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ワンコ娘がケミストリー




階段を降りると、天井にぶら下がるランタンに照らされた、静まり返る食堂が俺を迎えてくれた。

お客さんは誰もいない。ワンコ娘の姿もない。繁盛していないのだろうか。

大丈夫か岩壁の止まり木亭。経営難か岩壁の止まり木亭。


どうしようかと1人悩んでいると、階段脇の外に繋がっていると思わしきドアからバケツとモップを持ったワンコ娘が姿を現した。


髪を後頭部の高いところでまとめたポニーテールにしている。露になっているうなじが艶かしい。ただ耳は相変わらすもふもふだ。可愛い。

鼻歌混じりにバケツを床に置いたワンコ娘は階段前で佇む俺を見つけると、はっ!とした表情を浮かべた。

表情豊かで面白いなこの娘は。


「あやっ!?お客さんお部屋にいたんですか!?夕飯時に降りてこないからどこか出掛けてるのかと!」


そんなに長い時間寝てたのか?そしたら夕飯時は過ぎてる?営業時間外?バケツにモップって完全に終わり支度の格好だもんな。客がいないのも納得だ。そしたら遠慮するべきか?


いやしかし、夕飯食べたい。今日はジャーキーしか食べてないから胃が悲鳴をあげている。ぎゃーって。ほらぎゃーって。

喉も気づけばカラカラだ。カラカラー。カラカラー。

断られたら外で何か買ってこよう。見知らぬ街を夜に出歩くなんてちょっと怖いけど。


「いやぁ、ちょっと仮眠するつもりがぐっすり眠っちゃったみたいで。終わり支度しているみたいですが、夕食はまだ食べられますか?ダメなら全然大丈夫なんですけど」


嘘はついてない。多分。インディアンうそつかない。俺、インディアンじゃないけど。


「あらら、そうだったんですか。お疲れだったんですね!でもしっかり休むのも大事です!冒険者は体が資本ですから!夕食ですね!大丈夫ですよ!ちょっと待っててくださいねぇ。すぐに温めますから!」


朗らかな笑顔を浮かべるワンコ娘。

モップをバケツの近くに立て掛けると、厨房の奥へと入って行った。

何この娘、超良い娘。

営業時間外のお客さんにも嫌な顔ひとつしやがりませんよ。ウェイトレスの鑑やで。


「お客さ~ん、カウンターの席に座ってて下さい。すぐ出来ますから~」


「あ、はい。わかりました」


「お客さんはお酒飲めますか~?」


「いや、あんまりです」


「じゃあエールじゃなくて果実水にしときますね~♪」


厨房に入っても客への気配りを忘れない。

マジでおもてなしの心に満ち溢れてるな。感動するわ。

エールって酒か。地球にもあったな。飲んだことはないけど。


言われた通りカウンター席に座ると、厨房の方からワンコ娘の鼻歌が聞こえてくる。


「ふんふふ~ん♪冷めたスープを温めて~♪温かい美味しさ起こします~♪黒パンスライス炙ったら~♪厚切りベーコン乗せちゃおう~♪ロランチジュースを注いだら~♪おまけのヴィーザンつけちゃうよ~♪ふんふふ~ん♪」


あざとい。ワンコ娘あざとい。

けど可愛いから許す。名前もまだ知らないけど。


カウンター席からは見えないところで作業をしているが、朗らかな笑顔で、尻尾をふりふり踊るように盛り付けしてるんだろうなと見なくてもわかる。

可愛い。ワンコ娘可愛い。

めっちゃ頭ぐりぐり撫でまわしたい。猫も良いけどワンコもね。


ワンコ娘の鼻歌を聞きながら辺りに目を向けると、壁に小さな板がかけてあるのが目についた。

板にはチョークで書かれたような文字列が並んでいた。黒板的な物とチョークのような物があるようだ。

例によって文字列は読めないが、じっと見つめてみる。

するとまた徐々に見知らぬ文字が読み取れるようになっていく。


不思議だね翻訳コン○ャク魔法。便利だね翻訳コン○ャク魔法。ありがとう僕っ娘系神様。えーと?


『岩壁の止まり木亭 ランチメニュー』

『黒ぺルビステーキ定食 銅貨15枚』

『ぺルビのスペアリブ定食 銅貨10枚』

『ぺルビのシチュー 銅貨5枚』

『ポムド芋のチーズ焼き 銅貨3枚』

『黒パン 銅貨2枚』


謎のぺルビ推し。ぺルビってなんだ?ステーキとかスペアリブってことは肉だな。何かの動物の肉か。

わからんな。異世界の不思議動物か。やはりステーキは高いんだな。ポムド芋とチーズも気になるな。安いのはおかず的な物だからか?っていうかチーズって普通にあるんかい。

異世界でもちょこちょこ共通点が見え隠れしてるな。不思議!


「お待ちどう」


「あ、ありがとうござ」


料理が来たようなので、お礼を言いながら顔を向けると、そこには



眼帯をした狼男が立っていた。



「うひぃ」


眼帯をしていない側の目が眼光鋭く俺を見下ろしている。

体長は2mくらいだろうか?俺が着ているのと似たような布の服を着ているが、やたらとデカイ。そして怖い。


可愛いワンコ娘が厳つい狼男に進化した。

厨房で何がどうケミストリーしたらワンコ娘が狼男に?一体厨房で何がどうなった。


「クロフの紹介らしいからな。ヴィーザンはサービスだ。熟してるから甘くて美味いぞ。残すなよ」


「あ、はい。ありがとう、ございます」


俺の前には良い香りと湯気の立つシチュー的な皿とスライスされた黒いパン。パンの横にはカリカリに焼かれたベーコン。木のジョッキに並々と注がれているのが果実水と言われたものか。そして小皿の上に乗っている物がヴィーザンだろう。

小皿の上に乗っているヴィーザンはどこからどう見ても、葡萄だった。


うん、葡萄だな。これは葡萄だ。名前は違うけどまごうことなく葡萄だ。

葡萄はヴィーザンか。ここは翻訳されないのか。

理解したらちゃんと翻訳されたりしないかな。アップデートだ。アップデート。

しないか。


いや待てそれより、この眼帯狼男は一体何なんや。喰われないか?一口でパクリといかれないか?怖い。


「ふんふふ~ん♪今日も1日ありがとう~♪お礼に床を磨きます~♪いつもいつでもいつまでも~♪綺麗なお店でありますように~♪」


いつの間にかワンコ娘がテーブルの周りの椅子をテーブルの上に上げて、モップで床を磨き始めていた。

いつの間にかの早業だ。狼男とワンコ娘のマジックショーだ。


「シャローネ、お客がいるんだ。変な歌はやめろ」


「あ!ごめんなさい!静かにするね!」


どうやらワンコ娘はシャローネと言うらしい。なんだかお上品な名前じゃないの。

一言で素直に静かになるところから更なる良い娘感が迸るね。


「じゃ、ごゆっくり」


静かに床を磨き始めたワンコ娘改めシャローネを一瞥した眼帯狼男はダンディズム溢れる声で言うと、厨房へ入って行った。


あれか、料理長と言うかオーナーさんと言うかなポジショニングの狼男さんなのかな。

見た目に反して人の良さそうな、もとい、狼の良さそうな狼男さんだった。うん、びびった。仕方ないね、小心者俺だからね。


あ、お腹が悲鳴をあげた。ぎゃーって。空腹状態で良い香り漂う料理を目の前にしたら仕方ないよね。

うん、とりあえずいただくとしよう。冷めたらせっかくの気遣いを無下にすることになるからな。

それでは、手と手を合わせて


「いただきます」


全ての食材に感謝するんだぜ。

大事。これとても大事。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「ごちそうさまでした」


手と手を合わせて頭を下げる。


うん、美味かった。

まずシチューが絶品。野菜と何かの肉の旨味がしっかりととけ合ってて何杯でも行けそうだ。美味い

パンはちょっと固いけど、シチューにつけてふやかして食べたり、ベーコンと一緒に口に入れるといつまででも噛んでられそうなやめられなさだった。美味い。

果実水はちょっとぬるいけどフルーティーな味わいで凄く甘味があった。味はオレンジジュースみたいだった。美味い。

葡萄、もといヴィーザンも大粒な実の中にプリプリな果肉が詰まっててホントに甘かった。美味い。


この味と量で銅貨5枚は安すぎないか?大丈夫か岩壁の止まり木亭。経営傾かないか岩壁の止まり木亭。心配になるな岩壁の止まり木亭。


料理を食べ終わって、残しておいた果実水をちびちび飲んでいると、いつの間にか掃除を終わらせていたシャローネちゃんが小振りな板を持って近づいてきた。


「お客さん、お昼時に言ってた宿帳にお名前お願いしたいです。大丈夫ですか?」


「あぁ、はいはい。もちろんです」


手渡されたのは部屋の番号が記入された木の板と石筆だ。

なるほど、一部屋に1枚板が割り振ってあって、それに名前を書けば宿帳の出来上がりか。

他の部屋に誰がいるかも簡単にはわからないし、なかなか考えてあるな。


そういや宿帳もメニューもそうだけど、あんまり紙を見ないな。あんまり普及してないのか?

地球で紙が普及したのはいつ頃からなんだろうな?そこまで文化が追い付いてないのかな。

いや、考えるのはやめよう。俺がどうこうできる問題じゃなさそうだしな。うん。

出来たら大富豪っぽいけどな。やらないけどな。いろんな所から恨みを買いそうだからな。


しかしこれ日本語で書いて良いのかな?読めるのかシャローネちゃん。

とりあえず書いてみてダメなら書き直すか。

じゃあ漢字で、真雄と。


「はい」


「ありがとうございます!えーと……。………?」


漢字で真雄と書かれた板を前に小首を傾げまくるシャローネちゃん。


うん、ダメっぽい。


しばらく板とにらめっこしていたが、シャローネちゃんはおずおずと板を差し出して申し訳なさそうに言う。


「あのぅ、お客さん、これはどこの文字でしょうか…?私、学がないから読めなくて…ごめんなさい…」


耳が!耳がへにゃりとショボくれた!尻尾も力なく垂れてる!可愛い!何これ可愛い!


「あ、あぁ、すみません。俺の故郷の文字でして…。え~と、そうすると俺、この国の文字が書けないんですけど、どうしましょう?」


「それなら私が代わりに書きますよ!任せてください!」


名案と言わんばかりの提案に、力なく垂れていた耳と尻尾が元気を取り戻す。ピンと立った耳とパタパタと揺れ動く尻尾。

それと同時にもれなく笑顔。溢れんばかりの笑顔。


何なのこの可愛い生き物。びっくりするわ。頭ぐりぐり撫でまわしたい。


「じゃあ、お願いします。俺の名前はマオって言います」


「はいっ!マオさんですね。私はシャローネ、マオさんにここを紹介したクロフの妹です!よろしくお願いしますね!それじゃえ~と、『マオ』と。こうですね!」


シャローネちゃんが板に書いて見せてくれた文字は筆記体のギリシャ文字というような感じがした。ギリシャ文字もよくわからないけど。雰囲気的な感じ。

そのままだとやっぱり読めないが、例のごとくじっと見つめていると「マオ」という文字に見えてきた。うん、やはり翻訳魔法便利。


「ギルドとかにある魔道具ならどんな文字でも認識してくれるらしいんですけどね。うちみたいな宿にはちょっと置けませんから」


「ギルドというと、冒険者ギルドですか?」


「はい、冒険者ギルドもそうですけど、この街にある鍛冶ギルドや錬金術ギルド、商業ギルドなんかにも置いてあると思いますよ。入ったことはあまりないので、よくはわかりませんが」


おぉう、なんだかそそられる単語がちらりほらり。

この際だ。聞けるだけ聞いてしまおう。この街についても貨幣価値についても。と言うかこの世界についても。


「シャローネさん、この街のことでいくつか聞きたいことがあるんですが、お時間ありますか?」


「はいはい、大丈夫ですよ!このままここでお話しする形で!」


「はい、お願いします。あ、後夕食代なんですが、細かいのがないんですけど、これで大丈夫ですか?」


小銀貨と思われる物を手渡してみる。

受けとるシャローネちゃんの手はやっぱりつるつるだ。


「はい!小銀貨1枚お預かりです!じゃあ銅貨45枚のお返しですね!少々お待ちを!ちょっと片付けもしてきますから!」


パタパタパタ~と厨房の方に走り去ったシャローネちゃん。

小銀貨1枚引く銅貨5枚は銅貨45枚か。

なら小銀貨1枚は銅貨50枚の価値ってことか。

で、カウンターの所のメニューを見た感じ、パンが銅貨2枚だから、銅貨1枚は…100円くらい?

おおよそなおおよそ。


シャローネちゃんは大した間もなく水差しと木のジョッキを手に戻ってきた。


「はいはい、お待たせしました!銅貨45枚のお返しと、果実水のお代わりどうぞ!」


お釣りの銅貨を手渡しながら俺のジョッキに水差しの中身を注いでくれる。

水差しの中身はさっきから飲んでるオレンジジュースのようだ。

気が利くなぁシャローネちゃんは。

頭撫で回したい。


「ありがとうございます」


「どういたしまして。はい、では何でも聞いてください!」


隣の椅子に腰かけて、持ってきたジョッキに自分の分の果実水を注いだシャローネちゃん。

さぁ、どこからでも掛かってこい、と言わんばかりに気合が入っている。


ありがたいことだ。じっくり話を聞かせてもらおう。


彼氏いるの?とかは聞かないんだからね。ホントに聞かないんだからね。

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