20:私が望んだものは
「ユ、ユリアティーネ皇女殿下……こ、これは……」
「先に言っておくけど」
冷や汗を浮かべながらも、何かを言いかけたゲルルフに対して、ユリアは冷ややかな声で告げる。
「私は貴方たちにイルゼが呼び出されるのも予測していたわ。貴方たちがこのような行動を取ると思っていたもの。その上で、発言はよく考えて告げなさい?」
「……うっ、くぅ……!」
「もう一度、聞くわ。ゲルルフ、これは一体、どういった騒ぎなのかしら?」
静かに問い詰めるユリア。ゲルルフは歯ぎしりをしながらも、私とユリアを血走った目で睨み付けている。
ゲルルフと一緒に付いて来た魔導技術局の局員たちは、ゲルルフと同じように血走った目で私たちを見ているか、青ざめながら膝をついているかだ。
「答えられないのかしら? わざわざイルゼを呼び出して、逃亡防止用の結界まで起動して、それを破壊して出てきたイルゼ、どうなればこんな事になるのかしら?」
「そ、れは……」
「……私の質問に答えられないと言うのなら、皇族への叛意も疑われるけれど?」
「――ふざけるなぁッ!」
ゲルルフは突然、大きな声でユリアへと叫んだ。
「何が皇族だ! たかが魔導の腕が長けただけの小娘が! 貴様等に私の、我々の重要性の何がわかる!」
「……それが、貴方の返答でいいのね? ゲルルフ」
「――殺せ! お前たち、最早これまでだ! ならば、せめて、あの女を……イルゼを殺せ!! 我々を破滅させたあの女を!! この際、皇女がどうなっても構わん!!」
ゲルルフが魔導機を構えて、私に向けて魔動を放とうとしている。ゲルルフの声に吊られるようにして何名かの魔導技術局員が魔導機が構えた。
それを見たユリアが眉を顰め、腰に下げていた剣へと手を伸ばす。
――その瞬間に、私は雷の弾丸をゲルルフたちの魔導機へと放っていた。
予想していたのは私も同じだ。そして魔導の展開速度なら誰よりも先に放つことが出来る。
ユリアが目を丸くする中、魔導技術局員たちが次々と魔導機を手放して、痺れたように震える腕を押さえた。
「がぁああッ!? な、なんだ……なんだと言うのだ……! また貴様か、イルゼ・ティールゥゥウッ!!」
ゲルルフが痺れた腕を押さえるように抱え込み、今にも血涙を流しそうな形相で私を睨み付けている。
「魔導に嫌われたお前が何故、そのような力を扱える! 私が拾わなければゴミ程度の価値しかなかった貴様が! そうだ! 貴様がそれだけの力を得られたのは誰のお陰だと思っている! その恩を仇で返す魔女め! 貴様さえ、貴様さえ大人しく死んでいればァッ!!」
「……先に恩を仇で返したのは貴方だからですよ。動かないでくださいね、貴方たちがそこから一歩動くよりも先に、私は貴方たちを射貫くことが出来ます。次は手足を撃ちますよ?」
私が構えたアンタレス・ロッドから雷が漏れたように放電される。それを見た魔導技術局員たちは戦意を失ったように項垂れている。
ただ一人、憎悪を捨てずに私を睨み付けているゲルルフを除いて。
私はそんな彼の姿を、これで最後だと思うように見つめてからゆっくりと息を吐く。
様子を窺うように私を見ていたユリアへと頷くと、ユリアも私へと頷き返した。
「ゲルルフ・ターベルク魔導技術局長。貴方には機密漏洩の疑い含め、多くの罪の疑いがかけられているわ。皇女ユリアティーネの名の下に拘束します」
* * *
「――まずはご苦労、と言うべきかな。イルゼ・ティール」
ゲルルフを始め、彼に追随した魔導技術局員たちが拘束された次の日、私とユリアはイグナーツ皇太子殿下に呼び出されていた。
「ゲルルフは頑なに口を閉ざしているが、彼に追随していた魔導技術局員たちからの証言は取れた。いやはや、埃が出てくるどころの騒ぎではないね。流石に我々も反省しなければならない腐敗っぷりだ」
「……そうですか」
「魔導技術局が落ちぶれるのも無理もない。彼等の最大の失敗は、君を蔑ろにしたことで間違いないだろう、イルゼ・ティール」
イグナーツ皇太子殿下はいつもの微笑から、表情を引き締めてから私へと向き直った。
そして――何を思ったのか、その頭を深々と下げた。私はギョッと目を見開かせて固まってしまう。
「イ、イグナーツ皇太子殿下!? 一体、何を!?」
「魔導技術局への賞賛と栄誉は、本来であれば君にこそ捧げられるべきものであった。それを今回の証言で改めて理解した。君こそが、この帝国の魔導機を支える要であったこと、その功労者を不当という言葉さえ温いと断じなければならない扱いをしてきたこと、それを未然に防ぐことが出来なかったのを謝罪したい。本当にすまなかった」
頭を下げたまま告げるイグナーツ皇太子殿下に私があわあわしていると、ユリアも同じように神妙な面持ちで頭を下げた。
「それにゲルルフの罪を暴くため、そしてその影響を出来る限り最小限に収めようとするために貴方を利用したことをも、感謝と共に謝罪致します。臣下を纏めるべき皇族にあるまじき失態を、更に貴方を利用することで払拭しようとしたこと、真に申し訳ありませんでした」
「ユ、ユリアまで!? そんな、やめて下さい! 逆に困ります!」
「そうか。ではやめよう」
「そうね。ありがとう、イルゼ」
「えぇぇ……?」
あっさりといつもの調子に戻られても困るんですけど? 私は釈然としないまま、ユリアとイグナーツ皇太子殿下をジト目で見てしまう。
「いや、私とて皇族が頭を下げるなどと以ての外だと思っているがね……いや、うん。改めて証言を聞くと、これは流石にないだろう? と思うばかりでね……」
「はぁ……」
「ましてや、それが今の君の性格を形作ってしまっていると聞いて、これはいけない! と罪悪感に胸が押し潰されそうになったという訳だ。まぁ、打算も含んではいるがね」
「打算があると言ってもらった方が信用出来ますね……」
「いや、本当にそういうところだぞ? イルゼ・ティール」
ははは、と軽やかに笑っているイグナーツ皇太子殿下だけど、なんか目だけは笑っていなかった。ユリアも深々と溜息を吐いて額を押さえている。
「……それで、だ。イルゼ・ティール、君とは今後の話をしたい」
「はい? 今後の話とは?」
「君への報償だよ。魔導技術局の一件を片付けるのに君の貢献はとても大きい。これで何も報いることが出来なければ、我々はゲルルフと同じだと言われても否定出来なくなってしまう」
「はぁ……」
「別に要りませんけど? みたいな顔をされると、そういうところもだぞ? と言いたくなるな」
「いや、実際要らないんですけど……」
「うむ。これが無欲の美徳であるなら我々も心穏やかにいられるのだがな。まぁ、かといって無理強いすれば良いというものでもない。君は何よりも束縛を嫌っているし――君自身がまた利権に搦め捕られることも恐れているんだろう?」
イグナーツ皇太子殿下の指摘に、私は表情を消した。
「君の見せた力は圧倒的だ。雷、それは神が裁きに用いたという天罰の象徴。雷を操れるのは神と、その使いである天使ぐらいしか私は思い付かない。故に、君を天使の再来として利用したい者は多いだろう。君はそうなることも恐れていたのではないか?」
「……そうですね」
「本音を言えば、帝国で君を抱え込みたいという思いはある。君が望むなら……そうだね。正妃は無理でも、私の妾として寵愛を受けることも出来る」
「ありがたい申し出ですが……私も年齢が年齢ですので」
「可能というだけで私も望んでいる訳ではないよ、そこは安心して欲しい。だが、帝国に留まって欲しいとは思っているし、そのためになら出来うる限りの便宜を図ろうと思っていることを知って欲しい」
イグナーツ皇太子殿下は笑みを消して、ただ真剣な表情で言葉を紡ぐ。
その言葉を受けて、私は深々と溜息を吐いた。そして胸を撫でてから、改めてイグナーツ皇太子殿下へと向き直る。
「私は、人が編み出した魔導……地の理とは異なる理に身を置いてます。自分が何者か悟ってからは、その意識はずっと私の中にあります。別に神の使いを自称する訳ではありませんが、それでも普通の人のように生きていくことは出来ないとは悟っていました」
天の理の下生きて、されど帰る天なき者。帰る場所がないのなら、この世界で私の居場所と呼べるものは本当の意味ではないのかもしれない。
立ち寄っても、それは止まり木のように。翼を休めて、世界を渡っていく渡り鳥のように。そんな生き方しか出来ないのかもしれない。
「ただ誰かに利用されるだけなら、私は離れるべきなのでしょう。それでも力を貸したいと思ったのなら、私は自分に嘘をついてまで抑え付けたいと思ってません」
私の力は、人には過ぎたものかもしれない。私をアテにされてしまっても困る。
それでも、私はこの世界で生きている。嫌いになることもあれば、好きになることだってある。
「――だから、私を利用したいなら、私を幸せにしてくれる人たちであってください。それを私は報酬として望みます」
私が力を貸しても良いと思えるように、良き国、良き人であって欲しい。
ゲルルフのような人が国を牛耳るようなことがあれば、私は故郷であってもこの国を見捨てるだろう。
でも、私の境遇に怒って、私を幸せになって欲しいと言ってくれたユリアがいる。
国を統治する皇族としての務めを果たし、清濁併せ呑みながらも正しい道を進もうとしているイグナーツ皇太子殿下がいる。
父を失いながらも自分に出来ることを探していたリナちゃん、国を守るために魔導師として戦い続けているフリッツさんを始めとした魔導師団の人たち。
まだ私は、この国を好きでいられているから。
「……それは、実に難題だね。報酬として望まれるには、あまりにも難しい。しかし、それを叶えられなければ君は去ってしまうのだろうね」
イグナーツ皇太子殿下は私の望みを神妙な表情で受け止めていた。それから居住まいを正して、真っ直ぐに私を見つめる。
「国を背負う皇族として、君の望みを叶えられるように尽力しよう」
「はい。よろしくお願い致します」
「では、それはそれとして、君は今後どうするつもりなんだい?」
「えぇと、まだユリアとの魔導師団の相談役としては働いていませんし、気が向く間はユリアにお世話になろうと思ってますけど」
「それは僥倖だ! いやはや、本当に助かるよ! 魔導技術局も結局はこの有様だからね! 立て直すまで時間もかかるだろう! いっそ、君が次の局長になって欲しいぐらいだが!」
「それはお断りします」
「だろうね! わかっていたとも!」
イグナーツ皇太子殿下は心底安堵した、と言うように胸を撫で下ろした。
すると隣で静かにしていたユリアが私の名前を呼んだ。
「イルゼ、改めてありがとう」
「ユリア、良いよ。貴方が私の望みに気付かせてくれたんだから、そのお礼でもあるから」
「イルゼの望み?」
「私は、最初から誰かの助けになれるような人になりたかっただけなんだよ。それで笑顔になってくれたらそれで良かった。それで私も幸せになれたら、それで良かったんだ」
ゲルルフに誘われて魔導技術局に入ったのも、魔導を使えない自分が誰かの助けになれるのなら、と思ったからだ。
どんなに辛くても、苦しくても、本当の限界まで食らいつけたのも私の頑張りが誰かの喜びになってくれたら良かったから。
そんな些細で、ありきたりな願いでも、それが私の願いなんだ。それが願いだと言っていいんだと思ったんだ。
「ありがとう、私に感謝してくれて。私のことを私以上に思ってくれて。私だけじゃなくて、もっと色んな人の幸せを願えるユリアだから私は力になりたいと思えたんだ。それが私の幸せなんだって気付けた。だからユリアがそんな人のままでいてくれるなら、私は貴方の力になると約束するよ」
心からの思いを込めて、私はユリアへと告げる。
ユリアは呆気取られたように私を見つめた後、上を向いて奇妙な呻き声を零す。
その頬がだんだんと朱色に染まっていく。暫く呻き声を上げていたユリアが私へと視線を戻すと、その表情は感情を堪えきれないといったような表情になっていた。
「……私こそ、お礼を言うべきだわ。そして貴方がそう言ってくれた人で在り続けられるように頑張るべきね」
「うん。そのままの貴方でいてくれたら、私は嬉しい」
「……いや、傍目で見ててもこれは効くな……ユリア、大丈夫か?」
「かなり無理です。これは危険です」
「何が!?」
何か通じ合っているユリアとイグナーツ皇太子殿下。そんな二人に私は首を傾げてしまう。
するとユリアとイグナーツ皇太子殿下は顔を見合わせて、深々と溜息を吐いた。それから表情を笑みに変えて笑い声を上げ始める。
「これから大変だわ、私たち。ねぇ、イグナーツお兄様?」
「あぁ、この天使にそっぽ向かれないように精進しなければな」
「天使ってもしかして私のことを言ってます? あの、ちょっと二人とも!?」
戸惑う私を見て、更に笑い声を大きくする二人。なんでそこまで笑われるのかわからなくて、何とも釈然としない。
それでも、笑い声に満ちているこの空間は居心地が良かった。誰かが笑ってくれている、それが私にとって本当に嬉しいことなんだと実感出来る。
それがささやかでも、私が心の底から望んだものだと気付くことが出来たのだから。
今回の更新で第一章の区切りとして、一度筆を置きたいと思います。
続きなども考えてはいたのですが、執筆に時間が取れなくなりそうな状況でして……。
なので、ここで先に一区切りとさせて頂きたく思います。
ここまで読んで頂いてありがとうございました。良ければ感想やブックマーク、評価ポイントなど入れて頂けると嬉しく思います。




