森の異変?と昇級 そして天然天使
1人と1球で岩壁がそそり立ち、岩が点在する荒野を歩くことしばし、岩壁の隙間を塞き止める大きな壁が見えてきた。
あれに見えるはマインエラの南門。良かった、何事もなく帰ってくることができた。
ここまで来ればもう安心だ。早いとこギルドで薬草と耳を精算して宿に帰ろう。
オプション先生にはいつものようにランタンにインして、光量と気配を押さえ目にしてもらい、いざって時が来るまではそのままステイでお願いしたい。
いざって時が来たら先生っ!お願いしますっ!と先生に丸投げだ。
矢を1本取り逃したとは言えオプション先生の防御機構としての高い信頼は今だ健在だ。
致命傷さえ避けてくれたなら御の字なのである。
世の中は物騒なのだ。大の大人とかジョッキとか矢とかいろんな物が飛んでくることも多々有りうるのだから。
そんないざって時に光輝くのがオプション先生である。いつもオレンジ色に輝いてはいるがね。
いやもちろん、いざって時が来ないことを祈ってやまないけども。
門番は俺が出るときと変わらず豹っぽい兵士さんだ。
クロフさんが装着していたのと同じ鎧と兜でビシッと決めた姿がさまになっている。
この鎧兜はマインエラ守備兵隊の正式鎧とかなんだろうね。きっと。
俺が門を出てから戻ってくるまでの時間が他の人よりも明らかに短いだろうけど、是非とも気にしないでいただきたいものだ。
人にはそれぞれペースって物があるじゃんね。
時間いっぱい力と体力の限り頑張る人もいれば、ちょっとだけ頑張って程ほどの所で戻ってくる人もいるはずさ。
そんなもんさ、そんなもんさ。
さ、カード決済で通行料を払って通り抜けるぞ。
ギルドカードを取り出して豹っぽい兵士さんに差し出すと
「おぉ?君は、ちょっと前に通った銅ランクの人じゃないか?もう戻ってきたのかい?」
カード決済をしつつ、豹っぽい兵士さんが話しかけてきた。
あうち、その辺りには触れずにそっとしておいてほしかった。
俺の精神力はもう限界よ。
「え、ええ、今日はちょっと体調が良くなくて、程ほどで切り上げてきたんです。無理は良くないですからね」
「確かにそうだね。冒険者は体が資本、と言うもんね。無理をして怪我したら元も子もないもんなぁ」
ずらりと並んだ鋭い牙を見せながら朗らかに笑う兵士さん。
やめてくださいよ。牙が怖いですから。
「見た感じ、薬草採集の依頼かな?」
「ええ、はい。一人だと出来ることも限られてきますので……」
「薬草から作られる回復薬は僕ら兵士にも生命線なんだ。そうやって薬草採集を頑張ってくれる君達冒険者には感謝しているよ」
「そ、そうですか。いやこちらこそ街の安全を守っていただいて感謝しています」
「あはは、これが僕らの仕事だからね」
おおう、ちょっと話しただけだけど、何だか人当たりの良い兵士さんだな。
いつもの精神状態なら朗らかにトーキングも良いですが、今の状態だと朗らかには接せられない。
申し訳ないが早々に退散させてもらおう。
「じゃあ、俺はこの辺で」
「あ、待って待って、君、ちょっと良いかい?」
ぺこりと会釈をして、豹っぽい兵士さんの前から退散しようとするとまるでどこぞの国家権力さんっぽい言い方で呼び止められた。
ひぃ、何ですか何ですか。職務質問的なあれですか。
やめてくださいよやめてくださいよ。俺、何も悪いことしてませんよ。怪しい者じゃないですよ。
「は、はい?何でしょう?」
「君が活動している間に、森で他の冒険者の姿を見かけたかい?」
他の冒険者さん?いや、森ではゴブリンと小鳥以外の生物は見かけてませんけど……。
うーん、と薬草採集をしている間のことを思い返してみるが、誰かを見かけたと言うようなことは全く思い浮かばなかった。
なんと言っても俺は何をするにも1人と1球だからね。
「いえ、誰とも会ってないですけど……何かあったんですか?」
「んん、そうかい。いや、ちょっと聞いてみただけなんだ、すまなかったね。気にしないでおくれ」
「はぁ、そうですか」
「体調が悪いところを引き留めて悪かったね。ゆっくり休むと良い」
「あ、はい、どうも」
こちらの体調を気にしてくれる気の良い兵士さんに会釈をしつつ、その場から立ち去る。
「うーん……やはり、何かがおかしいな……」
背後から聞こえた兵士さんの呟きは聞こえなかったことにしよう。
ええ、俺は何も聞きませんでしたとも。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ガタガタと行き交う荷車に轢かれないよう気を付けながら、南区と中央区の大通りを抜け、冒険者ギルドの裏口にまわる。
周りの建物と比べても一際大きく立派な石造りの建物は、今日もその威光を存分に轟かせていた。
よくよく見れば裏口の周りには、使い込まれた装備を身に付けた先輩冒険者さん達の姿がちらりほらり。
まだ夕暮れには早い時間ではあるが、すでに一仕事終わらせて帰ってきている先輩方も少なくないようだ。
そんな先輩方のお邪魔にならないように、こっそりそそくさと裏口の扉を開けてギルドの中に滑り込んだ。
ざわざわと喧騒が響く買い取りカウンター側ギルド内。
辺りを見渡せば、話し合いやちょっと一杯に使えるように設置されたテーブルで、思い思いに語らう冒険者達。
依頼書を手に相談をする兎耳のお姉さんと100%ゴリラにしか見えないおじさんや、軽食をつまみながら硬貨を等分するヒューマ族と見られる人達。
いつ見ても人種の坩堝やで。
いつかは俺もあんな風に語らう仲間が欲しい。切実に欲しい。
さて、あんまり周りをじろじろ見てると変な因縁をつけられるやも知れん。
さっさと精算してしまおう。
向かうはいつものラウラ嬢のカウンターだ。
ちらりと視線を向けたところ、他の冒険者さんの受付をしていたラウラ嬢の方も俺に気づいていたようで、こちらに視線を向けながら荷物の陰から小さくひらひらと手を振っているのが見えた。
可愛い。とても可愛い。
とても可愛い上に、俺のような目立たない一般ピーポーのことをちゃんと認識してくれているという事実が俺のハートにストライクショットだ。
出来ればもっといろんな意味で仲良く、お近づきになりたい。
いや、しかしまだそんな親しくもない状況でぐいぐい行くと引かれてしまう可能性が否めない。
地道にもっと仲良くなってから距離を詰めていかねば。
経験則じゃねぇですよ?常識的な観点から見てね、そういう感じでね?
ラウラ嬢のカウンターにいた冒険者が報酬を受け取り、離れるのを見計らってラウラ嬢のカウンターに近付いた。
「マオさん、おかえりなさい。お仕事は終わったんですか?」
「ただいま帰りました。はい、今日は無理せずにちょっと早めに切り上げてきたんです」
「マオさんさすがです。冒険者にとって無理は禁物ですからね。生きて戻ることが何よりも大切で、稼ぎは二の次ですよ。生きてれば何度でもやり直せますから!」
冒険者の心得をどどんと語るラウラ嬢。凄い。凄いどや顔だ。
「なるほどなるほど、確かにそうですね」
「先輩の受け売りなんですけどね。あはは」
先輩の受け売りをどや顔で語っちゃうラウラ嬢可愛い。
その眩しい笑顔に、疲弊した心が癒されていくようだ。
守りたいこの笑顔。
世間話等をして親睦を深めたいところではあるが、なるべくなら早めに宿に帰りたい。岩壁の止まり木亭に帰りたい。
さすれば、ラウラ嬢とのトーキングも程ほどにささっと精算をお願いする所存だ。
一言二言会話を交わしつつ、よいこらしょ、と背中のカバンをカウンターの上に置くと、ラウラ嬢もすぐに仕事モードになってくれた。
「あ、すいません。お忙しいのにお話しちゃって。依頼品の納品と精算ですよね。じゃあカードを、はいお預かりします。少々お待ちくださいね~」
前回よりも幾分少な目の薬草と耳が入ったカバンと小袋を手に、ラウラ嬢はスタスタとカウンターの奥の扉へ向かっていった。
あぁ、出来たらもっとお話したかったんやで。親睦を深めまくりたかったんやで。許しておくんなまし。
精神的に疲弊した俺を許しておくんなまし。
はふぅ、と小さくため息をつきながら空いている席にて待機だ。
先日のライオン先輩の件もあるので、今回はちらりちらりと辺りに視線を巡らせてみる。
ざわざわがやがやといった喧騒が聞こえてくる中、周囲からの視線は今のところ感じられない。
もちろん布の服に革の胸あてみたいな駆け出し感満載の野郎に、そこまでの注目は集まらないのが普通だろう。
しかし、昨日の変な視線を思い出してみれば、背筋がぶるりとする。
目をつけられててもおかしくはなかったりするのではないだろうか。
だがこうしてさりげなく視線を巡らせて警戒しておりますよ、とアピールしておけば、多少のトラブルは起きないはずだし、万が一何かしらの異常が起きたときも素早い対処が出来るはずだ。
見えない部分からの奇襲には俺は手も足も出ないが……、ランタンの中に居られるオプション先生が出るから大丈夫だろう。多分。
はふぅ、ラウラ嬢。なるべく早くお願いしたいです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
はてさて、特にやることもなく待つことしばし、カウンターの奥の扉ががちゃりと開きラウラ嬢が姿を見せた。
手には俺のカバンと耳袋を持っているのが見える。
「精算でお待ちのマオさ~ん」
ラウラ嬢が呼び掛けてくるとほぼ同時に席を立ち、カウンターに向かう。
「はいはい」
「お待たせしました。常設依頼の薬草採集とゴブリンの耳の精算ですね。今回の依頼達成報酬は薬草類がセリチ草、クラウト草合わせて34束で銅貨170枚。ゴブリンの耳が7匹分で銅貨70枚。合計して銀貨に変換して、銀貨2枚と銅貨40枚なりますね。確認をお願いします」
うん、いつもよりは少ないけど稼ぎは稼ぎだ。
命がけの仕事の対価としては釣り合ってない気もしなくはないが、駆け出し感満載の野郎にはちょうど良いだろう。多分。
「確認しました。今回のも全部カードに入れてもらって良いですか?」
「かしこまりました。では、カードに……、はい、どうぞ」
カードにちょちょいのちょいとおまじないをしたラウラ嬢からカードを受け取り、確認確認、と念じながらカードを見つめる。
銀貨:12枚 銅貨:25枚
うん、入金確認だ。
南門の出入りの通行料を払って銅貨が85枚になったところに40枚追加されて、銀貨1枚と銅貨25に繰り上げられたのだな。
よし、回復薬レシピに一歩近付いたが……まだまだ全然足りないな。
この先の身の振り方をまた考えねば。
「それから、マオさんの依頼達成ポイントが規定数に達しましたので、銅5級から銅4級へ昇格しました!おめでとうございます!」
パチパチパチ~と素敵な笑顔で手を叩くラウラ嬢。
なんだこの可愛らしい生物は。
「ギルドカードに明記されるランクが書き変わっているはずなので、そちらの方もご確認ください」
ギルドカードに金額の確認と同じようにランクの確認ランクの確認、と念を送ってみると、カードの表面に『冒険者ランク:銅・4級』と文字が浮かび上がってきた。
おお、昇級だ。ランクアップだ。
まぁ、カードにも自分自身にもこれといって変わりはないが、めでたいことだ。
「あぁ、ホントだ。4級になってますね。ありがとうございます。これからも精進していきます」
ラウラ嬢に精一杯の笑顔を返してみる。
「はいっ!頑張ってくださいね!ギルドに入って1週間もたたないうちに昇級するなんて、前代未聞ですからね!この調子で頑張ればあっという間に銀ランクですよ!頑張りましょうね!!」
ほぎゃあぁぁぁ。そういうことは大きい声で言わないでぇぇぇ。
ほらぁぁぁ、背中辺りに変な視線がドスドスとぉぉぉ。
見られてる見られてるぜぇ。俺、注目されてるぜぇ。
へぇ、とか、ふぅん?みたいな声もチラホラ聞こえるのは気のせいだ。あぁ気のせいだとも。
「あ、あははは、が、頑張ります。じゃあ、俺はこの辺で。依頼掲示板の方に用事があるので、表側から帰りますね。ラウラさんもお仕事頑張って」
「ありがとうございます!お互い頑張りましょう!」
笑顔が眩しい天然100%悪意0%の緑髪の天使に手を振って、カウンターからとんずらだ。
背後からの視線に気付かないふりをして、恐らくこちらに目を向けているであろう先輩方と目を合わせないようにとんずらだ。
目指すは依頼掲示板ではなく表側の出入り口だ。
こんな状況で先輩冒険者さんの真っ只中を通り抜けるのは、俺の豆腐メンタルではミッションインポッシブルだからな。
表と裏を繋ぐ通路があって良かったぜ。
さぁ、逃げるぞ。やぁ、逃げるぞ。
ドスドスと刺さるような気がする視線に耐え、通路に差し掛かったその時
「頼もう!!」
冒険者ギルド裏口の方から大きな声が響いた気がした。
どこかで聞いたような声だったが、きっと気のせいだ。
さっさと表側からおさらばだ。
「私の名はユーリアーネ・ブラウヒメル!人を探して……」
あぁ、気のせいだ。空耳だ。俺は何も聞いていない。
あーあー、何も聞こえない。
帰るんだよ。俺はもう帰るんだよ!




