彼女の名は
「私の名前はレビアーマ・フールートと申します。どうぞ『レビ』とでもお呼びください。私はこの街から南の方角に位置するダンジョンの中にかれこれ180年程住んでおりました。が、数日前にダンジョンの中に突如現れて私が今まで数十年の時間をかけて積み上げてきた全てをぶち壊したご主人様を追ってこの街に忍び込んだ次第でございます。この街の民草に紛れたご主人様を追うのはそれはそれは大変でございました。ご主人様の魔力は下々の人間と変わらない程しかございませんので、民草に紛れ込まれてしまうと塵芥かと思われるほどに沸いて出る人間共の中から探し出すのは限りなく不可能に等しくありました。くそったれです。ならばとご主人様の傍らに浮いている憎き使い魔の魔力を辿ろうとしても、そこの使い魔は小癪にもその魔力を巧みに隠蔽し、私の追跡を撹乱しやがりました。街中で感じ取れていたと思ったら消え、消えた場所に辿り着いたかと思うと街の外に現れ、街の外に出てみれば再び街の中に……。その度に私は地上で使える限られた魔力を隠蔽魔法に使い、必死にご主人様を追いました。しかしその都度その都度、憎き使い魔は私を嘲笑うかの様に魔力を隠蔽したのです。正に外道です。鬼です。そんな仕打ちをされては私の心の中に仄暗い(ほのぐらい)思いが宿るのは仕方なかったと思います……。そして私はこの数日の仄暗い思いをこの腕輪と首輪に込めました。えぇ、それはもう丹念に。それはもう入念に。その呪い、いや思いたるや数日とは言え素晴らしい物と自負しております。私の数十年にも及ぶ艱難辛苦をあっさりと瓦解させたあんぽんたんに…、あ、ご主人様のことですよ?そうそのあんぽんたんに目に物見せてくれようと、塵芥のような魔力のくせに幾重にも張り巡らせた結界をあっさりと解き放ちやがったすっとこどっこい…、あ、もちろんご主人様のことですよ?そうそのすっとこどっこいに私の辛さの一片でも味わわせてくれようと、私の全身全霊を、私の魂を『隷属の首輪の呪法』に込めたのです。その首輪を、ご主人様と言う名のあんぽんたんの首に嵌め、私の言いなりにし、足蹴にし、きっちりと責任を取らせ、最後にはこの手で心の臓を抉り出し、内蔵を撒き散らし、頭かち割って脳漿かき混ぜて頭蓋骨を器にしたまま魔獣の餌にしてくれる!と決意していたのですが!今!それは!その全身全霊の呪いを込めた首輪は!私の!私自身の首に!しっかりと!きっちりと!私の首に嵌まっているのです!!どうしてでしょうね!?何ででしょう!?何でなんですかぁ!!」
貴方の名前は?と訪ねてみたところ、名前から始り滔々と語ったかと思えば再び絶叫し、ダァン!!と握り拳をテーブルに叩き付ける美少女、もといレビアーマさん。
怖い。とても怖い。顔は可愛いが。
怖い上に、飲むかな?と思って買ってきた果実水がコップごと吹っ飛びそうなので、テーブルをグーで叩くのはやめてほしい。
ダァン!!
あぁあぁ、やめてくださいやめてください。
今現在俺達は、マインエラ南区の屋台街の一角にある食事スペース的なテーブルにて向かい合って座っている。
周りにはちらほらと民衆の皆様がいるが、レビアーマさんの絶叫に目を向ける人はいない。
道端でわぁわぁと号泣するレビアーマさんをどうにか宥めながら、どうにかこのスペースまで移動する途中に、急に泣き止みつつ「ご主人様のご迷惑になりますから」と言いながらレビアーマさんが『遮音魔法』と『認識阻害魔法』とやらを使ってくれたかららしい。
遮音魔法はその名のとおり音を遮断する魔法で、周囲に聞かれたくないことを話すときに有用な魔法だそうだ。
認識阻害魔法は、そこにあるはずの物やいるはずの人を認識出来なくさせるものらしい。
ゲームとかマンガによくあるスニーキング魔法とか道具の類いだね。
めっちゃ便利じゃん。普通は入れない様なとこもスイスイ入っていけちゃうね。
悪いこともし放題だ。いやしないよ?多分、きっと、……恐らく。
そんな便利な魔法に包まれているからだろう、レビアーマさんの正に全身全霊をこめた絶叫が辺りに響き渡っているはずなのだが、気にした様子を見せる人は皆無だ。
凄いね魔法。便利だね魔法。
そのお陰でレビアーマさんの威圧感が全て俺に向けられているけどね。
怖い。
「え、えぇと、何ででしょうかね?」
当たり障りないように相づち的なものを打ってみたが、その相づち的なものに対しギロリと音が聞こえて来そうなレベルで睨みを効かせてくるレビアーマさん。
顔は可愛くても怖い。とても怖い。
「何で、ですか…ねぇ?」
可愛らしい顔を歪めつつ苦々しく絞り出すように呟くレビアーマさん。
いや、そんな嫌々なら全然答えなくて良いんですよ?ただの相づちですからね?
だが、レビアーマさんは軽く曲げた人差し指を顎に当て、考えるような仕草をしながら律儀にも答えてくれる。
「ご主人様の塵芥のような魔力から考えても、魔法耐性はゴミクズのような物ですから、私の『隷属の首輪の呪法』を完全に跳ね返すことなど不可能なはずなのですが……。ぐうの音も出ないくらい完璧に跳ね返されてますし、何かしらの魔法防御が効いていると思いますね。考えられるとすると……そのランタンに収まっている小癪な使い魔くらいしかないかと思いますが……」
魔法耐性ゴミクズて。小癪な使い魔て。
所々でめっちゃディスって来るじゃんこの娘。なんなのなの?
あれ、でも180年とか言ってたからもしかしなくてもめっちゃ年上だな。
人生の先輩に対してだからやっぱりさん付けが無難だな。レビアーマさんだね。レビアーマさん。
「しかし塵芥のような魔力しか持っていないご主人様がそんな規格外の使い魔を使役できるとは到底思えません。どんな禁忌魔術に手を出したんですか?教えてください」
「いや、禁忌魔術なんて聞いたこともないけども」
「じゃあ数十人から数百人の生贄を伴う暗黒呪法ですか?いやその性能的にみても数千人かしら……」
「ちょっとその方面から離れようか……」
「その方面から離れるとなると、聖遺物か何かを媒体にした刻印魔法ですかね……。教えてください。私も習得してやり返しますから」
「いやいやいや」
何よ禁忌魔術とか生贄を伴う暗黒呪法って。
聞いた限りでも物騒な感じしかしないわぁ。
しかも俺がそれを知ってて教えたらやり返されるんじゃんよ。知ってても教えねぇわ。
めっちゃ怖いわ。美少女なのにめっちゃ怖い。
あれ、でも180歳以上なら美少女じゃなくて、美女?美魔女?見た目は完全に十代半ばくらいだけど。
いや、とりあえずそれは置いておいて、今さっきレビアーマさんが語ってくれた話の中で聞かなきゃいけないことががっつりあったよな。
結界を解き放ったとか呪いの首輪とか責任を取らせるとか。
聞ける物は聞けるだけ聞いとかないとだよな。
めっちゃ怖いけど。
「あの、レビアーマさん?ちょっと聞きたいんだけど……」
「レビ、とお呼びください」
「え?いや、レビアーマ」
「レビ、と」
あれ?え?笑顔が怖い?
「…………レビア…」
「レビ、と」
「…………。レビ、さん?」
「……はい。何なりとご主人様」
先程の怖い表情から一転、にっこりとした微笑みを浮かべるレビアーマさん。
その微笑みたるや元の美少女具合も相まってキラキラと輝くようだ。
そのギャップが返って恐ろしい。
恐ろしいが聞かないわけにはいかないのだろうから、勇気を振り絞れ俺。
「えぇと、まず、俺が解き放ったとか言う結界って何ですかね?」
「180年程前に与えられた私の魂に刻み込まれた使命を成就させるために使用する魔力を溜め込む結界と、他者を寄せ付けなくする結界、それと一階層の隠し扉を封じてあった結界ですね」
「一階層の扉……」
「壁に擬態させてあって、くるっと回転するタイプの扉です」
まさかのどんでん返しじゃないですか。やだー。
「表側から見た場合行き止まりの場所にありましたし、認識阻害の結界も張り巡らしてありました。何より表側からは開けられないようになっていますから、表側から破られることはないと油断していました。まさか裏側に突如現れて狙い澄ましたかの様にあの扉を開けられるとは思いませんでしたよ。お陰でダンジョンの中のトラップ関係がめちゃくちゃになってしまいましたが、仕方ないですね。全てご主人様のせいです」
「は、はぁ。表側と裏側って言うのは……?」
「出入口のある全五階層に擬態させた側が表側、ご主人様が何処からともなく沸き出やがりました側を裏側と私は呼んでいます。裏側も五階層ありますが、本来の通路は表側の三階層にある隠し扉になっています。1番怪しまれない場所に作ってありましたし認識阻害魔法もかけてありましたから、裏側についてはここ40年は人の出入りはありませんでした」
俺が沸き出やがりましたって、うーん、あの暗い感じの場所か。
そいで、どんでん返しした先が表側、あの6人組パーティーがいた方だな。
何で表と裏に別けてあるんだろう?
「どうして表と裏に別けてあるんです?」
「表側の五階層が最終地点の小型のダンジョンと見せかけて人間共を満足、油断させ、裏側の一階層にある私の使命を隠し通すためです」
「は、はぁ。なるほど」
地下五階までしかないよー、と見せかけてめっちゃ大事なやつは実は地下一階の隠し扉の奥にありました、とそういう感じか。
バレない物なんだなぁ。いや、いろいろ結界?張ってたらしいから気付かれないように頑張ってたんだなぁ。
何十年もか……。何か申し訳なくなってきたな。
「えーと、うーんと、あ、180年前に与えられたレビさんの使命って何なんです?」
「魔神ドンツェ・ル・フォスの復活です」
………………………………ふぇっ?
「ま、魔神?」
「はい。魔神ドンツェ・ル・フォスです」
平然と言った様子で言い放つレビさん。
その真っ直ぐな紺色の瞳は嘘や偽り等微塵も感じさせない。
事実をそのまま述べているだけ、と仰られる気満々だ。
あ、あるぇー?何かきな臭い感じがぷんぷんしてきたぞぉー?
ま、待て、落ち着け。素数を数えるんだ。1、2、3、ダーッ!
「正確には魔神ドンツェ・ル・フォスの肉体の一部分の復活ですね。あのダンジョンの中にある魔神の間に封じられている魔神ドンツェ・ル・フォスの肉体の一部分を、封印から解き放つことが私の魂に刻み込まれた使命でございました」
もしかしなくてもあの地獄の門的なアレか!!
あの紫色の光を放つ禍々しいことこの上なかったアレだな!?
ヤバイ感じしかしなかったもんな!!近付かなくて正解だろ!もし下手に近付いてたら飲み込まれて魔神復活の生贄とかにされてたんだぜきっと!
さすが俺の危機回避能力だな。
君子危うきに近寄らねえってアレですよほら。
それはそれとして、魔神の復活とかファンタジーのお約束中のお約束すぎやしませんかね。
そんな重大なイベント俺の新しい人生に必要ないんですが。
いやだが、よくあるファンタジー物語の中の魔神やら魔王は結構穏やかだったりとか、アホだったりする。
ここの魔神ももしかしたらそう言った可能性も否めなくはないかもしれん。
「今はご主人様に尽くすことが私の新しい使命でございます」
え、急に何よ。ドキッとするわ。
そのご主人様についても聞かなきゃいけないけど、待て、とりあえずそれは置いておいて、先に魔神の話だ。
「そ、そうなんですか…。もしその魔神、の一部分?が復活するとどうなるのかな?」
「そうですね。魔神とは言えたった一部分ですから、何ヵ国か合同の討伐軍が編成されて数に物を言わせるか、一騎当千の勇者が運良く近場に居れば早々に討伐されると思いますよ」
あ、意外と?大丈夫そう、かな?
「早々に討伐されなかったら?」
「魔神は人の魂を糧に活動しますから、周辺の人の集まる街や国が襲われて災厄を撒き散らしますね。少なくてもこの街の人間共は確実に死滅します」
あ、これ復活させたらアカンやつや。
「大丈夫ですご主人様。ご主人様が封印を破る為の魔力をごっそりかっさらって行きやがりましたので、当面は魔神の復活はありえません」
「え?そうなの?」
「はい。数十年間溜め込んだ魔力を解呪の魔法に変換して、封印を打ち破る予定だったのです。それもあと数年……無理をすればあと数ヶ月あれば解呪できるといった所でご主人様が何処からともなく沸いて出やがりましたので、その計画も水の泡でございましたがねぇぇ!!」
ダァン!!!
ひぃ。めっちゃキレてるじゃないですか。
めっちゃ怖い。めちゃくちゃ怖いわ。
「お、落ち着きましょうレビさん。まぁ、果実水でも飲んで」
おずおずと果実水の入ったコップをすすめてみた所、怒り心頭のレビさんはコップを引ったくると、一息にそれを飲み干し
ガァァン!!!
コップをテーブルに叩き付けた。
ひぃぃ、怖
ゴツン!!
更にレビさんはそのままテーブルに額を打ち付けた。
えぇぇ、怖、怖い。
「200年近くも昔に……無理矢理魔神復活の計画に組み込まれ……魔神封印の地を探して駆けずり回り……ようやく見付けた封印の地……。くそったれなほどに厳重に施された封印を打ち破る為の術式の開発に……20年もかかったんですよ?その術式を起動するために必要な膨大な魔力を確保する結界を幾重にも張り巡らせ、人間共に気付かれない為に念には念を入れて慎重に、徐々に徐々に魔力を溜め込んだんですよ?そうやってあの暗いダンジョンの中で!一日千秋の思いで待ちわびたその日を!ぽっと出の人間に何の思惑もなくかっさらわれて!また一から頑張ってね?みたいな状態にされて!!恨み言を吐かない者がいるとするならば!それはもう聖人君子か!!神か何かじゃありませんかねぇ!!??」
レビさんの小さな手に握られたコップが再び、ガァァン!!とテーブルを打つ。
木製のコップとテーブルの耐久値がそろそろヤバイ。
多分もうすぐ砕け散るはずだ。
やめてほしい。めっちゃ怖いから。
「あ、あの、ちょっと落ち着いてね?コップとテーブルが壊れてしまうので……」
俺の言葉を聞いて、レビさんの頭がギギギギ、と音をたてるかの如くゆっくりと持ち上がり、紺色の瞳が怨念にまみれた視線を向けてくる。
あれ?もしかしてこれが殺意の波動?
「今の、話を、聞いて、その当事者のすっとこどっこいが?コップと?テーブルの心配……ですか?」
うわぁ、やべぇ、俺、空気読めてなかったわ。
「憎しみで……憎しみで人が殺せるなら……っ!!」
ああぁぁぁ、レビさんの瞳から光が、光が消えていく。暗黒面に堕ちてしまう。
ついでにコップが、握りしめられているコップがついに砕け散りました。弁償かなぁ?認識されてないからそのままでも大丈夫かなぁ?
もうやだぁ。俺もうお家帰りたい。




