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敗戦

  それは、上空から見ると青と白の

 世界だった。

 

 しかしよく見ると、緑も含まれているよう

 だが、気付かないのは普段見慣れ過ぎている

 からかもしれない。

 

 いったん地上に降り立つと、そこはさらに

 赤や黄や、水色や桃色など、色彩に溢れて

 いた。

 

 それは動植物の持つ外見、人々の衣装、町中

 の建物など、あらゆるものが色を放っている

 ようにも感じられたが、

 

 実際のところ、それは強い陽光のせいであり、

 自分たちが元々住む世界もそれだけの光を

 当てれば、実は輝き出すのかもしれない。

 

 そういったかたちで、旅行ということも

 あって気分も高揚しているわけだが、

 リンゴ・ナナイシは友人たちとともに

 リュウキュウ県、イトマンシティのある

 レストランに来ていた。

 

 東暦2024年、9月の初旬。

 

「リュウキュウ料理が久しぶりに食べられる」

「うん、本場の苦いゴーヤチャンプルーを

 たっぷり食べたいね」

 

 それほど大きくない店内の奥にある個室の

 座敷席に3人で座っている。

 

 友人の一人、ミナ・ヤマダは、体重を10

 キロほど落とし、元々持っていた美貌が少し

 現れ出したかのようにも見えたが、それでも

 まだ頼もしさに似た力強さも消えていない。

 

 セツナ・ムナは、端正な顔立ちの中にあった

 影のようなものが、さらに色濃さを増した

 ようにも見えた。特に顔色が悪い、という

 訳でもないのだが、

 

 何か大病を抱えた老人のような、何か人生に

 大きな重荷を背負っている雰囲気が、その

 顔の角度によってちらほらする。

 

 彼らはすでに大学院の1年生となり、夏休み

 利用してリュウキュウ県を訪れていた。

 

 バンド活動も継続しているのだが、残りの

 二人、テツヤ・ミマタと、コウ・サナミは、

 本土に残されたのかそこには居なかった。

 

 おそらく経済的な理由だろう。

 

  その日は、セツナの知り合いも加わる

 予定だった。そしてやってきた。

 

「おうおう、セツナも元気そうだな、どうも

 こんばんは」

 

 南国風の少し派手なシャツを着た、

 70~80歳台の老人がやってきたので、

 ミナとリンゴも少し驚いた。具体的に誰が

 来るのかを聞いていなかったのだ。

 

「うん」

 とだけセツナは答えて、飲み物を注文する。

 すぐに飲み物がやってきて、その老人を

 含めた夕食が再開されるのだが、

 

 ミナとリンゴも、誰なのか聞いたほうが

 いいのかな、という顔をしていたが、

 しかし、どこかで見たことがある。

 

 ああ! と声を上げるリンゴ。

「そう、前国王、アキトだよ」

 というセツナの言葉に、頬張っていたゴーヤ

 チャンプルーにむせるミナ。

 

 へえ、お金持ちだとそういう知り合いが

 できるんだね、と驚きのリンゴ。

 

「退位してからはね、こうして時々リュウキュ

 ウ県を訪ねてきては、地元のひとやら旅行で

 来た若い人たちと会話をするようにしてる

 んだよ」

 

 ということらしい。

 

「もちろん前王妃も来てるんだけどね、二人

 でいると、ほら、あれだから、けっこう別で

 行動することも多いんだよ。セキュリティ

 ポリス? たぶんその辺にいるんじゃ

 ないかな」

 

 だけど、とリンゴが質問を投げる。

 

「ああ、喋り方の話ね。そりゃあ私だって普段

 ぐらいはふつうに話したいよ。ああ、あの

 ゆっくり丁寧な喋り方は、もちろん公務の時

 だけだから。そりゃそうでしょ、ハハハ!」

 

 プライベートでは、あのテレビなどで見る

 ような話し方はしないみたいだ。

 

  前国王は、在位中からよくこのリュウキュ

 ウ県を訪れていた。

 

 ヤマト国は、東暦1941年から5年ほど

 続いた大戦で、敗戦を経験していた。この

 リュウキュウ県は、国内で唯一陸上戦を経験

 し、激戦により多くの島民が死んだ。

 

 国王がここを訪れる意味は、それらの亡くな

 った民を追悼し、国内外に平和を祈る心を

 示す、というところにある。

 

 そして、それを現国王も継続しようとして

 いる。リンゴは、どうしても聞いてみた

 かったことを尋ねてみた。

 

「映像や、本や、ネットワークの情報でその

 時代のことを調べると、とても正気とは

 思えないことがたくさん出てくる。

 すると、当然、なんでそういうことになった

 んだろう? って考えるんだよね」

 

 それに老人が答える。

「ふむ。ふだんは過去の戦争がいかに悲惨な

 ものだったか、もちろん私も人づてだが、

 そういった話をする。しかし、君たちは

 もう少し踏み込んだ事柄を知りたいようだね」

 

 いいでしょう、と言って話し始めた。

 それは、若い者たちにとって、かなり驚愕の

 内容だった。少なくとも、世間一般にそんな

 話は伝わっていない。

 

  まずは、ブリテン王国から全てが始まった、

 と私は捉えている、と老人は切り出した。

 

「君たちは、先の大戦で、ヤマト国がどの時点

 で負けが決定した、と考えるかね」

 

 ミッドウェー海戦、だとか、対ゾングヤン

 共和国との戦争が始まった時点、だとか、

 226事件の時にすでに敗北が決まって

 いた、という意見が出たが、

 

「君たちは、江戸幕府というものを知って

 いるかね。将軍がこの国を治めていた時代。

 その後、幕府が倒れ、新たな時代が始まった、

 それが、明善維新。

 

 そして、明善、大乗、長和、文政、そして

 東暦2019年に、人和が始まった」

 

 東暦とは、西欧で作られた暦で、明善や大乗

 はヤマト国独自の暦の呼び名、元号だ。国王

 の交替に合わせて元号も替わる。

 

「その明善の時点で、すでにこの国の中枢が

 陥落していたとしたら?」

 リンゴが思わずあたりを見渡す。聞かれて

 いい内容なのか。

 

「大丈夫だよ。こういった話はプライベート

 ではよくする。外でもね。そう、この島は

 少し内地と雰囲気が違う。やりやすいん

 だよね、そういう話」

 

 そして老人は続けた。

 

 これは、最新の研究による仮説に基づいた

 部分もある。しかし、最初に言った、ブリテ

 ン王国、それが、苦心の末、ある技術を

 手に入れた。

 

 それは、強豪ひしめく欧州で長年揉まれた末、

 編み出した秘儀。

 

 国の中枢に食い込み、乗っ取り、そして

 コントロールする、という技だ。

 

 土地も資源も無い、気候も厳しく農業にも

 それほど適さない、いつも薄暗い陰鬱な島国。

 そこの人々が生き残っていくには、それなり

 の、何かがいる。

 

 もともとは、単なる辺境だった。

 

 宗教改革や産業革命、議会の発展など、輝か

 しい表の歴史に加えて、そういった世界最強

 の国となり、帝国を築き上げた裏には、そう

 いった漆黒の一面も必要だった。

 

  恐る恐る、リンゴが聞く。

「その技術でもって、実際明善の時代にいった

 い何が行われたの?」

 

「国王をすり替えられたらしいよ」

 さらっととんでもないことを口にする

 老人、いや、前国王。

 

 すり替えられた事実、も明確になっていない

 し、それがブリテン王国からの指示で行われ

 たのか、それともヤマト人が実行し、ブリテ

 ン王国はその情報を掴んだだけ、なのかも

 はっきりしない。

 

 しかし、その後、王室と王庁は、外部から

 簡単にコントロールされる対象となって

 しまった。それは、外部の誰かが、王の権威

 を利用して、好き放題行えることを意味

 していた。

 

「いわゆる、エージェント、少し意味が違う

 かもしれないが、スパイ、を活用する技術に

 秀でていた、と言えるだろうな。

 そういった人物を、送り込む、潜り込ませる。

 

 国王を入れ替える、なんてことが頻繁に

 行われたわけではないとは思うが。しかし、

 政権転覆などはお手の物、だったようだ。

 各国の歴史も調べる限りではね。

 

 私はね、別に、国王は誰がなってもいい、

 とそう思っている。しかしね、このヤマトと

 いう民族のことを最優先で考えない者を国王

 にしてはならないと思うし、外部の悪意の

 者にコントロールさせてもいけない」

 

 うん、間違いなくそうだ、と頷く。

 

 でも、とリンゴ。

「王庁がそういうことにならないように、

 国王に充分な権限が無かったのかなあ、

 てところが気になるけども……」

 

 前国王が答える。

「いい着眼点だね。

 戦前は、王庁は、王省だった。仕組みの

 上からすると、王庁が内閣の管理下にあり、

 干渉されることに対して、

 

 王省は内閣からも独立し、本来は王室を

 守るはずだった」

 

「しかし、何らかの理由で、王省は王室を

 守る立場から別のものに変質した?」

 とリンゴが続ける。

 

「いいねいいねえ。そういうところに興味を

 持つ若者がいるか。じゃあ続けよう」

 

 その日、外は意外と湿度もそれほど高く

 なく、少し風もあって過ごし易く、南国の

 島の短い秋を感じさせた。

 

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