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目覚める竜  作者: 半導体
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31話 Redroot

 森に囲まれた街、薔薇のあふれる館、そしてその服装。そこは、今までフィストの居た何処とも違う世界。時間軸を遡ったような錯覚に囚われる。

 ほんの一瞬、フィストはそんな全く関係のないことを考えていた。


 玄関でファルの結婚相手が出てほしいというフィストの祈りは、一応叶っていたようだ。残念なことに、その願いは叶わない方が良かったらしいのだが。

「うふふ、きっと私のことを男だと思っていらっしゃったのでしょうね」

 的確に言いあてられ、フィストには返す言葉もない。恭しく頭を下げ、やりにくそうにその顔を見た。

 白っぽい雪色の髪といい、保ち続けている笑顔といい、リメールと印象が似ている。アーミルの肩ほどのリメールよりは身長が高いらしく、あまり近くに寄ると見上げなければ顔を見ることが出来ない。

「えっと…僕てっきり、玄関に出た男の人がファルさんだと思って…」

「やはりそうですか。初めていらっしゃる方は皆さん間違えますわ。彼ももう少し人と話してくれればいいのですけど…」

 気がつくと、ファルは紅茶を新しく注いでくれていた。格好のせいか、それは家の主というより仕えているメイドに近い印象だ。

「その人は私の夫で、ガルバート・レッドルートといいます。あ、夫婦ですから姓が同じなのは当然ですね。ちょっと手が離せなかったので代わりに出てもらったのですが…やはり私が出るべきでしたね」

 自分の分だろう、二つ目のカップに紅茶を注いでいく。フィストは自分の紅茶に手を出したかったのだが、ファルの動向を気にしてまだ出さずにいる。ファルが自分のものを飲み始めるのを待った方が失礼にならないと考えているのだ。ただでさえ失敗しているのに、これ以上失礼を重ねるわけにもいかない。

「何か…本当にすみません、間違えてしまって」

「いいえ、とんでもない。自己紹介もしない彼にも非がありますもの」

 なおも恥ずかしそうにしているフィストを前に、ポットを置いたファルは口元を押さえて笑った。

 落ち着いたその様子は、銃火器のエキスパートらしい雰囲気を全く持ち合わせていない。リメールとはまた違った淑やかさを持っていて、フィストはやってきた目的を忘れそうになるほどの安心を感じていた。


「そういえば、フィストさん…でしたっけ?話だと、私に銃の扱いを教わりたいそうですね」

 ファルが紅茶を手に取ったので、フィストもそれを確認してカップに手を伸ばした。

「あ、はい。ファルさんがそういったことに詳しいと聞いたので、いろいろお聞きできると思いまして…え?」

 紅茶を飲もうとしたフィストの手が止まる。

 ファルがフィストの手をしっかりと握りしめてきたのだ。

「聞いていただけますか!?」

 目が輝いていた。

「ついてきてください!」

「うわ!」

 フィストに何か言う隙を全く与えないまま、ファルはその手を掴んだまま走り出す。何とかこぼさないようにカップを置いたフィストは、それに逆らうこともできずに引っ張られていった。

 ダルタのいっていた事を、フィストは今更ながらに理解した。






 そこは地下室だった。窓から射していた光がなくなり、その部屋での視界は照明に頼り切っている。それなりに広さのある部屋なのだが、部屋中に置かれている『モノ』のせいで実際よりかなり狭くなってしまっている。その部屋以外からは全く感じられなかったものが、その部屋に全て詰め込まれていた。今まで信憑性のなかった話が、それを前にすると一気に信じられてしまう。

 部屋に入るなり、ファルは子供のように駆け出していた。

「一週間前に手に入れたばかりの、すごいものがありますよ!」

 まだ困惑しているフィストを尻目に、ファルは壁際の台に置かれている『モノ』を手に取った。

 まず、その形状をうっとりと眺めまわす。細部にまで目を通し、その精巧な作りに見とれている。フィストもゆっくりと近くに寄ったが、そこまで眺めまわして面白いものなのかという疑問しか出ない。

 何をするかと思っているうちに、ファルはそれをしっかりと抱きしめていた。

「ああ…!なんてきれいなのでしょう…!」

「…あ、あの…?」

 フィストの声は全く聞こえていないようで、光悦な表情でそれを抱きしめている。フィストには理解できない領域だが、口出しする余地はないので黙って待つことにした。

「…あ、すみません!少し興奮しすぎてしまいましたね…」

「…いえ、いいんですけど…本当にお好きなんですね」

 フィストにはそう言うしかできなかった。だが、ファルの勢いはまるで収まっていないようだ。

「フィストさんも、ご覧になってください!」

 一メートルほどにもなる巨大な黒い銃がフィストの目の前に突き出される。奥には輝くような笑顔も付いている。

「このフォルム!使用者が対象を見やすくするために他では見られないこんな独特な形に加工されているのです!」

 フィストには他の銃との差が分からない。

「他の銃には見られない特徴ですわ…でも、面白い形ならもっと興味をそそられるものがありまして…ちょっとこちらへ」

 駆け足で陳列された他の『モノ』に駆け寄っていく。どこに何が置いてあるのか熟知しているらしく、何の迷いもなくそのうちのひとつを手にとってフィストに見せてきた。

「フィストさん、どうでしょうか!これはきっとフィストさんにも分かっていただけると思います!」

 よろよろとついてきたフィストの前に、再び大きな銃が現れた。

「それまでは不可能と言われていた銃のスマート化に成功した、記念すべきウシャッドタイプのフィティーロ・ガンなのですわ!無骨に飛び出したシリンダーが逆にその美しさを引き立たせていて、私…見ているだけで幸せです!」

 飛び出したシリンダーこそ見れば分かったが、それを美しいと感じられる感性はフィストには無い。知らない単語までもが頻出し始めたので、ファルが再び自己の世界に陶酔し始めているのが分かる。

「このフィティーロ・ガンはですね、そもそも三国戦争時代にラードパッド卿が開発したと言われる一品で、ルバディックサイドの戦いにおけるベルトニア連合軍の勝利はこの銃の影での活躍があったからこそだと…」

 そこから先は、殆ど頭に入っていない。フィストの記憶の最後に残っていたのは、ひと際大きな溜息だった。





「フィスト、おまたせー…って、あれ」

 客間にダルタが入ると、その声が虚しく部屋に響き渡った。フィストの姿はどこにも見当たらない。その部屋に来ていたのはガルバートから確認を取っているので間違いないのだが、テーブルの上に放置されている紅茶はすっかり冷え切ってしまっていた。

「どこ行ったんだ?…まさか、ファルに捕まっちまったのか…?」

 見ると、紅茶を注いであるカップは二つ並んでいる。ガルバートは一人分しか注いでいないということなので、必然的にもう一つが誰のものかは判明してくる。ドルイズはずっとダルタと一緒にいたので、残る人間は一人。

「フィスト…ご愁傷様…」

 ダルタは、黙って合掌した。





 豹変したファルに連れられてフィストがこの部屋に入ったのはどれだけ前になるのだろう。地下室のため、時間の経過を実感しづらい。

「…つまり、一般の銃よりも初速度が増加していて射程範囲が…」

「…なるほど…」

「…なので、一分間の発射数が三百六十発を超えた最初の機関銃であるので…」

「…はあ…」

「…の技術が銃の軽量化に貢献したともいえるわけでして、特にこのマルチタイプは…」

「…あの、ファルさん?」

 恐る恐る声をかける。

「これも三国戦争時代の産物で、ベルトニア連合軍司令部が多額の開発費を掛けて…」

 聞く耳を持っていない。隠すことなく大きな溜息をついたが、それもおそらく彼女には聞こえていないだろう。

 ダルタの言っていたとおり、それはフィストの苦痛でしかなかった。ファルがあまりにも楽しそうに話すので無理に話を終わらせるのも気が引けてしまうのだ。彼女がフィストを無理矢理引きとめているのなら、止めるのがどれだけ楽だっただろう。

 誰かやんわり彼女を止めてくれと、困窮した頭の中でフィストは叫んだ。


 扉が勢い良く開く。

 暴走していたファルも、一旦説明をやめて開いた扉の方を向いた。

「おい、ファル」

 地の底から響いてくるような―――フィストにも聞き覚えのある―――声。

「いつまで話し込んでいる。ダルタが見えたぞ」

 ファルの夫―――ガルバートの姿がそこにあった。

「あら、ガルバート。今この子に基本事項を説明していたところでしたのに…」

 基本事項、らしい。どんな人間に対する『基本事項』なのかフィストは聞かなかったが、少なくともフィストのような人間ではない。

「客人を待たせるのは何より失礼なことじゃないのか?」

「…そうですね。すみませんフィストさん、続きはまた次の機会に」

 ファルは残念な気持ちを全身で表現しつつも、その地下室から出て駆け出していった。その様子を男二人が無言で見送っている。解放された実感から、フィストはふうと一息ついた。

「…すまんな。武器のこととなるとあいつは人が変わってしまう。特に自分のコレクションの説明をする時は周りが全く見えなくなってしまうのでな」

「…そうですか」

 ガルバートはフィストの方を見ず、ファルの走り去った部屋の外を見つめたままぼそりと謝罪の言葉を口にした。

 静かになった部屋で、フィストはようやく自分の意識がはっきりしてきているのを確認した。夢…悪夢に似た時間がほんのわずかな間に思えてくる。

「私たちも戻るとするか」

「あ、はい」

 ガルバートが部屋を出ていったので、フィストも追って部屋を出ていった。



 戻る途中の廊下で、ガルバートが初めてフィストの顔を見て話しかけてきた。

「私の名前はもう聞いたか?ガルバート・レッドルートだ、よろしく」

 歩きながら右手を差し出す。

「あ…フィストです」

 体同様大きなその手に、フィストも右手を重ねる。少し上下させるとガルバートの方からその手を放し、すぐに前を向いてしまった。その間も全く表情が変化しないので感情が読み取れない。

「そうか…君がフィストか…」

 小さく低い声で言ったその一言はフィストにはよく聞き取れなかった。


 長い廊下の先に大きな扉が見える。フィストにも見覚えのある扉だ。

 そこにはもうダルタもファルもいるのだろう。遅れたことを申し訳なく思いながら、フィストは歩くスピードを速めた。

「私は…君をどこかで見た気がするな。そして同時に、君を追い求めていた気がする」

「?」

 前を見据えたまま、ガルバートが意味深な言葉を紡ぎ始めた。

「君を探し出さなければならない、そんな気がしていたのだが…これは夢か?」

「…さ、さあ…?」

 はいともいいえとも言えない、微妙な質問。フィストは表情を目まぐるしく変化させているが、ガルバートは一貫してポーカーフェイスだ。

「…あの、僕とガルバートさんってどこかで会ってましたっけ?」

「君は私を知らないだろう。だが、私は知っている。報告書に君の顔が載っていたからだ」

「…報告書?」

 飛躍する話に、以前感じたような嫌な感覚が蘇る。

「セントヘイム郊外の研究所、レポート盗難事件、被験体脱走…とまで言えば伝わるか?」

「!!」

 フィストの足が止まり、少し遅れてガルバートも歩くのを止めた。フィストの顔が青ざめているのを確認すると、ガルバートは初めて表情を緩ませた。

 笑顔を見せていた。自分が強者であると見せつけるような、嘲笑が如き笑顔。

 恐怖、そして戦慄。

 ガルバートがフィストに向き直る。つられてフィストは数歩後ずさった。

「私はその研究所の人間ではないが…テッドフォースにある同種の研究所の所長をしている。レポートが盗難被害に遭ったその日に私も犯人の捜索に駆り出されてな、君のことも調べさせてもらった」

 絶望が頭をよぎる。

 ここにきて、追手が目の前に。


「…僕を、連れて行くつもりですか」

 言葉を絞りだす。

 自分は弱い。それは彼自身が一番よく分かっているのだ。弱いなりにみんなを守れる方法、フィストはそれを必死に考えている。

 アーミルを、ティリアを、リメールを、ダルタを、そしてユリスを。大切な人たちに迷惑をかけないために今の自分が出来ることとは何なのか、考えた。

「…約束してください。僕を連れて行くのなら、僕と関わった人たちには手を出さないと」

 かろうじて、言葉が意味をなした。

 平気で人殺しをする連中がその約束を守ってくれるという保証はどこにもない。だが、フィストにはそれ以上のことが出来ないのだ。というより、する力がない。フィストなりに考えた、『自分が最後の犠牲者になる』方法。

 ガルバートは何も言わず、フィストに歩み寄る。フィストはもう後ずさりすることなく、黙ってガルバートを見つめていた。

 話がだらけてきてる…!

 もう少し筋書きを推敲してから書き出せばよかったと、今更後悔。

 読みにくいとは思いますが、最後までお付き合いお願いします。

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