責任の所在とようやくの帰還
「さ、気を取り直して質問の続きと行きましょうか」
俺の一部が鎮まる時を見計らいつつ、何事もございませんでしたと言う雰囲気を醸し出しながら司会進行出発進行。
あのままピンク色の世界へ巻き込まれる訳にゃいかんでよ。
無理矢理にでも引き戻さにゃいかんでよ。
次なる疑問は責任がどうとかだ。
「レビさんはさっき俺に責任を取らす、みたいなことも言ってましたけど、俺が何かをすればレビさんの使命のための準備が元に戻るとかはあるんですか?」
「隷属の首輪がご主人様に嵌まっていた場合ならばすぐにでもダンジョンへ戻り、魔神の間の前でご主人様をくびり殺し、その魂を捧げれば溜め込んでいた魔力の7割程は取り戻せましたね。まぁ、その魔力を抱え込んでるのは憎き使い魔ですけれど」
ふむふむ、オプション先生の中に、魔神の復活のための魔力が詰まってると。
………………何で?
「もちろんご存知かと思いますが、使い魔は主の魔力を原動力に発現します」
あ、そうなんすか。割りと初耳ですね。
まぁ俺ってばこの世界初心者なもんで。そう言った知識はありませんので、仕方ないですよね。
「主の魔力が尽きればもちろん使い魔はその存在を維持できません。しかしご主人様の憎き使い魔はご主人様の魔力を消費している様子はありません。どうやらその使い魔は周囲の空間に満ちている魔力を吸収しながら活動しているみたいですね。明らかに高性能過ぎますね。ご主人様のゴミクズみたいな魔力で一日中出しっぱなしにできるレベルの使い魔ではありませんが、周辺の魔力を吸収しているならば多少は納得がいきます」
あ、はい。そうですか。
「そしてその吸収力も規格外なんですよ。ご主人様が魔神の間の近くに湧き出やがりました時にその使い魔も湧き出やがりましたが、その瞬間、ダンジョンに満ちていた魔力を根刮ぎ吸収しやがったのでございます。お陰さまで私の長年の苦労が一瞬にして吹き飛ばされたのです。その時の私の絶望……ご主人様に解りますか……?」
あっ、また瞳から光が…。
え、これまた返事間違えたらレビさんのメンタルがヤバイことになるのでは?
コップどころかテーブルとか叩き割られるのでは?
選択肢……選択肢ウインドウが欲しい。切実に欲しい。あぁ、ゲーム脳。
「え、えぇと、ごめんなさい。わからない…ですね」
「そうでしょうね!そうでしょうとも!簡単に解ってもらってたまりますか!あっさり解りますなんて言われたら今すぐぶち殺してやるところです!」
再びの怒りゲージ高レベル突入であります。
二つ目の木製のコップの耐久値も危険レベルに突入であります。
でも今回の選択肢は何とか乗りきったみたいだぞ!あぶねぇ!
解りますとか言ったらテーブルとか叩き割られるどころか、殺されるところだったわ。
え、これこの先もこんな綱渡りしてかなきゃいけない系?
こんな調子だと俺の心労が凄まじいことになりそうだが、耐えていかなきゃいけないのでしょうか。教えて神様。
あ、僕っ娘系神様がサムズアップしながら良い笑顔で「面白いから頑張って」って言ってるビジョンが見えた。うん、頑張る。頑張れるわけねぇだろうがぁ!
「じゃあ、今もレビさんは俺をその魔神の間の前で殺そうと思ってるってことで良いですかね?魔神の復活のために」
「いいえ?今の私の使命はご主人様に尽くすことですから。今となっては魔神の復活なんて路傍の石ころですね」
はぇ?路傍の石ころ?
「200年近く前に無理矢理に魂に刻み込まれた魔神ドンツェ・ル・フォス復活と言う使命。それは当時の魔王が自身の影響力を高めるために打ち出した政策の一つでした。それに対し周囲の反応は芳しくありませんでしたが、魔王は強硬に計画を実施。私達数人の魔族の魂にその使命を刻み込んだのです。その使命に従って私は魔神復活のために生涯を捧げてきました。魂に刻み込まれた使命には逆らえませんでしたから……。私は長きに渡りその使命に正に命がけで尽くしてきたのです。しかし、今回、私の全身全霊、私の魂を込めた『隷属の首輪の呪法』。それが跳ね返されたことにより予想外の効果が表れました!」
木製の椅子からガタリと立ち上がるレビさん。
手にしたコップを握りしめ、空を見上げるその様は何かの感情にうち震えているようだ。
「私の魂はご主人様に縛られ、私の全身全霊を込めたお陰か、憎きクソ魔王に刻まれた魔神復活と言う使命は、ご主人様に尽くすと言う使命に綺麗!さっぱり!上書きされたのです!!何たる偶然!!何たる奇跡!!そうこれは神の奇跡と言っても過言でもありません!隷属の首輪万歳!!ご主人様万歳!!これでもうあんな暗いダンジョンの底で辛気臭い扉の前で人間共に見付からないように隠れ住む必要もなく!何十年も結界を張り直し続ける苦行に縛り付けられることもありません!!私は……これから私は明るい空の下を大手を振って歩けるのです!素晴らしい!お外の空気って素晴らしい!!万歳!!お外ばんざーい!!」
高らかに果実水の入ったコップを掲げ、中身を気持ちよく飲み干したレビさんは、感極まった様に顔を伏せ、顔を手で覆い肩を震わせた。
………………。
何だろう。凄く、泣きそうになってしまった。
凄い情緒不安定な人だなぁ、って思ってごめんなさい。
レビさんには今まで数えきれないくらい色々苦労をしてきたんだろうなぁ。
その辛さは俺にはわからないけど、泣くほど辛い使命から解き放たれたってのはとても良いことだよね。きっと。
うんうん、良かった良かった。
「良かったですね。辛い使命から解き放たれて」
「は?お前がそれほざきやがらないでもらえますか。それとこれとは話が別だと魂に刻み込みやがりませ?私が数十年かけて積み上げてきた物をぶち壊しやがりましたすっとこどっこいに対する怨みは消えてねぇですからね?そこ勘違いしてんじゃねぇでございますですよ?ゴミクズ野郎ご主人様?」
「あ、はい。ごめんなさい」
凄い。凄い情緒不安定です。
瞳が、俺を見るレビさんの紺色のはずの瞳が、漆黒に見えます。
かなりの漆黒。限りない勢いで漆黒。暗黒面に堕ちていると言っても過言ではありません。
怖い。めっちゃ怖い。
盛大に選択肢をミスったみたいだ。ヤバイ。俺のストレスがマッハでヤバイ。
話題、話題と空気を変えねば。
「えーと、えーと、あ、それならもう魔神は復活しないと考えて良いんですかね!」
「……そう、です、ね。どこぞのあんぽんたんが色々と大事なものを破って奪って壊して行きやがりましたので、また数十年の時間をかけて復活させようとする、頭おかしい輩がいない限りは大丈夫でしょう」
あ、微妙に話題を変えきれてないなこれ。
「じゃ、じゃあ魔神の封印はそっとしておけば特に問題はないと」
「えぇ、魔神の封印は問題ないかと」
「そうですか。じゃあ、良かった」
「私の生涯的には全然よろしくない部分もありましたけどね」
「あははは……」
「まぁ、人間の奴隷になったことも含めて不満は多少残りますが、あんな暗いダンジョンの底で暮らし続けるよりはましです。人間の寿命は長くても60年くらいでしょう?それくらいは我慢して我慢して我慢して付き合ってあげますから、大切に扱ってくださいませ?ご主人様」
「あ、はい、よろしくお願いします?」
「でもなるべく早く死んでくださいね。私の自由のために」
「頑張り、ます?」
お、おう、なるべく早く死んでくださいねってなかなかのインパクトだな。
まぁ、とりあえずは色々大丈夫って事だな。
はぁ、何か、凄く、疲れました。
もう帰って寝たい。ふかふかベッドに包まれて寝てしまいたい。
あぁ、剣と魔法の世界ってこんなにも大変なものだったんですね。
俺ってば甘く見てた。全然甘く見てたわ。
今日も色々ありすぎた。
早く帰って寝よう。岩壁の止まり木亭に帰って寝よう。
あぁ、何だかとっても疲れたんだ。パトラッ……。
「どうしましたご主人様。そんなに疲れたような顔をして」
「疲れたようなじゃなくて、実際に疲れて……」
あぁ、そうだ。そこもどうにかしないとダメだった。
「レビさん。その、ご主人様ってやつ、やめません?」
「何故ですか。男なら一生の内に言われてみたい言葉100選に選ばれるほどのキーワードでしょう?」
「それはそうかもしれないですけど、俺のメンタル面でのストレスがマッハでヤバイんです」
「ご主人様が何を言ってるのかちょっとわかりません。ダメな奴隷で申し訳ありません。あ、ダメな奴隷にはもちろんお仕置きが必要ですよね。そんなときには腕輪に向けて《ドゥム》と唱えて下さいませ。ささ、どうぞ」
え?今?
頷くレビさん。
何が起こるやら恐る恐る腕を顔に近づけ。
「ドゥム」
「はぁぁうっ!!」
俺がお仕置きの言葉を腕輪に向けて唱えた途端、レビさんがビクリと仰け反り椅子から転げ落ちた。
「レビさん!?」
「かっ……はっ……ふ、ぐっ……」
石畳の上で首輪を押さえながらガクガクと震えだすレビさん。
めっちゃ悶えてる!?痛みを耐えてるみたいだ!何これ何これ!どうしよう!?どうしたら!?
あぁ!何故思い付かなかった!奴隷、お仕置き、何かの呪文。
そこから導きだされるのはいけないお仕置き!
こういうときに実力を発揮しろゲーム脳!!
誰かに助けを求めようとしても認識阻害魔法のお陰でこの状況に目をくれる人はいない。
助け起こそうにも俺が触れることでお仕置きが悪化したりする可能性もある。
何より身悶える美少女を目の当たりにするという非現実的な状況に、考えちゃいけない感想がじわりじわり。
ダメだダメだ。考えちゃダメだ!人として!奴隷をいたぶって喜ぶなんざ人としてダメだぁ!
「レビさん!これ、解除の仕方は!?何かないんですか!?」
俺の言葉に、悶絶しながらもふるふると首を振るレビさん。
まさかこれにも解除の方法は無いというのか。
何て酷い呪いのアイテムだ。
隷属の首輪、恐ろしすぎるぞ。
ビクリビクリと身悶えるレビさんを前に石畳に膝をつき、見守ること数十秒。
徐々にレビさんの体の震えが収まり、息を荒らげながらも体を起こせるようになったようだ。
「はぁっ、ふぅ……大丈夫、です。痛みは、しばらくすれば、収まりますから……」
「そうは言っても、いきなりこんなんなったら焦りますよ。どうなるか位は先に教えておいて欲しいですよ」
落ち着きを見せたレビさんを椅子に座らせて、新しい果実水を買いに走る。
認識阻害魔法は対象を指定すると、その対象は魔法がかかっていてもそれをちゃんと認識出来るそうなので俺がレビさんから離れても大丈夫だ。
いやぁ、それにしてもあれは本当に心臓に悪い。
言葉一つで人をこんなにも苦しめられるとは、呪いのアイテムの怖さをまざまざと見せ付けられた気分だ。
もう今の言葉は使わないぞ。
見てるだけで俺の心労が凄まじいことになるからな。
お仕置きだって口で説明すれば良いだろうに、何故実際にやらせるのだ。
おっかねぇわもう。
果実水を買って戻ると、レビさんは大人しく椅子に座って待っていた。
果実水が入ったコップを手渡すと、レビさんはお礼を言いつつ喉を潤し、一息ついた後に俺を見ながら言う。
「ご主人様に使いっぱしりみたいな真似をさせて申し訳ありません。ささ、どうぞもう一度お仕置きを」
「やりませんからね」
「あら、そうですか?」
なんて恐ろしいことを仰るのだこの人は。あんなんもう良いわ。
しかも何でちょっと残念そうなんだよ。
そういうタイプの人かよ。理解が追い付かねぇわ。
「えーと、何の話を……」
「ご主人様呼びをやめるかやめないかって話では」
「あぁ、そうだ。ご主人様はやめましょう。名前呼びでお願いします」
「はぁ、それは良いですけど、私、ご主人様のお名前を知りません」
え?あれ?そうか、俺の方からは自己紹介してなかったか。
レビさんのインパクトが大きすぎて忘れてたわ。申し訳ない。
「俺の名前はマオと言います。これからはマオと呼んでください」
「はい、わかりましたマオ様」
様もいらないんだけど、まぁ、良いか。もう他の事から見たら微々たる問題だよもう。
「はぁ、これ飲んだら俺は宿に向かいますけど、レビさんはどうします?」
「もちろんお供させていただければと。恥ずかしながらダンジョンから着のみ着のまま飛び出して来たこともあり人間の通貨の持ち合わせがありません。なのでご主人……マオ様に頼る他ありません」
あぁ、そうか。何十年もダンジョンの中にこもってたからお金とかも必要なかったのか。
予定なら俺を拉致ってすぐ戻るつもりだったんだしな。
しばらくは俺が面倒見るしかないのか。
「何よりマオ様の命令もなくお側を離れることもできません。野宿をしろ、と仰るなら従いますが、夜伽もありますしお側に置いていただけたらと」
ゴフゥ!口に含んだ果実水が霧状になって飛び散る。
「ゲフッゴフッ、夜伽、いりません。部屋、別で、寝ましょう」
「あら、そうですか?仕方ありません。マオ様がそう仰るなら、それに従いましょう」
「そうしてください」
あぁ、そうか。この人の脳内は濁ったピンク色だった。
油断してたら痛い目を見るな。
気を付けねば、耳そばだてて聞きたださねば。
あぁ、俺、この人と上手くやっていけるのだろうか。
「はぁ、じゃあ行きましょうか。俺の宿はあっちです」
「はい。お供します」
こうして俺はようやく安住の地、岩壁の止まり木亭に辿り着けることになる。
だが、岩壁の止まり木亭に着いた後も問題は起こり、部屋の空きがなくて結局レビさんも同じ部屋で寝ることになってしまい、ベッドが一つしかないことで再びレビさんのテンションがおかしなことになったり、シャローネちゃんがシングルサイズのベッドを軽々と担いできたり、ベッドが二つになっても夜伽をするだしないだで揉めたりと、眠りにつくのは夜遅くになってからになった。
あぁ、夕飯食べてないやとか、体も拭きたかったなとか考えることはあったが、疲れきっていた俺は、レビさんがベッドに潜り込むのを見届けてから、ベッドに横になった。
そして目を閉じて落ち着くと、意識を手放すのは本当に一瞬だった。




