
「…だろうな。だからこそお前に頼んでいるってことになるが」
「公開されている部分が少しでもあれば、そこから手繰り寄せることはできる。けど、手繰り寄せるための糸から探さなきゃいけないってのはかなり難しいんだ。公開されてないってことは、大きな圧力が掛かってもみ消されたんだと思う。だとしたら探すのは至難の技だね」
「…無理か?」
諦めたようにアーミルは溜息をついた。
「とりあえず、一週間くれ。どんな所が隠蔽してるかにもよるけど、そのくらいあればだいたい調べはつくと思う。もちろん、全くつかない場合もあるけど」
アレムの顔はすでに情報屋としての風格を漂わせている。自らの仕事に真剣に向き合っている証拠なのか、コーヒーにはもう関心を示していない。
「…でも、珍しいね。アーミルが訪ね人だなんて」
依頼内容が特異だったので、アレムが僅かに驚いた様子を見せた。
「ちょっと訳ありでな。…これ以上の詮索はやめてくれ」
「分かった」
ジュースを飲みきり、アーミルは代金を置いて立ち上がった。