新学期
全てが順調だった。
彼女の名は、サラ・レッドフィールド。
褐色の肌に黒く長い髪、少し太目の体型。
北米原住民の血を引いている。
9月の日曜の朝は教会に行く。
里親のダイアナ・デップと歩いて向かう。
教会が歩いてすぐのところにあるからだ。
いつものように開始の10分ほど前に
到着し、席に着く。そして、牧師の講和を
聴いて、最後に讃美歌を歌って終わり。
歩いて家に戻るのだが、そのまま車を
出して昼食に向かう。ヤマト国の古い型の
車で、もう軽く10万マイルを超えている。
日曜礼拝のあとに必ず行くようにしている
のだが、ファーストフード店だ。24時間、
アメリカンの朝食が食べられるという
触れ込みのファーストフード店。
そこでいつも目玉焼きとマッシュポテトと
ベーコンにパンケーキが付いたセットを
頼む。
一息ついたタイミングでダイアナが、
「じゃあ一通り全てうまくいってるのね?」
「今のところね」
ここ最近は同じようなタイミングで同じ
ような質問をしてくるのだが、多少は本当
に心配してくれているのかもしれない。
キリスト教に入信したのは、エレメンタル
スクールに入るのと同時だった。それは
いわゆる寄宿学校で、原住民の文化を矯正
するために入学と同時に全員入信させられる。
サラがもともと生まれた居留地は、州の北東
部にあったが、寄宿学校も居留地から比較的
近い場所にあった。
ミドルスクールに入るタイミングで里親制度
によって、今の家に移って来た。州都のある
オクラホマシティから東にあるが、名前は
中央西を意味するミッドウエスト市だ。
なので、今の教会には、ここに来た頃から
通っているが、ハイスクールに入ったあたり
からそのキリスト教について勉強するよう
になった。
原住民を蹂躙できる人々にはその思想に
根本的原因があると考えたからだ。思想とは
宗教がおそらく作り出している。
そういう思いを秘めながらプロテスタントを
勉強したり礼拝に参加したりしていたのだが、
けっきょくどこにも原因となりそうな悪意
は見いだせなかった。
それは、どちらかというと個人に見出すこと
はできるかもしれないが、例えば教条や
三位一体説の中にそういった弱者に厳しい
考え方があるわけではないようだった。
そして、けっきょくは悪意のありそうな個人
もごく稀で、礼拝に来るほとんどの人は
善良で愚かで自分と同じように鈍重なのだ。
昼からは学校の課題をやったり、それに
少し疲れたらいつものようにパソコンで情報
検索したり、ゲームをしたりして過ごすが、
夕方前にはダイアナとともに車で買い物に
出かける。
家から少し離れているが、自然食品系の
スーパーマーケットだ。
「久しぶりに魚介のスープにしようかしら」
「いいね。あと、チキンファジータね」
コーンのトルティーヤで焼いた肉やえびなど
を包んで食べる料理だ。サラの好物でほとん
ど毎週のようにファジータを食べる。
しょうがないね、という顔をダイアナは
しつつも、トルティーヤで包んで食べる文化
が実はメキシコ料理のものでなく、原住民の
食文化から来たことを知識で知っている。
トルティーヤは袋売りされたものを買って
帰る場合もあるが、ふだんはコーンの粉を
買って家で焼く。
こういった自然食品系のスーパーは、けして
安くはない。しかし、ダイアナは基本的に
ここで食材を買って自炊するようにしている。
しかし、この、家で料理を作るという習慣
は、この国では一般的とは言えなかった。
その理由は、少し歴史をさかのぼるとわかる。
この国は、欧州の島国ブリテン王国の入植
から始まった。
ブリテン王国の土地は、曇りの日が多いと
いう気候面の特徴もあって、野菜の栽培に
向かず、昔から畜産がメインだ。
そのため、野菜のバリエーションが少ない。
他の国の人間から見ると、いつも肉をただ
焼いているだけ、に見えるのだ。
また、ブリテン王国で発祥した紳士的思想
も影響している。質素で禁欲的なものを
もとめ、そして海を挟んで隣国のフランス
王国と真反対の方向へ向かった。
つまり、料理などは工夫するものではない、
という考え方だ。
産業革命も影響を与えた。人々は、労働
に時間を取られて、その合間に素早く食事
を摂る、ということを強制された。
それが料理をする、という文化の断絶を
生んだ、というのが大方の見方だ。
大量生産、大量消費という企業側の思惑も
もちろん働いたのだろう、この国で一番安く
食事をしたいなら、大衆向けスーパーマー
ケットで冷凍食品を買うのが一番安く済む。
例えばヤマト国では、最近はワシントン連邦
と同じような傾向が見えなくもないが、安く
て体にいいものが普通に手に入る。
しかし、ワシントン連邦では、大量生産され
た加工食品のほうが安い。そして、体に
とっては悪い。低所得者層ほどそういう食事
となってしまい、そして健康も害する。
なので、ダイアナの収入はけしていい方では
無かったのだが、他の部分で節約して、なる
べく食材にお金を掛けるようにしていた。
この国では健康は高値で買わなければなら
ないのだ。
食材にお金を掛けているため、衣類、家具や
電化製品や車などはあまりいいものを買えず、
いつも安くて長くもちそうなものを選ぶよう
にしていた。
夕食を終え、二人でテレビを見ている。
二人はほとんどニュース番組しか見ない。
面白い番組が無い、というよりは、面白そう
な番組が有料チャンネルでしか見ることが
できないのだ。
「まあでも少し良くなったようで本当に良かっ
たよ。あたしはもう、あんた、死んでしまう
じゃないかと心配して」
「うん、でも、まだ新学期も始まったばかり
だし、まだどうなるかわからないよ」
この地域は7月ごろが一番暑い。今年は特に
暑く、40度を超える日が続いた。それも
あったのか、サラは夏バテのような症状が
出たり、右わき腹に帯状疱疹が出たりした。
それでもやはり順調だった。昨年の秋ごろ
と比べると。
西暦2022年の秋、サラの原住民出身の
友達二人が立て続けに自死した。そういう
こともあり、サラもやがて自分も死ぬもの
だと思っていた。
ダイアナも、かなりのところまで覚悟した。
そもそも原住民の寄宿学校や里親制度から
して、その文化や人そのものを根絶やしに
する、という意図で作られていた。
ダイアナは古代メキシコ原住民の末裔だった。
弱い者が根絶やしにされるのは仕方ない、
とも思っていたが、一緒に住んでいるものが
自死することに寛容な人間はあまりいない。
テレビではちょうどカジノのコマーシャル
が流れていた。テキサス州との州境にある
原住民の部族が経営するカジノだ。
「こうやってうまくやっている部族もある一方
で、あんたたちのとこみたいに全然なにも
見出せなくてお先真っ暗な部族もある」
サラは画面を観つつ特に返事はしない。
スペイン人に滅ぼされた自分たちの国、
アステカのことはさておき、ダイアナは
いつも北米原住民に対しても辛らつだった。
しかし、サラはその言葉にとくに深い悪意
を感じない。
「もっと北米全体で部族同士が協力しあうとか
ねえ。もっと何かできなかったのかねえ。
欧州から来た人たちを非難することは簡単
なんだけど」
もっと自分たちの力で、実力で入植を阻止
できなかったのか、それが出来ればベスト
だったのに、というのがいつものダイアナの
言葉だった。
他愛のない話が済んで、シャワーを浴びたり
翌日の準備をしたり。半年ほど前から、日曜
の夜に寝付けずほとんど寝ないまま授業に
行く、ということがなくなってきた。
今夜もふつうに眠れそうだ。




